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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第陸話 太刀洗駅 (福岡県)
33/180

陸之弐


 基山きやま駅に降り立った旅寝駅夫と星路羅針は、甘木あまぎ鉄道に乗り換える。

 ホームには流れる筆致で〔つつじ寺〕と大きく書かれた、屋根が付いた行灯のような、違和感マックスの広告塔らしきものが建っていた。名所案内には基肄城跡の他に、このつつじ寺を含む神社仏閣が名を連ねていた。

 跨線橋に向かうと階段の所に、〔甘木鉄道への乗換えは一旦改札口を出て甘木鉄道乗り場へお越し下さい〕と書いてあった。その案内のとおり、一旦JRの改札口を出ると、Uターンするような形で、跨線橋を通って甘木鉄道の入り口へと向かう。


 〔甘木鉄道のりば〕と書かれた階段の脇には〔レールバス時刻表〕と書いた時刻表が貼られていた。

 甘木鉄道は自治体とビール会社が出資する第三セクターであるが、国鉄からの転換開業以来、一般的な第三セクター鉄道仕様の軽快気動車が使用されている。ただ、開業時にはバス車体工法を用い、バス用部品を多用した〔レールバス〕とも呼ばれるLE-Car(Light Economy-Car)が導入されたこともあり、その後LE-Carは代替されたが、現在でも〔レールバス〕の呼称を用いているようだ。

 

 すれ違うのがやっとの狭い階段を降りると、改札も自動券売機もなく、すぐにホームがあり、待合室や自販機、お手洗いはあったが、駅の設備らしい設備は皆無だった。

 沿線の広告の中に、太刀洗駅下車すぐの〔太刀洗平和記念館〕というのがあったので、一応チェックをしておく。


 跨線橋の階段に乗客が順番待ちで並んでいたので、二人はその列の最後に並んで待つ。

 やがて、地元企業の広告ラッピングが施された、AR300形が入線してきたので、前の人に続いて、入り口で整理券を受け取り、乗り込む。

 二人が乗り込むと、エンジン音が唸りを上げて発車した。車内は結構人が乗っていて、学生に混じって社会人もチラホラと見受けられた。

 出発後すぐに鹿児島本線と分かれて、左へ大きくカーブし、住宅や工場、物流倉庫などの間を抜けていく。

 高速道路の下に位置する、佐賀県最東端の立野たての駅を過ぎると、田園風景が広がり、大原信号所で行き違いをして、ローカル線らしい風景を見せながら、高速道路の高架を潜り併走する。


 陽が傾き、沿線はドンドン暗くなっていく。

 車のヘッドライトが行き交い、民家や街灯の明かりがポツポツと点き始める。すっかり暗くなった前面展望を、駅夫はまだかぶりついて見ていた。

 松崎まつざき駅のあたりから、車窓は完全に闇に包まれていた。車内の明かりが、照らし出す線路脇の部分だけが、闇から実態を浮かび上がらせ、そしてまた闇へと消え去っていった。

 

 闇の中にエンジン音を響かせて走り続けた列車は、漸く二人の目的地である、太刀洗駅へと到着した。

 二人の他にも、降車客は数名おり、また乗車客も何人かいた。

 島式ホームの1面2線で、ホームと駅舎は構内踏切で行き来するようになっていた。


「漸く着いたな。すっかり暗くなっちまった。」

 駅夫が、伸びをしながら呟く。

「定刻通り、19時22分。およそ7時間だな。」

 羅針がスマホの時計を見ながら応える。

「流石に疲れた。で、この駅周辺に泊まるところは……。」

「ない。」

 ヘロヘロになって質問してきた駅夫の台詞を遮るように、羅針が一刀両断する。

「じゃ、どうするんだよ。」

「このまま終点の甘木駅まで行く。甘木駅で調達したいものもあるし。」

「そうなんだ。じゃ記念撮影して、次の列車待とうぜ。」


 この太刀洗駅、実は所在地が三井郡みいぐん大刀洗町たちあらいまちではなく、朝倉郡あさくらぐん筑前町ちくぜんまちに位置し、使用されている文字も、〔大〕刀洗町とは異なり、〔太〕刀洗駅と表記する。


 大刀洗/太刀洗の地名の由来は、南北朝時代の1359年に起こった〔筑後川の戦い〕に端を発する。

 この戦いでは、南朝軍には征西大将軍の懐良親王かねよししんのうを筆頭に武将菊池武光(きくちたけみつ)が率いる4万の軍勢が加わり、北朝軍には、大宰府を本拠とする足利勢の少弐頼尚しょうによりひさ率いる6万の軍勢が加わった。この両軍が熾筑後ちくご大保原おおほばるで決戦を行った。

 そして、この戦で傷ついた菊池武光が刀についた血糊を川で洗ったことから、この地に大刀洗/太刀洗という名が付いたといわれているのである。

 ちなみに、〔大刀洗〕と〔太刀洗〕の表記が存在する理由は、1889年に町村制が発足した際、村が〔太刀洗村〕と申請していたものを〔大刀洗村〕として官報に掲載されてしまったためと言われている。


 この太刀洗駅は1939年、大刀洗陸軍飛行場の正門前に設置され、最盛期には一日1万~2万人の乗降客があったという。更には、戦後飛行場跡にビール会社の工場が建つと、貨物専用線の分岐駅として重要な役割を担ったが、1972年には無人駅となり、1986年甘木鉄道の駅として再出発をしている。かつて賑わったこの駅も、現在では一日平均乗車人数は200人程を推移する状態である。


 二人は駅名標と一緒に記念撮影をしてから、表に出て駅舎と一緒に記念撮影をしようとした。

 駅舎の方に振り返った二人は、視界右手の上方に何か変なものがある違和感を覚え、思わず二度見した。そこには暗闇に浮かび、鉄骨で支えられた飛行機が鎮座していたのだ。

「何あれ。」

 駅夫が思わず指差す。

「飛行機か。なんであんなところに止まってるんだ。……昔あった飛行場の名残か。」

 羅針は、飛行場の記念か何かのオブジェかとも思ったが、その理由は良く分からなかった。

「でも、昔の飛行機じゃないよな。」

 古い機体であるが、戦時中の飛行機とは明らかに形状が異なるのを見て、駅夫がそんなことを言う。

「だな。おそらく戦後に載せたものだろうな。気になるな。」

 羅針はそう言って、自分のスマホを取り出し検索を掛ける。


 調べると、この飛行機は航空自衛隊に所属していたT-33練習機で、アメリカで開発された初の復座ジェット練習機らしいことまでは分かった。だがしかし、なぜ、ここに置いてあるのかはまったくの不明だった。

 その下にあるレトロを売りにしたカフェが鍵を握っているのかも知れなかったが、営業時間外であるため、真相を知ることはできなかった。

 二人は、取り敢えず、その飛行機を入れて記念撮影をし、誰も居ない状態でも撮影した。


 15分ほどで次の列車が到着したので、写真撮影を切り上げ、列車に乗り込む。

 車窓は完全に真っ暗で、時折見える明かりが、民家の明かりなのか、街灯の明かりかすら判別は付かなかった。

 高田たかた駅を出て、小石原川こいしわらがわを渡ると、終点の甘木駅に到着した。


 甘木駅は島式ホームの1面2線ではあるが、車両基地を併設していた結構大きな駅だった。太刀洗駅同様ホームと駅舎は構内踏切で行き来する形となっている。

 羅針が言っていたお目当てのものは、販売時刻を過ぎていたため、諦めて明日手に入れることとし、まずはホテルに向かうことにした。

 行き当たりばったりの旅も良いのだが、東小金井駅でのあわや野宿という失敗を教訓に、泊まるところの確保だけは、怠らないようにしようと、羅針が事前にこのホテルを予約しておいた。


 駅前に聳え建つ、ローカル線沿線とは思えない佇まいのホテルに、二人は入っていく。

 チェックインすると、まずは部屋に荷物を入れ、休憩も取らずに、1階に併設された居酒屋で夕飯を頂く。

 二人は、博多もつ鍋を注文する。この暑いのにと駅夫は不満を言ったが、館内は冷房も効いてるし、暑い日には熱いものが健康にも良いと言われていると、羅針が駅夫を説き伏せた。

 この店は鶏皮も売りのようで、取り敢えず2本ずつ注文し、福岡産の地酒も追加した。


 鶏皮と地酒が先に到着し、まずは乾杯である。

 すっきりした飲み口の、優雅な香りと芳醇な味わいのある淡麗辛口である。

 鶏皮は専用で作ったタレに72時間漬け込んだと言うだけあり、カリッと焼いた食感とじわりと口に広がる旨味に、深みのある味わいを楽しめた。


 漸く届いた醤油出汁のもつ鍋は、こんなに食べられるのかと思う程の天こ盛りで、キャベツ、ニラ、ゴボウにモツがたっぷり入り、高さ30㎝はあろうかと思う程の山が出来上がっていた。これで二人前だと言う。

 コンロに火を付けて、じっくり炊き上がるのを待つ。火が入ると、徐々に嵩が減り、山が崩れた。時折ゆっくりとかき回しながら煮込むと、漸く食べ頃になる。

 早速頂いてみると、醤油出汁がしっかり利いていて、モツのコリコリした食感とキャベツの甘味に加え、ゴボウの食感とニラの匂いがアクセントになり、箸が進む。

 二人は汗を掻きながらも、美味しくいただいた。

 締めは〔ちゃんめん〕とやらを頼んだ。ちゃんぽんとラーメンの合いの子らしく、締めによく使われるそうだ。

 口当たりはちゃんぽんなのだが、食感がラーメン、いや逆か。とにかく、不思議な味わいの麺である。


 二人はたっぷりと堪能し、満足した。お会計は、ホテル滞在者と言うこともあり、割引が利いたのも、ポイントが高かった。


 その後、二人は部屋で着替えと、洗濯物を持って、ランドリー室で洗濯物を、浴室で自分たちを洗濯した。

 pH値が高いという朝倉あさくら温泉は、とろとろとした感触のお湯が特徴で、美容にも良いと言われている。

 初老二人に美容も何もないが、二人とも少し肌の感触が良くなったのか、気持ちよさは格別だった。


 そう言えば二人にとってこの旅初めての温泉である。

「やっぱり、温泉は良いな。」

 駅夫が湯に浸かりながら、気持ちよさそうに呟く。

「だな。何だろうな、この気持ちよさは。普通のお湯では味わえないこの感覚。日本人で良かったと思えるよ。中国じゃまったく味わえなかったからな。」

 羅針が遠くを眺めるように言う。

「中国って温泉ないのか。」

 羅針の呟きを聞いた駅夫が聞いてくる。

「ああ。温泉自体はあるよ。日本で言うスパリゾートみたいな、水着で入る温泉はね。ただ、数も限られるし、いわゆる高級リゾートだから、多少値は張るけどね。

 中国に温泉が少ないのには、そもそも火山帯がないからなんだ。東北部にある黒竜江省こくりゅうこうしょうには有名な火山があって、そこには温泉地があるって話だけど、行ったことないから、詳しくは良く分からない。聞くところによると、やっぱりスパリゾートみたいな感じらしいな。」

「なるほどね。銭湯みたいなのはあるのか。」

「もちろんあるよ。街中にいくつかね。ほとんどがシャワールームみたいな感じで、日本のように湯船に湯を張ってってところはないね。最近は日本の文化もだいぶ浸透してるから、そういった所ができたかも知れないけど、俺がいた時は皆無だったね。」

「へえ。シャワールームしかないんじゃ、湯に入って寛ぐということを中国人たちは知らないんだな。」

「だろうな。中国では寝る前に〔洗脚しーちぁお〕と言って、盥に湯を張って脚を洗う習慣があるんだけど、普段はそれで済ませるみたいだね。シャワーを浴びるってある意味贅沢な行為だし、ましてや湯船に浸かるなんて、もってのほかだったみたいだよ。

 当時農村視察ツアーで訪れた、重点開発地区では、自宅に湯船があるって自慢してたんだ。日本人のツアー参加者はみんな白けてたけど、当時の農村で自宅に湯船があるなんて、贅沢の極みだったからね。まさに最先端の暮らしだったんだ。俺一人感動したのを覚えてるよ。」

「俺たちだって、子供の頃風呂がなくて、銭湯通いだったのが、いつの間にか自宅に風呂が当たり前になったからな。おそらくその先駆けだったんだろ、その農村は。」

「そういうこと。家に風呂ができた時の感動は、今でも忘れないよ。なにせ、恐怖の大魔王と会わなくて済むからな。」

「ああ、なるほどね。あのおっさん、お前にとってはそこまでトラウマだったのか。」

「まあな。あの恐怖はホントにこの世の終わりだと思ったんだからな。」

「そうか。俺にとっては、番台のおばさんに叱られてる、ただのおっさんでしかないんだけどな。」

 二人はそんな話をしながら、のぼせる直前まで湯船に浸かった。

 風呂から上がると、すっかり暖まった身体の火照りを取りながら、ランドリー室から洗濯物を回収し、部屋へと戻る。


 部屋に入り、一息つくと、いよいよ明日の行き先を決めるルーレットである。

「じゃ、回すぞ。ドゥルドゥルドゥルドゥル……ジャン!本庄ほんじょう駅。って埼玉か?」

 駅夫は淡々と読み上げた。

「だな。埼玉、高崎線だな。また蜻蛉返りかよ。」

 羅針は呆れたように、溜め息交じりに言う。

「ん?埼玉って、そうか、こっからまた10時間か。まじかよ。」

 駅夫は漸く状況が掴めたのか、時間差で嘆いた。

「今自分がどこに居るか良く分かってないんだろ。」

 羅針が核心を突いたように言う。

「ああ、なんか関東のどっかに居るつもりだった。」

 駅夫がそう言って頭を掻いた。


「とにかく、明日は太刀洗駅にある平和記念館を見学することにして、もう一つビール工場が見学できるけど、どうする。」

 羅針が明日の予定について確認する。

「そうだな。時間はどれぐらい掛かるんだ。」

「標準見学時間が65分ってあるな。だから、見学時間外も入れればおよそ2時間は見ておくべきだろうな。平和記念館も1時間以上は見ておいた方が良いだろうし、最低でも3時間から掛かっても4時間位だろうな。」

 羅針が大凡おおよその見積もりを言う。

「だとすると、太刀洗駅を出るのは14時とか15時ぐらいになるのか。向こうに着くのは今度こそ本当に夜中だな。」

「もし、泊まる場所に縛りを設けないって言うなら、新幹線で東京駅まで行って、東京駅周辺で一泊してから、翌日向かうっていうのもありだと思うぞ。それか、ここでもう一泊するか。」

「結局、ここに泊まってしまったら、向こうに着くのは昼過ぎだろ、それなら明日中にいけるところまで行って、泊まった方が時間に余裕ができる気がするけど。」

「そうだな。じゃ取り敢えずその方向で計画を練ってみるよ。」

「了解。よろしく。」

 二人の方向性は決まり、羅針が早速行程組みと手配を始めた。



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