陸之壱
東小金井駅は、学生たちでごった返していた。
丁度お昼時だったためか、午前中で授業が終わった学生と、午後から授業が始まる学生がかち合った。彼らの会話からは、単位がどうだ、先公がどうだ、代返がどうだ、バイトがどうだなどと聞こえてくる、なんてことはなく、皆黙々と学校に向かうか、帰宅、もしくはバイトに向かう者が、ただすれ違うだけで、手にしたスマホと向き合っているだけだった。
これだけの人が行き交っているにもかかわらず、会話らしい会話が聞こえてこないのは、旅寝駅夫と星路羅針にとって奇妙な光景に映った、学生が集まると大抵うるさくて、白い目で見られていた二人の学生時代とは、隔世の感である。
二人は、駅改札口を潜り、上り方面のホームに上がり、東京行きの中央快速線E233系0番台に乗って、三鷹駅まで向かう。三鷹駅で同じE233系0番台の中央特快に乗り換えて東京駅へと向かった。東中野駅あたりまで一直線に続く中央線の線路を、徐々に背が高くなるビルの合間を突き抜けてひた走る。
かなり混雑していた車内は、新宿駅でほとんどの乗客が降りたことで、漸く座席に空きができた。
新宿を出れば、四ッ谷、御茶ノ水、神田と停車し、列車は再び混雑していく。新宿を出ると線路は皇居の外堀に沿って走るため、都内にしては緑が多く見られる、自然豊かな沿線風景となる。
こうして列車は東京駅の高架ホームへと滑り込み、溜め込んだものを吐き出すように、乗客を吐き出した。
吐き出された二人は、中央快速線のホームから、1分30秒近く掛かる長いエスカレーターを使って、コンコースへと降りる。
新幹線ホームへと向かう前に、初日に寄った駅弁屋さんで、弁当を調達する。購入したのは初日にスルーした、東京の名を冠した幕の内弁当である。二人とも気になっていたのだ。ちょっと値が張ったが、そこはご褒美である。何のご褒美かと問われると、答えに窮するが。
新幹線ホーム19番線に上がってくると、売店でおやつと、例のカップアイスを調達した。入線して、奇跡の7分を終えた、のぞみ35号N700Sの車内に乗り込み席に着くと、今度は溶けないうちに、早速カップアイスと格闘を始める。
「この固さだよ。これを体感したかった。」
駅夫が、まったく歯が立たないアイスに嬉々として挑んでいる。
「そうそう、これだよな。味も良いんだけど、このアイスに関しては二の次だな。」
羅針もいっこうに入っていかないスプーンを力業で突き立てようとしていた。
彼らのスプーンがアイスに突き刺さる前に、新幹線は出発した。
黙々と格闘していた二人は、品川に到着しようかというあたりで、漸く一口目にありつくことができた。
その後も景色をそっちのけで、アイスと格闘していた二人は、新幹線が新横浜を過ぎたあたりで、カップアイスとの戦いは終了を迎えた。兵どもが夢の跡。カップの中の兵どもはすっかり消え去り、殲滅されていた。
二人が余韻に浸る間もなく、次の戦いが待っていた。そう、日本最高峰との戦いである。これで、この旅3回目の富士山との対峙である。二人はそれぞれスマホと一眼を準備し、その時を待つ。
丹那トンネルを抜けて、三島駅を過ぎ、愛鷹山の向こうに富士山が顔を見せてくれる。そのはずだった。ところが、今日は頂上付近に雲がかかり、てっぺんだけ隠れていた。いわゆる笠雲である。しかし、二人にとってはそれも良いアクセントで、ベストショットを狙っていく。
3度目ともなると慣れたもので、架線柱も対向列車も被らないように、二人とも上手く撮れた。
「駅夫、日本一高い山は何だ?」
富士山の撮影ポイントを過ぎた頃、突然羅針が当たり前のことを質問する。
「もちろん、富士山だよ。何だよ急に。なぞなぞか?」
駅夫は羅針の真意を掴めずに、聞き返す。
「じゃ、富士山が日本一の地位を破られたことはある?ない?」
羅針が続けて質問する。
「そんなのねぇだろ。人間の背比べじゃねぇんだから、突然あっちの山が大きくなったり、小さくなったりって、宅地造成とかの対象になる山ならいざ知らず、富士山レベルじゃあり得ないだろ。」
駅夫がそう言って、〔ない〕にベットする。
「ハズレ。なぞなぞでも、宅地造成がどうたらでもなく、ハズレ。」
羅針が楽しそうに宣告する。
「なんでだよ。富士山だよ、あり得ねぇだろ。」
駅夫は不満たらたらの表情で、反論する。
「それがあり得るんだよな。」
羅針は、そんな駅夫をしてやったりという顔で、嬉しそうに見る。
「じゃ、富士山を抜いたことがあると言う、その山は何だよ。……あっ分かった、なんとか山っていうお相撲さんだろ。富士山に登頂して、富士山より高いとかいうオチだな。なぞなぞじゃないっていうなら、誰か実際に登ったんだろ。」
駅夫が捻りに捻って答える。
「まあ、それもありだけど、残念。それもハズレ。」
羅針はそう言って再びハズレを宣告する。
「じゃなんだよ。教えろよ。」
駅夫が答えを聞こうとするが、羅針は答えではなく、ヒントを出す。
「その山が存在したのは、大戦が終わるまでだよ。」
「あっ、つまり、台湾か朝鮮の山ってことか。」
「そう言うことだ。新高山って聞いたことないか。」
「あの戦争物で良く出てくる〔ニイタカヤマノボレ〕って符丁で使われてるあれか?」
「そうだよ。」
「ニイタカヤマって富士山の別名だと思ってたけど、違うのか。」
「違うね。その正体は玉山、日本語読みで〔ぎょくさん〕、他にもモリソン山とか、パトゥンクオヌと呼ばれてる山のことだよ。標高は3952mで、当然3776mの富士山よりも200m近く高いことになる。かつて日本統治時代に新高山と命名して、日本最高峰に君臨したんだ。」
「まじかよ。台湾って島だろ面積も確か九州とほぼ変わらないって聞いたことがあるぞ。そこに、富士山より高い山があるのか。驚きだな。」
「台湾には、3000m以上の山が284座、それに対して日本はたったの21座、人によっては23座とか27座とかいうけど、それでも10分の1しか存在しないから、当然の話なんだよ。」
「マジで。10倍もあるのか、それは知らなかった。それじゃ富士山より高い山があっても頷けるな。」
「台湾には、富士山より高い山が10座もあるからな。当時富士山は11番目だったってことだ。」
「なんだよ。日本人の心、富士山が11位かよ。それはなんか寂しいな。ってあれ、朝鮮半島は?朝鮮半島にも富士山より高い山あるだろ?それこそ半島なんだし。」
「残念ながらないよ。朝鮮半島の最高峰は白頭山で2744mだから、富士山より高い山はないんだよ。」
「じゃ、11位は確定なのか。」
「まあな。でも独立峰としては、タンザニアのキリマンジャロ、5895m、南極大陸のエレバス山、3794mに次いで世界第3位だから。そう言う意味では誇って良いと思うぞ。」
「なんか、ハンディを貰った気分だな。あれ、そしたら富士山より高い山を世界で探したら、11位じゃ済まないってことじゃないか。」
「そう言うことだな。なんせ8000m級から存在するんだから。」
「確かにそうか。まあ、それでも良いよ。富士山の美しさには関係ないからな。」
「そういうことだ。順番なんて気にすることはないんだよ。」
「お前が、順番に拘ったクイズを出したんだろうが。」
「そうだっけ。」
「恍けるなよ。」
羅針が恍けると、駅夫が突っ込みを入れて、二人は笑った。
そんな話をしていると、列車は名古屋に間もなく到着しようとしていた。
二人は、東京駅で買ってきた駅弁を食べることにした。
東京駅を描いたパッケージを開けると、中には色とりどりのおかずがぎっしりと並んでいた。
添えられたお品書きを見ると、都内に点在する有名老舗店の一品を纏めましたという弁当で、それぞれに主張が強く、内容は牛肉の佃煮、寿司用卵焼き、蒲鉾、壺漬け、葡萄浅蜊、芋羊羹などなど、弁当としても纏まりはないものの、やはりそこは老舗の味、一品一品味わい深く、まさに宝石箱のようで、口の中は幸せいっぱいだった。
駅弁を食べ終わっても、二人は眠ることなく、羅針はタブレットで小説を読み、駅夫は車窓を眺めていた。時折、テーブルに広げたお菓子を摘まみ、ビールを飲みながら。
博多駅に降り立つと、二人は大きく伸びをした。
数日前に降り立ったばかりの博多駅である。あの時感じた空気感は今でも感じるものの、新鮮味はだいぶ薄れてしまった。
二人は、6番線にある鹿児島本線の乗り場へと向かう。
ドアの部分が赤く塗られた815系の快速大牟田行きが入線してきた。
二人が乗り込むと、列車はすぐに発車した。いつもの通り駅夫は前面展望かぶりつきに陣取ったが、車内は混雑していて、羅針はシートに座ることができなかった。
博多駅を出た列車は、ビル群を横目に走り出すと、すぐに車窓は住宅街に変わる。車窓はリレーかもめの時と変わらないが、やはり窓の形状の違いなのか、景色の印象は大きく違う。住宅街に田畑が混じってくると、いよいよ基山駅に到着である
基山駅は鹿児島本線と甘木鉄道の共同使用駅で、甘木鉄道が元々国鉄だったことを彷彿とさせる佇まいである。
基山という名は、開業当時の地名である、三養基郡基山村が由来で、664年に天智天皇により駅の北西にある、標高404.5mの山に基肄城が築かれたことで、城のある山という意味の[基山]という名が付き、そこからできたのが基山という名である。
二人がこれから乗る甘木鉄道株式会社は、福岡県朝倉市に本社を置き、佐賀県三養基郡基山町から福岡県朝倉市甘木に至る、旧日本国有鉄道特定地方交通線の鉄道路線甘木線を運営している。朝倉市、筑前町、基山町、ビール会社などが出資する第三セクター方式の鉄道会社である。
ちなみに、特定地方交通線とは、〔日本国有鉄道経営再建促進特別措置法〕で規定する地方交通線のうち、バス転換が適当とされた旅客輸送密度4,000人未満で、なおかつ貨物輸送密度が4,000トン未満の国鉄路線のことを指した、いわゆる赤字ローカル線のことである。
甘木鉄道は、第三セクター転換後、経営努力が実り、毎年黒字計上を続けてきた。しかし、2006年7月の豪雨により、5ヶ月もの間一部が不通だったために旅客が減少し、原油高騰も相まって、赤字が続いているが、比較的経営は良好なようである。
二人が乗ろうとしている甘木鉄道はそんなローカル鉄道であった。