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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾陸話 南魚崎駅 (兵庫県)
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拾陸之廿漆


 倚松庵いしょうあんを後にした、旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、ポツリポツリと再び降り始めた雨の中をひとまず駅へと向けて歩き出そうとしていたが、突然駅夫が足を止めた。


「このままホテルに戻るのか。」

 駅夫が羅針に聞く。

「そうだな。予定してたところは全部回ったし、このまま帰っても良いけど……。どっか寄ってく? 夕飯はホテルで予約してるから、外で食べるのは無理だけど、遊びに行くだけなら全然構わないよ。」

 羅針が答える。

「そうかぁ……、ただ、この雨だしなぁ……。」

 駅夫が考え込んでしまった。

「このすぐ傍に、灘高なだこうがあるけど、そこでも見に行くか。」

 羅針が冗談半分に言う。

「灘高って、あのすっげぇ頭の良い学校か?」

 駅夫が確認する。

「そう、偏差値トップクラスの東の開成、西の灘って並び称される二大高校の一角だな。まあ、見に行ったところで、中には入れる訳じゃないし、校門の表札見て帰ってくるぐらいがオチだけどな。」

 羅針がそう言って笑う。

「まあ、そうだよなぁ……。」

 羅針の冗談に反応せず、駅夫は再び考え込んでしまった。

 その様子を見て、羅針は平櫻にシュラッグのポーズをした。


「旅寝さん、そうやって無理矢理どこかへ行こうとか考えずに、たまにはホテルでゆっくりするのも旅の醍醐味だと思いますよ。

 秋田の苅和野でお二人が仰ってたじゃないですか、『せせこましいのは詰まらない、のんびりが一番』って。」

 平櫻が言う。

「そういえば、そんなこと言ったっけか。」

 駅夫が漸く顔を上げて、平櫻を見た。

「はい。」平櫻は大きく頷くと、「のんびりする贅沢を味わえるのも旅の醍醐味だって。詰め込みすぎは良くないんだって。そう、仰ってましたよね。」と続けた。


「そうか。確かにそんなこと言ったな……。そうだね。その通りだね。……良し分かった。なんかどっか行かなきゃって気持ちになってたけど、ホテルに帰ってのんびりしよう。

 これでも飲むか。」

 駅夫は、吹っ切れたように言うと、手に持っている酒蔵で買い込んだ酒の入った袋を掲げた。

「はい。そうしましょう。」

 平櫻はそう言ってにこやかに同意する。

「じゃ、駅に向かおうか。」

 羅針がそう言うと、平櫻にお礼を耳打ちし、駅へと向けて歩き出した。

 雨足は徐々に強くなり、住吉川の川面に叩き付けられる雨音が強くなっていった。


 住吉川沿いの遊歩道を歩き、魚崎うおざき駅に到着した三人は、遊歩道から上がる階段の前で、駅名を入れて記念撮影をし、駅の写真を撮ったりしてから、ホームへと上がった。

 ホームに上がるとすぐに新型の3000形が到着し、三人は乗り込んだ。

 車内は土曜日もあってか、昼間のこの時間なのに多少混んではいた。


「あのまま、ブラブラと歩いてたらびしょ濡れだったかもな。」

 羅針が列車の窓に叩き付ける雨が激しさを増しているのを見て、ホッとしたように言った。

「そうだな。平櫻さんに言われて良かったよ。ありがとね。」

 駅夫が改めて、平櫻に礼を言う。

「そんな、お礼を言われるようなことじゃないですから。」

 平櫻は少し照れたように謙遜した。


 列車は土砂降りに変わった雨の中を飛ぶように、六甲アイランドへと向かって走り抜けていく。南魚崎駅を出て、海の上を渡り、アイランド北口駅を過ぎると、ホテルのあるアイランドセンター駅に到着した。10分弱の空中散歩はあっという間に終わった。


 駅を出ると、ホテルまでは屋根付きの連絡通路を通れるので、傘を差すこともなく、濡れずにホテルへと戻ってこられた。

 ホテルの部屋に一旦戻った三人は、それぞれ夕食の時間まで、思い思いに部屋でのんびり過ごすことにした。


「なあ、羅針。俺ってさ、やっぱりダメなヤツなのかな。」

 駅夫がベッドに横になりながら、天井を見つめて羅針に話し掛ける。

「そんなの今更だろ。」

 羅針がそう言って笑う。

「やっぱそうだよなぁ。」

 駅夫がごろりと身体を横にして、隣のベッドで横になってる羅針を見る。

「何だよ、どうかしたか。」

 羅針が真剣な顔になって、駅夫を見る。

「う~ん。まあ、何でも無いっちゃ何でも無いんだけどな。なんかさ、俺ってやることなすこと上手く行ってない気がしてさ。」

 駅夫がそう言って溜息をつく。


「だから、そんなの今更だろうよ。それとも何か、スーパーマンかヒーローにでもなりたいのか。」

 羅針がからかうように言う。

「そういう訳じゃないんだけどさ……。なんか空回りしてるって言うかさ……、空転してるって言うかさ……、上手く言えないんだけど……、百足むかで競走してたはずなのに、いつの間にか後ろに誰も居なくてさ、独りで百足競走やってる感じなんだよな……。」

 再び仰向けになって天井を見た、駅夫が絞り出すように言う。


「何を気にしてんだよ。お前はお前だろ、好きにやったら良いんだよ。独りでやる百足競走が嫌だったら、そのまま単独でゴールしちまえば良いんだし、借り物競走よろしく観客から誰か引っ張り出したって良いんだぜ。

 運動会にはルールがあっても、お前の人生にはルールなんてないんだからよ。」

 羅針が諭すように言う。


「まあ、お前ならそう言うよな。自由なんだろ、責任を持ちさえすれば。」

 駅夫は再び大きな溜息をついた。

「そうだよ。法律、ルール、マナー、常識、人間関係、それに空気といった、世の中には色んなしがらみがあるけどさ、そのさくの中にいる限り、何をしたって良いし、どんな人間になったって、それを咎められる謂われは、まったく無いんだよ。」

 羅針はいつも駅夫に言う持論を繰り返す。

「それは分かってるんだけどさ……。」

 駅夫は再び考え込むようにして煮え切らず、再び大きな溜息をつく。


「どうせ、お前のことだから、さっきの観光するしないって話を言ってるんだろ。もし、そうなら、誰も気にしちゃいないからな。もちろん平櫻さんも。」

 羅針が核心を突く。

「お前には、隠し事は出来ないな。何でもお見通しか……。まあ、隠すつもりも無いんだけどさ……。上手く言えないっていうか……、原因はお前の言うとおりなんだけど、俺の気持ちが違うっていうか……、なんかモヤモヤしてるんだよな……。心の奥におりが溜まってるような……、なんかそんな感じ。」

 駅夫が考えを巡らせながら言葉にする。


「気にされてるとか、されてないとか、そんなこと関係なく、自分の心がすっきりしないんだな。だから、独り百足競走か。独りで突っ走ってるって感じてるんだろ。周りなんか関係なく。」

 羅針が確認するように言う。

「そう。」

 駅夫は頷いた。

「だから、それを気にするなって言ってるんだよ。突っ走ったって良いじゃん。っていうか、むしろ突っ走れよ。お前に停止を掛けるものは何もないんだし。お前の気持ちだろ、好きにしたら良いんだよ。もしさくから出たら、俺が鞭打ってやるからよ。」

 羅針はそう言って駅夫に笑顔を向ける。


「なんだそれ。鞭打ちだけは勘弁だな。……平櫻さんに言われて気付いたんだよ。俺って言ってることとやってることがバラバラだなって。指摘されるまで気付きもしなかったんだよ。如何にその場限りの言葉を吐き散らかしてきてるかって考えちゃってさ……。」

 駅夫はそう言って頭の後ろに手をやる。

「だから、今更だろって言ったじゃん。お前の話が終始一貫しないのは、今に始まったことじゃないって。それに、人間なんて皆そんなもんだろ。誰かに影響されて考え方が変わるし、価値観はもちろん、昨日好きだったものが、今日は嫌いになる。やっぱりやめたとか、日常茶飯事だろ。

 お前だってそうさ。子供の頃から変わらず守り続けてるもの、考えが変わってないもの、価値観が変化してないものって、どれだけあるよ。

 そんな長期スパンで考えられないって言うなら、このルーレット旅に出てからでも良いさ。

 旅に出て、色んなもの見聞きして、色んな人に出会って、色んな影響を受けて、価値観が変わらなかったか?考え方が変わらなかったか?ものの見方が変わらなかったか?もし、変わってないって言ったら、そっちの方が病気だぞ。どうだ?」

 羅針が理詰めで諭す。


「そうだな、お前の言うとおりだな。考え過ぎなんだよな……、結局。」

 そう言って駅夫は軽く伸びをした。

「考えることは良いことさ、悩むなら大いに悩めば言いさ、考えや価値観が変わろうとしているあかしだからな。鍋でコトコト煮ているって思えば、大いに悩んで、美味い料理に仕上げたら良いさ。」

 羅針が冗談めかして言う。

「あ~あ。なんかお前の前では、俺の悩みなんて、煮物みてぇなものなんだな。なんか、あほくさくなってきた。」

 駅夫はそう言って、今度は大きく伸びをした。


「お前は昔っからそう。小さいこと、細かいこと気にしすぎなんだよ。それがお前の良いところでもあり、欠点でもある。そういうお前だからこそ、社長として成功したんだし、失敗も重ねてきたんだろ。それがお前の人生じゃん。俺とは違うな。

 お前は、お前が主人公のお前だけの物語を紡いできたんだろ、だったら堂々と続きを語れば良いさ。社会のさくの中では自由なんだからよ。」

 羅針が励ますように言う。

「そうだな。俺は主人公なんだもんな。物語の中では自由だもんな。」

 駅夫はそう言って漸く笑顔になった。


「ほら、そろそろ飯の時間だ。平櫻さん待たせたら悪いからな。」

 羅針がベッドサイドに置いておいたスマホの時計を確認する。

「だな。食べ物の恨みは恐ろしいってな。」

 駅夫はそう言って笑った。


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