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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾陸話 南魚崎駅 (兵庫県)
184/197

拾陸之拾参


 旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人を乗せた新幹線のぞみ43号は、定刻通り京都駅を出発した。

 居眠り宣言をしていた駅夫は、結局ビール片手につまみを摘まみながら、平櫻と雑談に興じ、羅針はタブレットで中国のSF小説の世界に没頭していたが、列車が京都を出ると、テーブルの上に散らかっていた、缶ビールやつまみの空き袋、アイスのカップなどを羅針が用意したゴミ袋に入れ、降りる準備を始めた。


「もう、新大阪か。新幹線だとあっという間だな。」

 駅夫が言う。

「だな。忘れ物ないようにな。」

 そう言って羅針は注意を促す。

「新大阪からは、京都線の快速ですよね。」

 平櫻が確認するように言う。

「そうですね。京都線の快速ですね。」

 羅針が応える。

「大阪から乗るのに京都線って、なんか変な感じだな。」

 駅夫が言う。

「まあ、京都線って言っても、隣の大阪駅までで、その先は神戸線だけどな。」

 羅針が応える。

「直通運転ってヤツか。」

「そう。網干あぼし行きだから、姫路から先は山陽線に入るよ。」

「網干って、香登かがと駅からの帰りに通ったよな。」

「そう。良く覚えてたな。」

 羅針がそう言うと、駅夫は「まあな」と言わんばかりのどや顔をしていた。


 そんなことを話しているうちに、新大阪駅到着の車内放送が掛かり、列車が速度を落とし始めた。


 程なくして、列車は新大阪駅へと滑り込んでいった。京都で大分降りたため、車内は品川を出た時程混雑はしておらず、空席も大分目立っていたが、窓の外を見ると、ホームにはかなりの人が並んで待っており、どうやら、ここからまた混み出すようだ。


 三人は、降車客に続いて列車を降り、ホームで伸びをした。新大阪の駅は雨が降っていて、梅雨らしい天気だった。車内で空調の効いた快適な空気に触れていた三人は、ジメッとした蒸し暑い空気に纏わり付かれ、少し顔を顰めたが、伸びをして嫌な気分を吹き飛ばした。

 乗り換え時間は20分程あるため、三人は慌てることなく、人の流れに乗って在来線ホームへと向かう。

 新大阪駅もこの旅で何度か利用しているので、勝手は分かっている。


 新幹線ホームから降りてきた三人は、コンコースで良い匂いに囚われる。

「おい、羅針、あれ買っていかねぇか。」

 駅夫が羅針を呼び止めて、指差す先には、前回来た時に立ち寄った、豚まんでおなじみの店があった。良い匂いはその店から漂ってきていたのだ。

「いや、無理だろ、ざっと見て30人は並んでるぞ。次の列車に乗り遅れるって。」

 羅針が行列を見て、一蹴する。

「いいじゃん、別に急ぐ訳じゃないだろ。買っていこうぜ。」

 駅夫がそれでも諦めない。

「どうしても食べたいのか。」

「どうしても食べたい。」

「死んでも食べたいか。」

「死んでも食べたい。」

「じゃ、死ぬか。」

「それは嫌。」

「嫌なのかよ。」

 そう言って羅針は笑いだし、平櫻にも確認する。


「平櫻さんはどうします、食べますか。駅夫の奢りです。」

 羅針がそう言って平櫻に確認する。

「旅寝さんの奢りなら是非買い占めたいですね。」

 平櫻がそう言って笑う。

「おい、勝手に人の財布を当てにするなよ。それに買い占めるって、いくら掛かると思ってるんだよ。」

 駅夫が怒るが、その顔は笑っていた。


「分かったよ。奢るよ。一人五個まで、買い占めはなしだからな。」

 駅夫が諦めたように言う。

「おっ、マジか。平櫻さんやりましたね。言ってみるもんです。」

 羅針が嬉しそうに言う。

「本当に良いんですか。ちゃんと自分で出しますよ。」

 平櫻は冗談が本当になりそうで、慌てて素に戻る。

「良いんですよ、ここは奢られておきましょ。」

 羅針が脇から、平櫻に耳打ちする。

「まったく。ほら、並ぶぞ。」

 駅夫はそう言って、話をしている間にも更に列が長くなっていた待機列に並んだ。


 結局、豚まんを購入出来るまでに、30分以上も掛かってしまい、予定していた列車どころか、その一本後も逃すことになった。

 それでも、三人は待望の豚まんを手に入れたことで、そんな些細なことは気にせず、在来線のホームへと降りてきた。


 丁度、帰宅ラッシュの時間である。ホームには既に帰宅を始めた会社員たちが列車を待つ長い列を作っていた。

「花金だろ、皆飲みに行けば良いのに。」

 駅夫はラッシュになるのが嫌なのか、そんな勝手なことを言い出す。

「今時、花金だから飲みに行くなんてのは時代遅れなんだよ。それに、もう少し早ければ、もう少し空いてたかもしれないぞ。」

 羅針が嫌みのように、バッサリと切り捨てるように言う。

「豚まんはしょうがねぇだろ。お前だってあの匂いには抗えねぇだろぅが。」

 駅夫はそう言って反論する。


「でも、花金はもう受け入れられないですよ。今は、家飲みの時代ですからね。仲の良い仲間と、自宅でネット越しに飲み会をやるんですよ。店に行くなんてコスパが悪いとかなんとか言って。」

 平櫻も何か含みを持ったような言い方で言う。

「ほら、時代遅れだってよ。」

 羅針がからかうように言う。

「マジかよ。時代遅れだって言ったって、そんなの飲んだ気にならないじゃん。皆でグラスを合わせて、同じ皿の料理をつついて、取り合って、酔い潰れるまで飲まなきゃ。」

 駅夫が、時代錯誤的なことを言い出す。

「それ、昭和のおじさん世代の価値観だよ。」

 羅針が再びバッサリと切り捨てる。

「私は、そういうの好きですけどね。皆で一緒に飲むのが楽しいじゃないですね。」

 そう言って、平櫻は、今度は駅夫の側に付く。

「だろ、やっぱし酔い潰れるまで飲まないとな。」

 味方を得たとばかりに駅夫が言う。

「でも、帰りはちゃんと自分の足で帰って欲しいですけどね。」

 平櫻はそう言って苦笑いする。昨日酔い潰れて、羅針と平櫻が駅夫をタクシーに乗せてホテルまで帰ってきたことを言ってるのだ。

「それは、ごめんって。」

 駅夫は気まずくなって、平櫻に手を合わせる。

「怒られてやんの。」

 羅針がからかう。

「これが時代か。」

 駅夫がそう言って時代のせいにしようとする。

「いや、いつの時代も、酔い潰れたヤツに人権はないから。」

 羅針はそう言って笑う。

「悪かったって。本当に反省してるから。ごめんって。……二人してチクチクするのなしだぜ。」

 最後にそう言って駅夫はぼやく。

 その一言を聞いた羅針と平櫻は、声を上げて笑った。


 漸く、網干行きの快速、競走馬のブリンカーのようなものを着けた225系が到着した。

 すでに、車内は混み合っていて、大きな荷物を抱えた三人は、乗り込むのに一苦労した。ただ、横浜から関内で経験したような寿司詰め状態でなかったのは、不幸中の幸いで、少しは余裕があった。しかし、混んでいることに変わりはなく、30分弱の乗車時間ではあったが、ずっと立ちっぱなしだった。

 特に次の大阪駅からは、更に混んできて、まさに寿司詰め状態となり、平櫻は吊革に掴まるのも苦労している状態で、駅夫と羅針の腕に掴まらせて貰っていた。


「すみません。」

 平櫻が頻りに二人に謝っている。

「良いって、良いって、気にしないで。美人に掴まって貰えて、腕が喜んでるから。」

 駅夫が言う。

「だから、それセクハラだからな。」

 羅針がそう言ってたしなめる。

「喜んで貰えて光栄です。ありがとうございます。」

 平櫻がニコリと笑って言うと、羅針のセクハラ発言を牽制した。

 それを聞いた駅夫が、ほら見ろと言わんばかりに、どや顔をしている。

「お前、それ会社の女性たちにしてないだろうな。」

 少し心配になった羅針は、駅夫に詰め寄る。

「しないよ、そんなことしたら、糸原いとはらさんにこっぴどく叱られるからな。」

 糸原というのは、駅夫の秘書をしている糸原亜利紗いとはらありさである。駅夫の秘書をするようになってから、駅夫の右腕として、駅夫を支えてきた女性であり、彼女は年下ながら、駅夫を良く窘めている。糸原のお陰で、駅夫の会社が回っていると言っても過言ではない。


「だめじゃん。気を付けろよ、訴えられたら終わりだからな。」

 羅針が改めて窘める。

「分かってるよ。気を付けるって。……それにしても、お前が糸原さんに似てきたのか、糸原さんがお前に似てきたのか、言うこと同じだな。」

 駅夫がそう言ってぼやく。

「誰だって同じこと言うだろ。」

 羅針が呆れたように言う。

 平櫻は、それ以上は藪蛇やぶへびになると思い、駅夫に助け船を出すことはしなかったが、星路に対しそんなに気にすることないのにと内心思っていた。


 雨が降っているためか、車内は冷房が稼働しているはずだが、人の熱気で蒸れ、額に薄らと汗を掻いてしまう程だった。

 駅に止まるたびに、空気が入れ替わりはするが、それでも走り出せばすぐに湿気と人々の汗で車内は蒸し風呂状態になっていた。


 帰宅ラッシュで混雑していた列車の、永遠とも思える程に感じた30分の乗車時間は、乗換駅の住吉すみよし駅に到着したことで、漸く終了した。

 三人は列車から吐き出されるようにホームへ降りた。


 住吉駅に降る雨は、梅雨の雨らしくシトシトと降り続き、三人はもうすぐ目的地に着ける安堵を感じながらも、纏わり付く湿気を含んだ空気に嫌気がさしていた。



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