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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾陸話 南魚崎駅 (兵庫県)
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拾陸之拾


 靖国神社の遊就館を見学していた旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、休憩室でお手洗いを済ませ、最後に向かったのは靖国の神々に関する展示である。すなわち、明治政府が樹立して、第二次世界大戦が終了するまでに国のために犠牲になった英霊たちに関する展示である。


 そこには英霊たちの遺書や遺品、遺影などのパネルが展示され、英霊たちの想いが、時が止まったかのようにそこにはあった。

 三人が立ち止まったのは、花嫁人形である。白い角隠しに、白無垢や赤色の打ち掛けを身に纏った美しい花嫁人形が、ガラスケースに入れられて展示されていた。この人形は花嫁を迎えることなく学徒出陣した英霊たちのために、戦後、遺族から捧げられたのだという。

 三人は奇しくも結婚していない。羅針と平櫻は未婚であり、駅夫はバツイチである。ただ、三人は相手に恵まれなかったとはいえ、それを選択したのは三人自身の意思である。

 しかし、彼らはどうだ。花嫁を迎えられなかったのは、彼らの自由選択ではない。国のために命を捧げる覚悟をしなければならなかったのだ。結婚しないことを強制されたと言ってもいい。

 たとえ非結婚者という状態は同じでも、置かれた境遇はまったくもって違うのだ。そのことに思い至った三人は胸が締め付けられるような想いで、言葉もなく、その美しい花嫁衣装を着た人形に釘付けとなっていた。


 重い足取りで最後の最後に、大型兵器の展示室に到着した。艦上爆撃機彗星(すいせい)や人間魚雷回天(かいてん)、ロケット特攻機桜花(おうか)などが展示されていた。


「なあ、羅針。これを見る意味ってなんだろうな。」

 駅夫は羅針に呟くように言う。もちろん駅夫自身答えは分かっているし、その意味も分かっている。だが、羅針に聞かざるを得なかったのだ。

「そうだな。俺たちは、なんでこういうものを見ているんだろうな。」

 羅針も駅夫の言わんとすることは分かっている。戦争というものを忌避し、忌み嫌うのであれば、こういう兵器を見ること自体おかしな話であるのだ。

 しかし、駅夫も羅針も、兵器を前にしてもそれを忌み嫌うことなく、しっかりと解説を読み、その性能を知り、どう使われたかを学んでいるのだ。


 平櫻は二人がどうしてそんなことを言っているのか分からなかった。平櫻にとって戦争に関する資料は兵器も含めて歴史の遺物であり、それを見ることで、何があったかを知ることになるのだ。なぜ見ているのかと言えば、歴史を知るため、歴史を学ぶためである。それは、先程旅寝と星路の二人が訥々と平櫻に対し歴史観として語ったことである。

 兵器も含めて歴史であり、こんなものを作り上げてしまった人間の恐ろしさを目の当たりにすることで、二度と同じ過ちを繰り返さないと心に誓うことである。

 そんなことが分からない二人ではない筈で、平櫻は、二人の真意が分からず、二人の顔を見比べてしまった。


 遊就館の見学コースは英霊の遺影パネルを以て最後の展示物となった。二百四十六万六千五百八十四柱の英霊たちが辿ってきた戦いの歴史は、三人にとって様々な感情を惹起じゃっきし、様々な思いを募らせた。


 入り口ロビーに戻ってきた三人は、売店の傍、零戦の脇にある喫茶コーナーで一息つくことにした。


「なあ、羅針。一つ聞いても良いか。」

 運ばれてきたアイスコーヒーに口を付けた駅夫が、唐突に聞いた。

「ああ、何だ。」

 羅針は何を聞かれるのかと身構えながらも、一口飲んだアイスティーのコップをテーブルに置いた。

「お前にとって、この靖国神社はどういう場所なんだ。」

 駅夫が少し聞きにくそうにしながらも、ど直球で聞いた。

「どういう場所かって……。どういう意味だ。」

 羅針は、駅夫の真意が掴めず、逆に質問で返す。

「どういう意味か、か……。この靖国神社は英霊を祀っている神社であるよな。ということはお前が好きな中国と戦争をしてきた人々も祀られているわけだ。虐殺をしてきたという話も聞くし、多くの中国人をあやめてきた人々が祀られているのが、ここ靖国だよな。

 お前が、実際どう思っているのかと思ってさ。

 お前が歴史を学ぶために来たのなら、それは理解できるし、俺たちのために敢えてコースに入れたのであれば、それはそれで何か悪いなと思ってさ。お前が嫌な思いをしているなら尚更ね。

 だから、お前の本音を聞いておきたくてさ。」

 駅夫は言葉を選びながらも、羅針に質問した真意を語った。


「そういうことか。そういうことなら心配いらないよ。俺は中国を好きだし、中国人の友人も多くいる。中国贔屓なのは否めないけど、別に中国信奉者ではないからな。靖国へ来ることに嫌悪感を抱くとか、忌避感があるとか、そういうことはまったくないよ。

 だから、嫌々来てるわけではないから、それを心配することはない。」

 羅針は駅夫の真意を知って、正直に答えた。

「そうか、それを聞いて一安心した。俺にとっては色々と学ぶことも多い場所だったから、連れてきて貰って良かったとは思ったけどさ、お前が嫌な思いしてるんだったら、来る必要はなかったのにって思ったからさ。」

 駅夫がホッと一安心して、再びアイスコーヒーに口を付ける。


「それに、ここには中国人や朝鮮人も英霊として祀られているしな。そういう彼らのためにも祈りを捧げる必要はあるし。」

 羅針がそう言って、アイスティーのコップに手を伸ばす。

「えっ、マジで。それは知らなかった。……えっ、平櫻さんは知ってたの。」

 駅夫は、心底驚いたようにしていたが、隣で羅針の言葉に大きく頷いていた平櫻を見て、尋ねる。

「はい。日本が植民地にした台湾と朝鮮で徴兵された人々を祀っているっていう話ですよね。」

 平櫻が答える。

「そうですね。日本統治時代の台湾と朝鮮半島で採用された軍人、軍属、徴兵された人々の一部が祀られているんだよ。」

 羅針が平櫻に頷きながら、駅夫に少し補足して言う。

「そうなのか。それは知らなかった。てっきり日本人だけだと思ってた。まあ、植民地時代なら彼らも日本人ではあったわけだけどさ。……そうか、そうなんだ。」

 駅夫はそう言って、何かを考え込むように呟いた。


「でも、靖国に合祀されていることについて、台湾や朝鮮、今は韓国と朝鮮ですけど、皆さん何か言ってきたりしないんですかね。」

 平櫻が素朴な疑問として羅針に聞く。

「そうですね。合祀解消の嘆願はされているという話は聞きますが、その後どうなったのかは流石に分からないですね。発表されている合祀の人数に変動がないので、おそらく彼らの願いは叶っていないんだとは思いますけど。」

 羅針がそう言って、手に持っていたアイスティーに口を付け、再びテーブルに置いた。

「そうなんですね。お互いが納得する形で解決すると良いですけどね。難しいんでしょうね。」

 平櫻は、靖国神社の立場というものを考えるようになり、その善し悪しは別にして、立場の違いによる対立構造が、星路と旅寝が言う歴史なのだということを改めて思い知らされたような気持ちだった。


「この後はどうする。もう13時になるけど。」

 駅夫が聞く。

「ああ、そうだな。ここでお昼にしても良いけど、あまり遅くなってもしょうがないから、ホテルに戻って荷物を取ってから東京駅か新幹線の中で飯にするか、どっかで飯食ってから荷物を取りに戻って移動にするか、どっちかだな。」

 羅針が提案する。

「平櫻さんはどうする。どっか食べたいところがあれば、そこにするし。」

 駅夫が平櫻にも聞く。

「私は、お二人の好きなようにして貰えればそれに合わせますから。ファストフードでもなんでもかまいませんので。」

 平櫻は気を遣って応える。

「流石にファストフードは味気ないしな。この辺に美味い店ないのか。」

 駅夫が羅針に聞く。

「一応、靖国通り沿いにいくつか店はあるみたいだけど、どれも普通の店だな。是非行っておきたいって感じじゃなくて、普段使いの店ばっかりだな。口コミの評価はどれも高いけど、態々(わざわざ)足運ぶって感じじゃないな。ちなみに、あるのはラーメン屋、蕎麦屋、中華屋、ステーキ屋、洋食屋、それにインド料理もあるな。」

 羅針がスマホで検索しながら答える。

「そうか。これだから、都内って飯食うのに困るんだよな。選択肢がありすぎる。」

 駅夫はそう言って笑う。


「それじゃ、いつものやるか。」

 羅針が提案する。

「いつものか。そうだな。そうするか。」

 駅夫が頷く。

「いつものって何ですか。」

 平櫻が怪訝な顔で聞く。

「ああ、ルーレットだよ。今こいつが検索した結果の上位20番目位までを選択肢に入れて、ルーレットを回して、出た目のところに行くんだ。恨みっこなしの一発勝負だね。」

 駅夫はそう言って笑う。

「そうなんですね。どこでも良いので、どこが出ても問題ないですが、それはちょっと面白いですね。」

 平櫻が少し乗り気になる。

「いつもどおり上位20で良いよな。それと選択肢に東京駅も入れるからな。」

 羅針がルーレットアプリを起動して、項目数を21個セットし21番目を東京駅とした。

「それじゃ、回すぞ。……6だな。ってちょっと待って、ここ和菓子屋だ。ノーカンだな。」

 羅針が回したルーレットが指したのは、老舗の和菓子屋だった。

「それじゃ、しょうがないな。」

 駅夫も頷く。

「……今度は17だ。えっと、ここは……ちょっと待てよ。完全予約制の店だ……、ダメだ予約はいっぱいだ。」

 すぐに回し直した羅針が、嘆くように言う。

「マジかよ。それじゃダメじゃん。次だな。」

 駅夫が言う。

「……今度は……21。東京駅だ。」

 羅針ががっかりしたように言う。

「嘘だろ。どっかで食べる気になってたのに、東京駅かよ。」

 駅夫もがっかりしたように言う。

「私は別に東京駅でも良いですよ。おいしいお店沢山ありますし。」

 平櫻は、二人ががっかりしているのを横目に言う。

「平櫻さんがそう言うなら、東京駅で探すか。」

 駅夫が羅針に言う。


「分かった、じゃ項目数は同じで、東京駅で探すぞ。……構内じゃなくても良いよな。」

 羅針がそう言って駅夫に確認する。

「ああ、東京駅周辺で良いぞ。」

 駅夫が頷く。

「了解。リストアップはこんな感じだ。」羅針は、東京駅周辺の検索結果を駅夫と平櫻に見せるとすぐにルーレットアプリを回す。「……1だ。って、待てよ、また老舗和菓子店じゃん。」

 羅針が検索結果と照らし合わせて、ガクッと肩を落とす。

「お前、和菓子に好かれてるのか、それとも和菓子の霊に取り憑かれたか。」

 駅夫が冗談半分に言う。

「おい、こんなところでその冗談はきついって。」

 ここは喫茶コーナーとはいえ靖国神社の境内である。霊に取り憑かれたは流石に冗談がきつかった。

「悪い、悪い。」

 そう言って、駅夫は頭を掻きながら短く笑った。バツが悪そうな自嘲的な乾いた笑い方だった。

「まあ、良いけどさ。じゃ、もう一回回すぞ。……13だ。13は……カレーパンの専門店だな。ここにするか?……冗談だよ。もう一回回すぞ。」

 羅針は冗談を言うが、二人がえっという驚いた顔をしたので、慌ててもう一回回す。

「……16だ。もういい加減決まってくれよ。……16は、洋食レストランの店だ。ここなら良いだろ。」

 羅針が決まった店を二人に見せる。


「ああ、そこで良いよ。」

「はい。私もそこが良いです。」

 駅夫と平櫻が頷く。

「じゃ、ここにするな。」

 羅針はそう言って、すかさず予約の連絡を入れようとして、店が14時半までで、ランチの予約は受け付けていないことに気づく。

「店は14時半までで、ランチ予約はしてないって。直接行くしかないな。」

 羅針が言う。

「しょうがないじゃん。もし入れなかったら、またそこでルーレットだな。」

 駅夫はそう言って笑う。

「まぁ、それも仕方ないか。今日はルーレット運ないな。」

 羅針が自虐的に言う。

「まったくだぜ。いつもなら、ビシッと決まるのにな。お前、英霊たちに嫌われてるんじゃねぇの。」

 駅夫が冗談半分で言う。

「だから、その冗談はきついって。」

 羅針はそう言って苦笑いするが、あながち当たっているかもと、ガックリと肩を落とす。


 昼飯の店も漸く決まり、三人は、残っていた飲み物をそれぞれ飲み干し、遊就館を後にした。

 ここに祀られている二百四十六万六千五百八十四柱の英霊たちに思いを馳せ、平櫻は彼らが生きてきた歴史を、駅夫は彼らに守られた旅寝家の歴史を、羅針は、異国の地で日本のために戦い、今も靖国に眠る台湾、朝鮮出身の英霊たちに思いを馳せていた。


 それぞれの想いを胸に抱きながら三人は、靖国神社を後にするのだった。




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