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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾陸話 南魚崎駅 (兵庫県)
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拾陸之肆


 都道301号線の内堀通りを歩く旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、皇居の周囲に張り巡らされているお堀の美しさに目を奪われ、都道を行き交う自動車の音に耳を奪われ、今にも降り出しそうな雨模様の空気の匂いに鼻を奪われ、その纏わり付く湿気に触感を奪われ、そしてお喋りに興じるための口も奪われていた。

 五感すべてで感じる皇居周辺の東京は、自然と人工物が融合した街であり、秩序なくコンクリートで発展してきた大都会において、微妙なバランスを保ちつつ、奇跡の景観を保持していた。


 高さも形もバラバラな高層ビルが建ち並ぶ大都会の中で、周辺のビルは、ここだけが秩序ある景観が保たれていることも、この奇跡的な微妙なバランスを保持する要因であるだろうと推測はできるが、ある意味それは一種異様な光景であると、人の目には映るだろう。


「そういえば、この辺りのビルは皆大体高さが同じなんですね。」

 平櫻が周辺のビルを眺めて言う。

「そうですね。別段高さ制限の法律がある訳じゃないですが、皇居への配慮と言うことで、この高さに揃えられてるみたいですね。」

 羅針が答える。

「百尺制限って話を昔してなかったっけ。」

 駅夫が後ろから言う。

「ああ、その話はしたな。」羅針は駅夫に答えると、平櫻にも話を続ける「百尺制限というのは、百尺、つまり30.303mに制限するもので、ロンドンの建築法100フィート制限にならって導入されたものなんですよ。ちなみに100フィートは30.48mになります。

 それで、当時建てられた建物は30m前後の高さしかないんですよ。」


「でも、今はその制限はないんですよね。」

 平櫻が確認する。

「そうですね。最初の東京オリンピックの前、1961年に特定地区制度、1963年に容積地区制度が導入されて、百尺制限という高さ制限から、容積率という考え方に変わったんですよ。」

 羅針が答える。

「容積率って何ですか。」

 平櫻が質問する。

「容積率っていうのは簡単に言うと、建物の敷地面積に対して、その建物が建てても良い延べ床面積の広さを表すんです。

 たとえば50坪の敷地に建つ建物が、容積率200%だとすると、建物の延べ床面積は100坪まで建てられる、つまり、一階を40坪、二階と三階を30坪ずつで計100坪みたいな建物が建てられる訳です。」

 羅針が簡単に説明する。


「なるほど。つまり、高さを制限するのではなくて、その建物の広さを制限しようということですね。」

「まあ、大雑把に言うとそういうことですね。

 実は、これにも歴史的経緯があって、当時高さを制限されてたビルのオーナーは、天井の高さを低くしたり、地下へ階数を伸ばしたりして、無理矢理階数を増やして収益を上げていたんです。そのためビルで働く人たちの健康被害なんかも出てきて、大問題になっていたんですよ。

 それで、単純な高さ制限ではなくて、容積率という、階数の制限も掛けようと言うことで編み出されたようです。」

「あの手この手で規制を考えた訳ですね。」

 平櫻が呆れたように言う。

「そういうことですね。」

 羅針もそう言って苦笑する。


「でも、あれだろ、この辺の建物が低いのはそれ以外にも理由はあるんだろ。」

 駅夫が口を挟む。

「そうだな。

 その100尺制限の名残ということももちろんありますが、皇居への配慮、宮内庁からの要請の両面から右へ倣えとしている部分もありますね。

 ただ、ちょっと奥に行くと、200m級の高い建物が建っていたりしますので、有名無実化しています。

 皇族の安全面を考えて、宮内庁側は躍起になってるようですが、ビルのオーナーとしてはビルの収益を一円でも多く上げたい訳で、一階でも二階でも高く建てたい訳ですよ。」

 羅針が説明する。


「ほら、スナイパーに狙われるとか、そんな可能性もあったりするだろ。……バァァン。」

 駅夫がそう言って、ライフルを撃つ振りをする。

「それは怖いですね。その攻防の結果が今のこの景観という訳ですね。」

 平櫻が身震いする。

「まあ、そういうことになりますね。」羅針がそう言って頷き、話を続ける。「ちなみに、現在明確な高さ制限がされているのは、羽田空港周辺で、確か301mに制限されてますね。」

 羅針が補足説明する。

「飛行機の安全のためには、それは仕方ないでしょうね。でも、301mって、東京タワーを除いてほとんどの建物がクリアなんじゃないですか。」

 平櫻もそれには納得して言う。

「そうですね。ただ、これは標高も含めての高さなので、たとえば標高50mのところに建つ建物なら、251mまでの高さまでしか建てられないってことになりますね。」

「あっ、なるほど。そういうことですね。」

 羅針の言葉に、平櫻は気付いたように頷く。

「それに滑走路の目の前に300m級の建物を建てて良い訳ではないので、実際はもっと事細かに取決めがありますけどね。」

 羅針が付け加える。

「それは、そうですよね。」

 平櫻が頷く。

「離陸して行く飛行機が窓の外に迫ってきたら、流石に怖いって。」

 駅夫が言う。

「まあ、普通に考えれば、ビルのオーナーには分かる話だよな。」

 羅針はそう言って頷く。


「ちなみに、この都道301号線内堀通りは、城郭と高層ビルの道として、〔日本の道100選〕に選定されているんですよ。」

 羅針が平櫻に言う。

「そうなんですね。これだけ美しく秩序ある道を、登録しないわけにはいかないですよね。」

 平櫻はさもありなんという感じで、納得したように頷く。


 そんな話をしながら歩いてきた三人は、羅針が丁字の交差点で足を止めたのに倣って歩を止める。


「この先に、将門塚まさかどづかというのがあるんですよ。」

 羅針が少し重苦しく口を開く。

「将門塚って、平将門たいらのまさかどのことですか。良く神社でお祀りされてますよね。」

 平櫻が聞く。

「そうです。いわゆる首塚ですね。平将門の首が供養されていると言われてます。」

 羅針が相変わらず重苦しそうに言う。


「ここはね、色々と曰く付きの場所なんだよ。」

 駅夫が後ろから呟くようにして言う。

「曰く付きって、まさか出たりするんですか。」

 平櫻が身震いする。

「まあ、そんなところだね。」

 駅夫が言う。

「平将門は、下総国しもうさのくにを中心に10世紀に活躍した武将で、その出自や、来歴はいまだに不確定なものが多いんですよ。

 歴史的にも有名な平将門の乱についても、その評価は人によっても分かれていて、単に降りかかる火の粉を振り払っただけとするものから、自ら王国を建国して朝廷に謀反を働いたとする説まで、色々と解釈はあるようです。

 ただ、結局朝廷に討伐されて討ち死にしたことは歴史的事実としてあるので、後世の人々がなんと言おうと、朝廷側が朝敵として扱ったことは間違いないでしょう。

 その将門の首がこの地になぜ埋葬されているのかは、定かではないですが、跳ねられた首がこの地に飛んできたなどという、オカルトチックな話も出るぐらい、彼は様々な伝説によって語り継がれていると言うことですね。」

 羅針がざっくりと平櫻に説明する。


「でも、そんな平将門を今でも手厚く祀っているんですね。」

 平櫻が不思議そうに言う。

「それが、色々あるからなんだよ。この首塚を移設しようとしたり、取り壊したりしようとした途端に、有り得ない事故が頻発したりしてね、まさにオカルトでしょ。」

 駅夫が声を潜めて言う。

「それ本当なんですか。」

 平櫻が怪しんで、羅針に聞く。

「まあ、都市伝説みたいな話ですが、実際にそういう話はあります。元々京都で晒し首になっていた平将門の首ですが、いつの間にか東国を目指して空を飛んだと言われていて、それが力尽きて辿り着いたのがこの地だと言われています。

 首塚の祟りについては、有名なところだと、ここへ大蔵省が仮庁舎を建てようとしたら、大臣以下14名が次々に亡くなったとか、終戦後GHQがここを整地しようとして死亡事故が発生したとか、とにかく、この首塚に何かしようとした人には祟りがある、と言われるような出来事がいくつか起こっているのは事実です。」

 羅針が答える。

「そんなの祟り以外の何ものでもないじゃないですか。」

 平櫻は話を聞いて、身震いが止まらなくなってしまった。


「手を合わせに行くだろ。」

 駅夫が羅針に言う。

「ああ。もちろん素通りは出来ないからな。」羅針は頷き、「平櫻さん、大丈夫ですよ。害さなければ、何もないですし、むしろパワーを貰えるってパワースポットにもなっていたりするんですから。」

 羅針がそう言って、平櫻を慰める。

「そ、そうですか。それじゃ、しっかり手を合わせに行かなきゃダメですね。」

 平櫻は、まだ少し震えが止まらないようだったが、意を決して二人に付いてお参りをすることにした。


 ビルの谷間にひっそりとある平将門の首塚は綺麗に整備され、古めかしい墓石が、新しくびっしりと敷き詰められた白い砂利と磨き抜かれた石の通路で整備され、周囲を竹塀で囲まれた敷地の中に、ひっそりと鎮座していた。

 そのアンバランス感は否めないものの、きちんと花が手向けられ、手厚く祀られていることが良く分かった。


 三人は、脱帽一礼し静かに手を合わせ、安らかなる眠りを祈念した。


「これで良し。」

 駅夫が言う。

「ああ。」

 羅針が頷く。

 平櫻は、とても動画を撮影する気にはなれず、黙って墓石を見つめるだけだった。


 平将門塚を参拝した三人は、再び都道301号線の内堀通りへと戻り、先へと向かう。

 丁度、東京消防庁本部庁舎前を通り過ぎた辺りで、羅針が平櫻に声を掛ける。

「平櫻さん、あそこに見える公孫樹いちょうの樹ありますよね。」

 羅針が東京消防庁を紹介した後、左手に見えてきた公孫樹の樹を指して言う。

「はい。」

 平櫻が応える。

「あれは〔震災イチョウ〕って言うんですよ。」

 羅針が説明する。

「震災って、東日本大震災じゃないですよね。……ということは、関東大震災のことですか。」

 平櫻が、東日本大震災当時話題にならなかったので、もしやと思って聞く。

「そうです。関東大震災のことです。当時、この公孫樹の樹は一ツ橋(ひとつばし)の文部省構内に植えられていたんですが、一帯が焼け野原になったにもかかわらず、奇跡的に生き残ったそうです。」

 羅針が答える。


「それは凄いですね。まさに奇跡ですね。東日本大震災でも、陸前高田りくぜんたかたに奇跡の一本松ってありましたけど、関東大震災の時にもあったんですね。」

 羅針の言葉に平櫻が驚き、感動したように言う。

「ただ、その後帝都復興計画で、伐採されることになったんですが、当時の中央気象台長であった岡田武松おかだたけまつ氏が、帝都復興局長官の清野長太郎せいのちょうたろう氏に申し入れをして、無事この地への移植が決まったんですよ。」

 羅針が続けて説明する。


「陸前高田の松は残念な結果になってしまいましたけど、この公孫樹はこうして今でも元気に生きているんですね。自然の力って凄いですね。」

 平櫻が感心したように青々と茂る公孫樹の樹を見上げ、動画に収める。

「都の木がイチョウというのも、都民がこういう奇跡を目の当たりにしていたからかも知れませんね。実際には公募で決まったんですけど、次票のけやきに17%も差を付けたらしいですから。」

 羅針が言う。

「都民にとっては心の木でもある訳ですね。」

 平櫻が感心したように、羅針に向けていた目を再び震災イチョウに向け直した。



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