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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾陸話 南魚崎駅 (兵庫県)
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拾陸之参


 坂下門手前のロータリーで、お堀を見ながら星路羅針の講釈を聞いていた、旅寝駅夫と平櫻佳音の二人は、羅針に付いて、皇居周辺の散策コースへと漸く歩き出した。

 まだスタート位置に付いただけの三人だったが、既に30分近くが経っていた。


 羅針は熱心に平櫻へ、江戸城や江戸について講釈を垂れていた。

 駅夫にとっては何度も聞いた話、覚えていることも多分にある。決してつまらない訳ではないし、飽き飽きした話でもない。以前聞いた話でもアップデートしてることも多く、内容が変わっていたりするので、むしろ、興味を惹くのだ。更に羅針のしゃべりも分かりやすく、飽きさせないように喋るので、聞いていると時間を忘れてしまうこともあるのだ。

 そんな羅針と、平櫻が楽しそうに歴史談義に興じている姿には、少し嫉妬すら感じてしまう。


 丁度、和田倉わだくら噴水公園の前に差し掛かり、再現された木造の橋があることを説明していた。ここからだと道路を挟んだ公園の向こう側にある堀に架かるため、見ることは叶わなかったが、スマホで羅針が平櫻に見せてやっている。

 平櫻も嬉しそうに、羅針のスマホを覗き込み、色んなことを質問したりしている。


 そういうところも羅針の優しさであるが、その優しさを駅夫はこれまで独占してきたんだなと、改めて思い至った。

 だからといって、平櫻をどうこうしようとも思わない、むしろ、それはそれで駅夫にとっては嬉しい嫉妬だからだ。


 なぜなら、これまで羅針の隣には駅夫しかいなかった、いや、中国人の友人を含めたら、駅夫だけではないが、心を許せるのは自分だけだと自負していた。そんな羅針の隣に心を許している平櫻がいるのだ。

 平櫻に対するしゃべり方も、大分砕けてきていた。まだまだビジネススタイルが濃厚だが、それでも、ざっくばらんな喋り方に変化してきている。

 そんな羅針に対して嫉妬もあったが、嬉しくもあった。


 平櫻も、羅針がする小難しい話に良く付いて行っていることに、駅夫は感心した。

 駅夫は決して自分をバカだとは思っていない。それなりの大学は卒業したし、今時良く見る小学生の問題すら理解出来ていない、名ばかりの大学卒とは、一線を画していると自負している。そんな駅夫ですら、羅針の話は小難しすぎて、付いて行けないことが多々あるのだ。

 これまでは単に専門が違うから位に考えていた駅夫も、平櫻があそこまで付いて行ってるのを見ると、流石に自分の不勉強さを呪うしかなかったし、羅針の話を引き出せていなかった自分の不甲斐なさに、情けなくなった。


 それもあってか、駅夫の中には嫉妬の感情が沸き起こっていたのだが、決して嫌な感情ではなかったのだ。

 駅夫はそんな感情と共に、前を歩く羅針と平櫻の後ろ姿を微笑ましく見ていた。


「どうした。」

 少し遅れ気味に歩いている駅夫を、羅針が振り返って心配そうに声を掛ける。

「いや、どうもしないよ。」

 駅夫が首を振って応える。

「疲れたんなら、どっかで休むか。」

 羅針が言う。

「まだ、歩き始めたばかりだぞ。大丈夫だって。……ほら、先を急ぐぞ。まだまだ長いんだから。」

 駅夫はそう言って笑い、羅針の背中を押す。

「分かったから、押すなって。」

 羅針はそう言って笑う。


 三人は丁度、大手門おおてもんに差し掛かる。

「ここは、大手門で、江戸城、皇居の正面入口になりますが、なぜ大手門というかご存知ですか。」

 羅針が平櫻に聞く。


「昔、大手龍山おおてりゅうざんっていう武将が自分の城の正面玄関に大手家の門として大手門と名付けたのが始まりだろ。」

 駅夫が横から口を挟む。

「それな。お前その話好きだよな。」

 羅針はそう言って大笑いする。

「ホントですか。そんな武将がいたなんて初耳です。」

 平櫻が驚いたような顔をしている。

「……大手龍山ってさもいそうな名前だけど、史実としては残ってないですから。単なる都市伝説ですよ。」

 一頻り笑った後、悔しそうにしている駅夫を一笑に付して、平櫻に言う。

「なんだよ、元々お前が言った話だぞ。半信半疑で信じたら、そんなの作り話だって言ったんじゃねぇかよ。」

 駅夫が恨みがましく言う。

「そうなんですか。」

 平櫻が羅針を見る。

「そうだったかな。忘れました。」

 羅針はそう言って恍ける。


「なんだ、星路さんの冗談だったんですね。もう、びっくりしました。」羅針の表情を見て平櫻はすべてを悟り、胸を撫で下ろすと、今度は自分の答えを続けた。「……私が聞いた話では、大手門は、昔、追っかける手と書いて、追手門おうてもんとしていたそうで、城攻めをされた時の防御法として、搦手門からめてもんから出てきた兵士が挟み撃ちして追い立てるため、設備が立派になって、いつしか正面玄関の役割を持つようになったって。これで合ってますかね。」


「そうですね、その説が有力ですね。追手門は実際、高知城なんかにもその名が残っていて、防御策としては有効な手段だったようです。

 時代が下るにつれて、追手門は城の防御戦略や役割の変化によって正面玄関となっていったようですね。

 表記が大手門となったのは、おそらく字面の問題で、縁担ぎだと思いますね。

 ちなみに、搦手門は追手門と対になる門で、正面に対する裏門のような位置づけになりますよね。よくご存知でしたね。」

 羅針がそう言って平櫻を褒める。

「ええ、以前お城のガイドさんに教わったことがあったので。」

 平櫻が嬉しそうに答える。

「なるほど。でも、覚えているだけ凄いです。誰かさんは、大手龍山一辺倒ですから。」

 羅針はそう言って笑う。


「ん?なんか言ったか。」

 駅夫が後ろから、にゅっと顔を出し、羅針を睨む。

「何でもないよ、龍山殿、早速江戸城へ登城しますぞよ。」

 恍けた羅針が、更に巫山戯て言う。

「おう、良きに計らえ。……って、誰が大手龍山だよ。」

 駅夫は、そう言って拳を上げ、羅針は慌てて逃げる。

 それを見て、平櫻は声を上げて笑っていた。


 三人は、大手門から城内へと入ろうとして、今日が休園日だと言うことを知る。

 ここ皇居東御苑こうきょひがしぎょえんは、一般開放されている場所ではあるが、立て看板によると、月曜日と金曜日は休園日で、丁度今日は金曜日だった。


「残念ですね。」

 平櫻が言う。

「そうですね。こんなことなら、昨日来れば良かったですね。スカイツリーなら今日でも行けましたからね。」

 羅針が残念そうに言う。

「まあ、しょうがねぇじゃん。また来れば良いじゃん。来年年明けに来るんだろ。」

 駅夫は羅針と何度か来てるので、あっけらかんと言う。

「まあ、そうだけどよ。……すみませんね。」

 羅針は駅夫に言い返して、平櫻に謝る。

「いいえ、星路さんのせいじゃないですし、突然お願いしたのは私ですから。また連れてきてください。」

 平櫻がそう言って羅針を宥める。

「分かりました。では、またの機会に。」

 羅針がそう言って、肩を落としながらも、都道へと戻る。


 三人は、再び都道301号線の内堀通りを歩く。

「平櫻さん、この通りの街路樹は何の樹か分かりますか。」

 羅針が歩き出すとすぐに、平櫻に質問する。

「流石にそこまでは分かりません。公孫樹いちょうとかなら分かるんですけど……。」

 平櫻が首を横に振る。

「この木はえんじゅの木で、中国原産の樹なんですよ。古くから日本でも植樹されていて、今ではあちこちで見かけるようになりましたね。夏には控え目な白くて小さな花を咲かせるんですよ。」

 羅針が説明する。

「そうなんですね。」

 平櫻が言うと、羅針がスマホで花の映像を見せる。

「ほら、こういう花です。」

「見たことあるかも知れませんけど、流石にああ、とはなりませんね。でも可愛いお花ですね。」

 平櫻が羅針のスマホを見ながら言う。

「そうですよね。植物って似たものが多くて、区別付きにくいですよね。」

 羅針が優しく言う。

「なんだよ、俺の時とは随分扱いが違うなあ。」駅夫がからかうように言い、「あれだろ、初めて外来種を植樹して街路樹にしたって話だろ。」

 羅針がこれから平櫻に話をしようとした内容を、駅夫がそう言ってネタバレする。

「そうなんですね。」

 平櫻が驚いている。

「先に言われちゃいました。」

 羅針は照れ臭そうに言う。

「ここに来るといつもその話だからな。流石に覚えた。」

 駅夫はそう言って笑う。

「じゃ、その最初に植えられた樹は何だか覚えてるよな。」

 羅針が意地悪く聞く。

「もちろん、ニセアカシアだろ。覚えてるよ。」

 駅夫がドヤ顔をしている。

「じゃ、いつ、誰が持ってきたものか覚えてるか。」

 羅針が負けじと畳みかける。

「植えたのが明治八年で、持って帰ってきたのはその二年前、ウイーンから持って帰ってきたのは覚えてるんだけど……、えっと、誰だったっけ……蘭学者なのは覚えてるんだけどな。名前は忘れた。」

 駅夫はそう言って答えられないことを悔しがる。

「蘭学者の津田仙つだせん氏だな。まあ、合格点をやろう。」

 羅針が上から言う。

「凄いですね。良く覚えてますね。」

 平櫻が感心したように駅夫へ言う。

「それだけ、耳ダコってことだよ。」

 駅夫が小声で平櫻に耳打ちする。

「なるほど。」平櫻は合点がいったようだが、羅針がふてたような表情になっていたので、慌てて、「私はまだ何にも聞いてないですから、色々教えてくださいね。」と言って、ニコリと微笑んだ。

「は、はい。」

 羅針はタジタジになりながら返事をする。

「良かったな。美人に色々聞いて貰えて。」

 駅夫が羅針の肩に手を置いてからかう。

「お前が余計なこと言うからだろ。」

 羅針が拳を振り上げた途端、駅夫はさっと飛び退き笑っている。


 三人はそんなことをしながら、引き続きお堀の脇を走る都道301号線の内堀通りを歩き出した。



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