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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾伍話 日本橋駅 (東京都)
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拾伍之拾陸


 コレド室町で穴子飯をいただいた、旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、日本橋界隈で行くところもなく、平櫻が漏らした一言に駅夫が乗っかり、東京スカイツリーへと行くことになった。


「浅草線で行くか、半蔵門線で行くか、銀座線で行くか、どうする。」

 羅針が頭の中に地下鉄の路線図を思い浮かべているのだろう、駅夫にどれかを選ばせる。

「一番早けりゃどれでも良いよ。」

 駅夫が答える。

「どれも大して変わらないよ。強いて言えば、銀座線は最古の路線としてレトロ感満載、半蔵門線は比較的新しいから近代的な雰囲気があるかな、浅草線は都営としては最古参だからレトロ感はあるけど、成田と羽田を結び、銀座も通るからそれなりに洗練された感じかな。最近導入された歌舞伎を意識した車両は必見かもね。」

 羅針が言う。

「私は、出来れば半蔵門線に乗ってみたいです。まだ乗ったことがないので。」

 平櫻がお願いする。

「半蔵門線ですか。分かりました。じゃそうしましょう。」

 羅針は二つ返事で了承する。


 地下を通って、半蔵門線の改札口まで来た三人は、平櫻が記念に乗車券を購入するのを待って、改札を抜けた。

「もう覚えたぞ、それエド券って言うんだよな。」

 平櫻が手に持っている切符を見て、駅夫が得意げに言う。

「お、良く覚えたな。正式名称は覚えてるか。」

 羅針が意地悪い質問をする。

「え、正式名称?……ちょっと待てよ、エド、エド、エドワードじゃないし、エドガワじゃないし、……なんだっけ、……思い出したエドモード券だ。」

「残念、エドモンソン券だよ。エドモードってお江戸状態とかお江戸形態って意味だぞ。」

 羅針が言う。

「あっ、そうか。なんだよ、正式名称までは覚えてねえよ。もう一回。」

 駅夫はそう言って人差し指を立てて、もう一回正式名称を教えて貰う。

「エドモンソン券な。」

「エドモンソン券か、……エドモンソン券。もう忘れないぞ。」

「じゃ、今度テストな。」

 羅針がそう言って笑う。


 三人が降りてきた三越前駅の半蔵門線ホームは、銀座線ホームとは違って、特に特別感は無かった。ただ、線路の壁には色んなデザインの絵があった。ホームの端にある説明書きには、〔21世紀をめざす 創造の街〕とあり、猪熊弦一郎いのくまげんいちろう氏のデザインに依るもので、36面あるデザインから色々と創造して欲しいとある。

 三人は、そのデザインが何に見えるか言い合った。

 人とか、虫とか、鳥とか、動物とか、植物とか、とにかく色々な形に見えるのだが、同じデザインに三人の意見が合わない物もあり、もちろん結論は出ない。答えなんてないからだ。


「ところで、この壁は湾曲しているだろ。」

 駅夫が話題を変える。

「ああ。それがどうした。」

 駅夫が羅針の真意を掴めずに聞く。

「銀座線の方は壁が真っ直ぐだっただろ。」

 羅針が続ける。

「ああ。で、何が言いたいんだ。」

 駅夫がれてくる。

「シールド工法で造られたってことですよね。」

 平櫻が答えを言ってしまった。

「そうなの?」

 駅夫がキョトンとし、羅針があっていう驚いた顔をした。


「もしかして、わたしやっちゃいました。ごめんなさい。」

 平櫻が二人の表情を見て、頭を下げた。

「いや、良いんですよ。平櫻さん正解です。」

 羅針は少し残念そうだったが、流石だといった気持ちの方が大きかった。

「ちょっと待って、どういうことだよ。」

 駅夫は自分だけが置いてきぼりを食ったようで、羅針を問い質す。

「ああ、要するに、この駅はシールドマシンを使って造られたってことだよ。」

 羅針が答えを言う。

「シールドマシンってあのおろし金が付いた蚯蚓みみずみたいなやつか。」

 駅夫が言う。

「おろし金が付いた蚯蚓か。確かに言い得ているかもな。」

 羅針はそう言って笑う。

「で。」

 と駅夫が言ったところで、列車が丁度到着した。


 半蔵門線のラインカラーである紫色のラインが入った18000系が入線してきた。

「……。」

 駅夫が苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「ほら、乗るぞ。」

 降りる人がいなくなったことを確認して、羅針が駅夫を促す。

「分かったよ。」

 駅夫が詳しく知りたいのを我慢して、列車に乗り込む。

 車内は、席が六割方埋まる程で、三人は空いている席に並んで座った。


「で、どういうことなんだよ。」

 駅夫が詳細を催促する。

「要するに、銀座線は開削工法かいさくこうほう、半蔵門線はシールド工法と、建設工事の仕方が違うってことだよ。」

「それは分かるよ。銀座線は人力で掘り進めたって話は聞いたことあるし、シールド工法ってのはあの馬鹿でかい蚯蚓みたいな機械を使ったんだろ。」

 駅夫が言う。

「そう、そういうこと。そこまで分かってるんなら、俺は何も言うことないよ。」

 羅針が話を切り上げようとする。

「いや、お前のことだから、何かもっと知ってることがあるはず。それを教えてくれ。」

 駅夫がやけに好奇心旺盛だ。

「しょうがないな。銀座線の着工は1925年、大正14年だな。確か関東大震災の2年後だ。それに対して、半蔵門線は1973年に着工だから、戦後も戦後、俺たちが生まれた後、50年近くの開きがあるってことだ。

 だから、最初の技術も何もなかった時代から、半世紀が過ぎて技術開発が進んだ後の違いが分かるだろ。

 シールド工法が開発されたのはイギリスで、1818年に特許を取得して、1826年にテムズ川の河底かていトンネル工事において世界で始めて使われたんだ。当時は当然だけど、人力で掘り進める〔手掘り式シールド機〕だったんだ。」

 羅針がそこまで説明すると、

「1818年って言ったら、日本はまだ江戸時代真っ只中じゃねぇか。そんな頃からシールド工法ってあったのかよ。すげぇなイギリス。」

 駅夫が驚いて言う。

「そうだな。そもそも、シールド工法って、掘削方式のことではなくて、掘った穴にシールドと呼ばれる壁を造っていくことだからね。船食い虫(ふなくいむし)にヒントを得たらしいよ。」

 羅針が答える。

「船食い虫って木に穴開けるヤツか。なるほどね、それなら、そんな昔からあってもおかしくはないのか。」

 駅夫が納得する。

「そう、そもそも、シールドマシンって、シールドを造る機械と掘削する機械を合体させたものだからね。そもそも掘削方法に重きを置いたものではなくて、シールドと呼ばれる壁を作ることに重きを置いたものだからね。」

 羅針が言う。


「あのおろし金が出来たのっていつなんだ。」

 駅夫が聞く。

「一応、日本やドイツが開発したってのが定説だけど、俺が知ってるのは、1963年に佐藤工業が開発を開始して、1966年に石川島播磨重工業と共同で試作機を製造したっていうのが、世界初じゃないかな。」

 羅針が答える。

「おっ、日本が最初か。流石、改良の日本。面目躍如だな。」

 なぜか駅夫が自分のことのように嬉しそうだ。

「まあ、面目躍如かどうかは知らないけど、おろし金の原形であるアースプレッシャーバランス、EPBシールドマシンっていうのが開発されて、それまでとは違ってかなり効率が上がったことは確かだね。」

 羅針が更に説明を加える。

「ほらね、羅針って絶対情報を小出しにするんだよ。多分まだ色々と知ってるんだろ。でも、この先は俺の脳が付いていかないから、ストップな。」

 駅夫がわんこそばのお替わりを止めるかのように耳に蓋をした。

「分かったよ。この後、たっぷりシールド工法の歴史について語ってやろうと思ったのに。」

 羅針はそう言って笑う。

 傍で車内を物珍しそうにキョロキョロ見ながら聞いていた平櫻は、終始笑い声を堪えるのに必死だった。


 押上に到着した三人は、そのまま東京スカイツリーへと向かう。

 ここ押上駅は三人が乗ってきた東京メトロ半蔵門線とその直通先である東京スカイツリーラインの愛称を持つ東武鉄道伊勢崎線、および都営浅草線とその直通先である京成電鉄押上線が乗り入れている。

 一日平均乗降人員数は半蔵門線側が17万程、浅草線側が20万強となり、浅草線側の数値は都営地下鉄駅としては新宿線新宿駅に次ぐ二番目の数字になる。

 そのせいかは知らないが、とにかく人が多い。新宿や東京などの巨大なターミナル駅のような構造をしていないためか、人が溢れている。外国人の観光客集団、あちこちで写真を撮っている女性の集団、通学途中の小学生なのか、制服を着た小さな子供もチラホラ見受けられる。


「凄い人ですね。」

 切符の無効印を押して貰って改札を抜けた平櫻が二人に追いついて、驚いたように言う。

「ここはいつもこんなもんなんだよ。」

 こんな光景はいつも見慣れている駅夫は、特に驚きもない。

「まあ、乗降客数だけは上位に食い込む駅だからね。こうなるのも頷けますよ。」

 羅針が言う。

「東京って、やっぱり凄いところですね。鹿児島でこんな人出を見かけたら、祭りでもあるんじゃないかと思っちゃいますよ。」

 平櫻が半分冗談めかして言う。


「まあ、流石、東京スカイツリーってことだよな。集客力は半端ないってことだ。」

 駅夫が平櫻の言葉に、応えるように言う。

「そうだな。この前12年で累計5000万人突破ってニュースになってたから、年間450万が来場しているってことになるからな。」

 上に向かうエスカレーターに乗りながら羅針が言う。

「まじで、450万ってすげな。」

 駅夫が感心したように辺りを見渡すと、前にも後ろにも人が乗っていて、途切れる様子がない。

「確かに凄い数字だけど、千葉の夢の国や、大阪の映画の国に比べたら、桁一つ違うからな。」

 そんな駅夫の感心を打ち砕くように羅針が言う。

「そんなの比べる相手が違うよ。その二つは別格だから。」

 駅夫が顔の前で掌をヒラヒラと振って否定する。

「まあね。」

 羅針もそれには頷いて、矛を収める。


 三人は長いエスカレーターを上がり一階まで来ると、一旦羅針の言葉で建物の外へと出る。

 振り替えるとそこには、巨大な塔が聳え建ち、見上げる塔は雲へと突き刺さり、その高さをまざまざと見せ付けてくる。


「こんなに高いんですね。」

 平櫻が塔を見上げて開口一番感嘆する。

「ホントに高いな。」

 駅夫も見上げながら言葉を失っている。

「こんなに高いもんなんだな。やっぱり実際に傍で見てみないと、実感は湧かないな。」

 羅針も見上げながら言う。


 三人は早速スカイツリーをバックに記念写真を撮りまくる。

 カメラを見下ろす形になるためか、どうしても表情が暗く、良い感じの写真が撮れない。そこで、羅針が広角レンズを取り出して、一眼に取り付けた。

「ちょっとそこに立ってみて。」

 駅夫に指示をする。

「ここか。」

「そう。」

 羅針がそう言って、一枚パチリと撮る。

「どうだ。」

 駅夫が聞く。

「ん~。多少マシかな。」

 そう言って羅針がモニターを駅夫に見せる。

 そこには、駅夫の顔と、少し歪んでいるが、グンと伸びた塔が映り込んでいた。

「良いじゃん。見下ろす感じが軽減されてるし、上まで入ってるし。充分、充分。」

 駅夫は満足そうに言う。

「私も充分だと思います。流石星路さんです。」

 覗き込んでいた平櫻も、羅針の視線に応える。

「じゃ、二人そこに並んで。」

 羅針がそう言って、二人を並ばせて一枚撮る。その後、交代交代こうたいごうたいで二人ずつの記念写真と、一人一人の写真を撮る。

「三人で一緒に撮りたいけど、無理か。」

 駅夫が言う。

「こんな場所で三脚はマナー違反だからな。」

 羅針が言う。

「そうだよな。」

 駅夫もそう言って諦める。


 東京スカイツリーの足元で写真を撮り終えた三人は、再び建物の中に入り、展望台入り口のある四階を目指す。


「この東京スカイツリーは、何の塔かは知ってるよな。」

 エスカレーターに乗りながら、再び羅針が確認の意味も込めて駅夫に聞く。

「もちろん、電波塔だろ。東京タワーがビルの谷間に沈んじゃったから、高いの造ろうってなったんじゃん。」

 駅夫が当然のことのように言う。

「だな。高さはもちろん知ってるよな。」

「634m、武蔵だ。」

「これもあちこちで言ってたから知ってるか。高さについても色々と紆余曲折あったみたいだけどな。666mにするなんて話もあったけど、結局この高さに落ち着いたらしいね。

 ……じゃ、東京スカイツリーの免震構造は何て言うか知ってるか。」

「ちょっと待て、その質問は反則だよ。……確か、五重塔を参考にしたとかなんとか言ってたんだよ。……そう、心柱しんばしら。心柱だ。」

 駅夫がなんとか答えを捻り出す。

「おっ、良く出たな。ただ、その〔心柱制振〕と呼ばれたシステムは、確かに五重塔を参考にはしたみたいだけど、実際には現在の制振装置を応用して用いられているようなんだよね。五重塔の制振構造は正確には解明されてなくて、似て非なるものと言った方が正しいらしいんだ。」

 羅針が言う。

「そうなんだ。でも、構造的には似たようなものなんだろ。」

 駅夫が聞く。

「まあ、俺も専門家じゃないから詳しいことは分からないけど、塔の外側のトラス部分と塔内部の円筒部分が独立した構造になってるらしいから、心柱と構造的に似てる部分があるってことじゃないかな。」

 羅針もそこまでは確信が持てなかった。

「そうか。そう言えば、一時期あちこちで五重塔とスカイツリーが並んだ映像って良く見たけど、単に参考にしただけってことなのか。」

 駅夫が言う。

「まあ、そういうことらしいな。技術の進歩は人間の歴史みたいなものだからな。五重塔の技術が解明出来ていなかったとしても、そこで培った技術は別の形で後世に受け継がれているはずだからね。そう言った技術の積み重ねがこの塔にも受け継がれているってことじゃないかな。」

 エスカレーターを降りて、四階の土産物屋が並ぶフロアを歩きながら、羅針がもっともらしいことを言う。

「そうだな。零から壱は困難でも、壱を弐にすることは幾分か楽だからな。」

 駅夫が言う。

「だな。でも、こんな高い塔を造り上げたその技術力は、称賛に値するけどね。」

 スカイツリーのエントランス前広場に出てきて、塔を見上げながら、羅針は言う。

「もちろん。それは大前提だな。」

 駅夫がそう言って羅針に向かってサムズアップして、にこりと笑う。


 三人は入場券を購入していよいよ中へと入っていった。





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