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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾伍話 日本橋駅 (東京都)
157/181

拾伍之拾参


 政治談義、友情談義に興じていた、旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、時折冗談を言い合いながら、丸の内駅舎の北口から自由通路を通り抜けて、八重洲口やえすぐち側に出てきた。

 話をしながらゆっくり歩く三人は、せかせかと歩く人々にドンドン追い抜かされていった。中には心ない視線を浴びせていく者もいた。


「良くいるんだよ、ああいうの。ああいうのは大抵が心が貧しいか、親の教育がなってないんだよ。」

 駅夫がそう言って笑う。

「ああいう人は、ご老人とか、お身体が悪い人なんかにもああいう視線を浴びせていくんですよね。自分勝手で、世界の中心は自分だって勘違いしちゃってるんですよ。自分が一番嫌われているって分からないんでしょうか。」

 平櫻も少し怒りを露わにする。

「分かってないと思いますよ。分かっていたら、あんな視線は出来ないですよ。私たちが通路を塞いでしまっているなら、あんな視線をされても文句は言えませんが、充分通路は広いですし、追い抜く余地は充分あるんですから。

 ああいうのは、きっと、嫌われたくてやっているんですよ。私たちとは住む世界が違う、異世界人なんですよ。」

 羅針が平櫻に言う。

「異世界人ですか。それじゃ地球のことなんて知らなくてもしょうがないですね。方向転換したり、追い抜いたりするって言う習慣がきっとないんですよね。」

 平櫻はそう言って笑う。

「歩くのも初めてなのかも知れないぞ。」

 駅夫が笑いながら言う。

「かも知れませんね。」

 平櫻もそう言って笑う。


「でもさ、ああいうのって、単に前見てないだけなんだよ。

 ほら、見てみろよ、スマホに夢中になってる。あれじゃ、速度差がある他人ひとにぶつかるし、対向から来る他人とだってぶつかるよ。

 ほら、またぶつかりそうになってる。

 ……そういや、ああいうヤツ、車に乗っていても良く見かけるよな。追い抜きざまにクラクション鳴らしていったりしてさ。」

 駅夫が車の話を引き合いに出す。

「いるいる。こっちが法定速度で走っているのにさ、なぜか追い抜いていくヤツな。法律違反してる犯罪者のくせに、さも、こっちが悪いみたいなね。」

 羅針が吐き捨てるように言う。

「そうそう。犯罪者がなんぼのもんじゃいってね。」

 駅夫がそう言ってあざけり笑う。

「だいたい、流れに乗れって言うのはさ、法定速度で走れってことであって、違反して良い理由にはならないんだよ。」

 羅針が努めて冷静に言う。

「だよな。でもあれだろ、流れに乗りましょうねって言うのは、法定速度から著しく下げて走らないようにっていうことはもちろんだけど、ゆっくり走っているのがいたら、気を付けましょうねって話だろ。流れって一概に早くしろって話じゃないからな。」

 駅夫が言う。


「そうだよ。昔は、低速車、中速車、高速車ってあってさ、それぞれ法定速度が異なるから、法定速度で走っていても、低速車が高速車に追いつかれることはあったんだ。だから、追い越しに関する事細かな法律があって、それを守らなきゃならない。

 でも、今は高速でトラックが法定速度が制限されている以外は、高速車、中速車の区分はなくなったからね。低速車は原付とかトラクターなんかが該当するけど。

 だから、基本、自動車同士の追い越しって発生しない筈なんだよ。皆が法定速度で走ってる限りね。」

 羅針が当たり前のことを言う。


「40高中とかって表示のあれだろ。確かに、低、中、高速車って教習所で習ったっけな。いつの間にか消えてなくなったヤツな。

 でも、言われてみればそうだよな。皆同じ速度で走ってんだから、追い抜き、追い越しなんて有り得ないよな。

 それにしても、ああいう生き急ぐヤツって、何なんだろうな。」

 駅夫が理解不能とばかりに首を傾げている。

「だから、異世界人なんだって。」

 羅針が間髪かんはつ入れずに言う。

「あっ、そっか。異世界人か。低脳者じゃなくて。」

 駅夫がそう言って笑う。

「そうとも言う。」

 羅針もそう言って笑う。

「お二人とも、それは言いすぎですよ。」

 そう言いつつも、平櫻も笑いを堪え切れていなかった。


 三人が出てきた八重洲口側は、デパートもあるためか行き交う人が丸の内側とは異なり、圧倒的に多く、人酔いをしそうな程である。

 正面を走る外堀通りを行き交う車も多く、最近よく見かける背の高い黒塗りのタクシーが列をなして走っていた。


「えっと、予約したホテルが……、あれだ。」

 羅針が路地を入った先にある、通り沿いの白いビルを指差して言った。

「近いな。」

 駅夫が驚いたように言う。

「駅近なのに、昨日泊まったホテルの、7分の1以下の値段なんだぜ。驚きだろ。」

 羅針が言う。

「マジか。如何に昨日が贅沢だったのか、それともここが安過ぎるのか。どっちだ。」

 駅夫が目を丸くして聞く。

「両方だな。ただ、ここも多くのサイトで三つ星が付いてるから、悪くはないと思うぞ。」

 羅針が言う。

「でも、引き落としはキツいんでしょ。」

 駅夫は平櫻を見て言う。

「はい。いくら三つ星でも、昨日のホテルには太刀打ちできませんからね。」

 そう言って平櫻はにこりと笑う。

「よし、気持ちをリセットして、フレッシュな気分で行こうぜ。」

 駅夫はそう言って、自分の頬をパシッと両手で叩いて、ホテルへ向かって歩き始めた。

 羅針と平櫻は目を見合わせて、クスッと吹き出してしまい、慌てて駅夫の後を追った。


 ホテルに到着した三人が中に入ると、そこは、まるで画廊か美術館かと思われるような調度品で、シンプル且つお洒落な空間が広がっていて、そこら辺のチープ感丸出しなビジネスホテルとは一線を画していた。


 突然、羅針が壁に掛かった白黒の抽象画のようなアートパネルを見るなり駆け寄った。

 そこには、植物のようなものが描かれていて、絵のようではあるが、絵とは異なり、写真のようではあるが、写真には見えないものが飾られていたのだ。羅針はそれを夢中で見ていた。まるでこのアートパネルを鑑定でもするかのような勢いだ。


「この絵がどうかしたのか。良く出来てるけど。」

 駅夫が羅針に聞く。

「ああ、これは|スティーブン・マイヤーズ《Steven N.Meyers》氏の作品で、X線技師である彼が編み出した、X線のアート写真なんだよ。まさかこんなところで拝めるととは思わなかった。」

 羅針がそう言って隅々まで目を皿のようにして見ていた。

「有名な人なのか?」

 駅夫が聞く。

「どうだろう。アメリカの人だから、アメリカでは有名かも知れないけど、日本では知る人ぞ知るって感じじゃないかな。アートが好きな人なら知ってるかも知れないけどね。」

 羅針が答える。

「へえ、これが写真なんだ。確かに良く見ると写真だな。」

 駅夫も感心したように見始めた。

「凄いですね。これがX線写真だとは思えないですよね。」

 平櫻も熱心に見ていた。


「彼は25年間X線技師をしていたからね。技術は折り紙付き。その上でアートに昇華させる努力があってのこの作品だからね。それはもう素晴らしいものだと思うよ。

 実際こう見ても素晴らしいと思うし、こんな映像は普通のカメラじゃ表現できないよ。」

 羅針はどこか嬉しそうに説明する。自分が気に入っているアーティストをこうして受け入れて貰えたというのは、自分も認められたような錯覚を抱くからだろうなと、心のどこかで冷静に分析していた。

 だが、それ以上にこの素晴らしいアートが二人にも通じたのが単純に嬉しかった。


 ホテルのロビーはこのアートパネルだけではなく、背丈程もある背もたれが付いたソファがあったり、光沢のある黒光りするタイルの床が敷き詰められていたり、天井の照明も柔らかく照らし、機能性とデザインが両立しているようにも感じられた。

 フロントの壁は木目調で、カウンターテーブルは天板が黒く、支持部分は白で統一され、シンプル且つお洒落な造りになっている。

 ビジネスホテルのフロントと言うよりも、お洒落な画廊と言った方がしっくりきそうな内装であった。


 フロント係もお洒落だ。着ている制服は洗練され、皺一つなく清潔感があるのは当然だが、そのデザインも奇抜さや、野暮ったさはなく、どこか近未来感のする、洗練されたものである。

 三人が、自分たちの荷物を寄託したい旨を伝えると快く応じてくれ、三人はそれぞれ貴重品と必要なものを取り出し、荷物を預けることが出来た。


「それじゃ、まずは日本橋駅だな。」

 羅針が言う。ルーレット旅のルールである、目的地の駅で写真を撮る必要があるからだ。

「了解。」

「はい。」

 駅夫と平櫻が応える。


 こうして、身軽になった三人は、ホテルを後にし日本橋駅へと向かった。

 ビルに切り取られた空は雲が覆い尽くし、雨はないが、青空も見えなかった。更に湿気を帯びた空気は、不快感を覚える程ではないが、三人の身体に纏わり付いて、離れなかった。

 その、じわりじわりと身体の中に入り込んでくるような感覚は、まるで、自分たちに水分を供給する、柔らかな膜のようにも感じられた。


 ホテル前の路地を抜けて、中央通りへ出てくると、通りの向こうに髙島屋の建物が見えた。中央通りを日本橋の方へ向けて歩くとすぐに日本橋駅のB3出入り口がある。

 三人は、その薄暗い階段を降り、地下へと向かう。

 階段を降りると、湿気を帯びた空気は、地下に入ったためなのか、空調が効いているのか、徐々にひんやりとしていく。


「この日本橋駅は、1932年に東京地下鉄道の駅として開業したんだけど、その9年後、1941年には帝都高速度交通営団、つまり後の営団地下鉄に譲渡されるんだ。」羅針が階段を降りながら駅夫に説明を始める。「もう一つ面白いのが、都営地下鉄1号線、今の浅草線な、それが1963年に開業するんだけど、その時の駅名は江戸橋駅なんだよ。」

「マジで。それは知らなかった。」

 駅夫が驚いている。

「1989年まで使われていた駅名だから、俺と一緒にお前も何度か乗ってるから、見聞きしてる筈だぞ。」

 羅針が言う。

「そうか、全然記憶にない。言われてみればそんな駅名があったのかも知れないけど。『ああ、あれね』とはならないな。」

 駅夫が首を横に振る。

「そうか。それじゃしょうがない。」

 羅針も追求するのを止めた。


 下まで降りてくると低い天井の地下道が広がった。正面には髙島屋の入り口があり、左には銀座線の髙島屋方面改札口があった。

「ここで写真を撮るか。」

 羅針が駅夫に言う。

「そうだな。」

 駅夫も応じる。

 三人はそれぞれ記念写真を撮り合いし、三人一緒の写真も撮る。


「ホームでの写真も撮るだろ。」

 羅針が言う。

「そうだな。駅名は撮りたいからな。」

 駅夫が応じる。

「メトロは入場券がないから、隣まで乗るか。」

 羅針が言う。

「マジ、メトロって入場券ないのか。」

 駅夫が驚く。

「ああ、ないよ。乗車目的以外で改札に入る必要ないでしょ、ってことなんじゃないかな。実際、どこの駅もホームが狭いから、安全のためにも入場人数は制限したいだろうしね。」

 羅針が言う。

「なるほどね。それもそうか。見送りならここ、改札の外で充分だろってことだ。」

 駅夫がそう言うと、携帯を取り出して、改札を抜けようとした。


「すみません。乗車券買ってきて良いですか。記念に。」

 平櫻が二人を引き留める。

「あっ、ああ、良いですよ。」

 羅針が応える。

「すみません。すぐに買ってきます。」

 平櫻が慌てて券売機の方に行く。昨日は三越前駅からの乗車券で、今日は日本橋駅からの乗車券である。平櫻は、なかなか乗りに来られない地下鉄の切符がこれで二枚揃ったと嬉しくなった。


「お待たせしました。」

 平櫻はそう言って切符を大事そうに持って戻ってきた。

「それじゃ行きましょうか。」

 羅針が言うと、三人は改札を抜けて駅構内へと入っていく。


「平櫻さん、その切符、サイズに由来する名前があるのご存知ですか?」

 羅針がホームに降りて列車が来る間に平櫻に聞く。

「もしかして、エド券、エドモンソン券のことですか。」

 平櫻が即答する。

「やはりご存知でしたか。」

 羅針は目を細めて頷いた。その表情には、期待どおりだったという満足感と、通じ合えた喜び、そして彼女への静かな敬意が込められていた。


「なに、そのエド券って?」

 駅夫が驚いたように聞く。

「エド券て言うのは、エドモンソン式乗車券、入場券の通称で、要するに一般的なサイズの切符を指す言葉だよ。」

 羅針が答える。

「そんな名前があるのか。」

 駅夫が感心したように言う。

「そう。エドモンソンって言うのは、イギリスのニューカッスル(Newcastle)(and)カーライル(Carlisle)鉄道《Railway》のミルトン(Milton)駅駅長だったトーマス(Thomas)エドモンソン(Edmondson)氏のことで、彼が考案した切符を指すんだよ。

 イギリスインチで1"3/16×2"1/4のサイズが本来のエド券なんだけど、日本では3×5.75㎝のサイズになっているんだ。ちなみに、実測は3㎝もなくて、2.95から2.97㎝位と微妙に短いけどね。」

 羅針が説明する。

「へえ、そうなんだ。エド券ね。」

 駅夫はその言葉が江戸に通じるものがある気がして、すこし不思議な親近感を覚えた。


「ちなみに、日本の切符サイズはこのエド券をA型券として、同じ幅で細い2.5×5.75㎝のB型券、長さが8.75㎝で6㎝幅の券をC型券、3㎝幅の券をD型券と言って、国鉄時代には4種類の切符があったんだ。

 現在は、これに、新幹線とか特急に乗ると発券される青とか緑の切符、マルス券っていうのが大小2種類加わって、サイズ的には6種類が主流かな。もちろん私鉄各社では独自のサイズで発行しているところもあって、カードサイズとから色々あるから、これだけじゃないけどね。」

 羅針が追加で説明する。

「あの新幹線の切符にも名前があったのか。」

 駅夫が更に驚いている。

「ああ、Magnetic-electronic Automatic Reservation System、つまり磁気的電子的自動座席予約システムの略で、ローマ神話の軍神にかけて〔マルス〕って言うんだ。昔みどりの窓口で特急券とか買うと、窓口の人がパタパタとページを捲るように板を捲って操作してたあの機械をマルスって言ったんだよ。今はもっと進化したし、自動発券機でも同じことが出来るようになったけどね。」

 羅針が言う。

「ああ、あったあった。パタパタとか言ってたヤツだろ。懐かしいな。あれをマルスって言ったのか。初めて聞いたよ。」

 駅夫がそう言ったところで、漸く銀座線の1000系が到着した。


 今回三人が乗ったのは特別製ではなく、普通の1000系だった。

 普通と言っても「歴史ある銀座線1000形を髣髴ほうふつとさせる、どことなくレトロな感覚を醸し出すデザイン」を目指しただけあり、その外観は懐かしい感じがするレトロ調でありながら、ステンレス車両にレモンイエローと鉛丹えんたん色のラッピングが施され、前照灯はLEDであり、その車体は現代的な技術がふんだんに取り込まれていた。


 三人が列車に乗り込むと、お江戸日本橋のメロディに見送られて列車が出発した。

 車内は平日の昼間にも関わらず、座席が埋まる程には乗客がいた。


「昨日は、39編成に乗ったんですよ。」

 列車が出るとすぐに平櫻が羅針に報告する。

「ホントですか。それは羨ましいですね。私はまだ乗ったことないんですよ。どうでした。」

 羅針が驚いたように聞く。

「ええ、とても素敵でした。外観のレトロ調と相まって、レトロ感が増して、まるで大正時代にタイムスリップしたような気分でした。ただ、デジタルサイネージがあったり、照明がLEDだったりするので、その辺は興ざめって感じでしたけど、それは仕方ないですからね。でも、乗ることが出来て良かったです。雰囲気は充分味わえましたから。」

 平櫻が嬉しそうに言う。昨日、羅針とこの話を共有できなくて、ちょっと残念だったのが、こうして話が出来るのが本当に嬉しかった。

「へえ、現在と過去の融合って感じなんですね。話には聞いていても、やっぱり実物から受ける印象って違うんでしょうね。私もいずれ乗りたいですね。」

 羅針が言う。

「是非乗ってみてください。私は総じて良かったと思いましたから。」

 平櫻はニコニコして言う。


 そんな話をしていたら、あっという間に列車は三越前駅に到着した。乗車時間はほぼ1分である。

 他の乗客に押し出されるように三人は列車を降りた。


「この車両って、特別製なのか?」

 ホームに降りると駅夫が羅針に聞いた。

「まあ、特別製と言えば特別製だね。昔の銀座線の車両を復刻したような造りになってるからね。だけど、もっと特別製なのがあって、その車両に昨日平櫻さんは遭遇して乗車したらしいんだよ。」

 羅針が答える。

「はい。昨日私が乗ったのは、特別仕様の車両で、内装もレトロ感満載だったんですよ。」

 平櫻が駅夫に説明する。

「へえ、これよりもレトロ調の車両が走っているのか。」

 駅夫が感心したように言う。

「そう、確か2編成だけだったかな、平櫻さんが乗った39編成と、もう一つ40編成ってのがあって、つまり、単純計算で乗れるのは20分の1の確立ってことだ。」

 羅針が言う。

「20分の1の確立って、微妙だな。乗れそうで乗れないし、乗れなそうで乗れるって感じがする。」

 駅夫が言う。

「確かにそんな感じだな。運の善し悪しが左右するかもな。」

 羅針が駅夫の言葉を聞いて笑いながら言う。

「なるほどね。それなら俺も乗ってみたいな。運は悪くない方だと思うぞ。」

 駅夫は真剣な表情で言った。

「なら、今乗れなかったのはどういうことだ。」

 羅針がからかう。

「それは、……そう、たまたまだ。たまたま。」

 駅夫が苦し紛れに応える。


「折角だから、ここも記念撮影しておくか。ほら平櫻さんも。」

 お江戸日本橋のメロディで出発した列車を三人が見送ると、改札口へ歩き出そうとする前に、駅夫が言った。

 三人は駅夫のスマホで駅名標をバックに自撮りの記念撮影をした。そのあとそれぞれ記念撮影をし合った。


 三越前駅は、三越百貨店と三井グループが全面的に資金提供して建設された駅であることは良く知られた話だが、その痕跡が各所に見られる。

 線路の壁面に施された駅名表示は、大理石張りのタイルで造られた赤い三本線に三越前駅の文字が施されている。

 当時は、真鍮製の手摺りや日本初の駅構内エスカレーターが設置されたり、三越百貨店と直接地下で繋いだりするなど、当時としてはぜいを極めた最先端の駅であった。

 今はその大部分が現代の設備に置き換わり、ホームドアまである。線路の壁面だけに面影を見ることができ、改札と三越を繋ぐコンコースにフランス装飾界の権威ルネ・プルーが設計した大理石の壁や柱、意匠が遺るだけである。


 羅針の説明に駅夫は「へえ」とか「ふーん」とか反応を示しながら、スマホで写真を撮っている。

 平櫻はそんな二人の様子を嬉しそうに、動画へ収めていた。




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