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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾伍話 日本橋駅 (東京都)
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拾伍之伍


 旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、東京行きの新幹線、はやぶさ108号に乗っていた。今朝から羅針はずっと機嫌が悪く、隣に座る平櫻が話し掛けるも、どこか上の空で、心ここにあらずだった。駅夫は仕事の連絡とか言って、スマホを持ってデッキへ行ったっきりである。


 流石に平櫻も話題が尽きた。ずっと独り言のように、まるで壁にでも話しているかのようにしゃべり続けていたからだ。

 そのお喋りも、大宮到着の車内放送で中断した。

 平櫻は1時間ほど、たわいのないことをしゃべり続けていたのだが、結局、羅針の心を開くことはおろか、心に声を届けることすら叶わなかった。

 もしかして、自分は完全に嫌われてしまったのか、拒否されてしまったのか、「少し考えさせてくれ。」と言った羅針の言葉が、平櫻の心に重くのしかかっていた。


「ごめん、ごめん。流石に1ヶ月も顔見せないと、秘書に怒られる、怒られる。」

 列車が大宮駅を出た位に、そう言って笑いながら駅夫がデッキから戻ってきた。重苦しい空気を払拭しようと、わざと明るく振る舞っているかのようだ。

「大丈夫なんですか?」

 平櫻が心配そうに聞く。

「大丈夫、大丈夫。皆、俺より優秀だからさ。出来の悪い社長の一人や二人いなくても、会社は回るし。ただあいつら、新しい商品の実験台が帰ってこないって嘆いてるんだよ。俺の代わりに実験台にならなきゃいけないから、手ぐすね引いてるのさ。」

 そう言って駅夫は豪快に笑う。

「またそんなこと仰って、皆さん旅寝さんを頼りにされてるんですよ。」

 平櫻は心配半分、呆れ半分で言う。

「そうかなぁ?」

 そう言って駅夫は首を捻っている。


「で、どう?」

 いつの間にか寝息を立てている羅針を指差して、駅夫は平櫻に聞く

「色々とお話をしたんですが、暖簾に腕押しと言いますか、反応は殆どなくて、これが星路さんの本来の姿だとしたら、私、今まで無理させてたのかなって……。」

 平櫻は申し訳なさそうに、羅針の寝顔を見つめる。

「まあ、無理をしていたのは、そうかも知れないけど、平櫻さんのせいじゃないよ。むしろ、平櫻さんと信頼を築きたくて頑張ってたんだから、そんな事言わないでやってよ。

 俺もさ、こいつの過去に何があったか分からなくて、ずっとモヤモヤしてるんだけど、幸か不幸か、こいつが友人を辞めさせてくれないからさ、とことん付き合うつもりだから。健やかなる時も病める時もね。」

 駅夫はそう言って笑う。

「それって、結婚の誓いじゃないですか。」平櫻も思わずクスッと笑ってしまう。「……でも、そうですね。それ位の覚悟がないと星路さんの心を開くことは出来ないんですね……。」

 平櫻は考え込むように言う。

「そう、こいつの取扱説明書は辞書より分厚いから。」

 駅夫はそう言って笑う。

「それは、読むだけで大変ですね。」

 平櫻もつられて笑った。

「まあね。半世紀掛けても読み終わらないからね。」

 駅夫は冗談とも取れない大袈裟なことを言って笑った。


 列車は、やがて上野を過ぎ、東京駅到着のアナウンスが流れた。

「羅針、もうすぐ東京だぞ。」

 駅夫が羅針を揺り起こす。

「ああ、ありがと。」

 駅夫の声に、羅針はポツリと応える。

「気分はどうだ。」

「ああ、マシかな。」

 羅針はどこがマシなのかと思えるような顔色をして、一言応えるのがやっとのようだ。

「そうか。忘れ物ないようにな。」

 いつも駅夫が羅針に言われる台詞を、羅針に言った。駅夫は羅針が心配だったが、東京駅に着けば日本橋はすぐ目と鼻の先だ。とにかく日本橋駅に着けば、後はホテルに行って休めば良いだろう。そう思って、羅針を気遣いつつも、普段どおりに声を掛けた。


 東京駅に着いた新幹線から降りた三人は、言葉もなく人の流れに乗って、乗り換え口へと向かった。

 東京の空は、青空が少し覗く曇り空で、雨の予感はしなかったが、三人は少し肌寒い空気に、身体を縮めていた。

 いつもなら、この辺で羅針が東京駅の蘊蓄を語り始めるのだが、今日はどうやら無理そうだ。


「羅針、この後日本橋にはどうやって行くんだ。地下鉄か?」

 駅夫が羅針に尋ねる。こんな状態の羅針に聞いてもまともな答えが返ってこないのは承知の上だが、スケジュール管理をしているのが羅針だから仕方がない。

「あっ、ああ、えっと、……このまま歩いて向かうよ。」

 宜の如く、羅針からはいつものように打てば響くような反応がなく、やはり覇気が見られなかった。

「星路さん、その前に、チェックインしないと。」

 羅針とスケジュールを相談して決めていて、ある程度把握している平櫻が後ろから声を掛ける。

「あっ、そうですね。」

 羅針はスケジュールを把握できておらず、完全に引率できる状態ではなかった。

「羅針、しっかりしろよ。」

 駅夫が詰るが、羅針は「ああ、すまない」と返事しただけだった。


 平櫻は、駅夫に驚いて欲しかったので、ホテルの発表を劇的にしたかった。羅針とも色々と相談していたが、羅針がこんな状態ではそれも敵わないので、仕方なく、自ら発表した。

「旅寝さん、ホテルはここです。」

 平櫻が足元を指す。

「ここ?」

 駅夫が首を傾げる。

「そう、ここです。」

 平櫻は駅夫の反応に気をよくして、嬉しそうに言う。

「ここって、駅だよね。……まさか野宿?」

 駅夫は、驚いたように、頻りに辺りを見回している。

「まさか、そんなことしないですよ。」駅夫に返事をした平櫻は、「……星路さん、私がご案内しても良いですか?」羅針に確認すると、羅針は小さく頷いた。それを見て平櫻は「じゃ、旅寝さん。こちらです。」と言って、駅夫を引率した。羅針はその後ろから付いていった。


 平櫻の引率で三人は丸の内南口へと向かった。

「こちらです。」

 平櫻が南口の改札を出て、右手に行くと、みどりの窓口の隣に、ひっそりと、まるで秘密の入り口のように、小さなドアがあった。

「ここ?……ここって、滅茶苦茶高級なホテルじゃん。」

 駅夫が驚いている。平櫻はその表情を動画に収めるのを忘れない。

「そうです。一泊だけですけどね。明日からは格安ホテルで、身体がビックリしちゃうかも知れませんよ。」

 平櫻がそう言って笑う。

「マジで。」

 駅夫はそう言って腕を組んだ。何の腕組みなのか、駅夫は暫く頭を捻りながら何かを考えていた。

 平櫻はその様子を動画に収めてはみたものの、あまり面白い反応ではないなと少しがっかりした。ただ、大企業の社長なら高級ホテルに泊まり慣れているのだろうと、勝手に納得した。


 その実、駅夫は、あまりに高級すぎるホテルに、こんなところに泊まるのかと考え込んでしまっただけだった。


 三人はガラスの自動ドアを抜けると、高級感溢れる廊下を通り、ロビーに出る。

 そこは、どこぞの宮殿かと思わせるような、大理石の床に、天井や壁にはモールディングが施され、調度品も品が良く、質の良さそうなものが華美にならない程度に配置されていた。そのあまりに豪華な造りと、その洗練された雰囲気に圧倒されてしまう。


「素敵。」

 平櫻がロビーを見渡しながら感嘆する。

「そうだね。駅の中にこんなところがあるなんて信じられないよね。」

 駅夫が平櫻の言葉を聞いて応じる。

 しかし、折角の豪奢なホテルのロビーも三人にとってはただの飾りでしかなかった。特に羅針にとっては、飾りとしてすら目には入っていなかった。


 元々、この時間は、チェックインできる時間ではないので、荷物だけ預けて日本橋駅へと向かう予定だった。しかし、羅針の体調が優れないので、どうするか迷った。

 二人は羅針を椅子に座らせて、この後どうするか相談した。


「ごめんね、羅針があんな状態で、折角の旅が台無しになって。」

 駅夫が謝る。

「そんな。謝らないでください。私だって悪いんですから。」

 平櫻も済まなそうに応える。

「……。ところで、この後の予定は聞いているんだろ。」

 駅夫が平櫻の謝罪については何か言いたげだったが、話題を変えた。

「はい。一応、この後歩いて日本橋駅に向かう予定でした。駅に到着後、どこかで昼食を摂って、周辺を散策、夕食までにはホテルに戻ってくることになっていました。」

 平櫻が簡単に説明する。

「そうか、ありがとう。

 一つ提案なんだけど、羅針がこういう状態でしょ。で、観光って状況じゃないからさ、平櫻さん一人で自由時間ていうことにして貰っても良いかな。折角平櫻さん日本橋観光楽しみにしてたのに、俺たちのせいで駄目にしたくないじゃん。だからさ、申し訳ないけど、一人で廻ってきてくれるかな。」

 駅夫がすまなそうに言う。

「一人で廻ってくるのは良いんですけど、お二人はどうするんですか。」

 平櫻は、予想は付いていたが、一応確認する。

「羅針はこんなだからさ、俺は付いていてやろうと思う。取り敢えず、チェックインの時間をこの辺で待つよ。

 それに、ほら、日本橋は飽きるほど廻ってるし、今更観光って感じでもないからさ。案内できないのは申し訳ないけど、平櫻さんは旅行のプロだから、俺たちの案内がなくても大丈夫でしょ?」

 駅夫はそう言ってお願いするように手を合わせる。

「それは、大丈夫ですけど、やっぱりお二人と廻りたかったですね。その方が何倍も楽しいですから。でも、仕方ないですね。私一人で廻ってきます。」

 平櫻はそう言うと、自分の荷物をフロントに預け、撮影道具や貴重品などを持って、日本橋方面へと向かって出発した。


 駅夫はお詫びとして、平櫻にタクシーカードを貸して暗証番号を教えた。平櫻は遠慮していたが、時間の節約になるし、経費で落ちるからと言って平櫻に握らせた。

 平櫻を見送った駅夫は、ロビーの椅子に座る羅針を立たせ、自分たちもフロントに荷物を預け、貴重品を持って、ホテルの喫茶ラウンジへと向かった。


 ラウンジに入った二人は、空いている席に座り、軽い軽食とコーヒーを頼んだ。

「羅針、大丈夫か。」

 駅夫が心配そうに聞く。

「ああ。なんとかな。」

 平櫻が傍にいないためか、羅針の心は少し落ち着いたようだ。

「取り敢えず、チェックインまで、ここで時間を潰そう。」

 駅夫が言う。

「ああ。」

 羅針は、もの凄く疲れたような顔をして、力なく頷いた。


 暫くしてサンドイッチのセットとコーヒーが運ばれてきた。

 二人は、それを黙々と平らげると、少し酸味の利いたオリジナルブレンドコーヒーを飲んだ。

 羅針は、少し気持ちが落ち着いたようで、顔色も少し良くなってきた。


「どうだ、落ち着いたか。」

 駅夫が人心地ついたところで、再び聞く。

「ああ。すまなかったな。ところで、平櫻さんは?」

 羅針が漸く平櫻が同席していないことに気付いたようだ。

「一人で観光に行って貰った。俺たちのせいで彼女の楽しみを奪う訳にはいかないだろ。」

 駅夫が答える。

「そうか。悪いことしたな。お前にも。……ホントにすまない。」

 羅針がそう言って頭を下げる。

「俺は良いんだよ。後で平櫻さんにはちゃんと謝っておけな。」

 駅夫が言う。

「ああ。そうだな。……そうだな……。」

 羅針はカップの中のコーヒーを、手持ち無沙汰にクルクル回し、その渦を見つめていた。


「……あのさ、お前『疑え、信用するな』みたいな声が聞こえるって言ってただろ、それって昔からなのか。」

 駅夫が核心をつくような質問をする。

「……そうだな。学生時代からかな。」

 羅針が戸惑いながらも答える。

「それって、何か切っ掛けがあったのか。」

 駅夫が更に突っ込んで聞く。ずっと駅夫が聞きたくても聞けなかったことだ。

「ああ。……まあな。……たいしたことじゃないけどな。」

 羅針は、明言を避ける。決して誤魔化そうとしている訳ではない。やはり、言いたくはないのだ。

「でも、たいしたことだったから、そんな変な声が聞こえるようになったんだろ。朝からずっと辛そうだったし。」

「……そうだな。……確かに、この声が聞こえるようになってから、色々と嫌な思いはしたし、辛いこともあった。ずっとずっとこの声に翻弄されてきた。……切っ掛けか。……切っ掛けね。」

 そう言って、羅針は考え込んでしまった。


 羅針は今まで誰にも言ってこなかった。駅夫はもちろん親にもだ。それを駅夫は話せと言う。羅針にとっては忘れようとしてきた過去である。出来ることなら、触れたくはなかった。

 しかし、これだけ駅夫に、そして平櫻にも迷惑を掛けたのだ。過去と向き合わなければならい時機、タイミングなのかも知れない。羅針のせいで実害が出ているのだから。


「お前、中学の時からおかしかっただろ。お前は何でも無いってずっと言ってたけど、俺はお前が辛そうにしてるのが、見てられなかったんだぞ。もう、あれから何十年も経ってるんだ。そろそろ、俺に何があったか教えてくれよ。俺は、お前の力になりてぇんだよ。

 お前が過去のことを忘れたいのは知ってる。でも、忘れられたのか?

 今もそれで苦しんでるんだろ。吐き出しちゃえよ。俺なら聞いてやれる。それを聞いたからって俺たちの間に何かが生じると思うか。そんなことはないんだよ。有り得ないんだよ。俺たちの仲がそんなことでは揺らがないだろ。

 頼むよ。お前が苦しんでるのを見るのは、辛いんだよ。なあ、……。」

 駅夫が最後には羅針に頼み込むように言う。その目には薄らと涙が溢れていた。

 駅夫自身、ずっと羅針のことを心配してきたのだ。何としてでも羅針を楽にしてやりたい、過去のトラウマから解放してやりたい。そんな想いでいっぱいなのだ。


「……ありがと。……この声が聞こえてきたのは、……そう、中学の頃だったかな……。」

 羅針は駅夫の必死な形相を見て、自分がどれだけ駅夫に心配を掛けてきたのか、どれだけ気に掛けて貰ってきたのか、どれだけ駅夫にとって羅針が大事な存在だったのかを、改めて羅針は感じた。それで、漸く羅針は重い口を開き、ポツリポツリと話し始めた。

「切っ掛けは、本当にたいしたことじゃないんだ。……クラスの連中と話したくもなくなったからな。先公ともね。……あいつらと話すこと自体が時間の無駄だったし、信用できなかったからね。」

 羅針はそう言うと、目の前に置いてあるコーヒーを一口飲んで続けた。

 定期考査のこと、嫉妬に狂った高橋のこと、取り巻きたちによるいじめのこと、持ち物検査のこと、親友だと思っていた久保のこと、そして、クラスでハブられていたことなど、羅針は思い出せるだけの話を駅夫にした。


 駅夫は黙って羅針の話をずっと聞いていた。

 こんなに辛い記憶だとは、駅夫は思いもよらなかった。想像はしていたが、想像以上だったのだ。今更ながら、中学時代に羅針をいじめた連中を駅夫は赦せなかった。

 高橋と言えば、駅夫たちの実家がある市では老舗の企業として、名を知らないものはいない。駅夫の会社でもその製品を取り扱い、売り上げもそこそこ出ている。駅夫はすぐに取り引き中止を決意した。大事な親友を苦しめてきたヤツの会社に利益をもたらしてきた自分が赦せなかった。


 でも、今はそんなことを考えている場合ではない。羅針の話は続いていたからだ。

「クラスでは完全に誰とも喋らなくなったし、俺からも喋ろうとも思わなかった。孤立?いや、関わりを持ちたくなかっただけだよ。だから、別にヤツらと話をしないことなんてたいしたことじゃなかったんだ。俺にとってはどうでも良かったからね。

 だけど、その頃からかな、この声が聞こえるようになったのは。気が付いたらこの声が頭の中で聞こえるようになったんだ。お前以外の人間と喋ると、必ず聞こえてくるんだよ。耳を塞ごうが、頭を振ろうが、何をしようが聞こえてくるんだよ。そのうち相手の言ってることも聞こえないぐらいに、頭の中で響くんだよ……。」

 羅針はそこまで話をすると、今まで味わってきた苦しみが大量に去来するのか、顔を歪めた。そして、意を決したように続きを話しだした。

「俺が人間不信になって、人を拒絶し、誰とも話さなくなったのはその頃からだ。……お前以外誰とも話さなくなった。いや、話せなくなったという方が正しいか。

 それでも、ビジネスライクなしゃべり方を身につけてからは、どうにか喋ることが出来るようになった。たとえ、相手のことを信用できなくても、ビジネスライクに喋っている内は会話が出来るからね。」

 羅針は、そこまで話すと、再びコーヒーを一口含んだ。


「そうやって、お前はコミュ障を克服してきたのか。」

 駅夫もそう言って、コーヒーを飲む。

「コミュ障?俺が?……まあ、ある意味そうかも知れないけど、……コミュ障ではないぞ。」

 羅針は駅夫の言葉に、驚いたように反論する。

「違うのか?俺は、ずっとお前がコミュ障だと思ってたぞ。」

 駅夫が正直に言う。

「確かに人と話すのは嫌だし、恐怖を感じていたこともあったけど、それは人間不信からであって、コミュ障とは違うと思うぞ。」

 羅針が答える。

「そうなのか。だって、人と接するのが苦手だとか、ビジネスライクの話し方を身につけたから人と話せるようになったって。」

 そう言って逆に駅夫は驚いた。今まで羅針がコミュ障だとずっと思ってきたからだ。


「……そうか。そう勘違いさせてたのなら、悪かったな。でも、コミュ障だとしたら、中国語を学ぼうとは思わないし、それこそ、誰とも話をしようとは思わないよ。たとえビジネスライクにしたとしてもね。

 お前の言うコミュ障がどういう定義なのかは知らないけど、俺はコミュニケーションできない訳じゃないからな。単に信用ならないから、面倒くさいだけであって、基本的にはコミュニケーションできるからな。あの声が聞こえてこない限り。」

 羅針は、今まで駅夫が気を遣ってくれていた理由を始めて知った。これまでは単に「友達のいない羅針を構ってやれるのは、俺だけだ」とでもいうつもりで、幼馴染みとして付き合ってくれているものだとばかり思っていた。ところが、どうやらそうではなく、羅針がコミュ障で、病を抱えているから、面倒を看てやるつもりでいたのだということに、始めて気が付いた。


「幼馴染みだから、お前のこと何でも知ってるつもりでいたけど、まだ知らないことがあるんだな。」

 そう言って駅夫が前のめりで聞いていた身体を、背もたれに寄りかからせた。その顔には少し安堵の表情が浮かんでいた。

「そりゃそうさ。脳を共有している訳じゃないんだ。当たり前だろ。」

 羅針がそんなことを言う。

「そういう言い方、お前らしいな。どうやら、調子を取り戻したか。」

 駅夫がホッとしたように言う。

「ああ、そうだな。ホントに悪かった。色々と心配掛けたな。」

 羅針がそう言って、頭を下げた。


「ところで、平櫻さんはどうするんだ。このまま、彼女と旅を続けられるのか。それとも、ここで別れるか。」

 駅夫が聞く。

「彼女が良い娘なのは分かってる。だから、ここで縁を切るのは違う気がするんだよな。だから、これからも一緒に旅は続けるよ。彼女さえ良ければね。ただ、声が消えてなくなった訳じゃないんだ。彼女の前で、自分を保っていられる自信はないよ。」

 羅針はそう言って、再び暗い表情になる。

「そうか。じゃ、しっかりと彼女にも話をしなきゃな。ちゃんと説明して、羅針のことをきちんと分かって貰ってさ、理解して貰った上で、同行して貰おうよ。

 彼女は俺たちの旅に付いて来たいって言ってるんだからさ、改めて、ちゃんと仲間にしようぜ。桃園の誓いみたいにしてさ。」

 駅夫は言う。

「三国志の、あれか。……そうだな。まあ、死ぬとこまで付き合う話じゃなければな。」

 羅針がそう言って微笑むと、二人は、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲んだ。




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