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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾肆話 館腰駅 (宮城県)
142/180

拾肆之拾壱


 かわまちてらす閖上を楽しんだ、旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、土産物の袋を下げて、駐車してる一人乗り電気自動車のところに戻ってきた。

 車の回りにはいつの間にか十数人の人集りができ、中にはカメラやスマホで写真を撮っている者もいた。


 三人が近づくと野次馬の一人、三十代ぐらいの男性が、先頭を歩いてきた駅夫に声を掛ける。

「これあなたたちの車ですか。」

「ええ、そうです。レンタルですけど。」

 駅夫が答える。

「どこで借りられるんですか。」

「空港で借りられますよ。」

 駅夫が答えると。その男は礼を言った。


「なんかすげぇな。」

 羅針がぼそりと駅夫に言う。

「ああ、トゥクトゥクの時は遠巻きだったけどな。」

 駅夫も驚きを隠せないでいる。

「ちょっと恥ずかしいですね。」

 平櫻は照れ臭そうにしている。


 三人は人集りを掻き分け、衆人に注目されながら乗り込むと、電源を入れた。

 すると、まるで十戒に出てくる海のように、人々が出口方向を開けて左右に割れた。

 先頭の羅針は、人に注意しながら最徐行で車をスタートさせる。その後を平櫻と駅夫が付いてくる。こういう時、子供が後追いをすることがあるので、特に殿しんがりの駅夫は後ろを気にしながら走り出した。


 駐車場を出た三人は、人々に見送られながら、車を返却するために空港へと向かった。すると、雨模様だった空から、とうとう雨粒が落ちてきた。フロントガラスに一粒、二粒と水滴が付いたかと思うと、あっという間にガラス一面に広がった。

 操作系が違うので、いつものクセで三人とも一瞬ウインカーを出してしまったが、すぐにワイパーを動かし、テールランプを点灯させるため、ライトを点灯した。


 先程、かわまちてらす閖上に向かう時は、幌を開けて風を感じていたが、今は流石に締めたままだ。車内はエアコンがないため、少し蒸し暑く感じる。フロントガラスが息で曇るのが面倒で、羅針は幌をほんの少し開けて換気をした。

 羅針が換気をしているのを見て、平櫻が真似をすると、それを見た駅夫も同じように少し開けた。高々10分程のドライブだが、視界が悪いのはやはり危険だからだ。距離が近くても、油断は出来い。

 三人は、羅針を先頭に、そのテールランプを追うように、雨の中を空港へと向かった。

 見上げる空は、完全に真っ黒い雨雲で、まさに梅雨空であった。


 空港に着くと、三人は元あった駐車場に止めて、返却手続きをした。

「さっきは、見送りがさ、なんかタレントみたいだったな。」

 駅夫が羅針に嬉しそうに言う。

「俺たちを見送ったんじゃなくて、車を見送ったんだけどな。」

 羅針は身も蓋もないことを言う。

「そうだけどよ。少しは夢を見させてくれよ。」

 駅夫はそう言って詰る。

「でも、楽しかったですね。インカムがあったらもっと良かったなって思いました。」

 平櫻が楽しそうに、でも、ちょっと残念そうに言う。

「インカムって無線のこと?」

 駅夫が聞く。

「そうです。良くバイク動画なんかで、仲間同士で話をしながらツーリングしてるんですよ。ああいうの良いなって思って。」

 平櫻が説明する。

「へえ、そういうのがあるんだ。それは楽しそうだな。なあ、羅針……」

 駅夫が、羅針に話を振ろうとすると、

「『ああ買うか』ってならないからな。」

 駅夫の言葉に被せるようにして、羅針は即否定する。

「なんでだよ。」

 駅夫が不満そうに言う。

「インカム一ついくらすると思ってるんだよ。」

 羅針が言う。

「いや、知らない。1万円ぐらいか?」

 駅夫が適当に言う。

「二人だけで通話するならそれ位ですむけど、多人数になるとその倍から三倍、良いのになれば更にその倍以上にもなる。いつ使うかも分からないのに、そんな金かけられるか?」

 羅針が諭す。

「そんなにするのかよ。」

 駅夫が驚いている。

「そう。それなら、携帯アプリのグループ通話機能を使った方が安上がりだし、今すぐ使えるぞ。」

 羅針が言う。

「そんなのがあるのかよ。どうやってやるんだよ。」

 駅夫が聞く。

 羅針がスマホを取りだして、グループ通話機能のあるアプリを起ち上げる。駅夫のスマホにもデフォルトで入っているアプリだ。羅針は操作方法を見せながら、駅夫に教える。

「平櫻さんも入ってきて。」

 駅夫が平櫻も誘う。

「分かりました。ちょっと待ってください。」

 平櫻もスマホを取りだし、アプリを起動した。


「もしもし。二人とも聞こえる。」

 駅夫が呼びかける。

「ああ、聞こえてるぞ。」

「聞こえてますよ。」

 羅針と平櫻が応える。

「おっ、出来た。……なんだよ、こんなのがあったのかよ。じゃ、さっき使えば良かったな。」

 駅夫が残念そうに言う。

「残念ながら、これだけじゃ車では使えないよ。使ったら、ながら運転で、30万円または10万円の罰金に、違反点数は6点または3点だからな。」

 そう言って、羅針がバッサリと切り捨てる。

「なんだよ、それじゃ駄目じゃん。」

 駅夫ががっかりしている。

「ただし、ハンズフリー通話ならお目こぼしがあるから、イヤホン式のは言語道断だけど、スピーカーフォンにすれば使えるぞ。それなら車内で会話しているのと変わりないからな。」

 羅針が言う。

「おっ、光が見えたじゃん。平櫻さん、次は会話も楽しもうな。」

 途端に駅夫が笑顔になる。

「は、はい。そうですね。」

 言い出した自分よりもテンションの高い駅夫に圧倒されながら、平櫻は苦笑いを浮かべていた。

「で、何を準備すれば良いんだ。」

 駅夫が羅針に聞く。

 そのあと、羅針はハンズフリー通話に必要なものをネットで検索して、駅夫に見せながら説明した。


「で、この後はどうするんだ。ホテルに戻るのか。」

 羅針の説明を聞いて、ハンズフリー通話の遣り方を覚えた駅夫は、羅針にこの後の予定を聞く。

「そうだな。時間も中途半端だし、土産物もさっき買ったしな。このままホテルに戻るも良し、空港でショッピングを楽しむも良し。」

 羅針が言う。

「あの、二階の老舗和菓子店に寄りたいのですが。あそこのずんだ大福が美味しいんですよ。家族にも頼まれてるんで、良いですか。」

 平櫻が遠慮がちに聞く。

「もちろん良いですよ。」

 羅針が応える。

「じゃ、行こうか。」

 駅夫も言う。


 三人は、平櫻の言う、ずんだ大福が美味しい老舗和菓子店に来た。ずんだが売りなのか、店舗には緑色が目立ち、ずんだ関連の商品を宣伝している。イートインスペースもあり、出発を待つ客だろうか、搭乗までの一時ひとときを楽しんでいるようだ。


 三人は、ショーケースの中から、ずんだの大福だけでなく、生クリームや、ほうじ茶、抹茶のクリームが入った大福を自分用と、家族用に買った。もちろん、家族用は配送をお願いする。

「エッ君。ちゃんと連絡入れとけよ。」

 羅針が巫山戯て言う。

「分かってるよ。ラー君も忘れるなよ。」

 駅夫も言い返す。

 平櫻はそんな二人を微笑ましそうに見ていた。


「他には何かありますか?」

 羅針が買い物を終えたところで、平櫻に聞く。

「いいえ。他は大丈夫です。」

 平櫻が応える。

「羅針、夕飯はどうするんだ。このままホテルに戻ったら昨日の二の舞だぞ。」

 駅夫が聞く。

「そうだな。ここで食べていくか、また仙台に出るか、名取でも良いけど。どうする。」

 羅針が聞き返す。

「一応、この辺の郷土料理は一通り食べたんだよな。まだ何かあるのか。」

 駅夫が確認する。

「一応そうだな。牛タン、ずんだ、笹かま、芹鍋、辛味噌ラーメン、はらこ飯、有名なところは網羅したな。平櫻さんは何かありますか。」

 羅針は、一通り挙げて、全部網羅したことを確認し、平櫻にも聞く。

「あとは、しらすとか、それと赤貝ですかね。閖上の赤貝は日本一だって聞きますし。でも、両方とも先程いただきましたし。……あっ、そうそう、北寄貝ほっきがいもありますね。北寄貝を使った北寄飯ほっきめしも有名じゃないですかね。」

 平櫻もそれ位しか思い浮かばないようだ。

「ちょっと待って、さっき食べた赤貝って日本一だったの。それ早く言ってよ。」

 駅夫が驚いたように言う。

「店のポスターに書いてあったぞ。見てなかったのか。」

 羅針が言う。

「ああ、気が付かなかった。」

 駅夫は目を大きく見開いて軽く口をぽかんと開け、驚きと気まずさが混ざった表情を浮かべていた。眉は少し上がり、頬にはほのかな赤みが差して、うっかり見逃したことへのバツの悪さが顔に滲み出ていた。


「で、どうするんだ。その北寄貝にするのか。」

 駅夫がバツの悪さを誤魔化すように聞く。

「そうだな。北寄飯は、確かにこの辺りの郷土料理らしいから、食べる価値はあるな。ただ、この辺だと閖上にある市場に提供してくれる店があるんだけど、この時間はもう閉まってるから、後は、仙台に出るしかないかな。ここでは見なかったし。」

 羅針が言う。

「結局仙台に出るしかないのか。まあ、それも良いか。平櫻さんはどう。」

 駅夫は渋々納得し、平櫻にも聞く。

「私もそれで良いです。仙台なら、北寄飯以外にも何かしら見付かると思いますし。」

 平櫻も頷く。

「じゃ、仙台へ移動しますか。」

 羅針が言う。

「だな。」

「はい。」

 駅夫と平櫻も頷いた。


 三人は連絡通路を通って、仙台空港駅に向かう。

 渡り廊下のような連絡通路を渡り、駅舎へ向かう。羽田も成田も鉄道駅は地下にあるので、羅針と駅夫にとっては地上にある空港駅は珍しく感じる。

 渡り廊下を、黄色い点字ブロックにいざなわれるように渡り、突き当たりを右に曲がると、更にコンコースが続いていた。

 1分程で改札口に辿り着いた三人は、その静かなコンコースを見渡した。まだ、列車の発車までは時間があったので、三人で記念撮影をしたり、各々写真を撮ったり動画を撮ったりした。


 この仙台空港アクセス線の仙台空港駅は、2007年に開業し、1面2線の頭端式で、地上二階にホームがある高架駅で、1日平均乗降客は五千人を超える。発車メロディは宮城県を舞台にしたアニメのエンディング曲を使用していることでも知られ、この時も音鉄らしき若い男性が録音機材を持って、構内の音をっていた。


 撮影に満足した三人は、誰からともなく改札を抜けてホームに出た。音鉄の男性以外、列車を待つ人はなく、ホームは静かだった。ただ、屋根に当たる雨音だけが響いていた。

 ホームに入ると、まず目に付くのが、花びらのようにも翼のようにも見える、大理石なのにそのままふわふわと飛んでいきそうな雰囲気のある、美しいオブジェである。〔飛翔〕と名付けられたそのオブジェは、仙台出身の武藤順九むとうじゅんきゅう氏の作品で、空の玄関口として、故郷から世界へという思いが込められているそうだ。


「私、この作品好きなんですよね。この作品を見る度に、自分も羽ばたこうって思えるんです。」

 平櫻は、そのオブジェを見て、何か決意をしているような表情になった。

「平櫻さん、そこに立って、そう、それで、顔をオブジェに向けて、表情は変えないで。」

 羅針が、カメラを取りだして、平櫻に何枚かシャッターを切った。

 平櫻は、驚きながらも、言われたとおりオブジェに視線をやりながら、何かを決意するような表情を作った。

「ごめんなさい。すごく言い表情をされていたので、思わず……。」羅針が我に返ったように、謝罪する。そして、撮れた写真を平櫻に見せる。「どうですか、良い表情でしょ。」

「ありがとうございます。私こんな表情をしてたんですね。流石星路さんですね。この写真いただいても良いですか。」

 平櫻は恥ずかしそうにしながらも、羅針にお願いする。

「もちろんですよ。」

 羅針はそう言って、そのまま送信の操作をした。


 脇でその様子を見ていた駅夫は、羅針が平櫻に敬語を使わなかったその一瞬を、聞き逃さなかった。前回はジェットコースターに乗ったことで、気が動転して使わなかっただけだが、今回は違う。気が急いていたというのはあにせよ、それでも意識していれば、いつもの羅針なら敬語になっていたはずなのだ。

 この一週間、平櫻が加わってから、羅針がどれほど慎重に平櫻との距離を測っていか、駅夫はよく知っている。それだけに、その気の緩みとも言える行動が、駅夫には嬉しかった。すぐにいつもの調子に戻ってしまったが、羅針に対して、駅夫は心の中で大きな拍手を送っていた。


 三人は、更にホームを進むと、1番線ホームの線路の下には駐車場があり、その向こうには、雨に煙る滑走路を挟んで、臨空工業団地の町並みが広がっていた。

 三人がホームで記念撮影をしたり、思い思いに写真や動画を撮影したりしていると、構内に列車到着のアナウンスが流れた。

 その頃には、乗客もパラパラと集まり、並んでいる人もいた。

 やがて入線してきた列車は、E721系500番台とSAT721系が二両ずつ連結された車両だった。


 E721系500番台はJR東日本の車両で、腰帯をフレッシュグリーンとスラストブルー、幕板部の帯はスラストブルーとブライトスカイが引かれ、前面にはフロントガラスの下にフレッシュグリーンをあしらい、貫通扉にはジェットブラックが塗られている。

 対して、SAT721系は仙台空港鉄道の車両になり、正面の運転台周りと側面の上下にシンボルカラーのクリアブルー、正面と側面下部にオレンジ色の細い帯が入っている。

 どちらもステンレス車両で、セミクロスシート、空港線用として製造されたものだ。

 この異色の連結は、まるでこの仙台空港アクセス線が、JR東日本の東北本線と仙台空港鉄道の仙台空港線を相互乗り入れしていることの象徴であるかのようだ。


 仙台空港アクセス線の空港側、つまり名取駅から仙台空港駅間は、仙台空港鉄道の管轄で、仙台空港線が正式な路線名になる。全7.1㎞に途中二駅を有し、空港利用者だけでなく、住民の足にもなっている。

 もちろん、東日本大震災の被害は甚大で、運行停止中も、代行バスで市民の足、旅客の足を守ったが、復旧まで七ヶ月近い月日が掛かった。


 この仙台空港線は、元々仙台市営地下鉄が延伸する形で乗り入れる計画もあって、名取市と仙台市が合併する話も浮上していたが、結局折りが合わず合併話は立ち消え、地下鉄乗り入れの話もなくなり、現在の形に落ち着いたようである。


「どっちが便利だったんだろうな。」

 駅夫が羅針の話を聞いて、疑問に思う。

「さあな。でも、駅数からしたら今の方が便利なのかも知れないよ。それに、仙台駅に用があるだけなら地下鉄でも良いけど、仙台からどこかへ行くとなったら、結局JRになるだろ、他県に行くなら新幹線を利用することにもなるだろうし。」

 羅針が答える。

「だな。それなら乗り換えが便利なJR乗り入れの方が断然良いか。」

 駅夫はそう言って、入線してきた列車に乗り込むと、いつものように前面展望のかぶりつきへ、そして、羅針と平櫻はクロスシートに座った。


 発車メロディが終わると、ドアを閉めた列車は、ゆっくりと出発した。

 仙台空港駅を出ると、左手には駐機している飛行機たちを、右手には貞山堀を見る。線路は左へ大きくカーブしながら、徐々に下り坂を下がっていき、滑走路の手前で地下トンネルへと入る。仙台空港線唯一のトンネルであり、震災時は当然ここも水没した。一番の被害を受けた場所でもある。

 駅夫はそんな歴史を知ってか知らずか、前面展望を楽しんでいたが、羅針の脳裏には、昨日、今日と見聞きした震災の記憶がフラッシュバックしていた。


 一方、平櫻は、何度か乗りに来たこの仙台空港線が変わらず運行していることを嬉しく思った。その反面、震災のことを思い出すと、やはり心が締め付けられる想いがあり、気分は複雑だった。

 星路と旅寝の二人と共にするこの旅も、既に一週間が経った。この一週間で、平櫻は今まで経験したことのないような体験をすることが出来た。それはあの時、三陸で経験した恐怖とは違い、すべてが楽しい思い出となるものばかりだ。

 出会いこそ最悪で、この世の終わりかと思える程に落ち込んだが、勇気を出して付いてきて良かったと、今この時も目の前で外の景色に目をやる物憂げな星路、一番前で前面展望にかぶりついている楽しそうな旅寝を見て、平櫻は良い縁に恵まれたことを神に感謝したのだった。


 八間堀はちけんぼり増田川ますだがわに架かる橋梁を渡ると、住宅街が周囲に広がった。

 次の美田園みたぞの駅では、既に空港行きの列車が待機していた。単線である空港線では、列車交換が必要となるからである。

 美田園駅を出ると、次はもりせきのした駅であるが、目の前には東北最大級のショッピングモールが広がっていた。名取市観光のホームページに依れば、日用品からお土産まで何でも揃う品揃えで、映画館から病院まで、人々の必要なものが揃っているという。

 確かに周囲には娯楽施設らしいものがなく、仙台駅に出るしかないようだが、ここならある程度の需要は満たせるのかも知れない。ただ、駅夫と羅針の実家の近くに本社がある、このショッピングモールは、二人にとって何の物珍しさもない。

 羅針は、ここにもこのショッピングモールがあるのかと、窓の外に広がるその巨大な建物を眺めていた。


「このショッピングモール、2007年に鹿児島にも出来たんですけど、その時は結構大きな話題になったんですよね。プレオープンに開店前から四千人並んだとかで、年間一千万人が来るって言うから、ある意味、観光地ですよね。」

 平櫻はショッピングモールを眺めて羅針に言うでもなく呟く。

「四千人も並ぶなんて凄いですね。確かにこのショッピングモールはどこも観光地化してますよね。中国からもこのショッピングモール目当てで来る人もいるって聞きますからね。まさに観光地ですよね。

 実家の傍にもこのショッピングモールあるんですが、オープンした時も七千人が並んだとかって話で、ウチの親と駅夫の親が一緒に行ったけど、もの凄い人で大変だったって聞きました。」

 羅針が言う。

「七千人ですか。それは凄いですね。……ああ、星路さんの実家の近くって、本社傍の旗艦店ですよね。それは鹿児島の片田舎に出来たものじゃ、太刀打ち出来ないですよ。」

 平櫻はそう言って苦笑いする。

「いや、別に自慢しようと思って言った訳ではないですよ。あそこは別格ですからね。

 それにしても、どこに行ってもこのショッピングモールがあるから、なんかありがたみというか、その土地らしさというか、そういうのがなくなるのが寂しいなって思うんですよね。年寄りの戯言たわごとですけど。」

 羅針はそう言って笑う。

「確かに、その土地に住む人は便利になって良いですけどね。観光客にとっては、昔ながらのお店に行きたいですからね。仕方ないですが、確かに寂しいですね。両方共存してると良いんでけどね。」

 平櫻もそう言って頷く。

「そうですよね。」

 羅針もそう言って、ちょっと遠い目をした。


 杜せきのした駅を出た列車は、やがて大きく右へカーブを描くと東北本線の上下線の間に降りていった。その先は空港線の起点である名取駅である。

 名取駅は2面3線の橋上駅で、東北本線と仙台空港線が乗り入れ、運行系統としては、常磐線と阿武隈あぶくま急行線も乗り入れをしており、全部で4路線5方面の列車が乗り入れていているが、一日平均乗車人員は一万人程で、仙台駅が九万人程を数えることを考えると、名取駅は小規模駅と言わざるを得ない。


 ここから先、仙台まではもう既に四回目である。内一回は夜だったので、景色を楽しめたのは今回を含めて実質三回目であるが、見慣れた景色になってきた。

「夕飯なんですけど、北寄飯をいただくのは良いとして、お店はどこにしますか。昨日行ったお店でも、北寄飯は出しているみたいですけど、同じ店が嫌なら、別の店を探しますが。」

 羅針が名取駅に停まると、平櫻に尋ねる。

「私はどこでも良いのですが、旅寝さんが『同じ店は……』って昨日仰ってましたよね。だから、別の店にした方が良いと思うんですが。」

 平櫻は昨日夕飯の店を選んだ時の、駅夫の反応を思い出していた。

「そうですね。折角なら、色んなお店に行きたいですもんね。それじゃ、この店はどうでしょうか。」

 羅針は、スマホで検索した駅ビルにある別の店を提案する。

「雰囲気は良さそうですね。口コミも悪くなさそうですし、駅ビルなら雨にも濡れませんし、旅寝さんに了承して頂けたら、そこにしましょう。」

 平櫻は自分のスマホでその店を検索し、情報を確認した後、羅針に同意する。

「そうですね。平櫻さんが良いなら、駅夫に確認して、ここにしましょう。」

 羅針もそう言って、その店に決める。


 住宅街を進む列車は、南仙台、太子堂、長町と順番に停まり、仙台駅へと滑り込んだ。

 仙台空港を出発した時は、ガラガラだった列車も、仙台に着く頃には6割ぐらいだろうか、学生らしい若者で埋まっていた。


 三人は、吐き出されるように、列車を降りると、人の流れを邪魔しないようにした羅針と平櫻は、車内で決めたこれからの予定について、駅夫に話をした。

 雨が降りしきる仙台駅のホームには、列車を降りた人々と入れ違いに、これから帰宅しようとする人々が、折り返しの列車に乗り込んでいった。

 こうして、仙台駅は夜の準備を始めたのだった。




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