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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾肆話 館腰駅 (宮城県)
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拾肆之弐


 今朝のニュースで梅雨に入ったようだと言っていたが、その言葉通り、新幹線の車窓から見える空は、雲一つしかない、ドンヨリとした天気だった。

 宇都宮を過ぎた辺りから、ポツリポツリと雨粒が窓に当たり、徐々に水滴が流れるようになった。


「本当に梅雨に入ったのかな。」

 旅寝駅夫がどら焼きを頬張りながら呟く。

「そうだな。」

 隣に座る星路羅針も、窓に当たる雨粒を見て頷く。

「九州は17日に梅雨に入ったって言ってたので、一週間ぐらいずれるんですね。」

 通路側に座る平櫻佳音も、そう言って、日本列島の大きさを改めて感じているようだった。


「結局、全部食べちゃったな。」

 駅夫が紙袋の中身が空になったことを示す。

「結構美味かったからな。まあ、洋と和のスイーツをこれだけ一遍に堪能することなんてなかなか無いけどな。」

 羅針は、呆れたように言う。

「確かに。まあ、全部美味かったけど。」

 そう言って駅夫も腹を叩いて満足げだ。

 ロールケーキ、煉瓦のケーキ、最中にどら焼きと結局全部平らげた二人は、満足そうに残った紅茶で喉を潤した。

 列車は、そうこうしているうちに終点の仙台駅に滑り込んでいった。


 一昨日乗り換えた、仙台駅の新幹線ホームに降りた三人は、まさか再びここを訪れるとは思いもしなかった。

 一昨日土産物やお弁当を購入したコンコースへ降りて来ると、当然だが、一昨日と何ら変わりはない。出張に急ぐビジネスパーソンがトランクを引き摺り、外国人観光客が固まって、ああでもないこうでもないと行き先を確認し合っていて、お昼に近い時間であるため、駅弁を買い込む人々も列を成しているのは、一昨日にも見た光景である。


「どうする昼飯。」

 駅夫が羅針に聞く。

「おいおい、今散々ケーキや菓子を食ったばかりだろ。取り敢えず、館腰駅に着いてから考えようぜ。」

 羅針が言う。

「そ、そうか。弁当でも調達してから行くかなと思ったんだけど、まあ、予定があるならそうするよ。流石に腹は減ってないし。」

 駅夫がそう言って、食べたくて言ったんじゃないと主張するように、はにかむ。


 三人はそのままコンコースを抜けて、ピンクの案内板が下がる在来線乗換え口を通り、在来線の6番ホームへと向かう。

 この仙台駅には、JRが、新幹線の他に、東北本線、仙山せんざん線、仙石せんせき線の在来線が3線、仙台市地下鉄が東西線と南北線の2線が乗り入れているが、JRの在来線は東北本線を介して、様々な路線が乗り入れているため、在来線ホームは行き先別に10番線まであるのだ。

 流石東北随一の都市に鎮座する交通の要衝である。


 三人が降りてきた6番線は、岩沼いわぬま白石しろいし福島ふくしま方面乗り場で、東北本線の乗り場である。ちなみに隣の5番線は常磐線の乗り場になっていて、目的地である館腰駅の一つ先、岩沼駅で分岐する。そのため、どちらに乗っても大丈夫なのだが、6番ホームには既に折り返し白石行きの、緑と赤の帯に白い線が入ったラインが窓枠の下に引かれ、幕板部にも緑のラインが入った、正面から見るとどこか可愛らしい感じがする、3両編成のE721系0番台が停車していたので、そちらを使うことにする。

 三人は車両を撮影したり、駅名と一緒に記念撮影したり、出発までの時間を楽しんだ。


 発車時間が近づくと、間もなく発車する旨の放送が掛かり、三人は撮影を切り上げて、列車に乗り込む。

 車内はセミクロスシート形式の座席配置で、駅夫は正面かぶりつきへ、羅針と平櫻はクロスシートへと陣取った。


 羅針と平櫻が座席について一息つくと、「お待たせいたしました、白石行き発車いたします。閉まるドアにお気をつけください。次は長町ながまちに止まります。」と車内放送が入った。

 キンコンキンコンという音と共にドアが閉められると、列車はガタン、ゴトン、と線路の継ぎ目を越える車輪の音を響かせながら、ゆっくりと走り出した。


 仙台駅を出ると左側には住宅街が広がり、右側には新幹線の高架線が併走する。そして、広瀬川を渡ると、最初の停車駅長町駅に到着する。

 駅に近づくと、高架線に上がり、隣を走る新幹線車両を見ることができる。丁度E5系の東京行きが速度を上げながら追い抜いていった。


 羅針と平櫻は、この後のスケジュールについて、最後の確認をしていた。

 館腰駅周辺はとにかく何もないので、どこをどう廻るか、また静和駅の時のように、駅夫の気持ちを汲み取らなかったという失敗をしないためにも、駅夫とも何度か確認をしながら詰めてきたスケジュールを、もう一度確認していた。


 列車は次の太子堂たいしどう駅に到着した。

 この駅は名前こそ太子堂と付いているが、周辺に太子堂は存在しない。実は、元々この辺りに聖徳太子のご神体を祀った祠が存在しており、今は存在していないその祠の名前が地名として残り、駅名にも使われているのだという。当初は〔南長町駅〕という仮称が付いていたが、〔長町南駅〕が地下鉄南北線にあったため、混乱を避けて太子堂駅に落ち着いたらしい。


 スケジュールを確認する傍ら、羅針はそんな蘊蓄を平櫻に披露した。

「旅寝さんには教えなくて良いんですか。」

 平櫻が、正面かぶりつきで夢中になっている駅夫の方を見て言った。平櫻は、以前利根川橋梁を渡った時に羅針が駅夫に説明していたことを言っているのだ。

「ああ、大丈夫ですよ。あんまり色々教えると、あいつパンクしちゃうし、ほら、観光バスのガイドさんが左手に見えますのがどうのこうのとかってしてくれるじゃないですか、ああいうのって、ありがたいんですけど、ほとんど記憶に残ってませんよね。

 だから、駅夫には必要最低限の話しかしないんですよ。

 まあ、自分が話をしたい時は、そんなこと気にせずに言っちゃうんですけどね。」羅針はそう言って笑う。「それに、あいつが気になったことは、後で纏めて聞いてくるんで、その時に教えてあげるんですよ。」羅針はそう付け加える。


「そうなんですね。」平櫻は、羅針の説明を聞いて、どうやら納得したようだが、「じゃ、私にお話してくださったのは、もしかして喋りたいからですか?」と、ちょっと意地悪く鎌を掛けた。

「まあ、そう言うことですね。」

 羅針は図星だったのか、照れ臭そうに笑った。

 平櫻は、取っつきにくかった星路がここまで自分に心を開いて、喋ってくれていることを嬉しく思った。

「これからも、色々教えてくださいね。」

 平櫻もそう言って、喋ってくれることの嬉しさを隠しつつ、教えてくれることに感謝を示した。


 列車は太子堂駅を出ると、高架線から地上へと再び降りていき、南仙台駅へと滑り込む。南仙台駅を出ると、東北随一の人口100万人を超える巨大都市仙台市も、田畑が広がり、沿線にビニールハウスが見えてくるようになった。


 次の名取なとり駅からは仙台空港アクセス線が出ており、車内では乗り換え案内が流れた。

 名取駅を出ると、上下線の間から、単線の高架橋が頭上を越えて左の方へと抜けていった。

 やがて隣を併走する県道273号が国道4号と合流すると、目的地の館腰駅には間もなく到着である。

 羅針は、平櫻に降車の準備を促し、駅夫のところに行って、次の駅で降車することを伝える。


 列車は遅れもなく、時刻表通り館腰駅に到着した。

 館腰駅は、2面2線の対面式ホームに跨線橋がある、典型的な無人のローカル駅である。

 列車から降りた三人は、大きく伸びをした。三人の第一印象は、周囲に住宅街が広がり、そこそこ乗降客が居そうな感じなのに、ホームはかなり狭いということだった。人が擦れ違える程の幅はあるため、激狭という訳ではないが、三人はそんな風に感じた。


「記念撮影の前に、羅針一つ質問がある。」

 駅夫が改まって聞く。

「なんだ。」

 羅針が改めてなんだという風に耳を傾ける。

「あっ、たいしたことじゃないんだけど、さっき太子堂って駅があっただろ、あの太子堂って聖徳太子の太子だよな。近くにお堂かなんかあるのか。」

 駅夫が太子堂について聞いてきた。

 思わず羅針は平櫻と目を見合わせて、「ほらね、やっぱり気になってたんですよ。」そう言って羅針は笑う。

「ですね。ここはちゃんとレクチャーしなくちゃいけませんね。」

 平櫻もそう言って笑う。

「何だよ、二人して、そんなに太子堂について聞いたのがおかしいことなのか。」

 駅夫が訝しんで、二人を問い詰める。

「いや、そんなことないよ。さっき、お前が太子堂のこと気にならないかなって話をしていたからさ。まさか、ホントに聞いてくるとは思わなくてさ。」

 羅針が笑いを堪えて答える。

「何だよそれ。それじゃ、俺はお前の掌の上ってことかよ。」

 駅夫が不満げに言う。

「まあ、そう言うなって。」そう言って羅針は再び笑う。「……で、太子堂だよな……。」羅針は一頻り笑った後、先程平櫻に語った話を続けた。


「じゃ、あそこには太子堂はないのに、太子堂って名前なのか。詐欺だな。」

 羅針の話を聞いて、駅夫がそんなことを言う。

「詐欺って……、まあ、そうかもしれないけど、仙台市太白区(たいはくく)太子堂っていう地名になってるからな。詐欺とも言えないんじゃないか。」

「地名になってるのか。尚更ややこしいな。」

 駅夫はそう言って腕を組んだ。

「まあ、そう言うなって。地名になってるってことは、地元の人にとっては太子堂があったことに誇りを持ってるんだろうから。」

 羅針がそう言うと、

「そんなもんなのか。地名に誇りね……。俺には良く分からない感覚だな。まあ、でも、誇りを持っているものを詐欺呼ばわりは確かに失礼だったな。太子堂の皆さんすみませんでした。」

 そう言って、太子堂駅の方に向かって駅夫は頭を下げた。

「ちゃんと謝れてエライエライ。」

 羅針がそんな駅夫の頭を撫でてやる。

「やめろって。」

 駅夫がそう言って、羅針の手を払うと、二人して笑った。

 それを見ていた平櫻は半分微笑ましく、半分呆れた顔をしていた。いつものおふざけだろうことは、もう平櫻にも分かっていたからだ。


「記念撮影しましょ。」

 平櫻が、じゃれ合って笑っている二人に声を掛けた。

「そうだね。」

「そうですね。」

 駅夫と羅針が応え、駅名標の前で、いつもの通り一人ずつと、全員一緒の記念撮影をした。


「さて、星路羅針先生、この駅についてレクチャーしてくれるかな。」

 記念撮影を終えた駅夫が偉そうな態度で、羅針に言う。さっき遣り込められた仕返しである。

「なんだ、それ。……しょうがねぇな。耳かっぽじって良く聞いとけよ。」羅針が呆れた顔で応え、館腰駅について話を始めた。「むか~し、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。二人はたいそう駅が欲しくて、お上に駅を造って欲しいとお願いに上がったのです……。」

「あのな、昔話じゃねえんだから。」

 駅夫が呆れたように、話を止める。

「なんだよ、ここからが面白くなるのに。」と言いつつ、羅針は口調を変えて話を続けた。「……この駅は、元々請願駅で、仙台空港へのアクセスと地域住民の利便性向上のために1985年に無人駅として開業したんだ。ちなみに太子堂駅は2007年開業な……。」

 そう言って羅針は説明を続ける。


 この館腰駅の一日平均乗車人員は2000人前後を推移していて、現在は通勤通学の需要を満たしている。

 開業から2年目には、〔仙台空港口〕の愛称が付けら、一日平均2500人からピーク時には2700人程が利用しており、一応空港への最寄り駅として機能してはいたようだ。

 しかし、2007年に空港アクセス線が開業した際、仙台空港口の呼称を廃止して、ただの館腰駅に戻ってからは、一挙に利用客も減って、2000人前後を推移するようになった。裏を返せば、それだけ、通勤通学での利用もあったってことだ。

 現在は、朝晩だけバス運行がなされ、空港アクセスとしての役割はほぼ返上したといったところだ。


「なるほどね。じゃ、この街はどんな街なんだ。」

 駅夫が続けて質問をする。

「この街って、館腰ってことか?それとも名取市がってことか?」

 羅針が確認する。

「もちろん、両方。」

 駅夫は子供が好奇心いっぱいに教えて貰うような目をして言った。

「分かった、分かった。欲張りだな。」羅針は呆れたようにそう言って、話を続ける。「まずは、名取市からな。この名取市は、人口がおよそ7万9千人で、面積は約98㎢、仙台市と岩沼いわぬま市に挟まれた、太平洋に面した仙台平野に位置する市だな。名取市の名前はアイヌ語の湿田という意味の言葉に由来しているとも言われているが、定かではないらしい。」

 羅針がそこまで話をすると、駅夫が「ふーん。なるほどね。で、館腰は?」と聞く。


「館腰は、元々明治22年に飯野坂いいのざか植松うえまつ本郷ほんごう堀内ほりうちの四村が合併して出来た村で、地名の由来は、館腰神社に由来するらしい。そもそも、この神社の社名は〔館の腰〕、つまり、館のある山の麓に近い場所と言う意味の館の腰が、由来になっているらしいね。もちろん……。」

「……諸説あり。」

 駅夫が羅針に被せて言う。

「そう言うことだ。」

 羅針がそう言うと、二人は笑った。


「ところでさ、東日本大震災の時は、仙台空港も津波にやられたんだろ、この辺りはどうだったんだろうな。やっぱり津波にやられたのかな。」

 駅夫が、2011年3月11日に発生した、未曾有の大震災について言及する。

「ああ、どうなんだろうな。ちょっと待ってろ。……どうやら、この辺りは津波の浸水は辛うじて免れたみたいなだな。ほら、これが浸水被害の地図だ。ここが館腰駅で、ここまでしか来てないみたいだからな。」


 羅針が見つけ出した地図によると、駅の東側を通る国道4号線のすぐ海側に浸水のラインが引いてあり、駅は辛うじて浸水の被害はなかったことが窺える。


「あれ、この閖上ゆりあげって、津波の被害が酷かったところじゃないのか。学校の屋上からの映像を見たぞ。……この字が珍しくて、良く覚えるよ。……こんな場所にあったんだな。」

 駅夫が、当時のニュース映像を思い出したのだろう、悲痛な面持ちで地図を眺めていた。

「ああ、そう言えば閖上地区も何度もニュースで取り上げられていたな。今思い出しても、辛いな……。」

 そう言って羅針も顔を曇らせた。

「わりい。興味本位で聞く話じゃなかったな。」

 駅夫が、津波のことに言及したことを謝る。

「いや、気にするな。茶化すなら言語道断だけど、知ろうとすることは何も悪いことじゃないと思うぞ。……でも、ちょっと辛いけどな。」

「そうだな。でも、俺たちなんかより、ここで被害に遭った人たちの方がもっと辛いはずだからな。その辛さを知るためにも、少しは学んで帰ろうな。」

「そうだな。」

 羅針は駅夫の言葉に頷くが、その表情は重苦しかった。





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