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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾参話 関内駅 (神奈川県)
128/181

拾参之拾壱


 赤レンガ倉庫でショッピングと食事を楽しんだ、旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、ヨコハマエアキャビンの運河パーク駅へと向かった。コスモクロック21とのセット券を手に入れるためだ。


 アスファルトからの照り返しも厳しくなってきた昼過ぎのこの時間、三人は海風を感じながら、歩道を歩いていた。

 この辺りは車通りは少ないが、反して人通りは結構あった。そのほとんどが桜木町駅から来る人々で、ここまで歩いてきたのか、皆一様に額に汗を掻きながら、暑さに参った顔をしていた。日傘を差したり、携帯扇風機を回したりしている人はまだ良いが、何も持たない人、特に男性は、犬のように舌を出して息を上げている人もいた。


 駅夫と羅針はもちろん日傘も扇風機も持っていないが、平櫻は日傘を差していた。彼女は撮影の邪魔になるからと手が塞がる傘を極力嫌うのだが、扇風機は音が入るため、仕方なく日傘を差しているようだ。ただ、首からは扇風機を下げているため、動画撮影の合間にその扇風機で涼を取っていた。

 赤レンガ倉庫から運河パーク駅までは徒歩で10分程、然程遠くはないが、容赦なく体力を奪いに来る陽射しがキツい。


 漸く運河パーク駅に到着した三人は、チケット窓口で観覧車とのセット券を購入し、その足でコスモクロック21があるよこはまコスモワールドへと向かった。

 このよこはまコスモワールドは、1989年に開催された横浜博覧会の会場跡地に誕生した。博覧会終了後、博覧会開催中人気を博した大観覧車コスモクロック21の存続が決まり、それを管理していた企業が、併設されていた〔コスモワールド・子供共和国〕も引き続き手がけることとなり、名前を変えて、運営しているのだ。

 このコスモクロック21の大観覧車は、時計機能付き観覧車としては世界一で、全高112.5m、回転輪の直径は100mある。一周は約15分で、横浜のシンボル的存在になっている。


「あのさ、時計機能付きで世界一ってことは、文句なく世界一があるんだろ、それってどんなヤツなんだ。」

 駅夫が羅針に聞く。

「ああ、文句なく世界一ってのは、アラブ首長国連邦のドバイにある、アイン・ドバイだな。高さは250m、一周40分掛かるらしいぞ。ちなみに、アイン・ドバイとはドバイの目って意味らしいよ。」

 羅針がスラスラと答える。

「マジで。40分って、観覧車に乗る時間じゃねぇよ。ねえ、平櫻さん。」

 駅夫は、その一周する時間が、まるで電車の移動にでも匹敵する長さであることに驚いて、平櫻に同意を求める。

「そうですね。40分は長いですね。」

 平櫻も驚いた表情をしていた。

「このアイン・ドバイは、ゴンドラも規格外で、40人は乗れるらしいよ。」

 羅針が追加情報を言う。

「マジで。もう、金持ちの国がやることは訳分からないな。」

 駅夫が呆れたように言う。

「確かに凄いですね。でも、ロープウェイなら、それ位のゴンドラはありますよね。それを思ったら、それほどの話でもないのかな。」

 平櫻は冷静に考えを巡らしていた。

「でも、40人で観覧車は有り得ないって。観覧車って言ったら恋人がいちゃつく絶好のデートスポットだぜ、それを38人の目に晒されながらなんて、絶対有り得ないっての。」

 駅夫が変なことを言い出す。

「お前、観覧車を何だと思ってるんだよ。まったく。」

 羅針が呆れたように言う。

「誰にも邪魔されない、デートスポットだろ。いくら令和になったからって、そこは変わらないんじゃねぇの。ねえ平櫻さん。」

 駅夫は引き下がらず、平櫻に話を振る。

「ええ、まあ、人気のスポットではありますけど、旅寝さんが仰るような目的かどうかは人に依るんじゃないでしょうかね……。」

 平櫻も答えに窮している。

「あんまり、変なこと言ってるとセクハラになるから止めとけ。」

 羅針が窘める。

「そうか。ごめんね平櫻さん。」

 駅夫が素直に謝る。

「いや、別に気にしてませんから。……でも、40人で観覧車ってどんな気分なんでしょうね。それも40分も一緒なんですよね。ちょっと想像付かないですね。」

 平櫻が苦笑いしながらも、気を遣って話題を振る。

「どうですかね。列車で40分なら想像が付きますけど、観覧車となるとその想像が想像どおりなのか、まったく違うのかが分かりませんからね……。」

 羅針はそう言って、考え込んでしまった。


 三人は、暑い中を漸く観覧車乗り場に到着した。

 日曜日だったので、長蛇の列を覚悟していた。しかし、乗り場に列が出来てはいたが、15分待ちですみそうで、どうやら昼過ぎすぐの時間のためか、丁度ピークの谷間のようだった。

 程なく三人の順番が来た。スケルトンのゴンドラもあるようだが、幸か不幸か、三人が乗ったのは普通のゴンドラだった。

 

 ゆっくりと上昇していくゴンドラは、徐々に横浜の街並みを見下ろし始める。

「何年ぶりだろうな。観覧車なんて。」

 駅夫が呟く。

「ああ。もう、いつ乗ったのかも覚えてないよ。少なくとも学生時代以降は乗った記憶はないな。」

 羅針もそう応える。

「私は、鹿児島で乗りましたよ。」

 平櫻がそう言うと、

「もしかして、鹿児島中央の観覧車ですか。」

 と羅針が食い気味で聞く。


「ええ。そうです。駅ビルのグランドオープンと、そのプレオープンを見に行きました。もの凄い人で、大混乱でしたね。あまりニュースとかでは流れてないでしょうけど、あちこちで喧嘩や怒号が飛び交っていて、人間って浅ましいななんて感じたりして。」

 2004年3月13日に九州新幹線開業したが、それに併せて新駅ビルが9月17日にグランドオープンした時に、見物へ行った時のことを平櫻は思い出していた。

「まあ、そんなことは良いんですけど、とにかくグランドオープンの時に、観覧車は乗りました。落雷かなんかの為に一次停止していたようですが、幸いそれよりも前に乗れたので、良かったですよ。

 下界では怒号が飛び交っていましたが、上に上がるとそんな喧噪はどこへって感じで、子供の頃から見ている鹿児島の街を、あんな風に見下ろすなんて経験は初めてだったので、すごく感動しました。」

 平櫻がそんな思い出話を語った。

「あの大混乱の時に現場にいたんですか。凄いですね。」

 羅針も鹿児島中央駅の駅ビル開業は覚えていたようで、大混乱だったことはニュースを注目して見ていたので、良く覚えている。


 そんな話をしながら、三人はゴンドラからの景色を楽しんだ。

 海側には、横浜港の景色が広がり、海外から大型貨物船が何隻も行き来し、停泊していた。中には大型客船も停泊していて、今は乗客がいないのか、船上プールの清掃作業をしているのが見えた。

 更に、横浜港の向こうには舞浜地区の夢の国や、さらに遠く千葉の方まで見渡すことができるが、反対の陸側は、横浜ランドマークタワーや、クイーンズスクエア横浜の三つ子タワーであるクイーンズタワーA、B、Cに阻まれ、東京方面は見通せなかった。

 それでも、眼下に見える横浜の街並みは、まるでおもちゃ箱のようで、人や車が小さく見える。

 こういう景色も観覧車の醍醐味と言える。


 頂上を越えると、羅針がランドマークタワーとクイーンズタワーAの間を手で指して、「もうすぐ富士山が見えるはずです。横浜ランドマークタワーとクイーンズタワーAの間に、一瞬だけ小さく見えるはずなんで、見逃さないでくださいね。」

 羅針が平櫻に言う。

 グングン下がっていくゴンドラから、三人は、羅針が言った方向にカメラを向けて待ち構える。


 搭乗してから10分程経った時、横浜ランドマークタワーの右側に富士山が現れた。ゆっくりと現れた富士山は、みるみるクイーンズタワーAへと移っていき、やがて見えなくなってしまった。

「どうだ。撮れたか。」

 駅夫が羅針に聞く。

「ああ。バッチリ。ほら。」

 羅針は、カメラのモニターを起動し、撮影したばかりの写真を駅夫と平櫻に見せる。

 そこにはランドマークタワーとクイーンズタワーAの間に、小さく鎮座する富士山が、陽の光を一杯浴びて、輝いていた。

「素敵ですね。富士山に後光が差しているみたい。」

 平櫻が、写真を見て感動している。富士山の後ろに流れる雲の反射光が、確かに後光のように見えていた。

「逆光だったら、もっと綺麗に撮れたかも知れないですね。あとは、夜景だったらもっと良かったんですけどね。」

 羅針は照れ隠しのためか、そんな風に言う。

「羅針、俺のはどうだ。」

 駅夫は、自分が撮った写真を見せてきた。

「ああ、良く撮れてるじゃん。画角も良いし、光もバッチリ、ブレもないし、良く撮れてる。強いて言うなら、ちょっと水平がずれてるかな。ブログに載せるときは水平を直して載せると良いかもな。」

 羅針が褒めた後、一言だけアドバイスをする。

「了解。ありがとな。」

 駅夫は褒められたのが嬉しいのか、ニコニコしながら自分の撮った写真を眺めていた。

 平櫻はもちろん、ずっと動画を回しているので、そんな二人の遣り取りを微笑ましく眺めているだけだった。


 こうして、約15分の空中観覧はアッという間に終わってしまった。

「もう終わりか。」

 駅夫が残念そうに言って、地上で待ち構えていたスタッフに礼を言って降りた。平櫻と駅夫も、それに続いて、スタッフに礼を言って下車をする。


 三人は観覧車を降りて、地上に降りてくると、「キャー」っと言う黄色い声が聞こえてきた。園内にあるジェットコースターから聞こえてくる悲鳴だった。

「そう言えば、羅針、羽咋はくいでした約束覚えてるよな。」

 駅夫が、悪巧みをした表情で羅針を見る。

「えっ、なんのこと。」

 羅針は、まさかと思いつつも、すっ恍ける。

「忘れたとは言わせねぇよ。俺は約束守ったんだから、今日はジェットコースターに乗ろうじゃないか。」

 駅夫が芝居じみた台詞回しで、その魂胆を明らかにした。

「マジかよ。」

 羅針は、これは逃げられないと思い、がっくりと肩を落とした。

「ジェットコースターに乗るんですか。」

 平櫻が、不思議になって尋ねる。

「こいつとの約束でね。なあ。」

 と駅夫は言う。

「ああ、分かったよ乗りゃ良いんだろ、乗りゃ。……あのですね、地元の珍味をこいつが食べることを了承する代わりに、私にジェットコースターへ乗れと強要してるんですよ。」

 羅針は、そう告げ口するように平櫻に言う。

「へえ、星路さんにそんな弱点があったんですね。」

 羅針の言葉を聞いて、平櫻は微笑ましい表情を浮かべていたが、完璧な星路にも弱点があったことが、どこか嬉しそうでもあった。

「さあ、行くぞ。」

 そう言って駅夫は、平櫻に何かを言おうとしていた羅針の背中を押し始めた。

「分かったよ、行くから、押すなって。」

 羅針は、嬉々として背中を押す駅夫と、それを微笑ましげに見ている平櫻の視線に圧倒されながら、渋々ジェットコースター乗り場へと向かった。


 三人はチケットを買うと、列に並んだ。

「マジかよ。ホントに乗るのかよ。」

 いつも冷静な羅針が、この時ばかりはソワソワして、ひたすらブツブツ言っていた。

「このジェットコースターは、高さ32.5mで、落差37.5mだって。最高速度は100㎞、最高斜度は50度になるらしいな。」

 いつもなら、羅針がするような解説を、駅夫がしている。駅夫は心の底から楽しそうである。

「なんで高さ32mで37mも落ちるんだよ。おかしいだろ。」

 羅針が駅夫の説明に文句を言うが、コースターから聞こえてくる悲鳴を聞く度に、身体をビクビクさせている。

「地下に潜るらしいからな。水の中に潜るらしいぞ。」

 実際はプールに作られたトンネルへ入っていくだけであるが、駅夫は羅針が怖がるような言い方をする。

「星路さん。大丈夫ですよ。リラックスして楽しみましょ。」

 平櫻は優しく羅針を慰めようとするが、羅針のブツブツは止まらない。いつも駅夫が珍味の前で見せる行動とほぼ変わらないのだ。そんなところも似た者同士だなと、平櫻は思った。


 すぐに順番は来た。なぜか、羅針と駅夫が一番前で、その後ろに平櫻が座った。羅針の顔から完全に血の気は失せ、身体はガタガタ震えている。

「なんで一番前なんだよ。」

 羅針はそう言って文句を言うが、出発準備は着々と進んでいく。


 安全バーがガッチリと身体をホールドし、発車のベルが鳴ると、コースターはゆっくりと出発した。カタカタと坂を登る音が否が応でも羅針の恐怖心を煽る。隣に座る駅夫も、後ろに座る平櫻も、余裕の表情である。


 青い空へ吸い込まれるように、コースターが最高地点まで登ると、右にカーブしながら、一気にスピードが上がり、落下が始まる。

 羅針は、声こそ上げないが、歯を強く食いしばり、目を見開いて前を見据え、拳を握りしめて微動だにしない。

 そんな様子を駅夫は楽しげに見て、平櫻に貸して貰った動画撮影用の小型カメラを、羅針に向けていた。

 後ろからは黄色い悲鳴が聞こえてくるが、平櫻は平気なのか声を上げてはいなかった。そして、後ろからもう一台の予備カメラで、二人の様子を撮影していた。

 羅針は撮影されていることを知りながらも、そんなことに文句を言う余裕は無く、耐え抜くことに全神経を注いでいた。


 コースターは右へ左へ、上へ下へと縦横無尽に駆け抜けていき、プールの中に作られたトンネルへと突っ込んでいく。その時に上がる水しぶきの音が、羅針の心を更に抉るのだ。

 煌びやかなトンネルを抜けると、すぐにコースターは上下に走り抜け、横回転を二周すると、漸くコースターは乗り場へと戻ってきた。1分30秒程の恐怖体験はアッという間に終わった。


「羅針。終わったぞ。」

 安全バーが上がっても、暫く放心状態だった羅針に駅夫が声を掛け、下車を促す。

「あっ、ああ。」

 完全に放心状態だった羅針は、漸く正気に戻り、フラフラになりながらも、這い出るように、コースターを降りた。

「そんなに怖くなかっただろ。宙返りも、スクリューもないし、完全に初心者向けのコースターだよこれは。」

 駅夫が、笑いながら言う。

「どこが初心者向けだよ!恐怖でしかなかったぞ。」

 羅針は今にもその場に頽れそうになりながら、駅夫の肩を借りて、出口へと向かった。

「観覧車では平気でしたのに、ジェットコースターは苦手なんですね。」

 平櫻は不思議そうに聞く。

「そう、こいつ高いのは全然平気なんだけど、なぜかそこから落ちるとなると、怖がるんだよ。」

 駅夫が、羅針の代わりに説明する。

「怖いものは怖いんだよ。心臓が潰されそうになるんだからしょうがないだろ。」

 羅針が恐怖と怒りを交互にするためか、表情が忙しい。

「次は、バンジーな。」

 駅夫は容赦なく言う。

「マジでやるのかよ。」

 泣きそうな顔で羅針は言う。

「約束だからな。」

 これまで、散々地元の珍味を食べさせられた仕返しが、これで叶ったとばかりに、駅夫は高らかに笑う。まるで、悪の組織のボスのようだ。

「バンジーもやるんですか。」

 平櫻が羅針に尋ねる。

「ああ、こいつとの約束だからね。」

 羅針が敬語も使わずに、平櫻に応える。完全に気が動転しているようだ。

 当の平櫻はそれを嬉しく思いながらも、おくびには出さず、「頑張ってくださいね。」と励ましの言葉を掛けた。


 駅夫と平櫻は、ベンチに座り込んだ羅針の気が落ち着くのを待った。

 二人は、あまりに羅針の様子が尋常じゃなく、やり過ぎたのかと思いながらも、いつもやられる駅夫は見守るだけ、平櫻はあまりの変わりようにオロオロしていたが、彼女にもやれることはなく、ブツブツ言っている羅針の愚痴を聞いてあげることしか出来なかった。


 羅針の気が落ち着き、顔色も正常に戻ってきたところで、駅夫が声を掛ける。

「どうだ。そろそろ大丈夫か。」

「ああ。わりぃ。大分落ち着いた。……平櫻さんごめんなさいね。そろそろ行きましょうか。」

 羅針の口調も普段通りに戻り、平櫻にも敬語を使っていてる。

「もう大丈夫なんですか。」

 心配そうに平櫻は聞く。

「ええ、お陰様で。ありがとうございます。」

 そう言って、羅針は立ち上がると、まだ少しふらつきながらも、降ろしていたリュックを背負い挙げた。


 三人は、運河パーク駅に向かった。

 これから乗ろうとしているヨコハマエアキャビンは、2021年に開業したばかりの索道、つまりロープウェイである。建設、運営はコスモクロック21と同じ企業で、割り引きチケットがあるのも、そのためである。


 運河パーク駅から乗る人はあまりなく、ほぼ並ばずに乗ることが出来た。

 ゴンドラの大きさは、先程乗った観覧車とほぼ変わらず、定員8名である。ただ、内装は観覧車のゴンドラとは違って、かなり洗練され、椅子もスタイリッシュになっていて、総延長629mを5分で結ぶ、高低差40mの空中散歩が楽しめるようになっていた。


 ゴンドラが運河パーク駅の建屋から外に出ると、一挙にスピードが上がる。

「なあ、羅針、これってどういう仕組みなんだ。」

 駅夫が、早速疑問に思ったことを聞いてくる。

「これって?」

 羅針が何を聞いているのか一応確認する。

「この駅に入ると減速する仕組みだよ。ロープは一定の速度なのに、駅に着くとゴンドラが減速するじゃん。」

「ああ、それね。今のロープウェイは駅に入ると、索条さくじょう、つまりメインのロープから一旦放れて、レールの上を移動するんだ、機械にも依るけど、大体毎秒1mの速度で移動するらしい。客が乗って駅を出る時に再びメインのロープを掴んで、出発するんだよ。だから、メインのロープは全然減速していなくて、単にゴンドラがロープから放れているだけなんだよ。」

 羅針が簡単に仕組みを説明する。

「つまり、このゴンドラはあの上にあるグリップでただ掴んでいるだけなのかよ。」

 駅夫が驚いたように言う。

「そうだよ。」

「じゃぁさ、ロープに固定されていないってことは、簡単に外れるってことじゃん。」

「そうだな。」

「グリップ力が落ちて、外れるなんてことはねぇのか。」

「さあ、どうかな。機器の点検は定期的にしているだろうし、大丈夫だとは思うけど、絶対ではないからな。でも、外れて落ちたって言うニュースは聞いたことないし、まあ大丈夫じゃねぇか。」

 羅針は適当なことを言う。

「でも、今日、このゴンドラが世界初の事故ってことはあるだろうよ。」

 駅夫は心配そうに、ロープを掴んでいる部分を見ようとするが、天井には空調機器があり、窓からも上は見上げられない。

「可能性はゼロではないからな。そこは信用するしかないな。」

「そうだけどさ。なんか、そんなこと考えたら、めちゃ怖くなってきた。」

 そう言って駅夫は大袈裟に身震いしている。


 そんな駅夫の気持ちとは関係なく、ゴンドラは横浜の上空を時速7㎞強で移動する。

 右手にはみなとみらいのビル群が、左手には横浜港の埠頭から山下公園、そして元町の高台が見渡せる。360度の絶景は三人の心を掴んで離さなかった。特に羅針は、先程真っ青な顔をしていたのが嘘のように、この絶景に見とれていた。


「本当に、星路さんは、高いところは平気なんですね。」

 平櫻が思ったことを口にした。

「ええ。高いところはね。……さっきは見苦しいものを見せてしまいましたね。すみませんでした。」

 羅針は、そう言って謝る余裕まで見せた。

「こいつが、落ちるのを怖がるのは筋金入りでね、赤ん坊の時はエレベーターでさえギャン泣きしたらしいよ。」

 駅夫がバラす。

「おい、それ今言わなくても良いじゃねぇかよ。」

 羅針が怒ったように拳を振り上げる。

「おい、暴れるなよ。ゴンドラが落ちるだろ。」

 駅夫がそう言うと、落ちるという言葉に反応して、羅針がビクリと身震いしてしまう。それを見て駅夫は笑い出し、平櫻はニコニコして見ていた。


 5分の空中散歩はアッという間に終わってしまった。ロープは高度を下げると、桜木町駅に吸い込まれていく。どうやら何事もなく無事に到着したようだ。

 三人は、駅のホームに降りたって、思わずホッとした。





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