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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾参話 関内駅 (神奈川県)
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拾参之弐


 横浜へ向かう233系3000番台は、大宮駅に5分程停車していた。

 旅寝駅夫は運転席すぐ後ろの前面展望かぶりつきで前方を眺め、星路羅針と平櫻佳音はクロスシートに向かい合って座り、酒盛りをしていた。とはいえ、今呑んでいるのは羅針だけで、平櫻は空になった缶をもてあそんでいた。いつもならその手にカメラを握っているのだが、今はそのカメラを窓際に置いていたので、手持ち無沙汰だったのだ。


 久喜駅の辺りから混み始めた列車は、一旦この大宮駅で多くの乗客が降りたが、再びじわりじわりと増え始め、列車が出発する頃には、立ち客も出るようになり、羅針と平櫻が座るクロスシートにも、相席者が現れた。


 相席者は幼稚園年長か小学生低学年ぐらいの女の子とその父親だった。平櫻の隣に座った女の子は大人しく座っていたが、列車が走り出すと、外の景色が気になるのか、チラチラと外の景色を見ていた。しかし、父親に他の人に迷惑を掛けないようにときつく言われているのか、外に視線はやるがきちんと脚を揃えて大人しく座っていた。


 父親とのデートに精一杯お洒落をしてきたのか、ふわふわしたピンク色のドレスに、白いレースが縁取りされ、まるでお姫様のようだ。頭には赤いリボンがキラキラと揺れ、その下からはカールした髪が伸びていた。耳には星のイヤリングが下がり、きちんと揃えて膝の上にある手にはキラリと控え目な指輪が光り、ちょっと背伸びしたい年頃の少女にはよく似合っていた。足元には小さなビーズが付いた白いシューズを履き、この日のために下ろしたばかりなのか、まだ真新しかった。

 座席に座る彼女の脚は、しっかりと揃えられてきちんと座ってはいたが、床には届かないため、列車の揺れに併せてどうしても揺れてしまう。隣の平櫻に当たらないように、一生懸命力を入れている姿が、あまりにも健気で、羅針も平櫻も他人の子供なのに愛おしさを感じ、心を掴まれてしまった。


「お嬢ちゃん、席替わろうか。」

 平櫻が見かねたように、声を掛けた。

「はい!」

 少女は嬉しそうに、大きく頷いたので、平櫻は席を立って、替わってあげた。

「すみません。ご迷惑をお掛けして。ほら、お姉さんにありがとうございますは。」

 父親が恐縮したようにそう言って平櫻に頭を下げ、女の子を窘める。

「おねえさん。どうもありがとうございます。」

 少し舌足らずな、高い透き通った声で、そう言って、きちんと両足を揃えて立ち、まるでデパートの店員かと見紛うように、手を揃えて深々と頭を下げて礼を言った。日頃から厳しく躾されているのだろうか、それとも背伸びしたい年頃の自主的な行動なのか、とても礼儀正しい女の子だった。

 羅針も女の子と喋りやすいだろうと、父親と席を替わってあげた。

 父親は、羅針にも頻りに頭を下げていた。


 女の子はすでに外の景色に夢中で、列車を見ては父親に「あれはね、高崎線の高崎行きE233系3000番台だよ。……あれはね京浜東北線の大船行きE233系1000番台だよ。……あれはね……。」と次から次に説明していた。

 女の子のあまりの知識量に驚愕した羅針と平櫻は顔を見合わせて、将来は平櫻のように〔鉄子〕になるであろう有望株の少女に、心の中で賛辞とエールを送った。


 一方前面展望を見ていた駅夫は、小さな男の子と共にかぶりついていた。

 年の頃は保育園児ぐらいか、母親にしがみついて抱っこされながら、一生懸命前を見ていた。駅夫は親子に場所を譲ってあげてはいたが、しっかりと一緒になってかぶりついていた。

 言葉を交わさなくても、同好の士というのが世代を超えても伝わるのだろう、男の子との間に言い表せない一体感のようなものが生まれ、時折目を合わせては何か通じ合うものがあるのか、互いににやりと笑っていた。


 列車は沿線にビルや住宅が建ち並ぶ中を縫うように走り抜けていく。

 やがて荒川を越え、いよいよ東京都に入ると建物は一挙に下町感が増し、ビルの高さも一挙に高くなる。


 列車が上野駅に着くと、父親と少女は二人に再びお礼を言って降りていった。降りていく時に、前面展望にかぶりついていた母親と男児に声を掛けていたので、そこで漸く四人が家族だったのかと気付いた。

 お姉ちゃんがあそこまで詳しかったら弟君はさぞかし鍛えられることだろうと、将来が楽しみな姉弟に、羅針と平櫻は改めて賛辞とエールを送った。

 ふと窓の外を見ると少女が二人に向かって手を振っていたので、二人も手を振り返し、頭を下げている父親に、二人も頭を下げ返した。それを隣に立っていた母親はキョトンとして見ていたが、慌てて二人に向けて頭を下げた。おそらく何も分からずにただ頭を下げているのだろうが、二人もまた母親に頭を下げ返し、最後に少女に向かって手を振った。少女は嬉しそうに大きく手を振り返してくれた。


 列車が上野駅を出ると、窓際に座り直した平櫻が「将来有望な姉弟でしたね。」と呟き、缶ビールの空き缶を窓際において、今度はカメラを弄んでいた。

「本当に。まさかあの二人が姉弟だとは思いませんでしたが、お姉ちゃんは将来、きっと平櫻さんの様になりますね。」

 平櫻同様窓際に席を戻した羅針が、そう言ってにこりと笑う。

「いやいや、きっと私よりも凄い鉄子になりますよ。だってあの歳でE233系の3000番台だとか、1000番台だとか、言い当てていくんですよ、電気機関車まで言い当てた時は驚愕しました。いくら鉄道好きの私でも、あの子位の時は、普通車と特急を見分けることぐらいしか出来なかったのですから。凄いですよ。」

 平櫻はそう言ってあの少女がどれだけ凄い子なのかと絶賛する。

「そうなんですね。まあ言われてみれば。自分もあのぐらいの頃は、そんな感じだったかもしれません。」羅針は遠い昔を思い出し、自分と先程の少女を比べていた。「確かにそう考えると、余計に彼女の凄さが分かりますね。益々驚きが増してきました。」

 羅針はそう言って、缶ビールをグビッとやる。

「あの姉弟と、また、どこかで再会したいですね。」

 平櫻が遠い目をして言う。

「そうしたら、動画に出演して貰うんですか。」

 羅針が冗談半分で言う。

「そうですね。それも良いですね。天才姉弟って触れ込みで。」

 平櫻は羅針の冗談を大真面目に受け取り、色々と夢を膨らませ始めた。


 上野駅を出た列車は、山手線や京浜東北線と併走しながら、東京駅へと走る。沿線に見える通りには、土曜日であるためか、いつもより人通りが多く、賑わっていた。

 途中、地下から上がってきた新幹線やまびこと併走し、やがてゆっくりと東京駅のホームへと滑り込んでいく。

 このルーレット旅で何度目かの東京駅である。駅夫と羅針にとっては再びふりだしに戻った形である。


 ここからは宇都宮線である東北本線から、東海道本線へと乗り入れする。日本の大動脈と言われる東海道本線であるが、現在は一般的に東海道線と、〔本〕の字を省いて呼んでいるケースが散見される。

 東海道本線は東京駅から神戸駅までの589.5㎞を走る、言わずと知れた日本屈指の路線であるが、1909年に公布された国有鉄道線路名称において、〔東海道本線〕と制定され、〔東海道線〕は略称とされた。

 時は下り、JRになった際、当然国鉄からこの名称も引き継がれるはずだったが、〔JR基本事業計画〕において、東海道線と記載されたため、以降混用が起こってしまったようである。また、支線を含む直通運転もされることが多く、運行形態の愛称で呼ばれることもあり、それもあって混用が解消されないとも言える。


 列車は、日本の鉄道すべての起点である東京駅を出ると、今度は東海道新幹線と併走を始めた。スピードはあまり上げないのか、上げられないのか、列車はゆっくりと進んでいく。新橋駅を過ぎると、いよいよ現在再開発をおこなっている品川地区へと入っていく。

 新幹線からでは良く分からなかった工事の様子も、東海道本線を走る上野東京ラインの列車からは、全貌とまではいかないまでも、良く分かる。

 高輪ゲートウェイ駅付近は現在駅周辺の整備をおこなっているようで、ビル建設の基礎工事がおこなわれていた。


 そして、本題の品川駅であるが、現在ここは、京急品川駅の地上化とその先の線路の高架化がおこなわれており、難易度の高い、大規模な工事がおこなわれているという。

 現在京急品川駅は高架駅で、地下駅である泉岳寺せんがくじ駅から一挙に駆け上がってくる構造になっている。また、駅を出ると、左、右とS字カーブを描いて北品川駅へと繋がっていくのだが、列車のスピードが上げられないこともあり、ここにある踏切が渋滞の原因を作っていたのだ。

 そのため、長年の悲願だった踏切を撤去するために、線路の高架化が検討されたのだが、これが難工事だと言う訳である。


 現在JR品川駅には東海道新幹線を始め、東海道本線、京浜東北線、山手線と多くの列車が発着している。その線路を跨ぐように走っているのが現在の京急線なのだが、これを高架にするとなると、このJRの線路を跨ぐ橋を架けなければならない。

 通常、橋を架ける場合、間に架設の橋桁を造り、それを足掛かりに架橋するのだが、当然線路の上に架設の橋桁を造ることは出来ないため、押し出し工法という、安全な場所で橋を組み上げ、それを押し出して架橋するという工法をしなければならないのだ。この工法が高難度であり、万が一、押し出しが失敗すると、下を通るJR在来線や東海道新幹線に甚大な被害が出るのだ。つまり、万が一にも失敗は赦されないという工法なのである。


 品川駅は、今後大きく変わると言われている。

 京急品川駅がJRの駅とフラットになることで、自由通路がフラットになり、駅西側を通る国道15号と歩行者が平面交差する必要がなくなるのだ。また、現在の2面3線から2面4線に増えることで、併解結や折り返し運転も過密ダイヤに対応しやすくなるという。

 もちろんメリットはそれだけではない。

 品川駅の自由通路がフラットになることで、東西地区の行き来がスムーズになり、これまで乗換駅としての利用が主だった品川駅が、周辺地区への利用客も増えることが見込まれている。また将来は駅の上部に高層ビルが建設される予定でもあり、そこに入るテナントへのお客や従業員の利用も見込まれているのだ。


「平櫻さん、あそこに巨大クレーンが立ってるのが見えますか。」

 羅針が前方左奥のビルの前に立つ巨大な工事用クレーンを指差す。

「はい。見えます。」

 平櫻は羅針の指差す位置にあるクレーンを確認した。

「あそこの位置なんですけど、実は怪獣映画の怪獣が東京湾から上がってきて、丁度あそこで一暴れしたんですよ。怪獣が立っていた場所にクレーンが建ったって、ちょっとした話題になったんです。怪獣は京急を破壊したけど、あのクレーンは京急のために橋を架けてるってね。」

 羅針がそのクレーンの話題を披露した。

「へえ。そうなんですね。それは知りませんでした。映画は観ましたよ。アニメ界の巨匠がメガホン取ったって話題になりましたからね。言われてみれば京急を吹き飛ばして、地面を台車が転がっていくシーンは、結構話題になりましたもんね。あのシーンがあそこですか。へえ。」

 平櫻は感心したようにクレーンを動画に収めていた。


 品川駅を出ると、沿線はビル群からマンション、そしてアパートや一軒家が多くなってくる。ここからは、生活感溢れる下町の風景が広がっていくようだ。

 この辺りは京浜東北線との複々線がひたすら続いていく。


 やがて線路が地上を離れると、大きな川を渡る橋梁が現れる。日本で最初に架けられた鉄道橋で六郷川ろくごうがわ橋梁、または多摩川たまがわ橋梁とも呼ばれる橋梁である。

 初代はイギリス人の指導の下、1871年に木製のトラス橋が架けられた。

 二代目は、初代の老朽化に伴い、1877年に鉄製の複線トラス橋が架け替えられた。この二代目は日本最古の鉄道用鉄橋として、JR東海三島社員研修センターと、博物館明治村にその一部が移築され鉄道記念物として保存されているそうだ。

 三代目は、1912年に、二代目に替わって架け替えられた。

 そして、四代目は、1967年に京浜東北線側が架け替えられ、1971年に東海道本線側が架け替えられた。どちらも全長519mの連続トラス橋である。

 ちなみに、隣を走る京浜急行の六郷川橋梁は、1972年に架け替えられた四代目で、全長551mのトラス橋である。


「ここも好きな場所なんですよ。」

 羅針が多摩川に差し掛かると、平櫻に話しかけた。

「そうなんですね。理由を聞いてもいいですか。」

 平櫻が尋ねる。

「日本初の鉄道橋という歴史的な意義もそうなんですが、それよりも六郷川橋梁という名前の橋梁が三本も架かっているということ、それと、これだけ近い場所にトラス橋が三本架かるという景色も好きな理由の一つです。

 それに、京急線には京急の車両だけじゃなく、都営浅草線と京成の車両も走りますし、東海道本線も普通車だけでなく、特急列車なんかも走るので、ほぼ移動なしで様々な車両を撮影出来るのは、嬉しいポイントなんですよ。」

 羅針がそう言って理由を話す。

「そうなんですね。確かにこれだけ近くに、様々な車両が走っていたら、一日いても楽しめそうですもんね。利根川橋梁のように、こちらも良く来られるんですか。」

 平櫻が聞く。

「ええ、良く来ますよ。随分前にはなりますが、毎週末通っていた時期もありました。最近は数ヶ月に一度ぐらいで、レア車両が走るって聞くと来るぐらいですかね。でも、ここは撮り鉄の恰好のポイントになるんで、最近はドンドン足が遠のいてます。」

 羅針が少し寂しそうな顔をする。

「どうしてですか。」

 平櫻が話を促す。

「やはり、マナーの悪いのが多くてね。昔は撮り鉄同士和気藹々、譲り合って撮影してたんですが、今はね……。

 昔はヌシみたいなおじさんが居たんですよ。その人がマナーの悪いのがいると一喝するんで、自然と皆マナーが良くなったものなんですが、今そんなことすると、喧嘩に発展したり、刃傷沙汰になったりするじゃないですか。そのせいもあってか、年々マナーが悪くなって、線路に立ち入ったりするのも出てしまったんですよ。もう完全に無法地帯ですよね。

 そんな場所で撮影したくないじゃないですか。自分が撮った写真が汚されるようで、いくら良い写真が撮れても、無法地帯で撮った写真だと思うと、なんだかその写真まで汚いものに見えてくるんですよ。

 それに、撮影中も周囲からは白い目で見られるし、撮り鉄同士でも殺伐としてるしでね。同好の士と言うよりも、まるで相手を蹴落とそうと虎視眈々と狙うギャングとかチンピラですよね。

 だからですかね、余程撮りたいと思う車両以外はここで撮るのを辞めてしまいました。」

 羅針は嘆くように言う。

「そうなんですね。最近の撮り鉄は目に余るものがあるって、ニュースでも良くやってますが、実際はそんなに酷いんですね。ルールを守ってる人にとばっちりが及ぶって、最低ですね。だから、静和で写真を撮った時、私たちにもマナーを教えてくださったんですね。」

 平櫻は静和で東武の車両を撮影する時に、ちょっとした撮影マナーのレクチャーを星路にして貰ったことを思い出した。

「ああ、あれは、釈迦に説法でしたね。平櫻さんの様なプロの撮影者に、ド素人が高説をぶちました。お恥ずかしい限りです。」

 羅針が少し照れたように言う。

「そんなことないですよ。むしろ、非常に為になりましたし、感謝しています。」

 平櫻は改めて感謝を込めて頭を下げた。

「そんな、大袈裟ですって。こんな老骨の知識で良ければ、いくらでも活用してください。使えるものがあると良いのですが。」

 羅針はそう言って照れ隠しなのか謙遜をした。


「ありがとうございます。これからも色々と教えてください。ところで、お気に入りの場所で撮影出来なくなって、今はどうされているんですか。」

 平櫻は改めて尋ねた。

「今ですか。今はちょっとした秘密の場所を見付けましてね。時間がある時はそこで撮影してます。」

 羅針は、すこし悪戯小僧のような表情を浮かべた。

「へえ。流石ですね。」

 平櫻が感心したように言う。

「まあ、結構良い場所で、お気に入りに昇格しつつあるんですよ。どこで撮影したか分からないように撮るのがちょっとしたゲームのようで、楽しんで撮影してます。」

 羅針はそう言って秘密を抱えた悪戯っ子のように、はにかんだ。

「良いですね。私も行ってみたいですが、もちろんダメですよね。」

 平櫻がダメ元で聞いてみる。

「ええ、申し訳ないです。あなたを信用していない訳ではないですが、あそこは私だけの秘密の場所なので。駅夫にも教えてないんですよ。」

 羅針が申し訳なさそうに言う。

「そうですよね。旅寝さんにも内緒じゃ、残念ですがしょうがないです。」

 平櫻は残念そうに言う。

「すみませんね。」

 羅針は申し訳なさそうだ。

「いえ、とんでもないです。無理なお願いをしたんですから。

 それじゃ代わりに、星路さんの写真を色々拝見しても良いですか。先程の利根川橋梁の写真だけじゃなくて、色んな写真を拝見したくなりました。もちろん、秘密の場所で撮られた写真は見せていただかなくても構いませんから。」

 そう言って、平櫻は更にお願いした。

「良いですよ、それはお安い御用です。私の拙い写真で良ければ、いくらでもご覧に入れますよ。」

 羅針は少し嬉しそうに応じた。


 二人がそんな話をしているうちに、列車は多摩川を渡り、川崎駅を出た。

「さあ、次は横浜です。降りる準備ですね。ちょっと駅夫にも声かけてきます。」

 羅針は、そう言って、相変わらず先頭で前面展望にかぶりついていた駅夫の許に行った。

「はい。」

 そう返事をして平櫻は自分の荷物を棚から降ろした。

 自分の荷物は自分でというルールを作ったのも、最初に平櫻が星路のタブレットを壊してしまったからである。互いが互いの荷物を破損する万が一の可能性に備えて、互いの荷物を不用意に触らないことにしたのだ。もちろん、平櫻から言い出したルールだ。あれ以上二人に迷惑を掛けたくなかったからだ。

 だから、まだ、星路の荷物が棚の上に載っているが、平櫻は降ろすことをしない。


 こんな関係も、平櫻にとってはありがたいと思っている。女性だからと言って、何でもかんでもやってくれようとする男性がいるが、はっきり言ってありがた迷惑な部分もあるのだ。自分で出来ることは自分でやる。出来ないことはお願いするが、何かあってもそれは自分の責任とする。小さい頃から四姉妹の間で育って培われた、平櫻なりの処世術である。

 その点、旅寝も、星路も必要最低限の気遣いはしてくれるが、執拗で過剰な気遣いはなく、丁度良い感じなのだ。居心地が良いとも言える。二人は、昨今のフェミニストの雑音を気にしているようだが、平櫻にとっては、今のままで必要充分なのである。

 丁度良い線引きを、これから三人で模索していければ良いなと、平櫻は考えていた。


 平櫻がそんなことを考えていると、駅夫に声を掛けた羅針が戻ってきて、自分の荷物を棚から降ろした。

 やがて、横浜到着の車内放送が流れ、約2時間に亘る上野東京ラインの乗車が終わろうとしていた。

 羅針が棚から自分の荷物を降ろすと、列車は横浜駅へ滑り込むように入っていった。




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