拾弐之拾
静和駅を出発した旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人は、まず赤塚山の方へ向かって歩き始めた。
昨日同様、まずは県道130号を歩き出し、最初の交差点を左折する。
「羅針、あれって商店街とかにある街灯だよな。」
駅夫が見上げる街灯には、桜の絵が描かれ、理容室の名前と電話番号が書かれた看板と、その下に有名グループのコンサート開催のお知らせがはためいていた。
「そうだな。昔はこの辺も商店街だったのかもな。」
今は住宅が建ち並ぶ通りを、羅針は見渡しながら応えた。
「こういうのを発見するのが楽しいんだよな。」
そう言いながら駅夫が無理矢理に楽しんでいるのか、心から楽しんでいるのかは分からないが、何の変哲もない街灯を嬉々としてスマホで撮影していた。
「こういうの良いですよね。レトロ感があって、その街の歴史を感じるし。見所を自分で探すって素敵ですよね。」
平櫻がおべっかなのか、心からそう思っているのかは分からないが、駅夫の言動を褒め称える。
「平櫻さん、あんまりこいつを調子に乗らせない方が良いですよ。」
羅針が、平櫻に釘を刺す。
「調子に乗らせるなんて、そんなことないですよ。本当に素敵なことだと思ってますから。」
平櫻が慌てて、否定する。
「よし。次行くぞ。」
駅夫は二人の会話に気付かずに、さっさと先へと歩き出していた。
「分かったよ。このまま、この道を真っ直ぐだから。」
羅針が応える。
「気をつけてくださいね。」
平櫻も子供のようにはしゃぐ駅夫を心配して声を掛ける。駅夫は後ろ手に傘を掲げて応じた。
平櫻は、羅針と目を合わせ、肩を竦めて苦笑いをした。
先頭を歩く駅夫は、珍しいものを見付けてはスマホで撮影していた。その対象は、美容室の前に飾ってあるプランターの花だったり、駐車場の前に置いてある青いロードコーンだったり、果物の名前が付いた薬局の看板だったり、右へ左へとフラフラしながら時にしゃがんだり、時に背伸びしたりして写真を撮りまくっていた。
「駅夫!車が行くぞ!」
時折地域住民の自家用車であろう、車が来る度に注意喚起をする。その度に駅夫は傘を持ち上げて了解の意思表示をし、道端に身を寄せる。
このあたりは新興住宅街という訳ではなさそうだが、建っている住宅は概ね新しく建て直されたであろう、綺麗なお宅が並んでいた。築50年を越えるような建物はほぼ見かけなかった。
それでも、駅夫は何かしらを見付けては写真に収めていた。その様子は、羅針がカメラを始めた頃、何でもかんでも写真に収め、それを現像しては眺めて悦に入っていた自分と重なるようで、微笑ましくもあり、むず痒くもあり、どこか懐かしくもあった。
県道160号を越えると、住宅街には時折空き地があったり、畑があったり、工場があったり、観光会社があったりと、徐々に住宅の数が減り始めた。
駅夫は、その一つ一つを眺めては写真に収めていた。もちろんその後を歩く平櫻は動画を撮り、羅針は一眼でここぞという場所を選んでは撮影をしていた。
何かを見付けてはピョコピョコ歩く駅夫は、まるで餌を見付けた小鳥のようで、平櫻が思わず「可愛い。」とか言って、動画に収めていた。羅針も一眼で、奇妙な歩き方をするその瞬間を連写で撮影した。
「星路さんはカメラを趣味にされてるんですよね、何かきっかけってあったんですか。」
平櫻が、道中の話題作りのために羅針へ尋ねた。
「カメラを始めたきっかけですか。……そうですね、元々子供の頃に父親がハーフカメラを買ってくれて、それで近所の鉄道を撮り始めたのがきっかけでした。今でいう撮り鉄小僧ですね。当時の小遣いは全部フィルムと現像代に消えてました。」
羅針が当時を懐かしそうに語り出した。
「それからは、ずっと鉄道写真を撮られてたんですか。」
「そうですね。中学、高校と旅行に行った時以外は、ずっと鉄道写真ばかりでした。」
「ずっとハーフカメラだったんですか。」
「そうですね。ずっと愛用していました。一眼を買ったのは社会人になって大分経ってからなので、それまではずっとハーフカメラを使ってました。だから、カメラが趣味というよりは、鉄道を見に行くのが趣味でしたね。写真は二の次、記録に残すのが目的みたいなところがありました。」
「そうなんですね。じゃ、本格的にカメラを始められたのは何がきっかけだったんですか。」
「これといった理由はないんですが、強いて言うなら、デジカメがドンドン市場を席巻するようになって、徐々にフィルムの値段が上がっていったのがきっかけですかね。
300円台だった36枚撮りフイルムが、徐々に上がっていって500円を超えたあたりから、フィルムを買うのがだんだんもったいなく感じてきて、デジカメの性能が上がってきたのをきっかけに、使い分けをするようになりました。」
「使い分けって、どういうことですか。」
「ここぞという時はハーフカメラを、試し撮りとか、別に画質を気にしないような写真はデジカメで撮るっていった具合ですね。当時のデジカメは100万画素もあれば高画質といわれてましたが、やはり現像してみると一目瞭然で、フィルム写真とは雲泥の差でした。
だから、そうやってハーフカメラとコンシューマデジタルカメラを使い分けてました。」
「なるほど、そうだったんですね。100万画素なんて、今では子供向けのカメラでももう少し高画質ですよね。それが高画質カメラとして売られてたなんて、信じられませんね。」
「そうですね。当時100万画素のデジカメが10数万してましたから、新しい物好きでもなければ手が出せる白物ではなかったです。ところが、数年でデジカメの性能が上がって1000万画素、2000万画素なんていう商品が出てくると、もうフィルム写真は太刀打ち出来なくなったのか、市場から徐々に姿を消していきました。
その頃にはフィルム一本が1000円以上で、高級フィルムなんて2000円とか3000円とかしたものもありました。フィルム写真は完全に金持ちの道楽になってしまいましたね。
その頃からですね、本格的にデジカメを始めたのは。折角買うならと奮発して一眼レフのデジカメを購入したのがその頃です。当時1000万画素の一眼を50万位で購入したんですよ。身の丈に合わないプロ向けのカメラだったんですけど、色んな機能とコストランニングを総合的に考えて、それにしたのを覚えてます。」
「フィルムが高くなったのがきっかけで、カメラを本格的に始められたって、なんか皮肉ですね。……あっ、別に星路さんをディスっている訳じゃなくて、なんかカメラの趣味を奪うような値上がりが、逆にカメラの趣味に嵌まる人を増やしていることが皮肉っぽいなって。」
平櫻は、羅針が首を傾げたのを見て、慌てて自分の意図を説明する。
「確かにそれは皮肉ですね。」そう言って羅針は笑う。「まあ、それがきっかけで高級一眼レフを買ったので、本格的に写真を学ばなきゃもったいないと思って、本や雑誌から色々学びました。
それこそ、基礎のきの字から学びました。構図のこと、絞りやシャッタースピードのこと、全部です。デジカメなので、何枚撮っても、何枚失敗しても、バッテリーを充電する電気代以外は一切掛からないので、気にせずに練習していたら、途端に枚数が増えました。
それまでは一月に36枚撮りフィルムを一本使い切れば多い方だったのに、それが、一日に100枚、200枚が当たり前になり、連写機能を覚えてからは、一日に1000枚を超すこともざらになりました。
お陰で写真の腕は格段に上がりました。もちろんプロには遠く及びませんが。蘊蓄を語れるぐらいには上達出来たと自負はしています。」
「そうなんですね。かなり努力されたんですね。でも、どうして上手くなりたいと思ったんですか。何か目標とかあったのですか。」
「いや、特に何もないですよ。私はいつもそうなんですが、こうなりたいからこれをするんだってのがないんですよ。だから、カメラもプロになりたいから上手くなりたいとか、コンテストに入選したいから上手くなりたいとか、そういうのはないんです。
ただ、使うなら上手くなりたい、上手くなりたいから練習する。ただそれだけなんですよね。鉄道をかっこ良く撮りたい、もっと上手く撮りたいというきっかけはあったかも知れませんが、今はこのカメラを使いこなしたいということしか頭にないですね。
強いて目標は何かというのであれは、満足する一枚を撮るためかも知れません。」
そう言って、羅針は首から提げている一眼レフのカメラを掲げて見せる。そこには、大手メーカーの最新高級ミラーレスカメラがぶら下がっていた。プロも愛用するような一台である。
「満足する一枚を撮るためですか。それは素敵ですね。
実は、私がこうして動画撮影を続けているのは、みんなに私の旅を紹介したい、私の感動を共有したいって思いがあったからなんですけど、それって私の中では目標じゃないんですよね。夢って言うか、望って言うか、願望みたいなもので。
……だから、星路さんは何か目標を持って続けてらっしゃるのかなと思ったんですが、そうなんですね。ただ満足する一枚のために続けてらっしゃるんですね……。」
何かを噛みしめるように平櫻は羅針の言葉を繰り返した。
「そうですね。でも、満足出来る写真なんて一生撮れないんですよ。」
羅針は諦めたような顔をする。
「どうしてですか、それだけ努力されていれば、いずれは満足のいく一枚が撮れるんじゃないですか?」
平櫻は、努力を厭わない星路なら、いずれ目標を達成出来るのではと考えていた。
「ありがとうございます。でも、それは絶対無理なんですよ。
たとえば今、最高の一枚を撮ったとします。構図も、光も、設定もすべて完璧、非の打ち所がない一枚ですね。しかし、次の瞬間こう思う訳です。『これよりももっと良い写真が撮れるはずだ』と。そうしたら、その写真は満足のいく写真ではなくて、良く撮れた写真になるんです。
それに、自分の目はあくまでも素人の目です。プロから見たり、芸術に造詣の深い人が見たりすれば、アラが見えるはずなんです。更にいえば、将来の自分の方が今の自分より目は肥えるはずなんです。そうしたら、将来その写真を見返した時に、アラが見つかるはずなんです。たとえその時最高の一枚が撮れたと自負しても、次の瞬間否定できる技術が向上した自分が誕生するんです。
だから、自分が満足できる写真は一生撮れないんですよ。
良く、死ぬまで勉強なんて言いますけど、私にとっては一生足枷なのかも知れません。まあ、好きでやってるのですから、心地の良い足枷ですけど。」
羅針は、長々と自分の持論を展開した。
「心地の良い足枷ですか。努力する人ってそういう考え方をするんですね。いかに私が甘ちゃんだったか、身に染みて分かる気がします。勉強になります。」
平櫻が真面目に、真剣に、羅針の言葉を噛みしめていた。
「甘ちゃんなんてことはないと思いますよ。努力の仕方は人それぞれです。私はこういう遣り方しか出来なかった。もしかしたら、もっと効率良く、もっと別の遣り方をしていれば、今頃もっと高みにいられたかも知れません。でも、それはあくまでも、仮定に過ぎません。それが出来なかったから、今の自分があるんです。
もしかしたら、もっと効率の良い別の遣り方なんて存在しなくて、今の自分が最高峰だってこともありうるんです。
平櫻さんだって同じです。これまで努力されてきたから、今の平櫻さんがあるんです。これまでの努力を否定したら、今の平櫻さんを否定することになるんですよ。それでは、あまりに今の平櫻さんが可哀相だとは思いませんか。
今までの努力を否定するのではなく、未来の努力の質を上げることに尽力する方が建設的だと思いますよ。そうすれば、今最高の平櫻さんが、更に高みへと登っていける。私はそういうことだと思いますけど。」
羅針がそう言って平櫻がこれまで努力してきたことを認め、自分の考え方に言及した。
羅針が見る平櫻は、単なる旅行好きの女性が、それを生業として動画を撮影し、執筆活動して生きる糧を得ているという、今時の若者といった感じであった。それが成功して、それなりの収入を得ているのだろうから、凄いことである。しがない会社員だった男が、会社を辞めてからも、翻訳をしながらボソボソ日銭を稼いでいた羅針とは次元が違うのだ。そう羅針の目には映っていた。
平櫻は、今まで知り合った女性とは何かが根本的に違っていた。
学生時代に知り合った女性たちといえば、羅針にとってはクラスメートぐらいであったが、いつも人に頼り切り、自分の思いどおりに行かないと癇癪を起こす。そして、すぐ男子のせいにして、自分たちは関係ないフリをする。周囲の大人も、女子には甘く、男子には厳しいのが当たり前という風潮だったためか、何か問題が起こると男子のせいにされた。当然羅針もそのターゲットにされることもあった。無実だ、冤罪だと叫んでみたところで、意味はない。事実は男子が作るのではない、女子が作るのだから。そういう時代だったのだ。
しかし、そんな理不尽な女性に対する羅針の考えは、中国に駐在している時にガラリと変わった。
当時まだ日本では珍しかった男女平等が、かなり浸透していたので、社会のあらゆる場面で女性の活躍を見ることができた。例えば、職場の女性は子供を背中におんぶしながらバリバリと働き、バスもタクシーも女性ドライバーがほとんどで、家でも家事の分担は当然で、男性が熟すこともざらにあった。
そのためか、女性の発言力も強く、街中で見かける言い争いを見ても、男性に対して一歩も引かない女性が言い争っている場面は、一度や二度ではなかった。周囲の野次馬もどちらが正しい主張をしているのか、その場で議論を戦わせ、男性だからとか、女性だからとかいう性別ではなく、物事の本質、どうして喧嘩になっているのか、その根本原因の善悪を言い争っていることが多いと、羅針は感じていた。
良いとか悪いとかそんなことは抜きにして、これが、社会主義の平等なのかと、目から鱗だったのは、羅針にとって衝撃的な出来事だった。
日本で見てきた狡猾な同級生の女性たちとは、まったく違う存在を、中国という地で知ったのだ。そんな羅針でさえ、平櫻のような存在は初めてだった。
羅針にとって、女性とは男性を貶めるだけの害虫か何かだと思い、近寄ってはならないものだと考えていた。中国に渡って、その考えが少し修正されはしたが、自分の意見を押し通すという女性の本質は変わらないと思っていた。
しかし、平櫻を見た時、彼は女性の本当の力、バイタリティのようなものを見た気がしたのだ。自分の考えを押し通そうとする女性の本質は持ち合わせているものの、人の話をきちんと聞き、きちんと修正出来る柔軟さを持ち合わせていると、羅針は思ったのだ。
平櫻と何度か議論を重ねているうちに、気付いたことではあるが、彼女の柔軟さは、一朝一夕で身につくものではない、おそらく長い時間を掛けて、そういう教育を受けてきたのだろう。父親が教育者であるというのも大きいのかも知れない。
話をすれば、打てば響くし、議論もでき、相手の話にもきちんと耳を傾ける。駅夫以外に議論をしていてこんなに楽しいと感じた人物は、もしかしたら初めてかも知れないと、羅針は思った。
コミュ障の自分が、ここまで色んな話を出来るのは、偏に平櫻の人柄のお陰だとも思っていた。だからこそ、そんな平櫻が甘ちゃんな訳はないと、心底思っていたのだ。
「そうですか。ありがとうございます。そう言って頂けると少し気が楽になりました。」
平櫻は、ここ数日星路や旅寝と旅を共にしてきて、自分が如何に旅行というものに対してきちんと向き合ってこなかったか、そんなことを痛感していたのだ。目標を見失っていたと言っても良い。
たがら、カメラに託けて、星路に聞いてみたのだ。目標というものに関する星路の考え方を。
平櫻にとって星路は、既に偶然知り合ったたんなる年上の男性ではなくなっていた。知識もあり、努力もし、何事にも好奇心旺盛で、自分のような小娘を対等に扱ってくれる、今まで知り合った男性とはまったく異なったタイプの男性だった。
仕事が出来る男性はこれまでにも出会ったことはあった。以前執筆でお世話になった出版社の編集長は、当時、星路と同じぐらいの年で、記者から叩き上げで昇ってきた男性だった。
まだ、平櫻が駆け出しの頃に面倒を看てくれたのだが、小娘の取り扱いになれていないのか、それとも小馬鹿にしていたのか、他の理由があったのか、そのあたりは良く分からないが、とにかくセクハラ以外のハラスメントは悉く受け、毎日のように泣かされていた。
それでも鼻を明かしてやろうと喰らいついて、最後は一冊の本を出版出来た。平櫻が初めて世に出した本である。その時初めて知ったのだ。誰よりも喜んでくれたのはこの編集長で、ただ厳しかったのではない、平櫻を成長させるために、ありとあらゆる嫌な役を引き受けていたのだと。
今では、彼の厳しさに感謝している。お陰で、その本が好評を博し、〔カノン〕という名を世間に広めることが出来たからだ。そして、仕事が出来る男性というのは、こういう人のことを言うんだなと、その時平櫻なりに学んだのだ。
しかし、星路は違った。彼のタブレットを壊してしまった時の対応といい、旅に同行する際の契約書の作成といい、旅行の予定を組み立てる際の手際といい、平櫻から見たら完璧に何でも熟す超人に見えたのだ。
編集長が昭和気質の熱血タイプなら、星路は平成気質のクールタイプといったところか。とにかく、平櫻にとって星路は頼れる男性といったところであった。
だからこそ、星路を信頼することが出来たし、尊敬の眼差しを向けることが出来たのだ。
「ほら、あいつだいぶ先に行っちゃったよ。」羅針は、あっちフラフラ、こっちフラフラと写真を撮って歩いていた駅夫が、いつの間にか二人を引き離していたことに気付き、「さあ、遅れるとまた嫌みを言われますから、急ぎましょう。」
そう言って、平櫻を促した。
「はい。」
平櫻はにっこりと笑って、駅夫を追いかけるように、歩みを早めた。
三人が、国道50号の岩舟小山バイパスの陸橋を潜ると、その先の道は更に狭くなった。住宅の間を抜ける路地を通ると、そこは赤塚山の麓に出ることが出来た。
目の前に現れた赤塚山は緑に覆われた、丘とも見紛うような低山ではあるが、雨に煙るその山は、木々がざわめき、まるで三人の訪問を歓迎するべきなのか議論をしているようだった。
三人は麓に沿って暫く歩き、墓地の先に現れた、〔熊鷹愛宕神社新築記念碑〕と彫られた石碑と、二基の鳥居を見て、立ち止まった。
「羅針、ここで良いんだろ。」
駅夫が鳥居を手で指して羅針に確認する。
「ああ。そこで良いよ。」
羅針が地図アプリで確認して応える。
「ここが、熊鷹神社と愛宕神社ですか。」
平櫻が小高い山を見上げるように呟いた。
「そうですね。ここになりますね。」羅針は平櫻にそう答えて、「駅夫、参拝していくだろ。」と聞く。
「おう。もちろん。」
駅夫はそう応えて、先に脱帽一礼して、さっさと薄暗い階段を上がっていく。
「お先にどうぞ。」
羅針は、平櫻に先を譲り、平櫻の後から脱帽一礼して、二人の後を追うように階段を上がっていった。
階段は石のブロックで土留めをされた、簡易的なものではあったが、しっかりと地面が突き固められていて、歩きやすくはあった。
駅夫はその参道をスタスタと登り、平櫻は滑らないよう足元に気を付けながら一歩一歩確実に登っていく。そして、その後ろから羅針が二人の様子に気を配りながら、ゆっくりと登っていった。
木々のざわめきは大きくなっていたが、その木々が遮ってくれているお陰で、雨粒は多少なりとも軽減されていた。
階段を上がりきると、そこには新しく建て替えられたのであろう拝殿が現れた。真新しいとは言えないが、かといって歴史を感じさせない建物がそこにあった。
入母屋造りの屋根が載った建物は、確かに木造で漆喰らしき壁もあり、神社としての様相を見せてはいたが、どこか神社らしくないと思わせるのだ。
良く見ると、鈴や賽銭箱はあっても、向拝に扁額が掛かっていないため、それが雰囲気を損なっているのかも知れないと、三人は結論づけた。
きちんと参拝し、いつものように旅の安全と美味い飯をお願いをすると、三人は記念撮影をし、写真や動画を撮った。
駅夫が拝殿の裏に回ると、弊殿と本殿を見付けた。まさに権現造りになっていたのだ。
駅夫がそれを写真に収めていると、後から羅針が来た。
「やっぱり権現造りになっていたのか。」
そう言って、羅針も写真を一枚撮る。
「やっぱり、これ権現造りで良いんだよな。」
駅夫がそう言って、以前羅針に教わった権現造りであったと確証出来て嬉しそうだ。
「ああ。多分な。」
そう言って羅針は頷く。
「ところで、さっき平櫻さんと何を長々と話をしてたんだ。」
駅夫は、羅針と平櫻の二人が道中、ずっと話をしていたことを気にしていたようだ。
「なんだ、嫉妬か。」
羅針がからかう。
「ちげぇよ。俺の秘密をばらしていないか心配になっただけだ。」
駅夫はそう言うが、その実、コミュ障の羅針があそこまで親しく他人と長話をしているのを見たことがなかったため、ちょっと気になってはいたのだ。
「あれ、バレちゃった。自動車学校での話、全部バラしておいた。」
羅針がからかうように言う。
「おい、マジかよ。勘弁しろよ。……って、嘘だな。何笑ってんだよ。ホントは何を話してたんだよ、余計気になるじゃねぇかよ。」
駅夫が、堪えきれずに笑い出した羅針を見て、嘘だと見抜き、本当のことを聞き出そうと詰め寄る。
「たいした話じゃないよ。カメラについて話してただけだよ。」
羅針が正直に言う。
「ホントか?本当にホントか?」
駅夫が念を押すように詰め寄る。
「嘘じゃねぇよ。安心しろ、教習車を破壊した話はしてないから。」
羅針がそう言うと、駅夫は「ああああ」っと大声を出して、慌てて遮ろうとする。
「どうしました?何かありましたか。」
何も知らない平櫻が、駅夫の声に驚き近寄ってきた。
「何でもないよ、何でもない。絶対的に何にもないから。何にもないことに安心して。」
駅夫が、支離滅裂なことを口走った。
「はあ、はい。何にもなかったんですね。」駅夫が何を言っているのか、平櫻は戸惑いながらも、「それなら良いのですが。神様の領域で大声を出すとバチが当たりますよ。」
平櫻がちょっと駅夫を咎めるように言う。
「えっ、マジ。」
焦った駅夫は慌てて口を噤む。
「……なんてね。」
そう言って平櫻は戯けて舌を出し、はにかんだ。
「……って、冗談か。」駅夫は、平櫻の冗談に翻弄され、「だんだん、羅針に性格が似てきてないか?こいつから変なこと学んじゃ駄目だよ。」と言って、駅夫は悪戯っ子を咎めるように、平櫻に「メッ」っと言って、笑った。
「星路さん、助けて。」
平櫻はそう言って、羅針の後ろに隠れる。そこで、平櫻が笑い出し、つられて羅針も笑い出した。
「さあ、次に向かいましょうか。」
羅針が後ろに隠れている平櫻に向かって言う。
「はい。」
平櫻はそう言って頷く。
「ほら、駅夫も行くぞ。」
いつの間にか、ここまで親しくなっていたのかと、驚いた顔をして呆けていた駅夫にも羅針は声を掛けた。
「おっ、おう。」
駅夫は、驚きつつも頷いた。