拾弐之肆
発車メロディーがホームに鳴り響くと、旅寝駅夫と星路羅針、平櫻佳音の三人を乗せた両毛線の211系は扉を閉めて、ゆっくりと小山駅を出発した。
進行方向右側には在来線の線路が何本も通っていた。
それもそのはず、小山駅の在来線には、ホームが4面8線と、更にホームに面していない線路が2線あり、ターミナル駅として充分に必要な本数が並んでいるのだ。
そんな大きな駅を出発した列車は暫く新幹線の高架線下を宇都宮方面へ向けて、東北本線と併走する。
駅夫は列車が出発すると同時に前面展望のかぶりつきに行った。残った二人は顔を見合わせ、所在なく車窓を眺めていたが、平櫻が話しを始めた。
「旅寝さんって子供の心を忘れていないっていうか、本当に楽しい人ですね。ずっと年上なのに、まるで弟のように感じるんですよ。失礼なんですけど。」
そう言って平櫻はクスリと笑った。
「ああ、あいつはそういうヤツですよ。同い年で、学年も同じなくせに、あいつの方が半年早く生まれたってだけで、一生懸命兄貴面するんで、中身の子供っぽさとのチグハグ感が滑稽なんですけどね。」そう言って羅針も笑い、話を続ける。「頼もしい兄貴なら良いんですが、見ての通りそうでもなくて。結構私の方があいつの面倒を看ることが多くてね。でも、色んなことであいつに助けられたこともあったから、実際はちゃんと兄貴の役目を果たしてくれているのかも知れませんね。」
羅針は過去を振り返るように、遠い目をしながらそんな話をする。
「そうなんですね。でも、旅寝さんもそんなことおっしゃってました。自分がしっかりして、星路さんの面倒を看てやらないと駄目なんだって。お互いに助け合ってこられたんですよね。素敵なことだと思います。羨ましいぐらいです。」
前面展望を子供のように楽しそうにかぶりついて見ている駅夫の後ろ姿を、平櫻はそう言って微笑ましく見つめていた。
「あいつそんなこと言ってたんですね。あいつらしいと言うか、何と言うか……。」
羅針は呆れたように言いながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。
「でも、お二人って小さい頃からずっとこんな感じなんですか。喧嘩したりとか、そんなことはなかったんですか。」
平櫻が興味半分で聞いた。
「ええ。多分なかったと思いますよ。口喧嘩というか、言い争うことはあっても、私が喧嘩と認識してないですからね。単に議論が白熱したというか、そんな感じです。大抵私の方が遣り込めてしまいますから。」そう言って羅針はドヤ顔をするが、少し残念な表情になり「もちろん、取っ組み合いの喧嘩はしたとことないですよ。あいつには腕力で勝つ自信ありませんからね。」
そう言って羅針は苦笑いをする。
「そうなんですね。どんな形にしても喧嘩しないって良いですよね。私はいっつも姉妹喧嘩してましたから。私、四人姉妹の次女なんですけど、子供の頃から大飯ぐらいなんで、いつも食べ物の取り合いをしてました。それこそ食べ物の恨みは恐ろしいっていう感じで、彼女たちは私にとって不倶戴天の敵でした。取っ組み合いの喧嘩をしたことも一度や二度ではなかったです。生傷が絶えない幼少期でした。」平櫻はそう言って苦笑いをし、話を続ける。「もちろん今は別に恨み辛みもまったくないですし、蟠りもないです。むしろあの頃には考えられないぐらい仲良くしてます。
姉は子供の頃の罪滅ぼしなのか、時折食べ物を送ってきてくれますし、三女もなんだかんだ言いながらも動画にコメントをくれて、応援してくれてます。一番下の四女は時々私の部屋の空気を入れ換えに来てくれるので、長期間部屋を空けていても安心なんですよ。ただ、土産を要求されるのが玉に瑕なんですけど。」
平櫻も自分の家族の話をして、少し恥ずかしそうに苦笑いをした。
「姉妹ってそんな感じなんですね。ほら、ドラマとかで見る姉妹って恨み辛みで骨肉の争いをするのが多いじゃないですか。私には兄弟姉妹がいないので、兄弟姉妹って恐ろしいイメージがこびりついてるんですよね。だから、血の繋がりがないからこそ、駅夫とは上手くやれているんだって思ってました。……そうか。あいつもそれなりに気を遣ってくれてたんだな……。」
羅針は今更ながら駅夫との関係が、二人で築き上げてきたものであることを改めて認識し、考えるような表情をした。
「そうそう、お二人が諫早にいらした時、女の子三人と写真を撮りませんでしたか。」
平櫻が突然奇妙なことを聞いてきた。
羅針は一瞬何のことを言われたのか分からなかったが、諫早のときめきフルーツバス停通りにあった、フルーツの形をしたバス停を撮影していた時に、女性三人組が写真撮影を頼んできたことを思い出した。
しかし、その時撮った記念写真は、駅夫が全員顔にモザイクを掛ける加工をしてブログに上げていたし、当然、誰かを特定出来るような状態ではなかったと思うのだが、平櫻はその時の写真のことを言っているようなのだ。
もちろん疚しいことはないし、聞かれて困るようなことはないが、改めて聞かれるような事ではないと思い、羅針は平櫻の真意を掴みかね、写真を撮ったことは認めつつも質問を質問で返した。
「確かに、女性三人組とフルーツバス停で偶然知り合って、写真を撮りました。最後は一緒に記念撮影もしましたし。駅夫がブログにも上げていると思いますが、それが何か?」
羅針は、何かを咎められているような気分になったが、正直にその時のことを話した。
「やはりそうだったんですね。その時の写真ってこれですよね。」
そう言って平櫻は自分のスマホを取り出し、イチゴのバス停をバックに駅夫と羅針、それに女性三人が記念撮影をした写真を映し出して、羅針に見せた。
駅夫と羅針の顔はハートマークで隠されてはいたが、見る人が見れば、年格好から二人であることは一目瞭然だろう。
「どうして、その写真を平櫻さんが……。」
駅夫がブログで上げた写真とは明らかに違う加工がなされた写真ではあるが、元の写真は同じものであることが、羅針には明白だった。ハートマークで顔を隠された二人以外の女性三人には何の加工もされておらず、その顔は、あのバス停で出会った三人の女性そのものだったのだから。羅針は益々何かを咎められているかのような気分となった。
「実は、ここに写っているこの娘は、私の妹なんですよ。彼女は今佐賀に住んでるんですけど、友達と長崎に旅行していたらしくて、丁度あの日は諫早から佐賀に帰る途中だったみたいで、折角ならって、フルーツのバス停で写真を撮ることにしたみたいです。送られてきた写真にお二人らしき男性が写っていた時はビックリしてしまいました。」
平櫻は、その偶然を楽しそうに話した。
「そうだったんですね。あの時は、二人で写真を撮っていたら、賑やかな女性たちがバスから降りてきて写真を撮り始めたんで、邪魔にならないようにと、早々に退散しようと思ったら、カメラマンを頼まれましてね。まさか、あの女性たちの一人が平櫻さんの妹さんだったとは。世の中狭いものですね。」
羅針はそう言って、まさかの偶然に驚きつつも、咎められるような話ではなくて、ひとまずホッとした。
「そんなことがあったんですね。ダンディなおじさまたちに写真を撮って貰ったって、大喜びで電話が掛かって来たんで、ちょっと不安だったんですが、昨日送られてきた写真がこれだったんで、違う意味でビックリしました。服装が見覚えあったので、まさかと思いましたが。やはりお二人だったんですね。」
まるで謎解きの正解をしたかように、平櫻は嬉しそうである。
その反面、羅針は何か複雑な気分だった。咎められるような話ではなくてホットはしたが、よくよく考えると、一歩間違えたらとんでもない話しになるところだったのだ。
平櫻との出会いはトラブルという最悪な状況だった。それが、翌日にはその妹を写真撮影していたのだから、とんでもない話である。気付かなかったとはいえ、トラブルを起こした相手の家族と写真を撮ったと言うことなのだ。それも当の相手よりも更に年下である。問題にしようと思えばいくらでもできる話なのだ。
言いがかりを付けてくる人物であれば、恰好のネタになっていただろうから、羅針はなんとなく身震いするような恐ろしさを感じていた。
もちろん、今となっては、こうして平櫻とも親しくなり、トラブルの蟠りはまったくないが、もし、トラブルが解決せず、蟠りが残った状態だったらと考えると、何事もなかったことに心の底から安堵したのだった。
小山駅を出た列車は、東北本線と別れ、左に大きくカーブを描いて、西に進路を取った。住宅街を抜けて、足尾山地を源流にする一級河川の思川を渡ると、車窓には田園風景が広がった。その殆どが田圃なのか、青々とした稲穂が風に靡いて煌めいていた。
思川駅を出ても暫くは田園風景が広がっていたが、牛舎らしき建物を皮切りに住宅街が広がり始め、東武日光線の高架を潜るあたりから両毛線も高架線となり、東武日光線と併走を始めると、栃木駅は間もなくである。
下り方面へ向かう東武の100系、特急けごんと擦れ違ったが、羅針は平櫻との話に夢中で気付きもしなかった。
羅針と平櫻の二人は、平櫻の妹について話を続けていたが、栃木駅到着の車内放送を聞いて、降りる準備を始めた。羅針は駅夫にも声を掛け、降りる準備を促す。
栃木駅はJRと東武鉄道の乗換駅として、現在は重要な拠点となっているが、元々は両毛鉄道の駅として1888年に開業した。その後国有化されて両毛線の駅となり、1929年東武日光線が開業すると、乗換駅としてその歴史を刻み始めた。2000年に東武の駅が高架をすると、その三年後の2003年にJRも高架となった。
その際不要になった旧駅舎は現在移築され、栃木駅の北側3㎞程離れた位置にある、自動車博物館のエントランスとして利用されている。
三人が栃木駅に降り立つと、羅針は早速先程の話を駅夫にも教える。
「駅夫、諫早のバス停で写真を撮った三人組の女性たちを覚えているか。」
「ん?ああ、あの賑やかな三人組な。もちろん覚えてるよ。一昨日ブログにも上げたし。それがどうかしたか。」
突然の話に駅夫は首を傾げている。
「その時の一人が、平櫻さんの妹さんだったんだよ。」
「えっ、マジで。」
駅夫は衝撃的な話に目を見開いている。
「はい。実はそうらしいです。昨日妹から写真が届いて、一緒に写っている人がお二人に似てるなと思って、先程星路さんに確認したら、そうでした。この写真です。」
平櫻は、羅針に見せた写真を駅夫にも見せた。
「確かに、俺たちだ。写ってる女の子たちも、あの時の子たちだし。……ってどういうこと?」
駅夫は、写真を見て二人が言っていることが本当のことだと理解はしたが、状況を飲み込めないようだった。
「つまり、俺たちは偶然にも平櫻さんの妹さんと記念撮影をしていたってこと。」
「マジかよ。エイプリルフール……ではないよな。マジのマジで?」
駅夫は疑り深い目で羅針を見る。
「ああ。マジのマジだ。」
羅針は、駅夫の目を見返して、真剣に頷く。
「そんなことあるんだな。ところで、妹さんは平櫻さんのところに遊びに来てたとか、そんな感じ?」
駅夫がなぜ彼女たちがあそこにいたのか、不思議になって聞いた。
「いいえ、あの子たちは長崎に遊びに行っていたらしく、その帰りにたまたま寄ったらしいです。あの日、妹が私の家に泊まりたいって連絡が来てたんですが、私が実家から帰る日だったので、どこかのホテルに泊まって、その足で佐賀に帰っていきました。まさか、途中でお二人と出会っていたとは思いもしませんでした。」
平櫻が説明する。
「じゃ、本当に偶然なんだ。」
駅夫が驚きながらも納得したように言う。
「そう。本当に偶然みたいだよ。まあ、ビックリするよな。俺もさっきそんな感じだったから。」
羅針は先程の自分を見ているようで、駅夫にそう言った。
「なんか、驚かせてしまって済みません。」
平櫻が恐縮したように言う。
「いや、良いんだよ。ビックリはしたけど、別に心臓が止まるほどじゃないから。」
駅夫がそんな冗談を言って笑う。
「それなら良かったです。妹から、ダンディなおじさまたちに写真を撮って貰ったって電話が掛かってきた時は、どんな人に撮って貰ったのか心配になっていたら、送られてきた写真を見て、本当にビックリしました。お二人があの日着ていらした服と同じ服を着た人物が写っていたのですから。偶然にしてはおかしいと思って、先程星路さんに確認したんです。」
平櫻が確認に至った経緯を説明した。
「そうだったんだね。いやぁ、心臓に悪いっていうか、なんというか。悪いことは出来ないな。」
そう言って駅夫は笑いながら羅針を見る。
「そうだな。ホント世界の狭さを感じたよ。」
「まったくだ。それで、妹さんにはこのことを話すの?」
駅夫は、一番気になっていたことを平櫻に聞いた。
「取り敢えずは黙っていようと思います。いずれ、三人で彼女と会うことになったら、その時にバラそうかなって思って。」
平櫻は、いたずらっ子のような表情で微笑む。
「悪いおねぇちゃんだな。そのドッキリ俺も乗った。羅針も協力しろよな。」
駅夫はそう言って、平櫻の計画に乗ることを宣言する。
「分かったよ。どうなっても知らないからな。」
羅針はあまり乗り気ではないようだったが、それでも同意した。
三人は、ホームで立ち話をしていたが、切りの良いところで階下へと降りていった。
改札口を抜けると、東武日光線は左の方向である。こぢんまりとした無人のJR改札口と違って、東武の改札口は間口が広く、どことなく明るい印象がある。
「そうだ、駅夫、ここに荷物預けて行けよ。この後歩くことになるから、その背中の荷物邪魔になるだろ。」
羅針がコインロッカーを指差して駅夫に言う。
「そうか。ここで預けて良いのか?」
駅夫が疑問に思い、確認する。
「ああ、宿はここに取ってるから、問題ないよ。後で戻ってくるし。」
羅針が安心しろとばかりに言う。
「了解。平櫻さんも預けていくでしょ。」
駅夫は平櫻にも確認する。
「はい。私も預けていきます。」
そう言って、既に小さなリュックを取り出した平櫻は、貴重品を移し替えていた。
駅夫も、大きなリュックの中から、既に貴重品などを詰め込んだ小型リュックを取り出し、大きなリュックをロッカーに押し込んだ。文字通り押し込んだのだ。ここのロッカーは小型用しかなく、駅夫のリュックは流石に入らないと思ったが、小型リュックを取り出したことで、なんとか押し込むことが出来た。
羅針と平櫻も自分のリュックから貴重品を取り出し、それぞれ小型のリュックに移し替えると、それまで背負っていたリュックをコインロッカーに入れた。
荷物をコインロッカーに入れた羅針は、駅スタンプをルーズリーフで作った自前のスタンプ帳に押した。
それを見て、駅夫が羅針を真似て諫早で作ったルーズリーフのスタンプ帳に、スタンプを押した。
「それ、自前のスタンプ帳ですか。」
二人がスタンプを押しているのを見て、平櫻が聞いた。
「そうですね。旅行先で見付けたスタンプを集めるために持ち歩いてるものです。」
羅針が平櫻の質問に答える。
「こいつ、昔からスタンプを集めてたらしくて、家にはリーフが沢山溜まってるらしいよ。俺は、諫早駅から始めたんだけどね。」
駅夫が羅針の事をまるで自分の事のように自慢する。
「へぇ、そうなんですね。スタンプって良いですよね。ただ、ルーズリーフに集めるって発想はなかったです。それなら、リーフだけ交換すればずっと使えるし、スタンプの大きさに左右されないですもんね。……あっ、それで諫早で文房具店を探していたんですね。」
あの日諫早で文房具店を二人が探していたことを思い出し、旅行先でなぜ文房具店を探しているのか不思議に思っていたが、今合点がいった。
「そう。俺のスタンプ帳を作るためにね。あの時は教えてくれてありがとう。」
駅夫は改めて文房具店を教えて貰った礼を言う。
「どういたしまして。あのぐらいお安いご用ですから。」
平櫻はそう言ってにこりと笑う。
「二人とも、そろそろ列車が来るから。」
羅針が二人を促す。
「ちょっと待ってください。私もスタンプ押していきます。」
そう言って平櫻もノートを取り出して、スタンプを押した。
その後三人は改札口を抜け、エスカレーターを使って、1番ホームへと上がってきた。
東武栃木駅の1番ホームは単式ホームで上り専用、2番3番ホームは島式で下り専用となっていた。
東武鉄道は、このルーレット旅では今回初めて利用する。駅夫と羅針にとっては見慣れた鉄道会社であり、時折利用することもある。関東地方1都4県に跨がる12の路線を運営しており、鉄道業務以外にも、交通、流通、物流、住宅、レジャーと多岐に亘る東武グループとして君臨する大企業である。
その一路線である東武日光線は東武伊勢崎線の東武動物公園駅から分岐し、東武日光駅に至る94.5㎞を走る路線である。過去には国鉄と乗客の取り合いをして、様々な新型車両が投入された歴史があり、東武鉄道のドル箱路線でもある。それが証拠に、N100系スペーシアXという最新車両を2023年に導入したことでも明らかである。
やがて接近放送がホームに響くと、正面に黄色と青色のライン、側面に青色のラインが入った20400型が入線してきた。
いつもの通り駅夫は前面展望のかぶりつきへ、羅針と平櫻はロングシートへと腰を下ろした。車内は普通列車のためか、殆ど乗客がおらず、平日の昼間であることを差し引いても、とてもドル箱路線とは思えない乗車率だった。
栃木駅を出ると、高架の線路は地上へと降りていき、列車は南下していく。車窓には住宅地と田畑が交互に広がっていた。今度は羅針と平櫻も話はしていたが夢中にならず、外の景色を眺めていた。
新大平下駅で、JR新宿行きの253系特急きぬがわの通過待ちをした。もちろん羅針と平櫻は通過の様子を写真と動画にそれぞれ収め、駅夫も二人の後ろから見よう見まねで動画に収めていた。
きぬがわ通過後、列車が新大平下駅を出て、田園地帯を抜けると、今回の目的地である静和駅に到着した。
この駅は東武和泉駅として1929年4月に開業した。しかし、その三ヶ月後の7月には静和駅と改名した。なぜ改名に至ったのか、その理由は定かではないが、当時の地名が静和村だったことが関係あるだろうことは予想が付く。
なぜならこの静和村は、元々1889年に三和、和泉、静戸、五十畑、曲ヶ島の5村が合併して誕生した村であり、駅西側にあった地域名の和泉を採って東武和泉駅として開業したが、地域名よりも村名の静和の方を採用し直したといったところだろうと推測は出来るからだ。
現在この静和駅の住所は栃木市岩舟町静和であり、辛うじて地域名として静和という名が残っているに過ぎない。
列車を降りた三人は周囲を見渡し、あまりに何もない風景で、ローカル駅に降り立ったような気分になった。東側には鬱蒼とした林が広がり、西側には一応住宅街があるようだが、決して賑わっているという雰囲気はない。
「良いねぇ。こういうのが良いんだよ。」
駅夫があたりを見渡しながら満足げに身体を伸ばして深呼吸をする。
「確かに、静かなこの雰囲気は何とも言えず落ち着くな。」
羅針もそう言って身体を伸ばした。
「ローカル駅っていうこの雰囲気が旅をしてるって実感しますよね。」
平櫻もそう言って二人に習って伸びをする。
三人はまず、駅名標をバックに記念撮影をした。いつもの通り三人全員と一人ずつそれぞれで撮影をした。その後は、各自好きなように写真や動画を撮り始めた。