事件の背景予想
「状況からいって、黒幕は叔父……っていうか、叔父一家でしょ。なんなら婚約者も一枚噛んでいるんじゃない?」
「……無関係ではないと思います」
ソフィアもそう思う。けれど言い切ってしまうのはなんだか怖くて言葉を濁すと、うんうんとマクシムが頷いた。
「うまいこと計画したなあ。王家主催の夜会に出席している最中に別なところで起きた事件なら、疑われないだろ。それに夜会に出た直後なら、君を見た人が確実にいるから、本人確認も簡単だし」
「あ……」
「あれ、気づいてなかった? ドゥニ子爵の事件、知ってるよね」
「は、はい」
マクシムの推理に、ソフィアはハッとする。
(……言われてみれば)
晩餐会どころか、ソフィアは小規模な茶会への出席だって禁止されていた。それなのに突然、王宮の夜会に出ろと命じられたから驚いたのだが、裏にそういう意図があったのなら納得だ。
マクシムが言う「ドゥニ子爵の事件」とは、数年前に起きた犯罪だ。
発端は、郵便配達人がドゥニ子爵邸の敷地内で、身なりのよい男性の死体を見つけたこと。
警察は当初、独り暮らしの子爵が転倒し頭を打った事による事故死で、事件性はないと判断した。
ところが念のために検死を行ったところ、遺体の身元に疑問が呈された。戸籍によると子爵は七十代後半のはずだが、死体の男性はそれより若いという結果がでたのだ。
慌てて確認を取ろうとしたが、ドゥニ子爵は極度の人嫌いで友人がおらず、近所付き合いもない。引退してからは人前に姿を現すこともなかったため、本人の顔を知っている者がなかなか見つからなかった。
写真も一枚もない。唯一あった絵姿は子爵が子どものころのもので、直接言葉を交わした身内は全員鬼籍に入っているし、数人いた住み込みの使用人も数年前に解雇していたらしい。
遺体の本人確認は難航したが、最終的に隣町の司祭の証言が取れ、別人であると判明した。
その後の捜査の結果、死体は屋敷内に住むことを許されてい使用人のコックだったことが発覚する。犯人は、同じく子爵の屋敷に住み込みで勤めていた庭師だ。
殺害の原因は仲間割れ。
庭師とコックはその数年前に共謀して子爵を殺害し、本人になりかわって国からの恩給を搾取していたのだ。
当初はうまくやっていたが、次第に欲が出た。取り分を巡って諍いが起き、掴み合いになったところ、バランスを崩したコックが倒れ、頭を打ち付けて死んでしまったのだという。
怖くなった庭師は逃げ、翌日にやってきた郵便配達人が死体を発見したのだった。
知らぬ間に隣人が殺害されていただけでなく、別人がなりすまして豪遊生活を送っていたことにも気づかなかった近所の者たちのショックは大きかった。
また、同じような境遇の独居老人が本当に本人かどうか疑われたり、逆に自分の身に降りかかる心配をして騒然としたりと、国中で大きな物議を醸した事件である。
子爵の例は、ソフィアにも当てはまる。
あまりに外出を制限されたため、ソフィアの顔を知っている貴族は少ない。
叔父の支配下に置かれて以来、公の場に出たのはデビュタントのときだけだ。その際も、虚弱を口実に会場にいられたのは本当に短時間で、監視がきつくて誰とも話せなかった。
だからソフィアと会って話したことがあるのは、約十年前の、両親の葬儀が最後という人がほとんどだろう。
成長した今の姿を見て「ソフィア・フォルジュ本人だ」と自信を持って言い切れる人はおそらくいない。
ソフィアのエバーグリーンの瞳は父譲りで、淡い金茶の髪は母譲りだが、それさえ覚えてくれているかどうかも怪しい。
そんな状況で次期伯爵のソフィアが死亡したら、ドゥニ子爵の例もあって確実に捜査が入る。たとえ本当のに事故死でも、家族が真っ先に怪しまれることは間違いない。
だから、今夜の会場で壁の花になっている様子や、コリンナとクロードと一緒にいるところを多くの人に見せたのだとマクシムは指摘する。
「そうすれば、見つかった死体が本人だと大勢が証言してくれるだろ」
「ありえるわねえ」
ジャンヌも同意し、つまらなそうに聞いているレオも反論はないようだ。
「そんなことをすぐ思いつくなんて、すごいですね……」
「ほら僕、デキる記者だし!」
素直に感心して言うとマクシムは鼻高々で胸を張る。はいはいと聞き流したジャンヌが、ソフィアに質問をする。
「今日の夜会では誰かと話せたの?」
「いいえ、わたしに話しかけてくる知り合いはいないので……ですが、叔父たちと一緒に王族の方々にご挨拶を」
「いやだ、証言を疑えない相手じゃない。完璧ね」
お前は向こうで待っていろ、と言われるかと思ったら連れて行かれたのだ。
礼儀作法を最後に習ったのは、両親が生きていた頃が最後だ。必死に思い出して礼をとったが、足が震えて仕方なかった。
拙いカーテシーだったに違いない。けれどそれを咎めるどころか、王妃は来月に迫ったソフィアの家督相続について直接言葉も掛けてさえくれた。だから、ソフィアのことを認識していることは確実だ。
ジャンヌの言うとおり、身元確認にはこれ以上ない相手だろう。
(あのとき、叔父様は……)
一緒に謁見した叔父は慈愛たっぷりに微笑んで「代理役を退き、伯爵家当主の名を兄の愛娘に返す日が待ち遠しい」と言った。自分こそがその座を狙っているとはおくびにも出さずに。
体調を崩して先に会場を後にしたソフィアが、運悪く帰路で暴漢に襲われて死亡する――という計画だったのだろう。
叔父をはじめ、ソフィアの関係者全員が王宮にいる間の事件なら、真っ先に彼らが疑われるということはない。
そしてこれまで十年間の実績を根拠に、今度こそ後継者不在になったフォルジュ家は、仕方なく、そして正当に叔父が継ぐことにになるはずだ。
(……でも、わたしは生きている)
これが計画された犯罪ならば、襲撃が失敗したことも知られているに違いない。
遺体がない以上ソフィアは「行方不明」とするしかなく、捜索が始まるだろう。
(見つかったら、今度こそ――)
そわりと寒気がして両腕を抱き込む。
あからさまな殺意を実感して小さく震えるソフィアを横目に、ジャンヌたち三人は小声で相談を始める。
「ねえ、この子。もしかして家に戻したら危ないんじゃない?」
「だろうな」
「おっ、さすがにレオでもそう思うか。だよなあ、はっきり見えなかったとはいえ、襲ってきた犯人とも顔を合わせているし、ますますヤバいね」
「ちょっとレオ。なんて問題を持ちこんでくれたのよ」
「知るかよ。医者は患者を助けるものだろ」
「タダ働きはしない主義なの。目を覚ましたらお家に戻して、治療費をたっぷりいただいてお終いの予定だったのに」
「治療費……す、すみません!」
当てが外れたと残念がるジャンヌの声が耳に入って、ソフィアは我に返った。
そうだ、手当てが無料なわけはない。だが現金も、換金できるようなアクセサリーもソフィアは持っていない。
どうしようと胸に手を当てて、借り物の服だったことを思い出す。
「この服もお借りしていて……あっ、もしよろしければ着ていたドレスでお支払いできますか? 濡れて汚れていますし、流行のデザインでもないですが、売ればいくらかにはなると思います」
「いいの? ありがたく貰うわ」
「おい、ジャンヌ」
「文句があるならレオが払ってよ。でも、さすがにお貴族様のドレスじゃ対価として貰いすぎだから、今着ているその服はあげるわ。レオに新しいのを買ってもらうまで間に合わせて」
「は? なんで俺が」
にこりと言うジャンヌにソフィアは驚き、レオは反発する。
「なに『自分は関係ない』みたいな顔しているのよ、レオ。ソフィアはあなたが連れて来たのよ。あなたが責任取ってこの子の面倒をみなさい」
「はあ!?」