見立てと準備
店内にはもう二人、店員らしき女性がいた。
「その子がレオの従姉妹?」
「あっ、そのワンピース、私より似合ってるじゃない!」
「こ、この服、ありがとうございます。すごく可愛いです」
二人はオーナーに連れられて入ったソフィアに興味津々だ。あっという間に囲まれて、上から下まで舐めるように眺められている。
(ど、どうしたらいいの?)
動けなくて困っていると、レオが助け船を出してくれる。
「おい、お前らまでどうして今日いるんだよ。休みだろ」
「だってマクシムから、レオが従姉妹を連れてくるって聞いたんだもの。見てみたいじゃない」
「ねー! 無愛想なレオが、どんな顔して親戚のお兄ちゃんやってるのか気になるし」
悪びれない二人に、レオはマクシムに宛てた恨み言に重ねてため息を吐く。
「……ソフィアだ。病み上がりだから手加減してくれ」
「あっ、ソフィアです。今日はお邪魔します」
慌ててぺこりと頭を下げると、上から歓声が降ってきた。
「やだ、お上品! この礼儀正しいお嬢ちゃんが本当にレオの従姉妹?」
「ソフィアちゃん、レオは見習っちゃ駄目だからね」
「は、はい」
「頷くなよ」
どっと笑い声が上がる中、もう一人の女性がヘアブラシを片手に店頭に顔を出す。呼ばれたヴァネッサはレオをひと睨みすると、奥へ入っていった。撮影用の服に着替えるのだろう。
「じゃあ俺も準備を始めるから、ソフィアは適当にしとけ」
「う、うん。写真を撮るところ、見てもいい?」
「いいけど、今のうちに靴は選んでおけよ」
ヴァネッサが着替える間に、レオも機材を整えるそうだ。撮影が始まれば店内をゆっくり見られないから、と言われたソフィアの手を、店員の二人が引いた。
「靴はこっちよ。今日の服に合わせるならこれとかどう? 入ったばっかりの新作ブーツ!」
「えー、これもいいわよ。ほらエナメルでリボンが可愛いでしょ」
「だから、手加減しろって」
「やーん楽しそう! 私も混ぜて」
「オーナーまで、なんだよお前ら」
初対面なのにここまで親切なのは、レオを揶揄う口実にされているのだろう。
そう分かっても嫌な気分にならない。初めてのことばかりで高揚していることもあるが、叔父やコリンナがソフィアに向けるような腹黒さを彼女たちからは感じないからだ。
「あの、わたしは詳しくないので……皆さんに選んでもらえたら、嬉しいです」
「わあ、素直ー!」
「私の妹なんて反抗してばっかで、こんなこと言われたことないわ」
「ねえねえ、この帽子も似合いそうじゃない?」
「オーナー、靴が先ですって。帽子はそのあと」
賑やかに囲まれて目を回しているうちに、ソフィアは次々と試着をさせられ、靴だけでなく帽子や鞄も積まれていく。
(こ、こんなに買えない!)
靴は必要だし最初から買うと決めていた。しかしそれ以上は無理だ。ソフィアは払うお金を持っていないし、レオにそこまでして貰うわけにいかない。
けれどブティックのオーナーは、交換条件があると楽しげだ。
「だって王都に着いてすぐ、置き引きに遭ったんでしょう。追いかけて転んで靴も壊れて、それで熱まで出してなんて、散々じゃない」
(そういうことになっていたのね!)
観光にきた従姉妹で風邪を引いて寝込んだ、という設定は知っていた。しかし、置き引きで荷物も全部盗られたならば、レオが服を用意するのも不自然ではない。
感心していると、オーナーと店員女性はどんどん話を進めていく。
「少しは王都にいい思い出を持ってほしいっていうのと、この店の服を着て歩いて、宣伝してもらおうってこと。誰かに声を掛けられたら、必ずこの店を紹介してちょうだい」
だから鞄のほかにショップバッグかショップカードを必ず持って歩いてほしいと言われる。
「は、はい。でもそれだけでいいんですか?」
「それと、次のダイレクトメールもレオに撮影してもらうわ」
三脚を組み立てているレオを振り返れば、そうしておけと手を振られた。どうやら話は既についているらしく、ソフィアは礼を言うしかない。
「じゃあ……お願いします。がんばって、いっぱい宣伝しますね」
「そうしてちょうだい!」
さらにあれこれ着せられていると、奥から支度の調ったヴァネッサが現れた。季節先取りの秋色衣装にも驚いたが、ソフィアがもっと仰天したのはヴァネッサの化粧だ。
「緑……!?」
ファンデーションはかなり厚く、目の周りは青黒いグレーと赤。そして口紅はなんと緑色だ。
見たことのない化粧に目を丸くしていると、当のヴァネッサが揶揄うようにパチリとウインクをしてくる。
「撮影用のメイクよ。初めて見た?」
「び、びっくりしました」
白黒写真に色はなく、グレーのトーンだけが写る。実際の赤色は現像すると黒くなり、色が濃すぎて写ってしまうのだという。
撮った結果が美しく見えるよう特別な化粧をした結果、ありえない配色になっているのだ。
普通のスナップ撮影ならばここまでしないが、今日撮る写真はお得意様に送る宣伝素材のため、細部までこだわったのだそう。
(お、面白い……!)
夜会に行く叔母の化粧を手伝わされることも多かったが、こんなメイクは始めてだ。
「見慣れないと奇妙でしょう」
「はい。でも……すごい色なのに、綺麗なひとは綺麗なままなんですね」
「んんっ!?」
驚いてしばらく声も出なかったソフィアだが、続いた呟きにはヴァネッサのほうが耳を疑う。
「だって、わたしが緑色の口紅を塗ったりしたら、笑われるだけです。でもヴァネッサさんはやっぱり綺麗です」
「ソフィア、目は確かか?」
「レオにも現像したあとの色が見えているんでしょう? 二人とも……あっ、メイクをしてくれる人も、みんなすごい!」
ひたすら感動するソフィアに、周りは毒気を抜かれた空気になった。つい先ほどまでやり合っていたレオとヴァネッサも、坐りが悪そうに顔を見合わせている。
「……なんだか気が抜ける子ね」
「それは同感。撮るぞ」
「ええ、いいわよ」
そのまま、キラキラと目を輝かせるソフィアの前で撮影が始まった。




