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初めての外出

「わあ……!」

「ソフィア、こっちだ」

「レオ、すごい! お店も人もいっぱい!」


 初めてちゃんと歩いた城下は、とても賑わっていた。

 人も店も多く、どこを見ていいか分からない。目を輝かせてきょろきょろするソフィアは、レオに手を引っ張られて歩く。


「すっかりおのぼりさんだな。本当に王都生まれの王都育ちかよ」

「だって」

「いいから歩く。着いたら店の中から好きなだけ眺めればいい」

「う、うん。あ、レオ、あれはなにを売っているの?」


 窘められたそばから気になるものが目に入る。そんなソフィアに呆れながらも、レオは指で示した先に目を向けてくれた。

 そこには籠やリボン、綺麗な包装紙などが並んでいる。ブローチにするためのピンなどもあるようだが、それが雑貨店だけではなく、ほぼ全部の店先に――食品店や書店にまで――置いてあるのが気になった。


「ああ、花祭りの準備だ。ほら、もうすぐだろ」

「花祭り……そっか」


 一年に一度の大きな祭りで、この城下は花でいっぱいになる。その飾りや、装身具のための材料だという。

 花祭りにソフィアも両親と行ったことがあるはずだが、小さすぎて記憶はおぼろげだ。

 両親が亡くなってからは、コリンナから「祭りが楽しかった」と聞かされるばかりのイベントだ。

 今まではしゃいでいたソフィアが急に言葉を濁して、レオは眉を寄せる。


「まさか花祭りを見るのが初めてとか言わないよな?」

「う、ううん。でも、小さいときにしか行ったことがないから、よく覚えてないの」

「あー、そうか……」

「楽しかったとは思うんだけど……わたしはこの時期、熱を出しやすかったみたいで。最後に行ったのが、たぶん五歳とかそのくらいだったかな」


 そして両親が亡くなってからの十年は、祭りのときすら外に出ることを禁じられていた。

 そう聞いて気まずそうに髪をくしゃりと掻き上げるレオに微笑んでみせる。


「でも、今年のお祭りは見ていいんでしょう?」

「ああ。そのために来たことになっているからな」

「うん! わたしはレオの従姉妹(いとこ)だもんね」


(従姉妹……マクシムさんの案だっていうけど、すごいなあ)


 出かける前に「ソフィアはレオの従姉妹」ということにすると聞かされて、驚くよりも感心してしまった。

 状況的に、本当のことは話せない。とはいえソフィアは他人との会話に慣れていないから、少しでも嘘は少ないほうがいい。


 花祭りだって「小さいときに見たことがあるが覚えていない」というのは使()()()から、そのままでいい。まったくの作り話を覚えるのは大変だしボロが出そうだから、こういう小さなことが助かる。


(それに、わたしが匿ってもらうのは来月の誕生日までだもの)


 観光に来た従姉妹という設定は、王都をよく知らず、いずれいなくなる自分にぴったりだ。今だけの関係なら、街の人と知り合いになっても問題ないだろう。


(……でも)


 逃げ隠れしているというのにその実感は薄く、むしろひと月後を思うと寂しい気がしてしまう。

 きっと息が詰まるだけの家から抜け出せて、知らないことばかりの毎日が目新しくて魅力的に思えるのだろう。


 レオがたまたま見つけてくれて、ジャンヌやマクシムにも助けられてソフィアは生き延びた。この今の暮らしは、二十歳になって正式に叔父と決別できるようになるまでのこと。


(これ以上、迷惑を掛けられないって分かっているのに)


 あの家で小さくなっていたときとは別の意味で、胸が重たくなる。

 でも、自分の気持ちに蓋をするのは慣れている。気落ちを気づかれないようまたにこりと笑って、ソフィアはレオを見上げた。


「わたし、お祭りを楽しんでいいんだよね?」

「ああ。どうせ人が多すぎて人なんて捜せない。好きなだけはしゃいどけ」

「楽しみ……ねえレオ、今日行くお店はもっと先?」

「いや、もうすぐだ。ああほら、あそこに看板が出てる」


 レオが指差す方向に目を向けると、目当てのブティックの看板が見つかった。

 本日のスタジオは実際の営業店舗で、今日は定休日。この店の内外を使っての撮影予定である。 


「今さらだけど……本当にわたしもいていいの?」

「は?」

「いざここまで来たら、急に心配になっちゃって。わたし、邪魔じゃない?」

「何を言うかと思えば……」


 叔父にはまず見つからないだろうという解放感と、外を見られるという期待感でわくわくここまで来たが、自分は撮影の邪魔ではないかと急に心配になった。

 それに昼間のこの時間はブティックも営業中のはず。撮影を見学させてもらえるのは嬉しいし待つのも平気だが、本当はソフィアはいないほうがいいのではないだろうか、と不安が胸を過る。

 だがレオの返事は「平気だ」とあっさりしたものだ。


「普段はそのへんの路上でも撮る。誰がいても変わらないし、そうだな、撮影のときに騒がないでくれればそれでいい」

「分かったわ! 静かにしているね」

 

 それくらいならソフィアでもできる。

 ほっと胸を撫で下ろしているうちに、だんだん店が近くなってソフィアの胸もなんだかドキドキしてくる――と、正面からこちらに向かって歩いてくる女性に気づいて、レオが嫌そうな声を上げた。


「今日のモデル、あいつかよ」

「え?」

「あーいや、なんでもない。撮影準備には時間がかかるから、その間に靴を選んで、後は適当にしとけ」

「うん、わかった」


 少し安心した。が、さきほど見つけた女性がこちらを見つけて顎を上げて睨んでおり、またレオの空気が重くなる。


「レオ?」

「……気にするな」

「う、うん」

「それより、踵が高い靴を選ぶなよ。いざというときに走れないからな」

「あ、それは大事ね」


 今の足元はレオのスニーカーだ。紐を最大限に絞って脱げずに済んでいるが、どう見ても大きいし歩きやすくはない。

 うんうんと頷きつつ店の前に到着する。件の女性は、ソフィアたちが着くのを中に入らず待っていた。遠目にも綺麗だと思ったが、近くで見るとその美人ぶりに目を見張る女性だ。


(わあ、綺麗なひと……!)


 きっと今日の撮影モデルに違いない。年齢はレオと同じくらいだろうか。貴族女性にはまだ浸透していないショートカットで、すらりと背が高い。

 ジャンヌも綺麗だが、こちらの女性には艶めいた美しさがある。うっとり見蕩れていると、赤い口紅を塗った唇から不満そうな声が響いた。


「レオ。この前の撮影、ボツになったって聞いたわよ」

「俺のせいだって言いたいのか?」

「アンタのせいじゃなきゃ、誰のせいだって言うのよ」


(えっ、ええ?)


 いきなり始まった口論にたじろいでいると、ブティックのドアが開く。顔を覗かせたのは、この店のオーナーで、子どもの喧嘩を止める母親のような口調で、レオとモデルの女性に向けて言い放つ。


「ねえちょっと。来る早々、店の前でやめてよね」

「オーナー、聞いてよ! レオったらこの前の撮影失敗したの、あたしのせいにするの」

「はあ? お前が時間通りにしらふで来れば、ちゃんと撮れたんだ。自己管理もできないでよくプロを名乗ってられるな」

「モデルがどんな状態でもしっかり撮るのがカメラマンの仕事でしょ。その台詞、そっくりそのまま返すわ!」

「はいはい、レオもヴァネッサもそこまで。ねえ、その子が従姉妹ちゃん? 可哀相に、びっくりしてるじゃない」


 オーナー女性の視線はレオを通り越してソフィアにまっすぐ向かっている。目が合うと、まるで孫を見るように微笑まれた。


「いい大人がいきなり怒鳴りあうなんて怖かったわよね。風邪はもう直った? ほら、中に入って。待ってたのよ。その服、ウチのよね。可愛いわよ」


(え、え?)


 言うなり腕を掴まれて、店に連れ込まれる。

 驚いてされるがままになったソフィアを追ってレオと、ヴァネッサと呼ばれたモデルも中に入ってきた。



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