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フォルジュ家の偵察

「……!」


(そういえば、記者さんだって言ってたわ)


 思わず体を硬くしたが、「不慮の事故に遭った」はずのソフィアが川に落ちて以降姿を消したことで、叔父たちが今どうしているかは知りたかった。


「勝手にごめんね。でも情報は必要でしょ」

「は、はい。もちろんです」

「まずねえ、ソフィアちゃんが襲われたのは、突発的な事故じゃなかったんじゃないかっていう僕たちの仮説だけど――たぶん当たり。フォルジュ一家と、君の婚約者が一枚噛んでるっぽい」


 軽く言われた言葉に息を呑む。そうじゃないかと思っていたが、改めて他人の口から言われると胸が重くなってしまう。


「証拠があったのか?」

「フォルジュ家に、人目を忍んで夜中に出入りしている奴がいる。それも頻繁に」


 出入りをしている人物は、後ろ暗いことでも金を積めば引き受けると言われている裏稼業の者だとマクシムが言う。

 まっとうな貴族なら、取引が必要だとしても直接関わりはしないはずの相手である。


「つまり間に仲介人を挟めない案件っていうことだ。なら、可能性は限られるだろ」

「警察に連絡はしていないのか?」

「ああ、さすがに捜索願は出されていた。ただ、ソフィアちゃんが襲われたとかそういうことは一切触れてなくて、馭者に虚偽の証言をさせているね」


 お嬢様が『歩いて帰る』と我が儘を言って途中で馬車を下りた、ということにされているらしい。

 行方不明になったソフィアに、叔父夫婦とコリンナ、それに婚約者であるクロードは胸を痛めている……ということにされているそうだ。


「家の中をちらっと覗いた感じ、心配している様子には見えなかった。苛ついてはいたけど」

「そうですか……」


 クロードも交えて、熱心に話し合っていたこともあったそうだ。

 嫡子であるソフィアが行方不明のままでも、将来的に叔父が爵位を得ることはできるだろう。

 だがそれは、ソフィアの死亡が確認されない限り何年も後になるし、その間、爵位相続は棚上げされる。


 それに、最近は平民の台頭もめざましく、世論は貴族の数を減らす方向に動いている。そのまま爵位の返上を促されるかもしれない。

 不本意に後継を外され、何年も代理の位置に甘んじてきた――という自認の叔父としては、返上は避けたいし、これ以上待ちたくもないだろう。


(きっと必死になって、わたしの死体を捜しているんだわ……クロード様も、一緒に)


 見つかることを思うと背筋が寒くなる。だが、紅茶のカップを握る指に力が入ったソフィアを安心させるように、マクシムが「それで」と続けた言葉に耳を疑った。


「叔父さんは警察に『外聞があるから大っぴらにはするな』って言ったみたいだけど、そもそも王都では若い子の家出なんて珍しくもなんともない。警察は本気で捜さないさ」

「捜さないの?」

「まあ、大抵はそうだな」


 マクシムにレオも同意する。そういう事例をよく知っているのだろう。

 最近撮った写真もなく、目印は背格好と髪色くらい。ソフィアという名前も珍しくなく、人の多い王都で捜すには情報が足りなすぎる。

 ソフィアが自分から警察に駆け込んだりしなければ見つかることはまずない、とマクシムは請け合った。


「叔父さんたちは、ソフィアちゃんが死んで流されたと思ってるようで、落ちた川の下流を捜させている。まさか生きて上流の街側にいるとは思っていないだろう。しかも、髪を切ってるなんて知らないしね」


 楽しげに言って、マクシムは手帳を閉じる。

 捜されてはいるが見当違いの場所、そして警察も本気で追っていない――そう分かって、ソフィアはほっと息を吐いた。


「バレるようなことを言わなければ、普通に暮らして大丈夫じゃないかな」

「よかった……」


 ソフィアを匿ったことが知られれば、助けてくれたレオにもジャンヌにも迷惑が掛かる。自分が叔父の元に戻りたくない以上に、そのことも気に掛かっていた。

 そう言うと、自分のことを先に心配しろと怒られてしまったが。


「それでね、ソフィアちゃん。体調も良くなったし、そろそろ外に出てみたら?」

「えっ」

「こんな狭い部屋で掃除ばっかりしてたら、レオは助かるだろうけど体に悪いよ!」

「は? 俺がなんだって」

「わたし、表に出ていいんですか?」


 驚くソフィアと、心外だと言わんばかりのレオを宥めて、マクシムは持論を展開する。


「フォルジュの家にいたときも、ほとんど外出していないって言ったよね。もし万が一、逃げなきゃいけないときに土地勘はあったほうがいいし、顔見知りがいれば少しは融通もきかせられるだろ」

「……それはそうだな」


 マクシムの言うことは尤もだし、腕を組んで少し考えたレオも頷く。


(え、外に出ていいの? ……嬉しい)


 ソフィアが知っている城下は、ジャンヌの診療所からレオのアパートに来た道だけだ。あの日は早朝すぎて店はぜんぶ閉まっていたし、人通りもほぼなかった。

 この部屋に籠もってからは用心して、日中でも掃除の時以外カーテンも開いていない。


(でも……)


 匿われている自分が望むのは気が引けるが、ちゃんと外の世界を見てみたかった。

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。微笑ましそうに目を細めて、マクシムがパンと両手を打つ。


「じゃあ、早速行っておいでよ。もちろんレオも一緒に」

「今からか? 俺、この後仕事が――」

「ブティックで撮影だろ。連れて行けばいいじゃん」

「……なんで俺のスケジュールをマクシムが知ってるんだよ。教えてないぞ」

「それは、僕が超一流の記者だから」


 おどけて胸を張るマクシムにレオが項垂れる。

 レオはこの前、改装を手伝ってソフィアの服を貰ってきてくれた店から、ダイレクトメール用の写真撮影を請け負った。

 教えてないのに知っているマクシムは、情報提供者は山ほどいると得意がっている。本当に顔が広くて感心する。

 そんな情報通の彼が調べてきたのだから、叔父たちのこともきっと事実だろうと思えた。


「仕事場に勝手に連れて行ったらまずいだろ」

「いや? オーナーはぜひって言ってたぜ。むしろ撮影より楽しみにしてるかも」

「なんで俺より先にブティック(取引先)に話がいってるんだ」

「デキる記者は段取りもいいんだよ。へへっ」

「言ってろ」


 レオとマクシムは今も言い合っているがどこか楽しげだ。

 ソフィアは二人の関係に目を丸くしつつ、くすりと笑ってレオに睨まれる。ちっとも怖くなくて、ますます笑いをかみ殺すのに苦労した。

 やがてレオが仕方ないと片手を上げて、口論が止んだ。


「……まあ、ソフィアの靴を用意しなきゃなかったし、ちょうどいいか」

「レオ、わたしも行っていいの?」

「大人しくしてろよ」

「うん!」


 ソフィアの張り切った返事に、レオは不安そうに額を押さえて、マクシムはますます楽しそうにした。


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