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マクシムの再訪

 それから数日が経ち、幾度かぶり返した熱も落ち着いたソフィアのもとをマクシムが訪れた。

 カラフルな花束を片手に、嫌そうな顔をするレオを押しのけてソフィアの前へ出る。


「やあ、すっかり元気そうだね! しばらく来なかったけど、新生活は慣れた? レオ(こいつ)、気が利かないだろ、困っていることはない?」

「あ、あの、マクシムさ――」

「ジャンヌも誘おうと診療所に寄ったんだけど、ちょうど診察中でさ。患者も多いし今日は僕だけで。ああこれ、お見舞いね。いや、お見舞いっていうか、快気祝い!」


 花束を渡されながら滔々と述べられて、ソフィアは狼狽える。

 叔父たちとの生活では罵倒や厭味ばかりで、こんなふうに話しかけられることはなかった。レオもそんなに口数が多くなく、他人との会話にはまだそこまで慣れていない。さらに。


(マ、マクシムさん、近い……!)


 マクシムの賑やかさは嫌ではないが、花を渡すにしては近すぎる。戸惑っていると、レオがマクシムの額を掴んで遠ざけた。


「マクシム、うるさい」

「えー」


 適切な距離が空いてほっとしているソフィアの横で、レオとマクシムはいつも通りに言い合いを始めた。


「えー、じゃない。なにしに来た」

「ご挨拶だなあ。ソフィアちゃんの体調もだけど、二人ともどうしてるかなーって心配したのに」

「あっ、元気になりました!」

「見ての通りだ。帰っていいぞ」

「酷いな!」


 ははは、と笑いながら勝手に椅子に掛けるマクシムに、まったく帰る様子はない。


「マクシムさん、お花をありがとうございます。今、お茶を淹れますね」

「おい、ソフィア。勝手に――」

「ありがとう、いただくよ!」


 文句はあるようだが、嬉しげに花を抱いていそいそとシンクに向かうソフィアに軽くため息を吐いて、レオも渋々椅子に掛けた。


「っていうか、レオさあ、ソフィアちゃんにお茶くみさせてんの? 偉そうー」

「いや。こいつ、料理はまったくできない」

「レオ!」

「でも、紅茶だけは俺より上手に淹れる」


 火事一歩手前だったあのオムレツ事件を披露されるかと焦ったが、レオはするりと省いてマクシムの非難を躱す。


「レオの紅茶って、色のついた味のないお湯か、渋くてエグいだけの怪しい飲み物だもんな」

「ほっとけ」


(そういえば……)


 熱がすっかり下がってから、コーヒーを飲み慣れていないと言ったソフィアにレオは紅茶を淹れてくれた。

 もらい物の茶葉だから味は知らない、と気まずそうに渡されたお茶はカップの底が見えないほど黒々としていて、大量の砂糖とミルクを足してどうにか飲めるようになった。


 マクシムの言い分を信じるなら、あの時だけ失敗したわけではなさそうだ。

 それでも、ソフィアのために紅茶を淹れてくれたことが嬉しくて、味なんてどうでも良かったのが本音だ。


 ソフィアはフォルジュ家でコリンナの侍女のようなことをさせられていたから、お茶を淹れるのは慣れている。

 翌日、ソフィアが淹れた紅茶を飲んで、レオは「同じ茶葉とは思えない」不思議そうな顔をしていた。それ以来、部屋の片付けと紅茶を淹れるのはソフィアの役目だ。この家でできることが増えて嬉しい。

 お湯を沸かす間に、貰った花を空き瓶に生ける。


(……きれいだなあ)


 両親が亡くなってから、ソフィアに花を贈る人はいなかった。

 約十年ぶりに自分に渡された花に、これまでの暮らしとの違いを改めて実感する。


(お母様は、お花を飾るのが上手だった)


 隣に並んで花瓶に生けるソフィアに笑顔で教えてくれながら、いくつもアレンジを整えていく手際の良さに子どもながら見蕩れたものだ。

 母からは筋が良いと褒めてもらえて嬉しかったが、叔母やコリンヌからはいつも「センスがない」と馬鹿にされていた。

 思い出してしんみりする胸を宥めて、紅茶を淹れ始める。


(レオは……きっと馬鹿にしないわ)


 壁にたくさん飾られた写真の中には、草花をメインに撮ったものもあった。どの花も自然に咲いている姿そのままで珍しい品種はなく、むしろ雑草と呼ばれるものが多い。

 それでもはっと目を引く美しさを引き出してフィルムに収められるレオなら、どんなアレンジでも貶すことはないような気がする。


「お待たせしました」


 すっきりと片付いたテーブルに茶器を運ぶと、マクシムが目を丸くする。


「えっ、この家にこんな洒落たティーセットなんてあった?」

「出てきました」


 体調の様子を見ながらちまちまと片付けをしていたところ、クローゼットの奥にぎゅっと押し込まれた箱の中から出てきたのだ。

 いつかどこかから貰った気がすると首を傾げるくらいレオの記憶にもない品物だが、すっきりモダンな絵付けがされた綺麗なカップで、よく知られたメーカーのものだった。


「出てきたって、レオさあ……じゃあ部屋がこんなに片付いているのは、もしかしてソフィアちゃんが?」

「あ、はい。匿ってもらっているのに、こんなことくらいしかできないですけど」

「いやいやいや、十分でしょ!」


 体調の問題だけでなく叔父を警戒して部屋に籠もっていたため、ソフィアには時間があった。

 レオはあれから毎日ちょこちょこ出かけては、食材や、こまごまとしたソフィア用の雑貨を持って帰ってきてくれる。


 日中ひとりでいると、叔父のことやこれからのことなど、どうしても不安が顔をもたげる。

 そんな気を紛らわしたかったのと、助けてもらってばかりで何もしないでいるのも申し訳なくて、掃除に精を出してしまったのだ。


 たしかに物は多かったが、日々見違えていく部屋に帰ってきたレオが驚く顔が嬉しくて、苦にもならなかった。

 こうしてティーセットだけでなく新しいクッションなども発掘した。おかげで、殺伐と散らかった感じはなく、居心地の良い空間になっている。


「レオ、ここっていい部屋だったんだな」

「マクシム、それ飲んだら帰れ」

「いや待てって、ちゃんと用事もあるんだってば。ソフィアちゃんもそこ座って」

「え? はい」


 満足そうに味わってからカップを置いたマクシムが、上着の内ポケットから手帳を取り出した。


「フォルジュ家のことを調べてきたよ」


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