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同居開始

 高熱を出したソフィアが回復するまで、しばらくかかった。


(ここは?)


 ぱちりと目を開けて体を起こすと、部屋を見回すまでもなく、暗室のドア前にいたレオと目が合う。

「……レオ?」

「起きたか。具合はどうだ?」

「ぐあい……」


 その瞬間、高熱で現実から遠ざかっていた頭にどっとこれまでのことが蘇る。


(わたし、逃げて川に……そ、そうだった!)


 もらい事故のようにソフィアを匿うはめになったレオに、さらに手間を掛けてしまった。さっきまで熱かった頭がさあっと冷えて、咄嗟に謝る。


「ご、ご面倒をおかけして――」


 深く首を垂れて目に入った薄い寝間着はジャンヌのものだ。往診ついでに貸してくれて、着替えさせてくれたのを、朧気ながら覚えている。

 汗で湿って気持ち悪かったから着替えは嬉しかったのだが、改めて見るとなかなか扇情的なデザインだ。慌てて毛布を顎まで引き上げる。

 だが、気まずいのはソフィアだけらしい。レオは鞄に物を詰めながら、声だけこちらに向ける。


「敬語はいらないって言っただろ」

「あっ、すみま……ごめんなさい」

「謝ることでもない。看病は慣れているし、たいしたことはしていない」

「慣れている?」


 思わず聞き返すと、失敗したと言うようにレオは手を止めて眉を寄せた。


「あー……俺には弟がいたんだが。生まれつき体が弱くて、普段からよく寝込んでたから」

「そう……」


(弟さんが、()()


 言いにくそうに言葉を濁されて、弟が「今」どうしているかは聞かなくても想像がついた。

 立ち入ったことを聞いてしまって悔やむが、謝罪は歓迎されないと感じて頷くにとどめる。追求しないソフィアに安心したように、レオはすぐ話を戻す。


「それで、少しはよくなったか」

「あ、うん。もう平気。あの、わたしはどのくらいこうして――」

「ここに着いて、俺がシャワーを浴びて出てきたらソファーで潰れてた。それから丸二日寝込んで、今日は三日目だ」

「わたし、二日も寝込んだの?」


 そんなに長い間伏せっていたとは。ますます恐縮するが、レオには気にするなと軽くあしらわれてしまう。

 レオは態度も口調もぶっきらぼうだが、悪意は伝わってこない。それどころか、ソフィアが回復してほっとしているようにすら感じる。


(そんなわけはないだろうけど……)


 抱えたお荷物がそのまま重篤になったりしたら、余計に面倒だっただろう。そういう意味での安堵だと、ソフィアは結論付けた。


「疲れも溜まってたんだろうって、ジャンヌは言っていた。何回か往診に来て、そのときに説明されただろ。覚えていないか?」

「往診……たくさん夢を見たせいか、まだ頭がぼんやりしていて」


 起きたばかりでいろいろ整理がついていない。ちゃんと思い出そうと、ソフィアはこめかみに手を当てる。

 熱が高かった間のことは、正直よく覚えていない。浅い眠りを繰り返している間、夢はいくつも見た。

 その夢は、顔の見えない誰かから必死で逃げる悪夢ばかり。我ながら単純だと思う。


「あー、あんまりいい夢じゃなさそうだったな」

「もしかして、うるさくした?」

「別に」


 本音ではないかもしれないが、ひとまず怒ってはいなさそうでソフィアはほっと息を吐く。


(……そういえば)


 ――追われる夢を見て不安と焦りで起きると、自分のそばに誰かの気配を感じて、それに安心してまた目を閉じた。

 両親が亡くなり叔父たちと暮らすようになってから、ソフィアは看病をされたことがない。

 コリンヌがちょっと咳をするだけで医者を呼ぶほど大騒ぎをするのに、ソフィアが風邪を引いても放っておかれるばかりだった。


 だから具合が悪い自分の近くに誰かがいることが不思議だった。

看病されるなんてありえないから、これも夢の続きかと思ったくらいだったのだ。


 現実だと確信できたのは、次にうなされて深夜に目を覚ましたとき。発熱による寒気でかたかたと体を震わせながら縮こまったソフィアの背に、毛布越しに手が置かれた。

 宥めるように軽くトントンと叩かれて、その一定のリズムにまた微睡んだ。

 一人きりではないと感じられることがこんなにも安心できるなんて、思ってもみなかった。


(あれって夢じゃなく現実で……よ、よく考えると、ものすごく恥ずかしい!?)


 まるで赤ん坊のあやし方だ。

きっとレオは、幼いころの弟にしたのと同じようにしてくれただけだろう。他意はないはずで、だから、あれはそういうことなのだ。


(そ、そうよね。子どもの……でもわたし、男の人に触られたことなんて……っ)


 婚約者のはずのクロードとは手も繋いだことがない。従姉妹のコリンヌのほうがよほどクロードと触れあっているだろう。

 看病された晩のことを思い出して気まずくなるソフィアだが、川から救い上げられたときにはもっと密着して担がれているのだが、幸いにも記憶にないから意識にも上らなかった。

 熱くなった顔をごまかすように頬を押さえたまま視線を上げると、ジャケットを羽織るレオが目に入る。


「レオは出かけるところ?」

「ああ。さすがに仕事だ」


 ずっと寝ていたから体はだるいが、寒気や喉の痛みはなくなっている。このまま全快するだろうと請け合うと、レオは仕事に行くところだと言った。


(お仕事……)


「もしかして、わたしが寝込んでたから行けなくて――」

「もともと昨日は休みにしていた。それに、俺はフリーだから勤務日とか休日とかは基本的にない」

「そ、そうなのね。今日のお仕事も、写真の?」

「……似たようなもん。ソフィアが大丈夫そうなら夜まで行ってくる。食事はそこらにあるもので適当にしてくれ」


 この部屋の壁に貼られたような写真を撮ってくるのだろうかと興味が湧いたが、自嘲するような口調にそれ以上訊けず、さらに後半部分に気をとられた。


「適当に、って?」

「置いてある食材は好きに食べていいし、使っていい。たいしたもんはないが、文句は言うなよ。それと、バスルームは向こう」


 時計を見つつ狭いキッチンやもうひとつのドアを指差すレオは時間がなさそうで、ソフィアはとりあえず了承する。


「わ、わかった。適当にするね。あの、レオの食事は」

「済ませてくるから気にするな」

「……うん」


 急に心細くなるのは、まだ見知らぬここで留守番をさせられるからなのか、レオが食事を済ませてくると言ったからなのかは分からない。

 けれど、そんなソフィアに構っている暇もなさそうなレオはさっさと玄関へ向かう。


「それから、もし誰か尋ねてきても、ジャンヌ以外にはドアを開けるな」

「え、でも」

「仕事の連絡は雑誌社に入る。この家に直接来るヤツはろくな用事じゃないから、ソフィアは出なくていい」

「うん。でも、出ていいのはジャンヌさんだけ? マクシムさんは?」


 なるほど、もしなにか訊かれてもソフィアには答えられないことばかりだろうから、最初からいないことにしたほうがいいのだと理解する。

 しかし、ジャンヌだけというのは腑に落ちない。マクシムは仕事の同僚だとも言っていたし、ソフィアとも面識がある。

 だから例外かと思って尋ねたのだが、レオはものすごく嫌そうな顔をした。


「あいつは一番開けなくていい」

「わ、わかった」


 苦々しそうにそう言って、レオはしっかり鍵を掛けて出ていった。


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