第2話 偽りの家族はそれでも美しい
約4000文字朗読時間は15~20分目安です
朗読〇そのほかモラルに反することでなければ基本的に自由に使っていただいて構いません。
少しでも多くの人に朗読されることをねがって。
2万4520年:惑星『アトラス』
魔の森と呼ばれる巨大な森林がこの世界には存在している。ゴブリンやオーク、デーモンといった「魔族」がその森を支配し、巨大な洞窟にはドラゴンが眠っている。森の中心には魔王が潜んでいるだとか2万年住むエンシェントドラゴンが巣を作っているだとか言われているが、真相は不明である。
その森から馬車で1ヶ月。あるひとつの国家が存在した。
『テステド王国』
中心にそびえ立つ巨大な宮殿から聖都と呼ばれ、多くの商人や冒険者、観光客が訪れる『アトラス』最大の貿易国家である。
そして、三重の城壁の1番外側。平民が多く暮らす居住区。そこにアリスという少女がいた。
彼女は一日のほとんどを図書館で過ごすほどのいわゆる本の虫だった。ある日、彼女は1冊の小説に出会った。それは、永遠に終わらない冒険譚。
彼女には家族がいなかった。
彼女は孤独だった。
彼女は魔法が苦手だった。
彼女には家がなかった
とある少女の物語である。
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『アスタルトの冒険』気が付くと一週間、この小説を読み続けていた。物語のストーリーは私にとって最高なものだ。勇者「アスタルト」国王から魔王討伐を命じられた彼は仲間と協力し魔の森の中心、魔王城に足を踏み入れる。そんな物語なのだが……。
読み進めれば読み進めるほど、謎は深まり、永遠に解決しない。主人公は何者なのか。何故、魔王討伐後、誰も近寄らないその中心で、何万年もひっそりと暮らしているのか。何度読んでも理解ができない。
その日。彼女は一通の手紙を書いた。終着点のないこの物語の結末を知るために。
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図書館司書として働くエイベルはどこか落ち着かない様子で入口を何度も往復していた。この図書館に毎日通っていた少女が急に足を運ばなく無くなってから彼女はずっとこの調子だ。
「今日も来ませんね」
「ふっ。そんなにあいつのこと気になるなら見に行ってこいよ」
同じく図書館司書のルークは呆れたとばかりにため息をつく。そんな彼の言葉に一瞬戸惑うような表情を見せたが、やっぱりダメだと言い聞かせ首を激しく横に振る。
「今は業務中だし……けど、あの子に何かあると思うと……」
「おまえ、めんどくさいやつだな……」
「なんか言った??」
「うおー。怖い怖い」
「思ってないでしょ。それ」
正直、ルークも気にはなっていた。3歳の頃から毎日、この図書館でその姿を見ていたのだ。そんな『本の虫』である少女の姿をもう何ヶ月と図書館に訪れていない。
最初は本を全て読んでしまったのかと思った。新しい本を発注し、分かりやすく『新刊大量入荷』という立て札を店の前に立てたりしたが「気になっていたあの小説の続編が出たかもしれない」と図書館に問い合わせてくる一部の小説のファンか、子持ちの親ばかりが増え、肝心の彼女がこの図書館に足を踏み入れることは無かった。
そして、それから数年の月日が流れた。
時間の流れというものは人を風化させる。姿も、形も、記憶でさえも劣化していく。
彼女のことを覚えていものは。もう誰もいない。
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「なかなか懐かしい物語を覗いておるではないか、星の精霊よ」
不意に背後から聞こえた声。だが驚かなかった。
きっとこの人なら来るだろう。そう確信していたからだ。
「時の神、アルテナ……」
私の問いに答えたのか。彼は体ごと私の方に向け、微笑む。睨みつける私。数刻がすぎただろうか。
突然彼が嘲笑うかのような笑みを浮かべ、再び背中を向けた。
「お主の言いたいことは分かっておる」
「…………」
「じゃが。こうするしか無かった」
『アスタルトの冒険』これは約50億年前物語だ。そして、その物語を読んでしまった彼女も……。
「魔の森。懐かしい響きじゃ」
「かつてあの森は、魔王が支配していました。それがなぜか倒され、そしてその代償で1人の回復薬が死を遂げた…………。」
そう、これは50億年前、私たちが作った偽物のシナリオだ。
「…………。」
「…………。」
私の問に答えるかのように杖を3回鳴らすと、部屋の真ん中にぶら下がる青色のペンダントライトに目を向ける。
「私は神として3兆年は生きてきた。まあ、お主よりは短いがな」
「…………」
「これは私にとって最大の失敗じゃった。50億年にも及ぶ天界戦争の最中、私は1本の武器を宇宙空間に落としてしまった」
そう言って腰から1本の件を抜き取る。黒色の刀身は錆付きき、所々欠けている。
どこから見ても壊れた剣だが、実際は違う。
この剣は、剣として生まれたその日からずっと、このボロボロの状態なのだ。
「漆黒の魔剣オニキス……」
ボソリと呟く私に彼は相槌を打つ。『漆黒の魔剣オニキス』私たち精霊を除いて手に触れることができるのは『時の神』ただ1人。重くはない。誰でも持ち上げられるし、魔剣と知らなければ今頃溶かされて、ただの剣に生まれ変えられているだろう。
「能力は『腐食』」
私の言葉に驚いたかのように彼は目を丸くさせた。
「知っておったか。そうじゃ。この剣の能力は『腐食』触れたが最後全ての断りを無視し、ありとあらゆる物質を腐食させる」
残されたエネルギーは全てこの魔剣に蓄えられ、少しずつ刀身を修復する。つまり、戦えば戦うほど強度が増し、その力を得る。
肉体と時の影響を受けない精霊と時の神のみ持つことが許された剣。それも当然だ。鞘を持ったその瞬間から、腐食は始まっているのだから。
「誰にもバレることなく、回収されるはずだった。当然じゃ。たとえ誰かが見つけようとも、触れれば灰となり死を迎えるはずじゃからの」
どこか懐かしそうに魔剣を見つめ、刀身を優しく撫でる。
「これも天命なのか、はたまた偶然なのかはワシにも分からぬ。宇宙空間に彷徨うこの剣を拾ったのは、精霊使いの少年じゃった。『精霊の寵愛』というイカれた能力を駆使して武器を操り、魔王として世界に君臨した」
本来人間が得ることが出来るはずのないユニークスキル。肉体を精霊で纏っている彼に腐食の能力は通用しなかった。しかし、精神的な部分までは守ることが出来ない。徐々に彼の心は欠落し、腐っていく。人の心を失った災厄の魔王として君臨するのに、そう時間はかからなかった。
圧倒的な力で世界を掌握し、たった1ヶ月で『魔の森』の支配者として君臨した。
「自分のミスで起こした問題は自分で解決せねばならぬ。しかし。既に我々の手の出せる領域を超えていた。星の精霊よ。お主の剣は強かった」
「当たり前です。そんな安っぽい剣に負けるわけがないじゃないですか」
「それもそうか。これでも神の中では最強の剣と言われておるのだがな。精霊とはそれほどまで強いのか」
『時の神が魔剣を宇宙空間に捨てた』
その噂は瞬く間に天界に広がった。戦争は中断。時の神としての教育を行っていた私の眷属にも罰を与えるべきだと暴動が起きてるほどだった。魔剣を目的外で天界から持ち出すことは『天界規定』により禁じられたものだったからだ。
「私の眷属が涙目で私の元に訪れたんですよ。「どうにかしてくれ」って。あんな必死な姿、初めて見ましたよ」
「迷惑をかけたな。改めて礼を言うぞ」
「はぁ。別にいいんですよ」
私のしたことといえば、魔剣よりも強い『精霊剣』を適当な人間に渡して勇者としてあの世界に送り込んだだけだ。そもそもあの武器自体が強すぎて、5歳でも魔王に勝てるだろう。
後から『アルテナ』のやつに説明するのが面倒だったが、時の神に勇者召喚について教えてやったと適当な理由をつけて追い出してやった。
「世界樹に封印したはずです。あれは私たちがあの方にバレないように植え付けた偽りの記憶。それがなぜ彼女の手に渡っていたんですか」
そう。あの日あの英雄譚は本来、誰の手にも渡らないはずのものだ。それをただの一般人だったアリスが手に入れた。しかもそれを1週間もかけて全て読み尽くした。もしあの日手紙が届かなければ……と思うとゾッとする。
「世界樹に埋める時、回収しきれなかったこの剣の欠片があの本の中に紛れ込んでおった。本は精霊で守られておるが、封印はそうも行かぬ。今はもう回収し、慎重に処理を施した。漏れる心配は無い」
「あの破片が世界樹の封印を腐食させ、本の情報が漏れたということですか。まあ、処理を施したのなら何も言いません」
そこで引き下がると思っていなかったのか、彼は驚いたように目を丸くさせた。そもそも、私はそのことについてさほど興味はなかった。それよりも、なぜ彼女が今ここにいるのかの方が気になって仕方がなかった。
「あの本を世界樹に封印したあとのことだ念の為彼女からあの本の記憶を削除するために訪れたんじゃが……」
「精霊の力を纏っていた。と。」
精霊の祝福を受けた人間には寿命がない。倒す方法はただ1つ。私の持つ『精霊剣』を使い、顬を突きさす。人間の体は脆いが以外に頑丈で、急所を外せば精霊が彼女を復活させるだろう。
「ほっほっほ…そいつを殺せばお主はついに言い訳が出来んくなるぞ。やめておけ」
「「…………っ!!!」」
星の神ウラヌス。神々の中で最も強大な力を持ち、私との勝負で互角まで持ち込んだ最強の神だ。
「そう警戒するでない。我はお前の味方ぞよ。そいつは私の見習としておけ。神気は……星の管理者」
「……はい」
「お前の神気を使え」
「しかし私の力は……」
「いいか。精霊の力を持つこいつを倒せるのはお前か精霊剣だけじゃ。責任をもて。そもそも、最初から隠し事などせず、我に相談すれば良かった。そうじゃろ?」
「そもそもあなたが……。はぁ。わかりました」
「アリス」
「おにい…ちゃん?」
私はまるで小鳥の足ようなアリスの手を慎重に握り、ゆっくりとエーテルを流し込んだ。
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その日から彼女の生活は一変した
朝、昼、夜と一日3食。食卓には好きな料理が並び、大好きな本も、魔法の練習も自由にできた。そして、10億年の時を経て、星の精霊に匹敵する神精霊に進化を遂げた。
「アリスおいで」
「おにいちゃん!!」
彼女は孤独から開放された。
初めて彼の顔を見た時、どうなるか不安で仕方なかった。もしかしたら私はこの人に殺されるのではないか。そんな不安もあった。しかし、今では星の精霊は彼女にとってかけがえのない『家族』となった。
彼女には家族ができた。
彼女は孤独から開放された
彼女は魔法が得意になった。
彼女には帰る場所ができた。
これは永遠に生き続ける2人の兄妹の物語だ。
最後まで見ていただきありがとうございました。
次回更新までお楽しみに!