第1話 星の精霊に恋愛は難しい[1]
5761文字
朗読時間は15~20分を想定しています。
まさかの第1話が難しい恋愛ものですが最後まで読んでいただけると幸いです
「また失敗した……」
星を作るのは難しい。少しでも間違えれば水晶は黒く濁り、その役目を終える。星の精霊として何億年と生きてきた私にとっても、一から星を創造するのは至難の業だ。
「精霊ちゃん久しぶりだよ!!私の頼んだ星は出来そう?」
ピンクの髪に白いレースの入ったフリフリのドレス。二枚貝をモチーフにした首飾りに、手首に巻かれている大量のミサンガ。こんな派手な格好をした女性を私は1人しか知らない。
「久しぶりって……1年前に会ったばかりじゃないですか」
「そんなに寂しいこと言わないでよ。私と精霊ちゃんの仲じゃない。それともなに?ツンデレってやつ?」
「馬鹿なこと言わないでください。それに見たら分かりますよね」
地面に散らばった何千個もの石に目を向ける。全て黒く濁り、もう星として機能していない。役目を終えた星など、全く価値もない。
「そうかな?ほら、これとか見てよ。結構綺麗でいい感じ!」
彼女が持ってきた石は確かに綺麗で、一見透き通って見える。しかし、それも失敗作なのだ。ほんの少しでも濁っていれば、人間が住むことは出来ない。それほどまでに人という生き物は繊細で、環境の変化に乏しい。
「私は疲れたので休みますよ」
「そうなの?じゃあ私はここにある水晶を片付けとくわ」
「ありがとうございます。一応説明書はここに置いとくので、分からないことがあればこちらを参考に」
引き出しから『水晶玉の処理について』と書かれた説明書を取り出し、どすっとテーブルの上に置く。
私は掃除の邪魔にならないように隣の部屋に移動し。引き出しから取り出した2つの水晶を『地球』と呼ばれる水晶と正三角形になるように並べ、ゆっくりと翼を広げる。
今日はどんなものが見れるのだろうか。
そっと息をふきかけた。
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2202年7月24日(金曜日)『地球』
大阪市内の学校に通う俺(深月颯斗)は今日も朝9時に目を覚ました。
学校までは徒歩5分。9時40分からの朝礼まで、かなり余裕がある。祖父は「50年ほど前までの学校は9時に起きたら遅刻だった」などとぼやいてたが、そんな事を俺に言われても困る。
50年前の学校が何時から始まろうが、今の学校は9時40分始業が一般的だ。
「おはよぉ〜」
「おはよう。朝ごはん、出来てるわよ」
「ありがとう」
眠たそうに目を擦る俺に見向きもせず、母親は味噌汁を飲み干し、食器を片付け始める。
別に仲が悪い訳でもなければ、特別良い訳でもない。そんな、ごく一般的な家庭だ。
「頂きます」
朝食を終え、支度をすると時刻は9時20分を示していた。そろそろ家を出なければならない。
洗濯物を干している母親に『いってきます』だけ伝える。
「おそーい」
「ごめん。ちょっと朝寝坊した」
彼女は(伊藤 京美)小学校からの幼なじみだ。
「まあ、いいわ。ところで深月……」
「なんだよ」
「今日の約束。覚えてる?」
「覚えてるよ。夜11時45分に公園に集合だろ」
今日はふたご座流星群が眺められる日だ。
ちょうど次の日が土曜という事もあり、クラスメイトと近くの公園に集まる事になっている。
「今日……さ、私行けないかもしれない」
「え?今日行けるってアンケートで答えてなかったか?」
「伝えたよ……ちゃんと。最初はダメだって言われて、それでも行きたくて、アンケートには参加で投票したの。絶対説得してみせるって……でも私、説得できなかった」
「………………。」
京美は肩を震わせながら泣いていた。
「……なんでダメか。聞いたのか?」
「聞いたよ……でも教えてくれなかった。危ないからって、友達と行くって伝えてもダメって言われた。私もう18だよ!大人だよ!塾は夜中まで行かされるのに、遊ぶのはダメだって。こんなのおかしいよ!!!」
「おいおい……落ち着けって。夜まで時間はあるし、まだ説得する余地はあるだろ」
「無理だよ……。東京の大学に行くことすら許されないんだよ。一人暮らしはダメだって。それしか言わない……そんなんじゃ、何も分からないよ!!」
彼女の母親の気持ちはよく分かる。
あの人はよく言えば子ども思い。悪く言えば親バカな人だ。しかしそれも仕方ないのかもしれない。親にとって自分の子どもというものは、例え何歳になろうが子どものままなのだから。
「とりあえず説得してみろまだ時間はあるだろ」
「うん。分かった」
トナカイのように赤くなった鼻をすすりながら、静かに頷いた
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放課後。
「今日の流星群楽しみだよね〜」
「願い事をしたら叶うんだよね。何お願いしよ」
「そりゃぁ……ね。〇〇くんと……」
「え〜……なになに!!ゆづちゃんあいつのこと好きなの?」
「コクッ……」
「「「きゃー」」」
そんな馬鹿らしい会話が廊下から聞こえてくる。
「はやと〜今から遊ぼうぜ!」
「ごめんちょっと用事あるから俺、先に帰るわ」
「用事って……おまえ最近そういうの多いよな。夜は来いよー」
「当たり前だろ!飛びっきりの服まで用意したんだ、行くに決まってるだろ!」
終礼と同時に教室を飛び出した俺は急ぎ足で階段に向かった。
「深月!!」
「……。」
靴紐を結ぶ手を止め、ゆっくりと振り返る。
産まれたての子鹿のように肩をプルプルと震わせながら叫ぶ幼なじみの姿がそこにあった。
「私、今日流星群……行きたい!!頑張って説得するから!」
「おう!頑張れよ!」
何処か泣きそうな声で話す京美にそう短く返し、学校を後にした。
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2202年7月24日(金曜日)夜11時半
公園は流星群を見に来た地元住人で賑わっていた。
「おーい!こっちこっち!!!」
「はやと遅せぇよ」
「ごめんごめんちょっと服の着が方わかんなくて……よっと」
「そんなめんどくさい浴衣を着てるからだ……ろっ」
「おまえ、その服装で言うなよ……」
俺より派手な浴衣を着ている親友にそう突っ込みながら、右手に持つクーラーボックスを投げる。
「「「お前ら集まれ~!ジュース買ってきたぞ!!!」」」
「「「おおーーー」」」
「オレンジジュース、買ってきただろな!」
「は?お前何言ってんだよ。夏といえばコーラだろ!」
「いや、カルピスだろ」
「分かってねぇな〜お前ら。夏といえば……」
深夜にもかかわらず元気なクラスメイトに思わず笑顔が漏れる。
「きたきた、はる。待ってたぜぇ」
「お前が待ってたのは俺じゃなくてジュースだろ……」
「つれないねぇ〜」
そうやって話しかけてきたのは元生徒会長の水樹だ。
いつもは真面目な性格だが、こういう政はいつも1番楽しんでいる。
「それよりも、京美ちゃんとは一緒に来てないのか?俺あいつに用があるんだけど……」
水樹の話を聞いてた1部のクラスメイトがそれに気が付き、俺の元に群がってくる。
「そういえば居ないな」
「おいおい、颯斗一緒に来なかったのかよ」
「女一人とは危ねぇな。俺が迎えに行ってやるよ」
「ばか、俺が行く!」
「あー。抜けがけはずるいぞ!」
京美が居ないことに気がついた女子は不安そうに辺りを見渡し、男子は誰が迎えに行くかで論争が起きる。
時刻は0時、集合時間はとっくに過ぎていた。
来ないということはそういう事なのだろう。
「京美は今日夜遅くまで塾の授業があるらしくてさ……」
「おいおい、来れないのかよ」
「うそ。あんなに楽しみにしてたのに……」
「あいつの親、厳しいもんなー」
来れないとは言わなかった。そう言ってしまえば、この楽しい雰囲気が壊れてしまう。そんな気がした。
「「ねぇ!!!ぱぱ!!お星様が綺麗」」
「あれはお星様じゃなくて流れ星って言うんだぞ」
「ながれぼし??……」
「そうよ。お願いごとをしたら叶うかもしれないわよ」
敗戦状態のようなクラスの雰囲気を崩したのは、親子連れの子供たちだった。
「「きれー」」
クラスの女子たちもそれに吊られて空を見上げる。
全員がその美しい光景に釘付けだった。
願い事を3回したら叶うらしい。
今ここで願い事をすれば、叶うのだろうか。
そんな事をつい考えてしまう。
季節外れの北風が少し冷たく感じる。
いや、冷たいのは俺の心なのか。
空は美しいのに。
その光景に心は満たされているはずなのに。
俺は俯いた。
それと同時に、どこか懐かしい香りが俺の鼻をくすぐり香る。
(なんの香りだっけ) 思い出せない。
どこか懐かしい。そうこれは……
「え?」
考える間もなく、襟元が急に誰かの体温で満たされる。
背中に押し付けられる柔らかい感触。
誰かの細い腕が俺の首元を暖かく包み込む。
ああ。これは
『彼女の腕だ』
『彼女の香りだ』
「宙きれいだね。颯斗」
聞き間違えるはずがなかった。愛おしいまでに透き通ったその声は10年もの間耳にし続けた声なのだから。
満たされていた。待ち望んだ声に、待ち望んだ香りに、そして、この暖かい腕は、不思議なほど俺の心を安心させた。
「遅れてごめんね」
「ばか……遅っせぇよ……」
「この服ね、お母さんが用意してくれたの。どう?かわいいでしょ?」
「可愛いよ」
「嘘つき……見えてないじゃん」
首筋にぽたぽたと落ちる冷たい感覚が俺を襲う。
「うっせぇ」
もう離すまいと、後ろを振り返る。
ああ。やっぱり俺はこいつのことが好きなんだ。
「「大好き(だ)」」
もう逃がさない。
俺はお返しとばかりに彼女の首元に腕を回すと、そっと唇を重ねた。
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「空、きれいだね」
「それさっき聞いたぞ」
「私よりきれい?」
「どうだろう」
「それは私の方が可愛いって言うとこでしょ」
「自分で言うか?それ」
そんなありきたりな会話をしながら2人で流星を眺める。何千、いや、何万もの流れ星が空を覆う。こんな光景はもう見られないのではないかと思わせるほどに美しく、儚い。
「願い事。3回したら叶うんだってさ」
「ふーん」
「素っ気なくない??」
「おれ、もう叶ったから。」
「え?ズルくない?!私まだ叶ってないんだけど?!で、どんな願い事なの??」
「ひみつ。」
「ケチ。」
オレンジジュースで冷たくなった彼女の右手に、そっと左手を重ねる。
「私、今日頑張って受験のことも、今日のことも説得したんだ。そしたらね、颯斗と一緒に行くなら良い。そう言ってくれたの。この服、実はお母さんのお下がりなんだ」
「そこでなんで俺が出てくるんだよ」
「わかんない。颯斗なら知ってるかなーって思ったんだけど、知ってる?」
「知らない」
「ふふふ」
「なんだよ」
「颯斗のお母さんから、全部聞いたよ」
「あいつ……」
余計なことしかしない母親だ。けど、それでも。
知っていたのだ。
俺のこの気持ちも、覚悟も。
なぜ俺の帰りが最近早いのかも。
いつもは朝にうるさかった母親が、急にご飯を1人で食べ始めたことも、全部俺のためだったのだ。俺は自立したつもりでいた。けど、まだ甘えていたのだ。明日から7時に起きよう。まずは洗濯から。学ぶべきことはまだある。少しづつ、学んでいこう。
俺の夢は……
私の夢は……
願い事は3回すれば叶うらしい。
願い事、3回もできるかな
ほんと。京美の手は冷たいな。
やっぱり。颯斗くんの手は暖かいな。
大学受験まであと半年
「「「一緒に東京に行けますように」」」
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「ありえない……」
私は水晶玉に流れる流星群を見ながら呟いた。
この年の流星は200個だったはずだ。
どう見ても100万は流れている。
流れている2人の映像よりも、私にとってはそっちの方が気になって仕方なかった。
流星群どころの騒ぎでは無い。どうみても『流星嵐』レベルのありえないことが起きている……
「わぁすごい!!綺麗な流星ね」
「…………。」
嫌な予感はしたのだ。
「恋愛神様……」
どうしたの?
「水晶玉の片付けは終わったんですか?」
この人に任せてはいけない気はしていた。
「終わったよ?」
背筋が凍る。ありえない。
有り得ないのだ。
あの数の水晶玉を処理するには少なくとも2年はかかる。いくら神とて、あの量をたかが一日で処分できる代物では無い筈だ。
「マニュアル見て処理しました?」
「あんな分厚いもの見てられないから、全部粉々にして、宇宙空間にポイッてしたわよ」
私は腰から崩れ落ちる。
「何してくれてるんですか!!!!!」
「わぁ!びっくりしたぁ。急におっきい声出さないでよ」
「あの量の物質作るのに200年かかったんですよ!!返してぇぇ!!ぅぅ……。がえ゙じでぐだざぁ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙……」
せっかく溜めた物質を全部宇宙空間に捨てられた。よりによって宇宙空間だ。おそらくその一部が地球に届いて、流星群になったのだろう。流星になったということは全部燃え尽きてしまったという事だ。
あの量全てが……
もう二度とこの人に片付けはさせない
そう心に誓った。
「わぁ。このふたりめっちゃいい恋愛してるよ!!見てみて!」
「それどころじゃないですよ!!返してくださいいいいい」
星の精霊が人間の心を理解するのは、まだまだ先になりそうだ。
ありがとうございました。
ここをもっとこうしたらいいよ!みたいな意見がありましたらどんどんコメントを送っていただけると嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。