6 ちがいがあっても、同じ【終】
煌斗の身柄はその後、レオルド様にお任せすることになった。
エザフォス王国では、表向きは幻獣ハントが法律で禁止されている。煌斗は幻獣だから、人間の法律で裁くことは本当に正しいのか、わからないけど……。
でも、幻獣ハント自体が人間社会の中で行われている犯罪行為だからね。前代未聞の犯罪者ということになるだろうけど、そのへんはレオルド様がうまいことやってくれるだろう。
そして、煌斗が逮捕されてから、数日後のこと。
「これは、どういうことなんだ!?」
保護施設には、レオルド様の声が響いていた。
「男が増えてるではないか!!!!」
がっくりと肩を落とすレオルド様。彼の左右から、ディルベル、ミュリエルが寄り添って、その肩をぽんぽんとしていた。
彼の対面では、楓弥が困ったように苦笑している。胸に手を当てると丁寧に、頭を下げた。
「殿下、貴殿の浮き名はレピニアにも響いておりました。妖狐の楓弥と申します。以後、お見知りおきを」
「しかも、まともな男だ~~~!」
おお、楓弥の挨拶がすごく様になっている!
幻獣は人間社会に疎いので、人間の身分を気にかけることはしない。ディルベルたちのように王子が相手であろうと、対応が雑になるのだ(みんな、レオルド様のことは『王子』とか『レオルド』とか呼んでいるし)。
でも、楓弥は少しとはいえ、幻獣ハンターとして活動をしていた。そのため、人間社会への造詣も深いのだろう。
レオルド様は困惑したように頭を抱えていたけど、すぐにハッとして、姿勢を正した。途端にキラキラとしたオーラをまとって、王子の風格をとり戻す。
「……すまない、少々とり乱した。私は第二王子、レオルド・エヴァ・エザフォスだ。この国の王子である私が、人間代表として謝罪しよう。君たち【マギアレープス】を長い間、人間の幻獣ハンターたちが苦しめていたようだね。すまなかった。これからは私でできることは何でも、君たちの力になると誓おう」
「身に余る光栄です、殿下」
「エザフォス王国は、幻獣を苦しめることを望まない。共に生きる道を探していきたいと思っている」
「――王家に、貴殿のような方がいてくれてよかった」
楓弥は嬉しそうにほほ笑んだ。
私も嬉しくて、胸がドキドキしちゃったよ。
レオルド様の言葉には嘘がない。心からそう思ってくれていることがわかって、嬉しいな。
幻獣と人間が『共に生きる道』か……。
それはとても素敵な言葉だと思う。
リコスは人間を排除して、幻獣たちだけの社会を作ろうとした。それはうまくいかなかったけど……。
私も、どちらか片方を排除しようだなんて、そんな考えはしっくりこないな。
その時、服の袖をちょいちょいと引っ張られた。
「なあ、エリン」
燐太郎が頬を赤くしながら、じとっとした目でこちらを見ている。照れ隠しで、むっとした感じの顔だ。
「オレと兄ちゃんを助けてくれて、ありがとう」
「りんくん」
その言葉だけで、私は胸がいっぱいだよ。
私は体を屈ませて、燐太郎と目を合わせた。
「頑張ったのは、楓弥さんとりんくんだよ」
「でも、あの時、オレが助かったのはエリンのおかげだ。それで、兄ちゃんが恩人には、ちゃんとお礼をするべきだって」
「え?」
またお礼の話?
それは気にしなくてもいいんだけどな……。
すると、燐太郎がぽんっと音を立てて、姿を変えた。子狐になって、私の胸元に飛びこんでくる。私は唖然としながら、もふもふの体をキャッチした。
少し恥ずかしいのか、つんと顔を逸らしながら、燐太郎は言った。
「今日だけ、トクベツに触らせてやるぞ」
「わ~!」
お礼ってそういうの!? それなら欲しい! ありがたくもらいます!!
私は燐太郎を膝の上に乗せて、柔らかな毛を撫でた。
「すごい! もふもふ! やわらかーい」
どうしよう、この感触だけで頬が緩んで、デレデレになっちゃうよ。
この魅力に抗える人間なんて、この世にはいない。
もふもふもふ。
なでなでなで……。
すると、私に影がかかった。楓弥がこちらを覗きこんで、にやっとしている。
「なるほど」
意味深に笑われて、私はドキッとした。
あ、ごめんなさい。あなたの大切な弟を、撫で回して……。
そう思っていると、
「エリンさんは、こういうのが好きなんだね」
楓弥は頷いて、変化した。
わー! ずっと人型だったから、楓弥の幻獣バージョン、初めて見る!!
座りこんだ私よりも大きなサイズの狐だ。燐太郎とちがって、毛が少し長くて、白くて、ふわふわと風になびいている。立派なしっぽは全部で9本。
美しい白狐。立ち振る舞いからも高貴な感じが伝わってくるというか……もうほとんど神様みたいな姿だよ!
白い毛が輝いて、さらさらとしていて……きっと極上の触り心地にちがいない。でも、気軽に触ることはできない。だって、それほど神々しいんだもん。
あ、楓弥と目が合っちゃった。
白銀色の瞳が、悪戯っぽく細められた。
「私にも、触るかい?」
え、いいんですか!!?(食い気味)
私はごくりと唾を飲みこんだ。恐る恐る手を伸ばして、毛先を撫でる。
うわわ、すごい! ちょっとしか触れてないのにわかる! この毛並みは、天国だ!
すると、楓弥が甘えるように私に頭を押し付けてきた。
こんなのもう……我慢できなーい!
その体をぎゅっと抱きしめさせてもらう。
ふわっふわ! もっふもふ!
「わあ、すごい~! 楓弥さんの毛は、するっとして、もふっとしてるよ! これは極上の手触り~」
膝の上に燐太郎。
私の肩のあたりに、頬をすりつけてくる楓弥。
もふもふ……。
すり、すりすり……。
楓弥は人間形態だとちょっと近寄りがたいけど。狐の姿だと、甘えん坊なのかなあ?
何だかわからないけど、可愛い!
懐かれているみたいで嬉しいな。
……ん? こっちを見ているクラトスと、レオルド様の目元が暗くなっている?
「楓弥……! どさくさにまぎれて……!」
「卑怯だぞ……! もふもふを武器にするなど……!」
何か言ってる気がするけど……。
ミュリエルの方を見れば、にやにやしていて、
「エリンって、モテモテなのね~」
ディルベルはなぜか、大笑いだ。
「だはははは、とうとう四角になった!!」
え、何なのその反応。
これは、可愛い幻獣をもふもふしているだけ……だよね?
この施設もすっかり、賑やかになったね。
私は周りを見渡してみる。
私とクラトスとレオルド様がいて。私たちは人間で。
マーゴやシルク、スゥちゃんがいて。この子たちは小さな幻獣だ。
ディルベルとミュリエルがいて。2人はとっても頼りになる竜だね。
今度は新しく、燐太郎と楓弥が加わった。【マギアレープス】は美しい狐だ。
いろんな種族が一緒にいて、こうして仲良くやっていくことができるんだから。
こんな集まりが国のいたるところで、いっぱいできるようになってくれればいい。
レオルド様が言っていた、『幻獣と人間が共に生きる道』という言葉を、私は思い出していた。
この施設のみんなを見ていると、その言葉もいつか実現できるんじゃないかって……そんな風に思えてくるんだ。
第2部 山神リコス編 終わり
第2部ラストまで見ていただき、ありがとうございます!
第3部の構想もあるのですが、続きを書けるのはいつになるかな?という感じです。
そのため、いったん完結設定にしておきます。
エリン&クラトス&レオルドの3人デート回、
保護施設になじんでいる楓弥&燐太郎の番外編を考えているので、
そちらは、更新する予定です。