5 エヴァ博士の後悔
楓弥と燐太郎の問題は無事に解決!
諸悪の根源であった煌斗も捕らえた。
煌斗の処遇はこれから考えるとして……。
まずはみんなの治療からだね!
私は怪我をしていたみんなに祈りを捧げた。元気になったヒトから、展望台を降りていく。
そして、最後には私とクラトスだけが残された。
「クラトス……祈ってもいい?」
「待って」
クラトスは思いつめたように俯く。彼の横顔を西日が照らし出した。
「きっと、僕の記憶が見えると思う。何が見えるかはわからないけど……君には、幻滅されたくない」
「何言ってるの? クラトスのこと、幻滅するわけないじゃん」
気後れしたようなクラトスの手を、私は両手で包んだ。
少しでも安心してほしくて……。へへ、とほほ笑んでみる。
そして、私は静かに祈りを捧げた。
「《ペタルーダ様の祝福を》」
◆ ◇ ◆
いろんな光景が、私の頭の中をよぎっていく。
今より若いクラトスが見える。
彼の周りにはいつも幻獣がいた。幻獣といる時のクラトスの心は、優しさと安心感に満ちていた。
本当に……幻獣のことが大好きなんだね。
クラトスと特に仲の良かったのは、1羽の鳥のような幻獣だった。その子は美しい黄金色の羽をしていた。
ある日、その鳥が体から綺麗な石を生み出した。
そして、それをクラトスに渡した。
『……これが君たちの力の源?』
クラトスは興味深そうにその石を眺める。
◆ ◇ ◆
――そこで私は我に返った。
あの石……!?
見覚えがあるよ。
今の時代の私たちにとって、なくてはならないものだ。
魔法士にとっては、魔法の発動体になる。そして、魔法士でない人にとっても、生活のいたる場面であの石は使われている。
魔導コンロに、魔導水道。
あれがなくては、今の人間社会の日常生活を維持することはできない。
あれは――魔法石……。
魔法石は……幻獣から生み出されるもの……?
ということは……?
私の頭に、ある考えが浮かび上がった。
……こんな残酷なことってあるだろうか……。
私はクラトスが抱えるものがどんなに大きいものか、わかっていなかった。
クラトスはずっと幻獣が大好きで、彼らのことを理解したくて。
純粋な興味や好意から、幻獣の研究をしていたんだ。
そして、彼らの力の秘密を知った。
幻獣から生み出される『魔法石』。
それを使えば、人間も奇跡の力を手に入れられることを知った。
私はずっと不思議だった。
このエザフォス王国の裏で、跋扈する幻獣ハンターたち。
ハンターたちはなぜ、幻獣のことを狙うのか。
彼らが捕まえた幻獣たちを、何に使っているのか。
ああ、そうだ……リコスの記憶を見た時にも、彼は言っていた。
『世界では、幻獣狩りが行われるようになった。それが魔法の発展のために、必要不可欠だったからだ』
胸が痛い。
息もできないくらいに苦しい。
私は、かつて見てしまった、クラトスの記憶を思い出した。
『――ちがう。僕は、こんなことのために、こんな世界を作るために、魔法を作ったんじゃない』
あの時、途方もないほどの後悔の念が伝わってきた。
ああ、そうか。
だから、クラトスはいつも迷わないんだね。幻獣のためなら、自分が傷つくことをためらわないんだ。
そうしなければ、自分を許すことができないんだ……。
世界で幻獣狩りが行われるようになったのは、魔法と魔導の発展のため――。
そして、そんな世界に生み出してしまったのが自分だから。
きっと、この先もずっと、クラトスは罪の意識に苦しむんだ。
死ぬまで解けない、後悔の呪縛にとらわれて……。
そんなの、つらすぎるよ……。
「エリン? 何か見えた?」
クラトスが私の顔を覗きこむ。そして、目を丸くした。
「え、泣いてる……!?」
言われて、私も気付いた。視界が潤んでいる。
「クラトス……私、わかってなかった……。あなたが今までどれだけ傷ついて、苦しんできたのか……。きっと、今だってそう……。わかったつもりになっただけで、あなたの苦しみをすべてわかってあげることは、できないのかもしれない……。でも、これだけは言わせて」
自分の発明のせいで、世界を変えてしまった。幻獣の立場を変えてしまった。
その苦しみがどれほどのものか、私には理解しきることはできない。
でも、これだけはわかるよ。
「――あなたのせいじゃない。これまで幻獣を傷つけてきたのは、あなたじゃない」
「エリン……」
クラトスの指が優しく、私の涙をぬぐった。
「……こんな世界はまちがってると、ずっと思っていた。技術の発展のために、誰かの命が犠牲になるなんて……あってはならないことだ」
後悔にまみれた声が言う。
「こんな世界も、こんな世界を作った僕のことも、嫌いだよ。でも、こんなまちがいだらけの世界でも……。僕は、君の笑顔を見ると、希望を見つけることができるんだ」
私はハッとした。
……そんな風に言われれうと、照れちゃうけど……。
でも、その言葉が嘘でもお世辞もでもないのだと証明するように、クラトスは私の顔を見て、ほほ笑んだ。
自分のしたことを後悔していても。苦しんでいても。どこかに少しだけ、救いを見つけたような、そんな優しい笑顔だった。
「君が笑っていてくれたら、明日がいつもより楽しみになる。きっとうまくいくんじゃないかって……そう思うことができる」
クラトスはこちらをまっすぐ見つめながら、私の頬に手を添える。
「だから――どこにも行かないで。これからもずっとそばにいて」
「クラトス……」
私はその手に自分の手を重ねて、目をつぶった。
クラトスの手、あったかいね。
嬉しいな……。
私でも、役に立てるんだね。
自分を元気づけるためだけに今まで笑ってきたけれど、それが今度はあなたの役に立つんだね。
「へへ……」
私は笑って、クラトスを見上げる。
「大丈夫! きっとうまくいくよ」
そう信じていたい。
幻獣たちの問題がすべて解決して、クラトスが心から晴れやかな顔で笑うことができるその日まで。
私はあなたのそばで、こうして笑っていたいな。
その思いを胸に、私はほほ笑んだ。まだ目尻に涙が残ってるから、泣き笑いみたいになっちゃったけど。
――クラトスの心が少しでも、救われますように。
「私、これからもずっと、クラトスと一緒にいる」