3 エリンの答え
私は山神リコスと対峙していた。
「山神リコス! 幻獣の神であるあなたにも、その責任があるはず! 【マギアレープス】たちを助けるために、力を貸して!」
『貴様に、何がわかるッ!!』
リコスはありあまる激情に突き動かされるように、足を踏み出した。私を睨みつけながら、周囲をぐるぐると歩く。
『差し伸べた手を振り払われたどころか、泥を塗りたくられた経験はあるか!? この世には、救いようもない連中がいることを知っているか!? 俺は、人間も幻獣も嫌いだ! もう二度と、どちらにも肩入れはしない!』
あなたの気持ちは……わかるつもり。
私は胸が苦しくなって、ぎゅっと拳を握った。
あなたの心を覗いてしまったから。
自分が助けたヒトが、もし、どうしようもなく悪いヒトだったら……。それはとてつもなく苦しいことだ。助けなければよかったと思うのは、当然のことだと思う。
だから、リコスはもう二度と同じ轍を踏みたくないのだ。
また手を伸ばして、裏切られてしまうくらいなら……。
最初から何もしない方が、ずっと楽だから。
「悪人には、救いの手を差し伸べたくないというのね……」
『当然の感情だ! 貴様だってそうするだろう! もし目の前で、殺人鬼が死にかけていたらどうする? 貴様はそいつのために祈ってやれるのか?』
できる、と……答えるべき場面なのだろう。
だけど、世の中には、平気で誰かを傷つけるヒトがいる。自分の欲のために、幻獣を苦しめるハンターがいる。
私は今までそんな世界の裏をたくさん見てきた。そして、そんな連中のせいで……クラトスがずっと苦しんできたことも知っている。
もし、そんな悪いヒトが傷ついているとして、私は彼らのために祈ってあげられる?
あれからずっと考えていたよ。
だから、私なりの答えを出すね。
「それは……きっと、できない」
リコスは、『ほら見ろ』とばかりに笑い出した。
『はははァ! いくら偉そうに理想論を述べたところで、結局のところはそうだろう!』
「でも……」
悪人のために祈れるかどうか……それはとても難しいことだよ。私にはできる自信がない。
でも、これだけは言える。
「私は、人殺しや、幻獣をいたぶって喜んでいるような悪いヒトのために、祈ってあげられるかはわからない。だけど、もしそのヒトの家族が苦しんでいたら、助けたいって思う」
『何……!?』
「人間にも、幻獣にも、悪いヒトはいる。だけど、1人の悪を知っただけで、幻獣をひとくくりにして、全員を見捨てるなんて……あなたは自分勝手だ! そんな自分勝手な思いこみのせいで、善良な幻獣のりんくんや楓弥さんは苦しんでいる。救える力があるのに誰も救わない、私はそんな神様にこそ幻滅する!」
『貴様ァ……! またこの俺様に説教を!!』
リコスは狂ったように、天を仰いで、吠え立てた。
恐ろしい声……でも、どこか、物悲しい感情が混ざっているような気もする……。
私は震える足を叱咤して、立ち上がった。
リコスの目を正面から見つめながら、口を開く。
「――煌斗は、悪いヒトだ。あなたの怒りも、もっともだと思う。だけど、彼のした悪事と、りんくんたちのことは関係がない!」
『はっ……言うじゃねえか! やはり、この場で食い殺してやろう!』
リコスの瞳孔が開く。舌なめずりした表情は、どこまでも酷薄だった。
もうどんなに脅されたって、怖くないよ! あなたの記憶を覗いてしまった私は、知っているんだ。
あなたは……本当は心優しい神様。
優しいからこそ、裏切られたことが苦しいの。
私は一歩も引かずに、リコスを見つめる。
束の間、睨み合ってから……。
リコスは突然、体を震わせる。
『ふ、……はは……あはははははっ!』
豪快に笑い出した。
『なんて女だ!! この俺を相手に、一歩も引かぬか! 貴様のような人間は、初めてだ!』
怒っていた時と同じ。空気がびりびりとするほどの、笑い声だった。
『確かに貴様の言う通りだ! 人間にも、幻獣にも、いろんな奴がいるようだな。その理屈で言えば、俺は貴様を気に入った。だから、貴様のことだけは助けてやろうじゃないか』
「リコス様……!」
リコスは後ろに飛びのくと、私の目線よりもずっと高い位置に着地した。
私のことを見下ろしながら、猛々しく吠える。
『俺様の加護を受けとれ! エリン!!』
次の瞬間、リコスの体が光り輝いた。
その光が私に降り注ぐ。
◇
◆
◇ ◆
◆ ◇ ◆
「エリン……クラトスが……」
燐太郎の弱り切った声で、私の意識は戻った。
夕焼け色の光が展望台と、その周囲を照らしている。
クラトスたちは、まだ激しく交戦を続けていた。
クラトスは何度も攻撃を受け、体に傷を負っている。さっきよりも飛行がふらついている。
でも、そんなにボロボロになっても、まだクラトスは諦めていない。私を信じて、戦ってくれているんだ。
クラトス……あなたの気持ちと私の心は同じだよ。
一緒に、幻獣たちを助けよう。
「りんくん、よく頑張ったね。あなたのことは絶対に私たちが助けるから!」
私なら、できる。
神様からの信頼に応えるために。
絶対に……! 燐太郎と楓弥を助けるんだ!!
私は指をからませて、祈りを捧げた。
(ペタルーダ様……お願いします!)
応えるように、優しい気配が私にそっと寄り添った。
『エリン。わたくしは、あなたを信じます』
次に、私はもう1柱の神様にも祈った。
(リコス様……!)
すると、反対側から荒々しい気配が漂ってくる。
『エリン! 俺様にあれだけ偉そうに語ったんだ、その意地をここで見せてみろ!』
もちろんだよ!
私は心からの願いをこめて、祈った。
「心優しい幻獣たちを助けて!
《ペタルーダ様とリコス様の祝福を》!!」





