3 ヒョウガと再戦
妖狐の村から施設に戻ってきたら、異変が……!
展望台の外、ディルベルが落ちていく。
「ディルベル!」
私は叫んだ。
同時に、ミュリエルが動いていた。
「外まで転移するわ!」
そう言って、念じるようにする。すると、周囲の景色が一瞬で切り替わった。
空間転移だ!
私とクラトス、燐太郎を連れて、中庭まで移ってくれたみたい。
芝生の上に、ディルベルが倒れていた。全身に焼け跡がついている。
「何があったの!?」
私は急いで、彼のそばまでかけよった。
ディルベルはひじをついて、上体を起こす。顔をしかめて、吐き捨てた。
「気を付けろ、ヒョウガだ!」
私たちはハッとして、顔を上げた。
中庭の空の上……人影が浮かんでいる。
ヒョウガ! 掌に赤い火の玉を浮かべて、こちらを睥睨していた。
彼の姿を視界に入れ、ディルベルは悪態をつく。
「くそったれめが! あいつが幻影ってことはわかってるが、術者がどこにいるかわからねえ……!」
「……よかった。口を利ける程度には、元気なのね」
ミュリエルがホッとしたように言う。
私はディルベルの隣にひざをつく。
「ディルベル、みんなを守るために戦ってくれたんだね。ありがとう。《ペタルーダ様の祝福を》」
祈りの光がディルベルの体を包む。すると、彼の火傷痕は綺麗に治った。
ディルベルの記憶が見えたよ。ヒョウガが突然、襲ってきて、ディルベルはマーゴや他の幻獣たちを守るために、戦ってくれたんだ。本当にありがとう。
怪我が治ると、ディルベルは弾みをつけて、勢いよく起き上がった。うん、思ったよりは元気そうだ。
というか、目が闘志に燃えている……!
竜って、ミュリエルもそうだけど、負けず嫌いな性格が多いのかな。絶対にやり返してやる! という気概に満ちていた。
そんなディルベルを遮るように、クラトスが空へと飛び出す。
「あっちの相手は僕に任せて。この施設のどこかに楓弥がいるはず。君たちは彼を探すんだ」
「うん! クラトス、気を付けてね」
「あぁ!? ちっ、仕方ねーか! あのクソ狐め……! 次に会った時は、絶対にぶん殴る……!」
ディルベルは散々、悪態をついていたけど、渋々と引き下がった。
そうだね、幻といくら戦っていても意味はない。
まずは楓弥を探さないと!
私と、ディルベル、ミュリエル、燐太郎は、建物の中へと駆けこんだ。
まず、気になるのは治療室……! そこにはお祭りで保護した幻獣たちがいる。その中には、小さな【マギアレープス】ちゃんだって!
私たちは治療室の扉を開けた。
すると、そこには……楓弥が佇んでいた。
「兄ちゃん……!」
燐太郎の声には、応じない。
楓弥は【マギアレープス】の赤ちゃんを、感情のこもらない目で見つめていた。
「『来い。檻の中に入れ』」
彼がそう言うと、赤ちゃんは大人しくその言葉に従う。怖がっている様子も、鳴き出す様子もない。檻の中でぴたりと体を折りたたんで、人形のように大人しくしていた。
様子がおかしい……?
そこで私はハッとする。先ほど、村の跡地で交わされた会話を思い出した。
私は楓弥を睨みながら尋ねる。
「赤ちゃんの体に、何を埋めこんでいるんですか? ここの場所がわかったのも、それのおかげなの?」
「さあ……何のことだろうか」
楓弥は無表情のまま答える。
だって、施設が襲撃されているってことがおかしいよ。
この場所が、楓弥にはどうしてわかったの?
やっぱり、『魂継の儀式』って……子供たちが体内に埋めこまれているものって、そういう類のものなの?
「兄ちゃん……! こんなことはもう、やめてくれよ!」
「……りん」
檻の中にいる赤ちゃんと同様に……楓弥は、空虚な目で燐太郎を見返した。
「私の気持ちは、お前にはわからないだろう。だからせめて――邪魔をしないでくれ」
「わかるもんか! わかるわけがないよ! だって、兄ちゃんは何も教えてくれないじゃないか!!」
魂からしぼり出しているかのような、苦しくてたまらないという声だった。それなのに燐太郎の言葉が、楓弥にはまるで響いていないみたい。冷酷な表情を保ったままだ。
その冷たい仮面の下……楓弥は何を考えているの?
――私はそれを知りたいんだ。
「ミュリエル、ディルベル! 楓弥さんを殴れる?」
「……へっ?」
「あぁ!?」
ミュリエルはきょとんとして、ディルベルは顔をしかめる。私は2人の顔をしっかりと見つめた。
「私、知りたいんだ。楓弥さんの本当の気持ちを」
こちらの真意をすぐに察してくれたみたい。2人は好戦的な表情で、にやりと笑った。
「あの狐のせいで、ハンターにとっつかまって、ひどい目にあったからなァ……あの時の礼を、たっぷりとしてやろうじゃねえか」
「ディルベルとの共闘だなんて、不本意だけどね。あたし、やられたことは絶対に忘れない主義なの」
次の瞬間、ディルベルとミュリエルは楓弥に飛びかかっていた。
って、早っ……!
本当に、楓弥には業を煮やしていたんだなあ……。
楓弥はこちらを向いたまま、後ろ向きに飛ぶ。窓を壊して、外へと飛び出した。
掌に氷を作り出しながら、冷淡な声で言った。
「竜が2匹か。とらえてやろう」
ディルベルとミュリエルも、すぐさま外へと飛んで行った。
ああ……行っちゃった……!
いや、焚きつけたのは、私だけどね……!?
後を追わないと。もし楓弥のために祈るチャンスがあったら、その時を逃したくはない。
私は燐太郎を向き直った。
「りんくん……お兄さんのこと、私に任せてくれない?」
燐太郎は呆然と私を見上げる。
そして、へへ、と強気な笑顔で頷いた。
「オレは……エリンを信じるよ。それに、わからず屋の兄ちゃんは、一発くらいぶん殴ってやらなきゃな!」
「よし、それじゃあ……! 私たちも行こう!」
「どこに?」
「空が一番、見えるとこ!」
◇
私と燐太郎はもう一度、展望台の頂上まで戻った。
全面がガラス張りだから、中庭が見渡せる。
クラトスはヒョウガと交戦しているし、ディルベル・ミュリエルは楓弥と戦っていた。
クラトスの方は、大丈夫そうに見えるけど……。
でも、ディルベルたちの方は心配だ。彼らは一度、楓弥に負けて、捕まってしまったことがあるし……。
それに見ている限りでも、かなり危なっかしい感じだった。
ディルベルとミュリエルの2人は、普段はケンカばかりなのに、こういう時の息はぴったりみたいだ。上手いこと挟み撃ちにしたり、互いの攻撃を組み合わせたりで、連携がとれている。
でも……それ以上に、楓弥は上手だった。
正面からのディルベルの闇を、氷の盾で防ぐ。そのまま上昇して、ミュリエルが撃ち出した炎を易々と回避した。
そうしながら、盾として使っていた氷を撃ち出す。その氷がディルベルの翼をかすめて、彼がよろめいた。
「ミュリエルとディルベルが2人がかりでも、楓弥さんには押されている……」
私はその様子を展望台から見守りながら、固唾を呑む。
「……兄ちゃん……」
燐太郎は耳をしょんぼりと垂らして、悲しそうだ。
そんな彼の肩を私は叩いた。
「りんくんの幻術を使ったら、チャンスを作れないかな?」
「オレが……?」
燐太郎は目を丸くするけど、すぐに力強く頷く。
「オレに幻術を教えてくれたのはさ、兄ちゃんなんだぜ?」
「へへ……それなら、すごく心強いね!」
初めて会った時も、お祭りの時も、燐太郎の幻術はすごかったよ。
楓弥の目を誤魔化せるのは、一瞬だけかもしれない。でも、その一瞬でいいんだ。
私は「こんなのはどうかな?」と燐太郎に提案してみる。すると、燐太郎は悪戯っ子のような目で頷いた。
楓弥がものすごい早さで、上昇する。
そして、この展望台の高度まで浮かんだ。
すかさず燐太郎が手を掲げる。
「行くぞ! チャンスを逃すなよ、ディルベル、ミュリエル!」
次の瞬間、楓弥の目の前に現れたもの――それは、ヒョウガの幻だった。
本当にすごいよ、燐太郎! そっくりだ!
細部までよく似ていて、私までびっくりしちゃった。
楓弥の動きが止まった。
その隙を逃さない――!
ディルベルが一気に距離を詰めて、拳を振りかぶった。
「こんの、クソ狐が……!!」
楓弥の体が吹き飛ぶ。
わー、ディルベル! それはやりすぎというか……!?
というか、こっちに来てる~!
私は咄嗟に燐太郎を抱き上げて、隅っこへと避難。
同時に、楓弥の体がガラスを突き破って、展望台の中へと飛びこんできた。
楓弥が床の上で仰向けに倒れている。私は急いで彼のそばに駆け寄った。
「《ペタルーダ様の祝福を》!」
思いをこめながら、必死に唱える。
祝福の光が楓弥に降り注ぐ。
今度こそ!!
楓弥……あなたの本当の気持ちを教えて!