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2 山神リコスの後悔


 燐太郎が住んでいた村の跡地にやって来た。

 そこで燐太郎が思い出した記憶、それは村を襲った犯人は楓弥ではなかったということ。

 ヒョウガは幻術で作り出されている。それを作れる人が楓弥以外に、もう1人いるんだ。


 じゃあ――真犯人は誰なの?

 そして、楓弥が今、幻獣ハンターをしている理由は?


 少しずつ、真相に近づいていっている気がするよ。


 その後、私たちは村の探索を続けていた。

 中央には広場のようなものがあった。そこで砕かれた石像を見つけた。


 像の首が転がっている。それは狼の姿をしていた。


「山神リコスだ」

「狼……? 前にりんくんが見せてくれた幻術だと、人間だったね」

「ああ、これか」


 燐太郎がそう言って、幻術を作り出した。荒々しい男性の姿だ。


「人間たちの間では、人型の方が馴染みが深いみたいだからさ。人間を驚かせるなら、こっちの姿がいいかと思って」

「人間社会においては、七神の姿は、幻獣ではなく擬人化した姿で広まっているからね」


 そうだったね。

 教会に祀られているペタルーダ様の像も、女の人だった。本来はちょうちょの幻獣なのに。


「この村は、リコス様が作ってくれたって話を、聞いたことがある」


 燐太郎は幻術を消してから、話し始めた。


「人間から、オレたちを守るために……リコス様はオレたちに加護をくれた。だけど、あの日、リコス様は誰のことも助けてくれなかった。あんなに小さな赤子まで……」


 そこで苦しそうに目を伏せる。

 私も施設で保護をしている、小さな命のことを思い出して、胸を痛めた。


「……リコス様はもう、オレたちを守ってはくれないのかな?」


 私は胸の前に手を置いて、リコス様の壊れた像の前でひざをついた。


(山神リコス様……)


 心から思いをこめて、祈りを捧げる。


(あなたのために、祈りを捧げます。だから、どうかお導きください……)


 その時。

 リコス様の像が、突然、光り出した!



『生意気な小娘が……。人間の分際で、俺様を呼んだな』



 どこからか、荒々しい声が聞こえる。私が持っている像からも、空からも、頭の中に直接、響いているような感じもしている。

 え!? この声……!


 私はぎょっとして、みんなを見渡す。

 しかし、私以外の人は何の反応も示さない。


 ということは……これって、私だけに聞こえていますかね?


(リコス様……ですか?)


 声に出すのは恥ずかしいので、私は心の中で呼んでみた。

 すると、その声はフンと尊大に鼻を鳴らした。


『くだらぬ下等生物め。俺様の神威を侮るとは、何たる不敬か』


 私は、リコスの人型の姿を思い出していた。野性的で荒々しい男の人って感じだったけど、声からも、そんな感じがぷんぷんとしている。


 ちょっと怖い。でも、せっかく神様が声をかけてくれたんだ! この機会に少しでも話をしてみたい。


(お声がけしてくださったこと、感謝します。リコス様にお聞きしたいことがあるんですが、聞いてもいいですか?)


『はははァ! 貴様、この俺様と会話できる資格があるとでも思っているのか!? 許可なく言葉をかけるな、噛み殺すぞ。俺様はただ、確かめに来ただけだ。特異な貴様の気配をな。この気配、ペタルーダの加護か……それと……? ふん、面白い』


 リコスは何かを納得したように呟く。だんだんと声が小さくなっていっている。

 消えちゃう……!? そう思って、私は慌てて言葉を続ける。


(待ってください! リコス様……! リコス様は【マギアレープス】たちのために、加護を与えて、村を作ったんですよね?)


『人間の言葉など、耳を傾ける価値もない』


(リコス様は、人間が嫌いなんですか?)


『……貴様の身を知って、思い知らせてやらねば、わからぬか?』


 その声は、すさまじい怒気を含んでいた。

 聞いているだけで、身がすくんじゃうよ。


(…………いいえ、よくわかりました。でも、人間が嫌いだったとしても……。あなたは幻獣の神様ですよね。それなら、幻獣のために……【マギアレープス】たちの力になってください)


 次の瞬間、リコスは荒々しい息を吐き出した。

 更に煮詰めた憎悪、そして、敵意。そんな負の感情がぶわっと濃密に膨れ上がる。


 私は息を呑む。

 何……? この怒りの感情……。

 これは、人間に向けられたものじゃない。


『幻獣も人間も、同じだ。欲深い連中は救いようがない』


 吐き捨てるように言って、リコスの気配は消えてしまった。何度か心の中で呼びかけてみるけど、応じてはくれない。


 いなくなっちゃった……?


 私がぼんやりとしていると、クラトスが顔を覗きこんでくる。


「エリン? どうかした?」


 ハッとして、顔を上げる。今の声……本当に私にしか聞こえていなかったんだ……。


「えっとね……」


 慎重に言葉を選びながら、私は口を開く。


「……馬鹿なこと言っているって、思われるかもしれないけど。私、前にペタルーダ様と話したことがあるの。それで、今は……リコス様が声をかけてくれた」

「七神が……!?」


 クラトスは唖然としている。


「七神が人間に話しかけるなんて、普通では考えられない。でも、君は太陽神の強い加護を持っている。だから、そういうこともありえるのかもしれない。……リコスと、何を話したの?」

「リコス様は怒っていた。人間が嫌いなんだって。それと……」


 先ほどのリコス様の怒りを思い出して、私は心臓を震わせる。


「……リコス様は、幻獣のことも嫌いなんだって」


 クラトスがハッとして、考えにふける様子を見せる。


「……クラトス?」

「この村は幻術で守られていたって、りんが言っていたね。そして、この村はリコスが作った。リコスの加護がかかっていたんだ。その幻術と加護を破ることは、普通は不可能だ。人間にはまず突破できない」

「それって、つまり? 幻獣ハンターがたちがこの村を襲うことは、普通(・・)はできないってこと……?」

「……村の中に、内通者がいない限りはね」


 ああ……。

 私……クラトスがどうして、こんなに深刻そうな顔をしているのか、わかったよ……。


「ハンターをこの村に呼び寄せたのは、村にいたヒト……。【マギアレープス】?」

「そして、それがリコスの怒りを買った」

「そっか……そうだよね。それは、怒るよ……。リコス様は幻獣のために、力を授けて、この村を作ってくれたのに……」


 そこでクラトスは燐太郎に尋ねる。


「村にいた九尾(きゅうび)は、楓弥と村長の煌斗(あきと)だけ?」

「うん……。え、でも、それじゃあ……? そんな……」


 燐太郎が愕然として、叫ぶ。


「真犯人は、煌斗さんかもしれないってことか!? そんなこと、信じられるかよ!! 煌斗さんはいつも優しくて……オレのこともたくさん気にかけてくれて……! 兄ちゃんとも仲がよかったのに……!」


 でも、楓弥と同じくらいに強い【マギアレープス】は、そのヒトしかいなかったんだよね。それなら、私もそのヒトが怪しいと思う。……燐太郎にとっては、にわかには信じがたいことかもしれないけど。


 クラトスは険しい表情のまま、続けた。


「1つ気になっていることがある。『魂継(たまつぎ)の儀式』についてだ」


 うん……私もそれは、気になっていた。


 村で生まれた【マギアレープス】の赤ちゃんは、手術を受ける決まりらしい。リコス様の祝福を得られるようにするという、神聖な儀式なんだって。

 燐太郎の首にも、その手術の痕がある。


 でも、その手術って……本当にそれだけが理由なのかな?


「りん。その儀式を行っていたのは、村長じゃないか?」

「…………」


 燐太郎はくしゃりと顔を歪める。そして、観念したように俯いた。


「煌斗さんは……よく言っていたよ……。これは必要なことだから……。『この村の決まりだ。リコス様から与えられた神命なんだ』って……」


 つまり、その儀式をとりしきっていたのは、煌斗だったってわけだね。村人に儀式の必要性を、執拗に言い聞かせてまで。

 ますます怪しい……。


 そこで私はクラトスの様子に気付いた。

 あれ? いつも冷静なクラトスにしては珍しい。ものすごく緊迫した表情で、何かを考えこんでいる。


「村で生まれた【マギアレープス】の子供たちは、体内に何か(・・・・・)を埋めこまれている……? そして、村で暮らす【マギアレープス】の数は30名ほどで、減ることも増えることもない……。大人になった【マギアレープス】は村を出て行って、戻らないことも多かった……」


 ミュリエルが青ざめて言う。


「え、ちょ、ちょっと……クラトス……? そうやって情報を並べられると、すごく不気味に聞こえるんだけど……」

「うん……怖くなってきたよ……」


 私も体を震わせる。

 そこでクラトスが何かに気付いたように、顔を上げる。


「まずい……! 施設に置いてきた、【マギアレープス】の赤子……!」


 え!? 何事……!?

 そう思ったけど、クラトスの真剣な様子に呑まれて、誰も何も言えなかった。


「ミュリエル! すぐに【ゲート】を!」



 ◇



 私たちは慌ただしく、施設へと戻ってきた。

 ゲートをくぐった瞬間。


 爆発音が轟いた。

 展望台の外からだ! 急いで、視線をそちらに向ける。


 空を落下していく黒い影……!

 それはディルベルだった。


「ディルベル!!」


 私は声の限りに叫んだ。


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