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【コミカライズ化】捨てられ聖女のもふもふ保護活動 ~天才魔法使いと幻獣たちに愛されて幸せになります~  作者: 村沢黒音
第3章 凄腕の幻獣ハンター

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4 楓弥の本心


「《ペタルーダ様の祝福を》!」


 祈りの光が、楓弥(ふうや)に届いた。

 もし、彼の体に【隷属の魔法陣】が刻まれているのなら……!


 私の祝福が【魔法陣】を破壊して、彼を支配から解放してあげられる!


 そう思った、次の瞬間。

 光の中から、楓弥がこちらに視線を向けてくる。

 白銀色の目が、酷薄に光った気がした。


 楓弥が掌を掲げる。


「エリン!」


 彼が氷のつららを撃ち出すのと、私がクラトスに抱きとめられるのは同時だった。

 クラトスは攻撃を防ぎながら、私を横抱きにする。そして、空を飛んで、楓弥から距離をとった。


 私は唖然として、楓弥を見つめる。


 今、祝福の光は確かに楓弥を包みこんだのに。

 何で!? 効いてない……!?

 彼の記憶は何も見えなかった。それに楓弥は未だに、私たちに敵意を向けている。


(ペタルーダ様……! なぜですか!?)


 胸に手を置いて、私はペタルーダ様に訊く。

 すると、どこからか声が響いた。


『エリン……。あの者に、【隷属の魔法陣】は刻まれていません』


 え? それじゃあ……楓弥は人間に操られているわけじゃないってこと?


 クラトスは楓弥から目を離さないようにしながら、私に尋ねる。


「エリン、何か見えた?」

「……どうしよう、クラトス……」


 私は混乱しながら、クラトスの胸にしがみついた。


「…………何も、見えなかったの……。楓弥さんには、【隷属の魔法陣】が刻まれてない……」


 クラトスが息を呑んで、顔を歪める。


「彼は、自分の意志で幻獣ハンターをしているのか……」


 その声には、やりきれない色が強く出ている。


 そうだよね……。クラトスだって、こんな状況は予想外だよね……。


 私はペタルーダ様に約束した。私の力で幻獣を助けるって。そして、クラトスは自分の贖罪のために、ずっと幻獣のために尽くしてきた。


 だけど、今回は今までと状況がちがいすぎる!


 これまでの事件は、幻獣が被害者だった。彼らは守ってあげるべき対象だった。


 だけど、もし悪いことをしているのが幻獣だった場合は?

 私たちはどうしたらいいの?


 気が付けば、暗い空は静まり返っていた。花火の時間が終わったんだ。遠い空を見渡しても、ずっと暗闇が続いてる。華やかな祭りの熱気は、もうどこにも残っていなかった。


 そのことに楓弥も気付いたようで、顔を上げる。


「……潮時のようだ」


 彼はそう言って、戦闘態勢を解いた。

 え、逃げるつもり……!?


「兄ちゃん! 待ってよ!」


 燐太郎(りんたろう)がミュリエルの背から声を上げる。ミュリエルは少しでも楓弥に近づこうとするけど、彼は軽やかに遠ざかった。まるで陽炎のように、その体も、彼の真意も捕らえることはできない。


「全部……嘘だよな? 兄ちゃんだって、本当はこんなこと、やりたくないんだろ!?」


 悲哀のこもった声が、夜空に虚しく響いた。


「どれが本当で、どれが嘘か……。りん、お前には区別がつくのかい?」


 氷のような無表情を維持したまま、楓弥は手を伸ばす。すると、次の瞬間、その手には狐のお面が握られていた。

 楓弥はお面を横から自分の顔に、半分だけ重ねる。

 そして、優しくほほ笑んだ。


「あの村で、お前と過ごしていた私こそが、偽りだったとすれば……。その場合は、こちらこそが本来の私と言えるのではないか?」


 ほほ笑みを浮かべる楓弥。そして、無機質で冷酷な狐の仮面。

 半々になって、分かれている。


 次の瞬間、彼の体は煙に包まれた。

 姿が消えた。


「兄ちゃん……!」


 燐太郎が必死で手を伸ばすけど、その手はどこにも届かない。

 私たちは何も言えなかった。呆然と空を漂う私たちに、冷たい風が吹きつける。


「ごめんね……。りんくん。楓弥さんを止めるはずが……」

「エリンが謝ることじゃない。悪いのは全部、兄ちゃんじゃないか!」


 悔しそうに燐太郎は言った。

 その目の端に涙が光っていることに、私は気付いた。



 ◇



 一度、保護施設に帰ることにした。


 もちろん、捕まっていた幻獣たちはみんな保護をしたよ。今は疲れているのか、眠っている子たちもいる。

 私たちは幻獣たちを治療室に運びこんだ。怪我をしている子は私が治療した。


 今日はいろいろなことがあったなあ……。


 最終的には、ハンターたちの取引を食い止めた。売られそうになっていた幻獣も、燐太郎の知り合いの【マギアレープス】も、無事だ。


 だけど、私たちにそれを喜ぶ余裕はない。みんな暗い顔をしていたり、思い詰めた表情をしていたりする。

 特に燐太郎の落ちこみ具合はすごかった。帰ってからというもの、一言も口をきいていない。

 私もなんて言葉をかけたらいいのか、わからないよ。


 重苦しい空気の中、私たちは各自の部屋に戻った。ミュリエルは今日も私の部屋にお泊りだ。疲れていたのか、すぐに小竜の姿になって、眠ってしまった。


 私はベッドに腰かけて、ぼんやりと考えにふけっていた。スゥちゃんがやって来て、膝に手をつける。私を見上げると、「どうしたの?」って感じで、首を傾げた。


 私はスゥちゃんの柔らかな毛を、ゆっくりと撫でる。

 すごく疲れたけど……目が冴えちゃって、眠れない。


 幻獣が幻獣ハンターをするなんて……。って、はじめはびっくりしたけど、よく考えたら、私たち人間だって同じことをしている。

 エザフォス王国では、法律によって奴隷制度が禁じられている。だけど、その裏では今も、人に値段がつけられて、取引されることもあるらしい。


『命を売買するなんて、狂っている』と、クラトスは言っていたけど。


 人間だって、人間を売り買いしている。幻獣が同じことをしていたとしても、不思議じゃない……。


(こんな当たり前のことに、何で今まで気付かなかったんだろう……。幻獣にも、いいヒトばかりじゃなくて、悪いヒトもいるよね……)


 だけど、燐太郎の気持ちを考えたら、私の胸はぎゅっと苦しくなる。尊敬する大好きな人が、悪事に手を染めているなんて……。それは燐太郎にとって、耐えがたいことにちがいない。


 だめだ、気分が暗くなってきた。これじゃあ、ますます眠れないよ。

 私はスゥちゃんを抱き上げると、そっとベッドに下ろした。スゥちゃんも眠いらしく、ぐーっと伸びをしている。


 その姿を見て、くすりと笑いながら私は部屋を後にした。

 眠くなるまで夜風に当たろう。


 施設の1階に降りて、中庭へと続く扉を開ける。ざ……、と冷たい風が吹きこんできた。


 月明かりに照らされた背中は、寂しそうにも見えた。

 クラトスだ。私に気付いて、こちらを振り返る。


「えっと……お疲れ様。今日は大変だったね」


 私はそう言って、クラトスの隣に立った。


「君も疲れただろう。……眠れない?」

「うん、まあ……ちょっとね」


 ちょこっとだけ笑ってみた。つらい時こそ笑って見せるのが、私の信条だからね。でも、やっぱりうまくいかなくて、寂しげな笑顔になってしまったかもしれない。


 クラトスは私の顔を見て、思うところがあるように口をつぐむ。束の間、真剣な様子で考えこんでから、やんわりとほほ笑んだ。


「星でも見ようか。おいで」


 クラトスが差し出した手に、私はゆっくりと手を合わせる。すると、ふわりと体が浮き上がった。

 私たちはそのまま、施設の屋根の上まで飛んだ。

 隣に腰かけて、空を見上げる。


「りんくんのことを考えてたんだ。私、りんくんに何て言ってあげたらいいか、わからなかった」

「……無理もないよ」

「助けるよって、簡単に言ったけど……『助ける』って何だろうね……」


 夜空には、無数の星が散らばっている。


 この空のどこかに、七神がいたりするのかな。天から私たちを見守っていたりするのかな。

 星たちはまるで、静かに語りかけるように輝いている。

 答えを知っているのなら、教えてくれたりしないかな……。


 でも、星はただそこにあって、何も教えてはくれないんだ。


「幻獣ハンターがなぜ幻獣を捕らえるのか……。エリンはその理由を知っている?」

「え?」


 今まで出会った、ハンターたちの言動を思い出す。彼らは、ビジネスだとか、商売だとか言ってたよね。


「それは、その……お金になるからじゃないの?」

「……そうだね」


 クラトスは空を見上げながら、静かに語る。


「お金が欲しい理由は、きっと様々だ。相手がただ強欲なだけの連中であれば、糾弾することにためらいを持たずに済む。だけど、もしそこに別の事情が絡んできたら……」

「それって、生きるために仕方なくとか……どうしても、お金が欲しい事情があって、幻獣ハンターをするのが一番稼げるから……とか。そういうことだよね?」


 私は息をついて、自分の膝を抱えこんだ。


「私……今まで、ハンター側の事情なんて、考えたことがなかったよ……」

「それでも……そこにどんな理由があったとしても、命を売り買いすることは許されない。僕はそう思うよ」

「うん。私もそこは許せないな」


 そうだね。例え生きるためでも、どうしようもない事情があったとしても、それだけは超えちゃいけない一線だ。

 だけど……。


「あのね……今からひどいことを言うかもしれないけど……ごめんね。楓弥さんが、もし悪いヒトだったら……クラトスはどうするの?」


 クラトスがこちらを見る。私たちは束の間、静かに見つめ合った。


「――考える時間が、欲しい」


 目を伏せて、クラトスは言った。


「でも、必ず答えを出すよ。……出さなきゃいけないんだ。僕にはその責任があるから」


 難しい問題だけど、クラトスはそこから目を逸らしたりはしないんだね。

 クラトスのそういうところ、私はいいなって思うよ。

 だから、


「それなら、私も一緒に考えさせて」


 そんなクラトスだからこそ、私もそばにいたい、何かしてあげたいと思うんだ。


「私は、クラトスが傷ついたり、苦しんでいたりしたら、つらくなるよ。だから、私にできることがしたいの。……といっても、あまりできることはないんだけどね……へへ」


 クラトスがもう一度、私を見る。

 そして、柔らかくほほ笑んだ。


「君にはもう十分、助けられてるし、救われているよ」


 その思いを伝えるように、私の手をぎゅっと握る。私も遠慮がちに、その手を握り返した。

 それから、私たちはしばらくの間、静かに夜空を見上げていた。


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