3 幻獣ハンターである理由
幻獣ハンターの正体。それは燐太郎のお兄さん、楓弥だった。
私は今、楓弥に捕らわれていた。
背後から口を塞がれて、動けない。
クラトスは冷酷な色を瞳に宿し、楓弥を睨みつけている。
「なぜ、幻獣の君が、幻獣ハンターなんてしている?」
楓弥は無表情のまま口を開いた。
「……狩る側でいる方が、楽だからだよ」
冷徹な声は、夜の空気に溶けていくようだった。
「鬼ごっこの必勝法だ。ずっと鬼でいれば、捕まることはない。私は狩る側になった。人間の役に立っている限り、私を排除しようと思う者はいないだろう」
「そのために……他の幻獣を傷つけるのか?」
「弱肉強食は、自然の摂理だ。今に始まったことではない」
燐太郎が泣きそうになりながら、楓弥を見つめている。
その気持ちは当然だ。だって、燐太郎はずっとお兄さんの行方を捜して、彼の安否を心配していたのに。
その本人こそが、自分の村を襲った幻獣ハンターだったなんて。燐太郎の心境を考えると、私まで泣きたくなった。
「そんなことのためにッ!! 兄ちゃんは、村を襲ったのか!?」
「りん……お前はまだ幼い。そして、村の外にあまり出たことがないお前には、わからないだろう。常に追われ、狩られる側にいる気持ちなど」
「そんなの、わかるかよ! わかってたまるか!!」
泣き叫ぶような悲鳴が、虚しく辺りに響き渡った。
「じゃあ、村のみんなは……!? どうなったんだよ!?」
「さあ……? 今頃、人間のペットだろうか」
彼の声が間近で聞こえる。
その時、私の胸はざわついた。
楓弥の声は氷のように冷たい。周囲のすべてを拒絶しているかのような態度だった。
だけど……何だろう。
そこにはわずかに、虚しさのようなものが混ざっているような気がした。
(……既視感……)
これと同じことが、前にもあった気がする。
クラトスが険しい表情で問いただす。
「君は過去……人間に傷付けられたのか?」
「……どうだったかな」
「幻獣を狩れば、その分だけ、幻獣の立場は悪くなる。狩られたくないと言うのなら……自分を守るために、君は戦うべきだった」
「そんな大層なことは、考えたことがないな。今、答えを出せというのなら、こう言おう。すべて『どうでもいい』。……私さえ、平穏に過ごせるのなら」
私の胸はざわざわとする。
これは、もしかして……諦観の感情?
不意に楓弥の声が低く、更に冷たいものに変わった。
「――私の邪魔をするというのなら、容赦はしない」
次の瞬間、私の体は乱暴に突き飛ばされていた。
クラトスが滑るように飛翔して、私の体を抱きとめる。
「エリン、怪我はない!?」
「う、うん……大丈夫」
私は呆然としながら、頷いた。
……楓弥は!?
私とクラトスは同時に顔を上げる。楓弥はまた空高く浮き上がっていた。
刹那、空から吹雪が襲いかかって来る。クラトスは片手を掲げて、防御壁を展開。
吹雪を蹴散らすと、私の体を優しく地面へと下ろした。
「君は、ここにいて」
そして、クラトスもまた空へと飛んでいく。
私はその様子を見上げながら、考えていた。
「兄ちゃんの、バカ野郎~~!」
燐太郎がやけくそになったように叫ぶ。
りんくんの気持ちはわかる。ようやく会えたお兄さんと、敵対することになんて。きっとそれはすごくつらいよね。
でも……、と私は考える。
……楓弥は、本当に敵なの?
だって、おかしいよ。
彼は私をとらえていたんだ。あのまま私を人質にしていた方が、彼にとっては都合がいいはずだよね?
それなのに、楓弥はわざわざ私のことを解放した。
それに、彼の言動に私は覚えがあるんだ。
(……あの時と、同じだ)
あの皮肉げな言動、何かを諦めたような笑み。
それは、かつてのディルベルと重なる。
私たちは一度、ディルベルと敵対してしまったことがある。でも、それは事情があってのことだった。
ディルベルは体に【隷属の魔法陣】を刻まれて、人間に逆らえなくなっていた。
(普通に考えたら、幻獣が幻獣ハンターになるわけがない……。そうだよ! 楓弥さんも人間に操られてるんじゃない!?)
それなら希望はある!
だって、私の祈りは【魔法陣】を破壊して、支配から解放してあげることができるんだ。
そう思えば、俄然、やる気がみなぎってきたよ!
「ミュリエル、手伝って!」
「もちろん! 何をするの?」
ふふ、作戦を言う前に「もちろん!」って言ってくれる、ミュリエルが好きだよ。
次に、私は燐太郎と向き直った。
「りんくん、よく聞いて。私、楓弥さんの本心は別のところにあるんだと思う」
「…………オレには、もうわからないよ……」
燐太郎はそうとう参っているようだ。
耳がぺしゃんと垂れ下がり、俯いた。
「あんな兄ちゃん、見たことがない……。エリンの言う通り、何か理由があるのかもしれない……。でも、ちがったら……? 本当に……兄ちゃんが自分の意志で、悪いことをしていたら……」
「その時は、殴って止めます! ……クラトスが!」
「僕!?」
上空で楓弥の攻撃を避けながら、律儀にもクラトスが反応してくれた。
だって、クラトスしかいないんだもん。楓弥に勝てそうな人。だから、そっちは頼んだよ!
「りんくん」
私は燐太郎の肩に手を置く。
「私の祈りには、不思議な力があるの。祈ったら、その人のことがわかっちゃうんだ。私ね、りんくんにも祈ったから、りんくんの記憶が見えたよ。だから、知ってる。りんくんのお兄さんは本当は優しくて、りんくんのことを大切に思っている。あなたの自慢のお兄さんなんだって」
「エリン……」
「私の祈りなら、楓弥さんの本心がわかる。それで、もし楓弥さんが誰かに操られているのなら……! そこから解放してあげられる」
燐太郎が私を見上げた。
その瞳がわずかに潤んでいる。
「やってみようよ!」
ミュリエルが元気に言った。
「あたしもそうだった。本当はやりたくないのに、無理やり操られて、たくさんの人に迷惑をかけたの。でも、エリンがあたしを助けてくれた。だから、今回も大丈夫! エリンがいてくれたら、何とかなるんだから!」
私は真剣な眼差しで、燐太郎を見つめる。
「りんくんも、協力してくれる?」
「…………うん」
燐太郎は泣きそうになって、その気弱な気持ちを振り払うように首を振った。次に顔を上げた時、彼の表情は強い意志が宿ったものに変わっていた。
「オレは兄ちゃんがこんなことする人じゃないって、知ってる。だから、エリンの言う通り、あんな兄ちゃんは殴ってでも止めてやる!」
うん、そうこなくっちゃね!
私は思いついた作戦を2人に話した。
ミュリエルが人化を解いて、美しく大きな竜へと変わる。
空では相変わらず、激しい攻防が繰り広げられている。
そちらを見据えながら、私はミュリエルの背に乗った。私の前に燐太郎を座らせる。
「ミュリエル、お願い!」
私の合図でミュリエルは翼を羽ばたかせる。そして、空へと勢いよく飛び出した。
暗い夜空の中へ。
「クラトス!」
声をかけた直後。
クラトスの背後――遠い空で、鮮やかな花火がいくつも打ち上った。
クラトスは目を見開くけど、すぐにこちらの考えを汲んだ様子で頷いた。
「――了解」
わざわざ作戦を話すまでもなく、こちらの狙いをわかってくれたみたいだ。
楓弥が吹雪を撃ち出す。それに対抗して、クラトスが魔法を放った。火の魔法だ。吹雪を呑みこんで、破裂する。ぱん、ぱん、ぱんっ……時間差でいくつも弾けて、辺りに火花を散らした。
わ、すごい!
こっちもまるで花火だ! 氷の粒子が、火花できらきらと照らされている。
その隙にミュリエルが飛翔して、楓弥へと近づく。
だけど、楓弥は油断なくこちらを振り向いて、掌を向けてくる。
「何を企んでいるのは知らないが――甘いな」
氷のつららが無数に飛ばされる。近距離だから避けられない。それはミュリエルの体を貫き……そして、そのまま向こう側まで通り抜けていった。
へへ……残念。
そっちは、燐太郎の幻術だよ!
私たちの本体は、もっと上。
すでに楓弥の頭上をとっている!
楓弥がハッと気づいて、顔を上げた時にはもう遅い。私はミュリエルの背から飛び降りていた。
楓弥に向けて、祈りを捧げる。
「《ペタルーダ様の祝福を》!」
祝福の光が、宵闇を切り裂く。
それは彼の体に降り注いだ。
私の祈りは、確かに楓弥に届いた。