表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/82

3 幻獣ハンターである理由


 幻獣ハンターの正体。それは燐太郎(りんたろう)のお兄さん、楓弥(ふうや)だった。

 私は今、楓弥に捕らわれていた。

 背後から口を塞がれて、動けない。


 クラトスは冷酷な色を瞳に宿し、楓弥を睨みつけている。


「なぜ、幻獣の君が、幻獣ハンターなんてしている?」


 楓弥は無表情のまま口を開いた。


「……狩る側でいる方が、楽だからだよ」


 冷徹な声は、夜の空気に溶けていくようだった。


「鬼ごっこの必勝法だ。ずっと鬼でいれば、捕まることはない。私は狩る側になった。人間の役に立っている限り、私を排除しようと思う者はいないだろう」

「そのために……他の幻獣を傷つけるのか?」

「弱肉強食は、自然の摂理だ。今に始まったことではない」


 燐太郎が泣きそうになりながら、楓弥を見つめている。

 その気持ちは当然だ。だって、燐太郎はずっとお兄さんの行方を捜して、彼の安否を心配していたのに。


 その本人こそが、自分の村を襲った幻獣ハンターだったなんて。燐太郎の心境を考えると、私まで泣きたくなった。


「そんなことのためにッ!! 兄ちゃんは、村を襲ったのか!?」

「りん……お前はまだ幼い。そして、村の外にあまり出たことがないお前には、わからないだろう。常に追われ、狩られる側にいる気持ちなど」

「そんなの、わかるかよ! わかってたまるか!!」


 泣き叫ぶような悲鳴が、虚しく辺りに響き渡った。


「じゃあ、村のみんなは……!? どうなったんだよ!?」

「さあ……? 今頃、人間のペットだろうか」


 彼の声が間近で聞こえる。


 その時、私の胸はざわついた。

 楓弥の声は氷のように冷たい。周囲のすべてを拒絶しているかのような態度だった。


 だけど……何だろう。

 そこにはわずかに、虚しさのようなものが混ざっているような気がした。


(……既視感……)


 これと同じことが、前にもあった気がする。


 クラトスが険しい表情で問いただす。


「君は過去……人間に傷付けられたのか?」

「……どうだったかな」

「幻獣を狩れば、その分だけ、幻獣の立場は悪くなる。狩られたくないと言うのなら……自分を守るために、君は戦うべきだった」

「そんな大層なことは、考えたことがないな。今、答えを出せというのなら、こう言おう。すべて『どうでもいい』。……私さえ、平穏に過ごせるのなら」


 私の胸はざわざわとする。

 これは、もしかして……諦観の感情?


 不意に楓弥の声が低く、更に冷たいものに変わった。


「――私の邪魔をするというのなら、容赦はしない」


 次の瞬間、私の体は乱暴に突き飛ばされていた。

 クラトスが滑るように飛翔して、私の体を抱きとめる。


「エリン、怪我はない!?」

「う、うん……大丈夫」


 私は呆然としながら、頷いた。


 ……楓弥は!?


 私とクラトスは同時に顔を上げる。楓弥はまた空高く浮き上がっていた。

 刹那、空から吹雪が襲いかかって来る。クラトスは片手を掲げて、防御壁を展開。

 吹雪を蹴散らすと、私の体を優しく地面へと下ろした。


「君は、ここにいて」


 そして、クラトスもまた空へと飛んでいく。

 私はその様子を見上げながら、考えていた。


「兄ちゃんの、バカ野郎~~!」


 燐太郎がやけくそになったように叫ぶ。

 りんくんの気持ちはわかる。ようやく会えたお兄さんと、敵対することになんて。きっとそれはすごくつらいよね。


 でも……、と私は考える。


 ……楓弥は、本当に敵なの?


 だって、おかしいよ。

 彼は私をとらえていたんだ。あのまま私を人質にしていた方が、彼にとっては都合がいいはずだよね?

 それなのに、楓弥はわざわざ私のことを解放した。


 それに、彼の言動に私は覚えがあるんだ。


(……あの時と、同じだ)


 あの皮肉げな言動、何かを諦めたような笑み。


 それは、かつてのディルベルと重なる。

 私たちは一度、ディルベルと敵対してしまったことがある。でも、それは事情があってのことだった。


 ディルベルは体に【隷属の魔法陣】を刻まれて、人間に逆らえなくなっていた。


(普通に考えたら、幻獣が幻獣ハンターになるわけがない……。そうだよ! 楓弥さんも人間に操られてるんじゃない!?)


 それなら希望はある!

 だって、私の祈りは【魔法陣】を破壊して、支配から解放してあげることができるんだ。


 そう思えば、俄然、やる気がみなぎってきたよ!


「ミュリエル、手伝って!」

「もちろん! 何をするの?」


 ふふ、作戦を言う前に「もちろん!」って言ってくれる、ミュリエルが好きだよ。

 次に、私は燐太郎と向き直った。


「りんくん、よく聞いて。私、楓弥さんの本心は別のところにあるんだと思う」

「…………オレには、もうわからないよ……」


 燐太郎はそうとう参っているようだ。

 耳がぺしゃんと垂れ下がり、俯いた。


「あんな兄ちゃん、見たことがない……。エリンの言う通り、何か理由があるのかもしれない……。でも、ちがったら……? 本当に……兄ちゃんが自分の意志で、悪いことをしていたら……」

「その時は、殴って止めます! ……クラトスが!」

「僕!?」


 上空で楓弥の攻撃を避けながら、律儀にもクラトスが反応してくれた。

 だって、クラトスしかいないんだもん。楓弥に勝てそうな人。だから、そっちは頼んだよ!


「りんくん」


 私は燐太郎の肩に手を置く。


「私の祈りには、不思議な力があるの。祈ったら、その人のことがわかっちゃうんだ。私ね、りんくんにも祈ったから、りんくんの記憶が見えたよ。だから、知ってる。りんくんのお兄さんは本当は優しくて、りんくんのことを大切に思っている。あなたの自慢のお兄さんなんだって」

「エリン……」

「私の祈りなら、楓弥さんの本心がわかる。それで、もし楓弥さんが誰かに操られているのなら……! そこから解放してあげられる」


 燐太郎が私を見上げた。

 その瞳がわずかに潤んでいる。


「やってみようよ!」


 ミュリエルが元気に言った。


「あたしもそうだった。本当はやりたくないのに、無理やり操られて、たくさんの人に迷惑をかけたの。でも、エリンがあたしを助けてくれた。だから、今回も大丈夫! エリンがいてくれたら、何とかなるんだから!」


 私は真剣な眼差しで、燐太郎を見つめる。


「りんくんも、協力してくれる?」

「…………うん」


 燐太郎は泣きそうになって、その気弱な気持ちを振り払うように首を振った。次に顔を上げた時、彼の表情は強い意志が宿ったものに変わっていた。


「オレは兄ちゃんがこんなことする人じゃないって、知ってる。だから、エリンの言う通り、あんな兄ちゃんは殴ってでも止めてやる!」


 うん、そうこなくっちゃね!

 私は思いついた作戦を2人に話した。




 ミュリエルが人化を解いて、美しく大きな竜へと変わる。

 空では相変わらず、激しい攻防が繰り広げられている。

 そちらを見据えながら、私はミュリエルの背に乗った。私の前に燐太郎を座らせる。


「ミュリエル、お願い!」


 私の合図でミュリエルは翼を羽ばたかせる。そして、空へと勢いよく飛び出した。

 暗い夜空の中へ。


「クラトス!」


 声をかけた直後。

 クラトスの背後――遠い空で、鮮やかな花火がいくつも打ち上った。


 クラトスは目を見開くけど、すぐにこちらの考えを汲んだ様子で頷いた。


「――了解」


 わざわざ作戦を話すまでもなく、こちらの狙いをわかってくれたみたいだ。


 楓弥が吹雪を撃ち出す。それに対抗して、クラトスが魔法を放った。火の魔法だ。吹雪を呑みこんで、破裂する。ぱん、ぱん、ぱんっ……時間差でいくつも弾けて、辺りに火花を散らした。


 わ、すごい!

 こっちもまるで花火だ! 氷の粒子が、火花できらきらと照らされている。


 その隙にミュリエルが飛翔して、楓弥へと近づく。

 だけど、楓弥は油断なくこちらを振り向いて、掌を向けてくる。


「何を企んでいるのは知らないが――甘いな」


 氷のつららが無数に飛ばされる。近距離だから避けられない。それはミュリエルの体を貫き……そして、そのまま向こう側まで通り抜けていった。


 へへ……残念。

 そっちは、燐太郎の幻術だよ!


 私たちの本体は、もっと上。

 すでに楓弥の頭上をとっている!


 楓弥がハッと気づいて、顔を上げた時にはもう遅い。私はミュリエルの背から飛び降りていた。

 楓弥に向けて、祈りを捧げる。



「《ペタルーダ様の祝福を》!」


 祝福の光が、宵闇を切り裂く。

 それは彼の体に降り注いだ。


 私の祈りは、確かに楓弥に届いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミカライズ1巻が発売されました!

html>
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ