2 ヒョウガの正体
幻獣ハンターのヒョウガが、私たちの前に現れた。
噂で聞いていた通り、得体の知れない男だ。狐のお面で顔を隠しているし、クラトスみたいに空を飛んでる!
静謐な森の上、夜空を背景にして、クラトスとヒョウガが向き合っていた。互いの力量を図るように、どちらも相手を睨みつけている。
どん、どん、と遠くの空から花火の音が響いている。
その合間に風が吹いて、木の葉を揺らしていった。
それが合図になった。
2人は同時に動く。
ヒョウガが掌から打ち出したのは、炎だった。夜空を滑るように噴き出して、クラトスへと襲いかかった。
対するクラトスは、腕を1振り。生み出された雷が火を打ち砕いた。
真っ黒なキャンバスに描かれる、雷光と炎。
無数の火花が辺りに飛び散った。
その間も2人は、じっとしていない。空を飛び回り、互いの隙を窺いながら位置を変える。接近しては遠ざかり、激しい駆け引きを続けていた。
わわ、とても幻想的な光景……!
両者の力は拮抗している。
でも、クラトスの武器は、魔法を同時にいくつも詠唱できることだ! これは他の魔導士には絶対にまねできない。だって、そのやり方はクラトスしか知らないし、その知識を一般公開してないんだから。
ヒョウガが火の玉を打ち込む。クラトスはそれを防御壁で防ぎながら、同時に雷光を飛ばした。
うまい! ヒョウガが飛ぶ軌道を予め読んで、そこを正確に打ち抜いたのだ。
……だけど。
その雷を受けても、ヒョウガは平然としている。
え、当たったのに効いてない!?
「あたしの時とおんなじだわ!」
ミュリエルが声を上げる。
「クラトス! そいつにはなぜか、攻撃が通じないの!」
こちらの声は届いているみたいだけど、クラトスはヒョウガから目を離すことができないみたいだ。それほど厄介な相手なのだろう。少しでも油断を見せたら、クラトスでも危ないということだ。
緊迫感のある雰囲気が、彼の表情からも伝わってくる。
たぶん、今のクラトスには、ヒョウガの謎を解明している余裕がない。空を飛びながら、攻防を続けるだけでせいいっぱいだ。
よし、それなら!
私たちで、ヒョウガの弱点を見つけないと!
「ミュリエル……! あのヒトは、人間なんだよね? 匂いとかでわからないの?」
「人間……だと思う」
ミュリエルの答えは、歯切れが悪かった。
「人間の匂いはしてるわ。でも、ちょっと変なの! それが何かは、わからないけど……」
「ミュリエルの炎、ディルベルの闇、クラトスの雷……全部、通じてないってことだよね?」
「そうなるわね」
「攻撃の種類の問題じゃない……? 無敵ってこと?」
話している間も、またもやクラトスの雷光がヒョウガを貫いた。
ばちっ……! 宵闇に、閃光が美しく弾ける。だが、ヒョウガは悠然と空を飛び続けている。
……ん? 今の、何か変じゃなかった……!?
たぶん、クラトスの方からは見えてない!
でも、下から戦いを見守っていた私には、ばっちりと見えていた。
クラトスの攻撃は、ヒョウガの体をすり抜けていた。彼の背後を一直線に、雷光が鮮やかに照らし出したのだ。
そういえば……! いくら攻撃が通じないって言っても、ヒョウガの服まで影響を受けないのはおかしいよ! 普通は破れたり、焦げたりするはず。
あ、そうか、これってもしかして!
「クラトス! それって幻術なんじゃない!?」
クラトスがハッとして、私の方を見る。
「そうか……! これは幻! 実態がないんだ!」
道理で、攻撃が通じてないはずだ! クラトスが戦っているのは幻。そこには始めから、誰もいないんだから。
「りん! 幻術の解除、できる?」
「できる! やってやるよ!!」
燐太郎は自分を鼓舞するように叫んだ。そして、夜空に両手を向ける。
「兄ちゃんと、村のみんなの仇だ……!」
ぴかっ! 闇の中、白い光が弾けた。
次の瞬間、ヒョウガの姿がかき消える。空にとり残されたのは、狐のお面だけだ。それが落下してくる。
ミュリエルがキャッチした。
「このお面! 人間の匂いがしみついてるわ。だから、あたしからは、その場に人間がいるみたいに思えたのね」
「そのお面を媒介にして、魔法を撃っていたんだ。操っていた本体は、別の場所にいるはず」
クラトスがミュリエルのそばまで降下してくる。
その時だった。
風の流れが変わった。肌をじっとりと撫で上げるような、嫌な風だ。
私は息を呑んで、固まった。
いつの間にか、背後には誰かの気配がある。その人物は素早く手を伸ばして、私の口元を覆った。
「エリン……!?」
「まさか、私の幻術が見破られるとは」
涼やかな声が耳元から聞こえる。
クラトスたちが臨戦態勢をとって、こちらに向き直った。
「空間転移か……! やはり、君の正体は人間ではなく、幻獣だったんだね」
そこで私は気付いた。
燐太郎の様子がおかしい。顔を真っ青にして、私の後ろにいる人物を見ている。
「うそ……嘘だ……! 何で……っ」
狐耳としっぽが垂れ下がり、燐太郎は震えていた。
「こんなところで、何してんだよ……! 何で、何で……!」
りんくん……どうしたの? まさか、この人のことを知っているの?
私は口を塞がれながら、首をひねって、何とか顔を見ようとした。
視界をかすめたのは、長い狐の耳だった。
感情が窺えない、冷たい白銀色の瞳。切れ長な目に、まつげまで雪のような銀色。
人間じゃないと一目でわかった。
その顔は、幻想的で美しかった。まるで燐太郎をそのまま大人にしたかのような顔立ちをしている。
この人の顔……私、知ってるよ……。
だって、燐太郎の記憶で見たから。
「なあ……何してるんだよ!! 楓弥兄ちゃん……!!」
燐太郎が泣きそうな声で叫ぶ。
うそでしょ……?
厄介な幻獣ハンター・ヒョウガの正体……。
それは、燐太郎が捜していたお兄さん。
楓弥さんだったの?
ヒョウガの正体、気付いていた人いるでしょうか……!?
第二部もちゃんとハッピーエンドです!