7 これってお祭りデート?
お祭り会場に浴衣姿で来てるよ。
気が付いたら、ミュリエルと燐太郎とはぐれてしまっていた。
私はクラトスと2人きり……。
その上、さっきからずっと肩を抱かれて、歩いている……!
私は恥ずかしくて仕方ないのに。
クラトスはいつも通り、クールな顔をしているので、何を考えているのかよくわからない。
えっと……この状況も、きっとあれだよね。
私の肩を抱いておけば、他の女性に声をかけられなくて済むから、とか……。そういう利便性重視の結果なんだよね?
私は、落ち着け~と自分に言い聞かせた。
気をとり直して、辺りを見渡してみる。
「えーっと……あ、美味しそうなものがいっぱいあるね! クラトスも何か食べる?」
「君と同じものを」
「クラトスって、好きな食べ物とかないの?」
「特には。……ああ、でも、君が作るサンドイッチ。あれはいい」
「え、そうなの? へへ……気に入ってくれていたなんて、嬉しいな」
「作業しながらでも食べられる」
「そういう理由で!? え、味は?」
「………………味?」
クラトスは「そもそもそれって何だっけ」と言わんばかりに、怪訝な顔で考えこむ。
え……この人。
まさか、味って概念がないの……?
「栄養がとれていれば……? ああ、でも、君が作るものか、食べているものは、美味しそうに見える」
「え……!?」
判断基準が私になってるの!?
味がわからないってこと……?
いや、たぶん、興味がないから、どうでもいいってことなのかも。
そういえば前にディルベルが、「こいつの主食はシリアルで、食に興味がない」って言ってたもんね。
あれだ。
クラトスって、自分の好きなもの以外のことは、とことん無関心を貫く性格なんだ。
クラトスの好きなもの……魔法と、幻獣と。
それと………………私……?
って、わああああ、何考えてんだろう、私!
自分でそんなことを思うなんて、恥ずかしすぎる!
私は赤くなって、俯いた。
うう……まさか……まさかだけど。
私の肩を抱いているのも、効率重視の結果とかじゃなかったりして……?
ということは、これって、もしかして。
デートってことになるの?
え、どうしよう。ドキドキしちゃうよ……。
こんなの初めてだし。
その……好きな人とするデートとか……。
今日のクラトス、いつもと装いもちがうし。
こういうのも、とっても似合うよね。私はクラトスの顔を盗み見た。
お祭り会場のきらびやかな、提灯の明かりを浴びて。細い金髪とか、綺麗な色の碧眼がきらきらとして見える。
う……顔が良すぎる……!
実は……実を言いますと。
初めて出会った時から思っていたんだけど。
クラトスの見た目って、私のタイプだったりして……。
初めのうちは恥ずかしくて、楽しむ余裕もなかったけれど。
お祭りって、何でこんなにワクワクとした空気が満ちているんだろう!
遠くから聞こえてくる、どん、どんという音は、太鼓の音だったみたい。提灯の明かりはぼんやりゆらゆらしていて、幻想的だ。
浴衣姿の人たちは、みんな楽しそう。そんな中を歩いていると、私もだんだんとウキウキしてきたよ。
「クラトス、見て、ボールすくいだって。私、やってみようかな」
「うん」
水槽の周りに、子供も大人も集まっている。鮮やかな色のボールが、水面に揺られていた。
なるほど。このちっちゃな網みたいなものを使って、ボールをとるんだ。網というか……ペラペラの紙だ。水でふやけて、すぐに破れちゃいそう。あ、隣にいた女の子の紙が破けて、泣いている。
むむ……簡単そうに見えるけど、案外、難しいのかも?
私は真剣な表情で網を手にとる。えいや、とボールをめがけて、水にいれた。
1つめ、成功だ!
「やった、とれた!」
えへへと、自慢げに横を向いて。
――ドキッとした。
クラトス、近い……!
私の横でしゃがみこんで、自分の膝を抱えこんでいる。腕に頬をくっつけて、じーっと私のことを見ていた。やんわりとほほ笑んでいる。
え……ちょっと、見すぎなんですけど……。
私の顔じゃなくて、手元とか、ボールの方を見てくれないかな?
恥ずかしくなって、慌てて視線を逸らした。
よし、もう一度、チャレンジだ!
「わ、どんどんとれるよ! へへ、私ってこういうの、得意だったのかな?」
その後も、次々とボールはすくえるから、すぐに器はいっぱいになった。
「わーん、また破けた~!」
あ、他の子供が泣いている。ふやけて、ボロボロになった紙が目に入った。
……いや、おかしくない……?
私の紙だけやたらと丈夫というか、ふやけている様子もないんだけど。
隣を見る。
目が合うと、クラトスが楽しそうに、ふふっと笑った。
「……クラトス。何かしてるでしょ」
「うん」
「うん、じゃないよ! そういうのダメだよ!?」
「ルールに書いてない。魔法は禁止って」
「それでもダメ~!」
もう~、ずるはダメだよ。
申し訳ないので、とれたボールは大半を返却した。
初めにとれた数個分だけを、私は袋につめてもらった。
水にちゃぷちゃぷと浮いているボール。
色が透き通っていて、キラキラしている。
「綺麗だね。マーゴのお土産にしよう!」
ボールだから、じゃれて遊んでくれそう。
私の言葉に、クラトスがほほ笑んだ。
「ああ……確かに。マーゴが喜びそうだ」
マーゴがじゃれている様子でも想像したのかな? 眼差しが柔らかくなった。
「他の人にもお土産を買っていかないとね。ディルベルは何がいいのかな?」
「さあ」
「あ、そうだ、レオルド様にも買って行かないと」
「それはいらない」
「いるよ!? レオルド様には、いつもお世話になってるし……」
「エリン」
今度は肩じゃなくて、手をつかまれる。
ぎゅっと握られて、ドキッとした。
「今は他の男の話を、しないで」
「は……はい」
え……えええ?
どうしよう、顔が赤くなっちゃうよ……。
これって、その……やっぱりデートだって……クラトスも思ってくれているのかなあ?
私は正直、すごく嬉しいし、ドキドキしてるけど……!
でも、ちょっと心配だよね。
だって、クラトスってこういう場所、好きじゃなさそうだし。今日だって本当は、視察とかそういう目的で来てると思うのに……。
私に付き合わせて、申し訳ない気持ちになってきた。
「あのね……クラトスってこういう人がいっぱいいるところ、あんまり好きじゃないでしょ? だから、本当は無理してないかなあ、とか……ちゃんと楽しんでくれているかな、とか……思っちゃって……」
クラトスがこちらを向く。そして、ふわりとほほ笑んだ。
「君がいるから、とても楽しいよ」
「…………っ」
あ、周りにいた人たちが一斉に、クラトスを見つめている。近くにいたお姉さんがかき氷を派手に落としていた。
宵闇の中、お祭り会場のキラキラとした光を浴びて。
クラトス自身が一番、綺麗に見えた。
そんな破壊力抜群な笑みを間近に向けられて……私はどうしたら?
すると、クラトスが楽しそうに笑い出す。
「……エリンはさ。照れると、静かになるよね」
「そ……! そりゃ……だって……! クラトスが恥ずかしいことを言うからだよ?」
「君に静かにしてほしい時は、こうすればいいのか」
「やめて!? 『静かにしろ』って言われたら、黙るから!」
「でも、そういう時はないかも」
「え……?」
「僕、君のお喋りがすき」
「う、うるさいなーって思わない……? その、何か作業している時とかさ……」
「ない。何かしている時でも、君の声が聞こえると、そっちの方が気になってしまう」
「…………っ!」
「また黙った。エリン、照れた?」
「もう~……こういうの、心臓によくないから……」
愛しそうに目を細めながら、クラトスが私を見ている。
「エリンは可愛いね」
その表情と言葉に、今度こそ私は真っ赤になった。
――知らなかった。
デートってとっても楽しいけど、心臓がバクバクしすぎて大変だ。