6 浴衣装備でばっちり
レピニア諸島の『山祭り』に、やって来たよ。
「へへ、どうかな?」
慣れない格好に、私は戸惑っていた。
これはね、レピニアの伝統衣装で浴衣って言うんだって。レンタル屋さんでお借りして、着付けてもらった。
私が選んだのは、薄桃色の浴衣だ。淡い色の布地に、赤い花柄が入っている。帯は紅紫色。着付けてくれたお姉さんが、この格好にはアップの髪型が似合うと言ってくれたので、髪もまとめてもらった。
ボブカットを低い位置でお団子にして、かんざしという髪留めを差す。
気慣れない服に、少し歩きづらい下駄という靴。素足だから、すーすーして落ち着かないよ。
私の格好を見ると、ミュリエルは目を輝かせた。
「エリン~! 可愛い! とっても可愛い!」
そう言って、ぴょんぴょんと跳ねる。
「ミュリエルも! 可愛い~! すっごく似合ってるね!」
彼女の姿に、私も頬を緩める。
もう本当に! 地味な私とちがって、ミュリエルは元より輝く美少女だからね! どんな格好しても似合うんだ。
白い浴衣に、赤い金魚の模様が入っている。帯は紺色だ。ミュリエルの赤髪は後ろでアップにまとめてあって、花の飾りがついている。
そして、額に斜めがけにした、マーゴの猫お面!
浴衣姿だと、すっごく馴染んでる~! 私もお面をつけたい。
私たちはお互いにたくさん褒め合って、お店の外へと出た。
すると、辺りがざわついていることに気付いた。
「え……かっこいい……」
「1人なのかな? 声、かけてみる……?」
「おばちゃん……推すわ……全力で推すわ……」
「貢ぎたい……」
道行く人が誰しも、同じ方向に視線を送っている。
その先にいるのは……クラトス!?
わー、クラトスも浴衣を着てるよ!!
濃紺色の衣に、細やかな白の線で模様が入っている。帯は白色。袖に両手をいれて、ぼんやりとしている。
いつもと雰囲気がちがって……。
落ち着いていて、別世界にいる人みたい。もともと繊細な顔立ちをしているから、ただ立っているだけでも物憂げで、絵になる。
実際、彼は周囲の視線を釘づけにしていた。
「何か、すっごく注目を集めてるけど……」
ミュリエルが呆れたように言ってから、こちらを見る。
「おーい、エリン?」
……ハッ!
いけないいけない、ぼんやりしちゃった。
「見とれちゃってた?」
もう~! ちがいます!!
私たちの声に気付いたらしく、クラトスがこっちを見る。そして、近付いてきた。
わ、わ、近くで見ると……本当によく似合っていて。照れちゃうよ……。
「エリン」
その上、クラトスがこちらをじっと見ているといいますか……。
私と目が合うと、ふわりとほほ笑んだ。
「可愛い。すごく可愛いね」
わー! もー、最近のクラトスは~!
どうして、そういうことをさらりと言うのかなあ!?
顔が、熱いよ……。
「ねえ、あたしは?」
「………………?」
クラトスは、よくわからないという風に目を細める。
「……白色だね」
「色しか言ってないわよ!?」
そこで私は気付いた。燐太郎がいない。
「あれ、りんくんは?」
「さあ。時間がかかってるみたいだけど」
すると、お店から店員のお姉さんが2人、現れた。誰かを引きずって、こちらへとやって来る。
「いたわ! お連れの方々! ほらほら、どうかしら!?」
「私たちの会心作よ!!」
自慢げに言って、その人物を前へと押し出す。
え……燐太郎!?
私たちは唖然とした。
だって……ねえ?
燐太郎も浴衣を着せられてるんだけど。
それってどう見ても、女の子が着るやつじゃない……?
淡い水色の衣に、花柄が入っている。帯は青色だ。
髪はいつものポニーテール。でも、赤い細紐で結ばれているので、より可憐な雰囲気が出ている。
いや、めちゃくちゃ似合ってるけど! どっからどう見ても、可愛い女の子にしか見えないけど!?
燐太郎は私たちを見ると、目を尖らせた。
「おい! クラトス、普通に男物着てんじゃねえか!? 何が『今はこれしかないから』だよ!!?」
「えーだってー」
「あなたにはこっちの方が似合うかと思ってー」
「似合ってたまるか~~~!」
燐太郎はよほど恥ずかしいのか、頬を真っ赤に染めている。
うわ……それもますます、可愛い要素が増えるだけだよ!?
私は大きく頷いて、店員さんたちにグッジョブの指を立てた。
「お姉さんたち、これは間違いなく会心作です!」
「「でっしょ~~~!?」」
ミュリエルはにやにやとしながら言う。
「うんうん、いいんじゃない~? 可愛いわよお、燐太郎」
「……ふっっざけんな……」
燐太郎は目元を暗くして、肩をふるふると震わせた。
最後にお姉さんたちは、同意を求めるようにクラトスを見つめた。
クラトスは困ったように目を逸らす。
「え……、うん。水色だね」
クラトス……色当てクイズしかできないの?
とにかく、これでみんなの戦闘服(浴衣)の準備はばっちりだね!
さあ、いざゆかん! 楽しいこと、美味しそうなもの、いっぱいのお祭り会場へ!
「ふわっとして! しゅわっとした! 口に入れたら消えちゃったわ」
「ふわっふわだねえ……あまーい」
私とミュリエルは、1つのわたあめを一緒に食べながら、にこにこ。
燐太郎は、みたらし団子をもぐもぐとしている。あ、ほっぺにたれがついてて可愛いけど……言ったら、また怒られるかなあ?
お祭り会場は、もうほんとに天国だった!
気になるものがいっぱいで、目移りしちゃうよ! 私たちがあっちに行ったり、こっちにふらふらしたりするから、クラトスはすっかり置いていかれている。
すると、
「あの……! お兄さん、1人ですか?」
「よかったら、私たちと回りませんか?」
ああ、また別の女性から声をかけられている~!
ミュリエルと燐太郎が、呆れた顔で振り返った。
「あれ、何回目よ……?」
「ちょっと行くだけで、声かけられてっぞ……?」
「あはは……クラトスがすっごく嫌そうな顔してる……」
ただでさえ人嫌いで、うるさい場所が嫌いなのに。ちょっと歩くだけで、声をかけられているから、クラトスは心底うんざりとした様子だった。
本当はこういう場所、来たくないんだろうなあ……。会場を見て回るより、幻獣保護のために、周辺を捜索したいって思っているのかも。
すると、クラトスがため息をついて、私たちの方へとやって来た。
って……えええ?
なぜか私に身を寄せてくる? その手は何……!?
唖然としている間に、肩を抱かれてしまった。
「エリン。僕のそばにいて」
「へ……!?」
突然のことだから、心臓がびくってなった。
な、な……どういうこと!?
私が固まっていると、クラトスが歩き出すので、連れて行かれるように私は足を踏み出す。
後ろから声が聞こえる。クラトスに声をかけていた女性たちだ。
「はああ……彼女連れか……残念」
「だーから、あんな素敵な人が1人で来てるわけないって!」
あ、そういうこと?
こうすれば、声をかけられなくて便利という? クラトスは効率重視な人だもんね……!
いや、でも……でもさー……。
クラトスは単なる人よけのつもりで、私を使っているのかもしれないけど。
好きな人に、肩を抱かれて歩いているという、この状況は……! 私はもう、心臓がバクバクして落ち着かないよ。
私はそわそわとしながら、クラトスを見上げた。
わ、近い……! 距離が近いよ!
ドキドキして、すぐに視線を逸らす。
緊張のあまり……ミュリエルと燐太郎が、後ろからついて来てないってことにも、しばらく気付かなかった。
◇
「おい、はぐれちゃうぞ」
「いいのよ。こういう時は、気を利かせてあげるものなの」
「何が?」
「いいから! さ、あたしたちは甘いものでも食べましょ。ちょっと、燐太郎! あの赤いの、なあに?」
「りんご飴だ」
「食べる~! おじさん、3つちょうだい!」