5 いざ、お祭りに
レオルド様が持ってきてくれた情報のおかげで、やることが決まったよ。
レピニア諸島で開催される、3日間のお祭り。その3日目に幻獣売買が行われる。その取引現場に乗りこんで、幻獣たちを助けるんだ。
燐太郎のお兄さんを見つけられるといいんだけど……。
ううん、仮にそこでお兄さんと出会えなかったとしても、ヒョウガにつながる情報は得られるはず!
そう信じて、頑張らなきゃね。
レオルド様は、学校の授業やら公務やらで忙しいと王都に帰って行った。本当に多忙なんだなあ。そんな中で、ハンターまで検挙してきたの、すごすぎない……?
私たちはレオルド様がいなくなった後も、食堂で作戦会議をしていた。クラトスが燐太郎に尋ねる。
「りん、『山祭り』というのは?」
「七神の1柱、山神リコス様に感謝をささげる祭りだ」
「へえ? 珍しいじゃねえか。太陽神以外の信仰が残ってんのか?」
この世界を創造したのは、七柱の神様だ。
でも、今の時代、人間に加護を与えてくれるのは太陽神ペタルーダ様のみとなっている。そのため、他の六神の信仰は薄れつつあるのだ。
クラトスが静かな口調で説明してくれる。
「レピニアは本土から離れてるから、独自の文化を持っている。そのため、リコスへの信仰心も昔から変わらず、残ったままなんだろう」
「なるほどな。で、その祭りってどんな感じなんだ?」
「そりゃもう、すげーぞ! オレも昔、兄ちゃんに連れてってもらったことがあるんだけどさっ」
燐太郎は途端に目を輝かせる。
ふふ、お兄さんに関わる思い出だから嬉しそうだ。本当にお兄ちゃんっ子なんだね。
「色とりどりの提灯、いろんな屋台! 美味いもんも、楽しいことも、いっぱいだ! 特にオレは、最後に打ち上げられる花火が好きだ」
「花火?」
私たちはそろって首を傾げた。
「空に打ち上げる、火花のことだよ! 花みたいな形に開いて、幻想的で綺麗なんだ。あれ、また見たいなあ……」
燐太郎は思い出に浸るように、うっとりとする。
わ、聞いてるだけでワクワクしちゃう。私も見てみたいな。
すると、ミュリエルが目をきらっきらに輝かせた。
「行きたい! 行きたい! あたしも、レオルドが言ってた『なんちゃらだんも』食べたい!」
「みたらし団子だよ。他にもこっちじゃ見かけない料理が、わんさか売られてるぞ。わたあめ、りんご飴、かき氷……」
ええ、何それ?
燐太郎が並べ立てる料理が、1つもわからないよ!
ミュリエルは翼をぱたぱたとしながら、椅子の上で飛び跳ねた。
「行きたい~!」
「私も行きたいなあ。あ、でも……」
遊びじゃないもんね。これは大切なお仕事!
幻獣たちを助けに行くんだから。
私がそう思いながら見上げると、クラトスが考えこむようにしていた。
「どちらにせよ、会場の下見は必要だ。幻獣の売買が行われそうな場所と、ハンターたちの逃走経路を予想しておきたい」
「え、それじゃあ?」
「取引が行われるのは、3日目らしいからね。1日目に行ってみようか」
私たちは、わっ、と盛り上がった。
「「やったー!」」
ミュリエルと手を打ち合わせる。燐太郎も「よし!」と拳を握っている。
お仕事はお仕事して、頑張るとして……。
レピニアのお祭り! すっごく楽しみだなあ!
そして、『山祭り』の当日となった。
私たちは展望台の頂上に集合していた。
今回、祭りに行くのは4人。私、クラトス、ミュリエル、燐太郎。
レオルド様は残念ながら、予定がつかなかった。
ディルベルも誘ったんだけど、断られてしまった。
「祭りで売られるのって、甘いもんばっかだろ? 人ごみも面倒くせえし。俺はパス」
気だるげにそう言ってたけど。
ふふ、私は知ってるんだ。彼は施設を守るために、残ってくれるつもりなんだ。ディルベルはこう見えて(怖い顔)、責任感の強い竜だからね。前回、幻獣ハンターに与してしまったことを後悔している。
だから、あれからは施設が無人になることがないように、気を遣ってくれているのだ。
私がにこにことしていると、「何だよ、そのほほ笑ましそうな顔は!」とディルベルに小突かれてしまった。ふふふ……全然痛くない。というか、顔が赤くなってるし。
「大丈夫よ、ディルベル! あたしがすべての料理を吟味した上で、一番美味しかった物をお土産に持って帰ってあげるわ」
「お前が気に入ったやつとか、クソ甘えやつだろ。いらねえわ」
「はああ!? せっかく気を遣ってあげたのに! もう知らない!」
ああ、何かまたケンカしているし……。
「マーゴはお土産が欲しいのにゃん~」
「そうね、マーゴちゃん。ディルベルがハンカチを噛んで悔しがるくらい、美味しいお肉を見つけてくるわ!」
「てめえ……コノヤロ」
うん、やっぱりこの2人は、実は仲良しな気がしてきたよ。「いつものこと」って感じで、クラトスからはスルーされてるし。
ミュリエルは猫ちゃんのお面をつけて、人間の姿になった。
あ、そういえば燐太郎はどうしよう。彼も狐の耳としっぽが出ている。幻獣ハンターと遭遇する可能性を考えると、【マギアレープス】とわかる姿は危険だよね?
すると、燐太郎が言った。
「オレは自分で幻術かけるよ」
彼が念じるように目を閉じると、姿が変わった! 耳としっぽがなくなって、人間の男の子になる。
「【マギアレープス】は幻術が得意なんだ」
クラトスの説明で、納得!
私たち4人はゲートの前に立った。
ミュリエルが手をゲートに当てて、元気に宣言する。
「行き先、レピニア諸島の『山祭り』会場!」
そうして、レピニア諸島への扉は開かれた。
扉を通った先は、林の中だった。辺りは夕暮れ時。
気だるげな陽光が、木々の間をすり抜けて差しこんでいる。
誰もいなくて、静かだな……と思ったら、あれ? 何だか不思議な音が聞こえてくる。
どん、どん、って。
「会場から、ちょっと離れた場所にしてみたんだけど」
ミュリエルが言う。すると、燐太郎がそわそわとした様子で歩き出した。
「あっちだ!」
彼に続いて歩くと、不思議な音は近付いてくる。
そんなに歩かないうちに、木が途切れた。
「わぁ……!」
何これ、すごい! エザフォス王国の本土では見たことがない、光景が広がっている!
私たちがいたのは、山の裾にかかる林の中だったみたい。
離れたところには、道がある。
その両側に、きらびやかな屋台、屋台、屋台……!
魔導灯が様々な色に光っている。屋台ではお面が売られていたり、鉄板で何かを焼いていたり。見たことがない食べ物もいっぱいあるよ!
子供たちがたくさん集まっている屋台では、何をしているんだろう? 大きな水槽で金魚がたくさん泳いでいる。
道の上には、たくさんの提灯が吊り下げられていた。これまた、綺麗な色に灯っている。薄闇の中にぼんやりと輝いて、道の先までずっと続いていて……幻想的だ。
道は山へと続いていた。山には階段があって、そこもずらりと提灯が飾り付けられている。
「すごい!」
「すごいすごい!」
私とミュリエルは興奮して、声を上げた。
「りんくん、あの屋台なに!?」
「金魚すくい」
「燐太郎、あの食べ物は!?」
「あれは、わたあ……」
「りんくん、りんくん、みんなが素敵な服着てるよ!?」
「だー! 落ち着けよ!!」
私たちに矢継ぎ早に話しかけられて、燐太郎は叫んだ。
「はしゃぎすぎだぞ、どっちが子供だ!?」
「へへ、だって、気になるものがいっぱいあって……それで、あの服は何?」
「あれは、浴衣だ。レピニアの伝統衣装だぞ」
「可愛い!」
「可愛いね!」
浴衣かあ。薄い布でできていて、鮮やかな色をしていて、すごく素敵!
私とミュリエルは目を輝かせた。
「ん……あっちで、レンタルできたはず」
「行こう!」
「行くわよ!」
こんな素敵なものばかり目にしたら、じっとしてはいられないよ!
私とミュリエルはウキウキで足を踏み出す。
……ん? そういえば、もう1人がやけに静かだな。
振り返ると、クラトスが嫌そうな顔で額を押さえていた。
「……人が……多すぎる……」
ああ……! 万年引きこも……こほん、室内派の人にとっては、この人ごみはつらいよね。
でも、ごめんね。クラトス……。
今はワクワクしちゃってて、気遣う余裕がないよ。
だって、あれもこれも見たいし、食べたいし、行ってみたい!
まずはあの浴衣ってやつを、着てみたいな!