5 妖狐の少年
お魚泥棒の犯人を捕まえたら、狐耳が生えた男の子だった。
でも、すごく興奮していて、攻撃的だ。今はクラトスの手に吊り下げられているけど、隙あれば、噛みつこうとしている。
「クラトス……火傷、大丈夫? さっき燃やされてたよね」
「平気。あれ、幻術だから」
「あ、そうなんだ……噛まれた痕は、後で治すからね」
そんな会話をしながら、ミュリエルのゲートを通って、私たちは展望台へと戻ってきた。
狐少年は全身が擦り傷だらけなので、心配だ。
「離せ! はーなーせ! お前も、ハンターなんだろ!?」
「えっと……その子、治していい?」
「待って。近寄ると、君が怪我をするかもしれない」
「私、少しくらいなら噛まれても平気だよ?」
「……僕は平気じゃない。この子の興奮が落ち着くまで待って」
冷静に言いながら、クラトスは展望台の窓から外に出て行ってしまう。
ミュリエルがうんうんと頷きながら、
「その方がいいかもね。だって、クラトスは、エリンが怪我をしそうになったら、絶対に庇いそうだもん」
「うう……」
さっきもすかさず、自分の腕を差し出してたし。
私もクラトスが傷つくのは、嫌だなあ……。
クラトスのああいうところ、本当はすごく心配なんだよね。クラトスは普段はクールに見えるけど、幻獣や私が怪我しそうになると、必ず自分の身を犠牲にして助けようとする。
自己犠牲と言えば聞こえはいいけど……もう少しだけ、自分の体のことも大事にしてほしいんだけどな……。
私はミュリエルと一緒に展望台から降りた。
下では狐くんが元気に反発していて、みんなが集まって来ていた。
「これがハンターどもの根城か!? こ、怖くなんてないぞ! お前ら、他の仲間たちをどこにやった!?」
「……他の仲間?」
ちょっと聞き捨てならないセリフだ。
しかし、聞き返そうとしても、少年がぎゃーぎゃーと喚いているので、質問もままならない。
すると、ディルベルが大きな口であくびをしながら、やって来た。面倒くさそうに頭をかいている。
「おいおい……何事だよ」
「りゅ、竜……!?」
びゃ、と驚いたように、少年は首をすくませている。
「お前、竜のくせに、ハンターに捕らわれてるのか!? くそ雑魚かよ、おっさん!」
「…………あ゛??」
ああ、その発言、ディルベルには地雷です……!
「わー、ディルベル! 落ち着いて! ね?」
「大丈夫だ、エリン……。俺はわかってる。ただちょっと、そこのクソ狐を毛皮に変えてくるだけだ」
「めちゃくちゃ怒ってるよね!?」
「くふふ……ディルベル、くそ雑魚だって」
ミュリエルが笑いながら煽るから、ディルベルが額に青筋を立てている……!
「てめえら……覚悟はできてんだろうな?」
「ディルベル……! これにはちょっと事情があって! だから、そのおっかない闇はしまってくれるかな!?」
私が慌てて制止すると、ディルベルは盛大に舌打ちをしながらそっぽを向いた。
ふう、今にも戦争が起こるところだった……!
ミュリエルが気付いたように、狐くんの方を向く。
「別に、人間に捕まってるわけじゃないわよ。ちなみに……あたしも竜だしね」
猫のお面をとると角が現れて、竜であることが一目でわかるようになる。
狐君はまたもや、びゃっっ、と驚いた。あ、ふわふわなしっぽが「ぶわわ」ってなってる。
「お前も竜……!? そろいもそろって、人間に捕まるとか、どんなアホだ!?」
「…………うん?」
ミュリエルはにっこりと笑う。でも、その額に、びきっ……と青筋が浮かんだ。
「わー、ミュリエルも! 落ち着いて! 相手は子供だから、ねっ?」
「大丈夫よ、エリン……。あたし、わかってる。ただ、そこのクソ狐をウェルダンにして、夕飯のメニューにくわえるだけだから」
「何もわかってないよ!?」
「ふはは……アホ竜だってよ」
仕返しとばかりにディルベルが笑い飛ばすので、ミュリエルは肩をいからせる。
だから、今はケンカしてる場合じゃないから、やめてくれるかな!?
狐くんは怯えているんだ。
そりゃそうだよね。こんな知らないところに連れてこられて、知らない人に囲まれたら……それも私とクラトスは人間だし。
めちゃくちゃ怖いに決まっている。
だから、私は彼を安心させてあげようと、できるだけ優しく笑いかけた。
「急にこんなとこに連れてこられたら、びっくりしちゃうよね。はじめまして。私はエリン。ここはハンターの根城とかじゃなくて、幻獣たちを保護している施設だよ。よかったら、君の名前を教えてくれる?」
「は!? 誰が、てめーになんか教えるか、このブス!!」
「…………は?」
低い声が聞こえる。クラトスが暗い目をしていた。
いや、何で私じゃなくて、クラトスが怒ってるの!?
ディルベルとミュリエルの2人が手を上げて、「やめろやめろ」「どうどうどう……」して、何とかその怒りを鎮めた。
うーん……どうしたらいいんだろう?
小さな幻獣のマーゴやシルク、スゥちゃんだったら、平気だったりしないかな? そう思ったけど、誰が近付いても狐くんは大興奮して、「フシャーッ!」ってするだけだった。
クラトスが困り切った顔で、額に手を当てる。
「……ディル。お使い頼んでもいい?」
「はっ……高くつくぜ?」
クラトスがディルベルに何かを頼むと、彼はすかさず空間転移でいなくなった。
狐くんの声がうるさくて、何を言ったのか聞こえなかったよ。
どうするつもりなのかな?
ディルベルが戻って来るのは、早かった。
って、え? 1人じゃない……!?
ディルベルの周囲でふよふよとしているのは、≪フルーツどり≫ちゃんたち!
私が追放された直後に、森で出会った幻獣たちだ。
確か……正式名は《カルポロス》だっけ?
その中の1匹がふよふよと私に近寄って来る。
あ、ライムの形をした子!
「……きゅ」
「わー、久しぶり! 元気にしてた?」
「きゅっ」
私は嬉しくなって、手を差し出した。ライムどりちゃんは、私の手に乗って、すりすりと体をすりつけてくる。
うう……可愛い。
すると、クラトスがこんなことを言う。
「みんな、耳をふさいでいて」
何で? とは思うけど、クラトスのことは信用してるから、こういう時は素直に従うよ!
ライムどりちゃんを含む、《カルポロス》たちが一斉に辺りに飛ぶ。色とりどりのフルーツが浮かび上がるのは、幻想的で可愛い。
そして、《カルポロス》は口を開いて、声を発する。
何だろう……すごく素敵なメロディがかすかに聞こえる。
これは歌?
変化はすぐに訪れた。
狐くんが途端に大人しくなって、がくりとする。クラトスがその体を浮かべながら、優しく芝生へと横たえてあげている。
狐くんの顔はとても穏やかで、目を閉じている。
え? 寝たの……?
《カルポロス》が口を閉じたのを見てから、私は耳から手を離した。
「……今の何?」
「眠らせただけだ。《カルポロス》の歌には、催眠効果があるから」
「そうだったんだ! すごいね、みんな! ありがとう」
私がそう言うと、ライムどりちゃんが戻って来た。
「きゅ……」
私の手に甘えるようにしている。
ふふ……久しぶりの再会を喜んでくれているのかな?
「へへ……私も久しぶりに会えて、嬉しいよ」
抱きしめると、やっぱりほんのりとライムの香りがした。
「……ところで、クラトス」
「うん……」
「みんな、寝てます……」
「幻獣は、人間より耳がいいからね……」
「うにゃーん、マーゴはお肉いっぱいのプールで、潜水がしてみたいのにゃああん……」
「うーん……誰がくそ雑魚だ…………俺は、雑魚じゃねえ……」
「むぅ……ふっわふわのパンケーキ……食べたぁい……」
「ぴすぴす……(スゥちゃん)」
「ふああふうぅ……(シルク)」
寝言を言いながら、私とクラトス以外のみんなは、見事に芝生に突っ伏していた。
ま、まあ……ともかく。
やっと大人しくなってくれたので、狐くんの怪我を治してあげないとね。
彼の記憶は、どんなものが見えるんだろう?