4 事件の犯人、それは幻獣!?
漁師の人たちがお魚を盗まれて、困っているみたい。でも、一晩中、見張っていても犯人の姿を見ることはできないんだって。
不思議な事件だ。
私たちはいったん調査を休憩して、朝食をとることにした。
店員さんが料理を持って、やって来る。
「お待たせしました~。バターミルクのふわふわパンケーキです」
「「わあ……!」」
私とミュリエルは目を輝かせた。
甘くて、いい香り~! すごい、ふわっふわのパンケーキだ! お皿を動かすと、ふるふると震える。上からは、とろりとしたメープルシロップがたっぷり。
生クリームやフルーツで華やかに飾り立てられている。
もう見ているだけで、目が幸福になるよ!
フォークを刺すと、す……と溶けるように切れる。柔らかい! これならナイフもいらないね。
「あまーい! おいっしい~!」
ミュリエルが目をきらっきらとさせながら感動している。私も一口食べて、頬がとろけそうになった。
「ん~、甘いー、美味しいね」
クラトスの方を見ると、行儀よくナイフで切り分けてから、食べている。
しかし、小さな欠片を口に含んだ、その瞬間。
クラトスの目から感情がなくなった。
「……これはパンケーキじゃない」
「え!? どこからどう見ても、パンケーキだよ?」
「エリンが作ってくれるものとちがう」
「そりゃそうに決まってるよ! 私、こんなに美味しく作れないもん!」
プロの料理人が作ったものと、比べないでもらえるかな!? 恥ずかしいから!
クラトスは冷徹な表情のまま言った。
「ミュリエル」
「ん? ふあに?」
「あげる」
「いいの!? ありがとう!!」
ミュリエルは目をキラキラさせながら、クラトスからパンケーキを受けとった。
「クラトス……ごはんはちゃんと食べてって言ったのに……」
「……わかってる。でも、それはいらない」
ああもう……頑なになっちゃって……。
この人、すさまじく面倒くさい人なの? いや、知ってたけど……。
クラトスはスゥちゃんの方へと手を伸ばす。スゥちゃんは大きなスイカの欠片と格闘していた。クラトスは「ふふ……それだと大きすぎて、入らないね」と言いながら、手で割って、優しくスゥちゃんに持たせてあげている。
……幻獣には優しいんだよなあ……。
あと、クラトスの笑顔はやっぱり、いつ見ても心臓に悪いです。
私たちはその後、美味しいパンケーキ(本当に美味しかったから! クラトスの味覚がおかしいだけだからね?)に舌つづみを打って、食後の紅茶を堪能した。
「ねえ、クラトス。シルクが伝えてくれる事件の情報って、全部、幻獣がらみだよね?」
「うん」
「ってことは、お魚を盗んでるのは幻獣なのかな?」
ミュリエルはフルーツティーの中から、真剣な顔でフルーツをスプーンですくっている。それをぱくりと食べて、一言。
「狐」
「「え?」」
スプーンを指揮棒のように振りながら、何でもないことのような顔で続けた。
「さっき、港のいたるところから狐の匂いがしてた。……あたしなら、匂いで追えるわよ?」
え? ミュリエル……?
即行で情報収集を終わらせてくれたばかりか、そんな便利な能力まで?
竜ってどこまで有能なんだろう……!
朝食後、私たちは海辺まで降りていた。ざざーんと聞こえる波の音が何とも心地いい。
ミュリエルに先導されて向かったのは、海に隣接してる崖だ。波で削られて、洞窟のようになっている。
中を覗きこむと、薄暗い。水が落ちる、ちょっと不気味な音が響いていた。
「僕が先に行く。ミュリエルは後ろを」
「了解!」
人目がなくなったからか、クラトスが宙へと浮き上がった。そして、中へと進んでいく。私は恐る恐る、その後ろに続いた。
クラトスが魔法で手に光を灯す。その光が、ぽうっと洞窟を照らしていた。
中に入ると、いきなり雰囲気が変わる。
さっきまでは健康的な海辺って感じだったのに……。奥にわだかまった闇はねっとりとしてるし、潮の匂いまで、じめっとして感じられるようになる。
何か……怖いな。
私がそう思って、身震いしたその時だった。
……引き返せ……。
奥から声がとどろいた。
威厳のある声で、洞窟の中でたくさん反響して、物々しく聞こえる。
「え!? 何……!?」
私は自分の体を抱きしめて、縮こまる。
うう……クラトスとミュリエルまで一緒にいるんだもん。何か起こっても大丈夫だとはわかっているけど。
心霊現象のようなものだけは……! できるだけ勘弁してほしいな……。
声は更に響いてくる。
……引き返せ……愚かな人間どもめ…………。
……これより先は神域……貴様らが安易に立ち入っていい場所ではない。
「ひ……!」
でも、どうやらびくついているのは私だけみたいだ。
クラトスは考えこむように顎に手を当てる。ミュリエルはきょとんとして首を傾げていた。
クラトスは忠告を意に介さず、空を飛んだまま奥へと進んだ。
すると、洞窟の奥で何かが、ぴかっと光る。
私たちの前に人影が出現した。
クラトスのように、空中に浮いてる……!?
長身でたくましい体つきをした、男の人だ。
『愚かな人間めが……。俺様の怒りを買ったな』
人間じゃない……のかな? だって、もうオーラからして、普通の人には見えないよ。
神々しい見た目だ。
上半身が裸で、筋肉だらけの胸を偉そうに逸らしている。白銀の髪は腰にかかるほどの長さ。風もないのに波打っていて、眩いほどの輝きを宿している。
野性的な目に敵意を充満させて、私たちを睨んでいた。
「わっ……! これって……!?」
クラトスが驚いたように言った。
「……山神リコスだ」
「え、神様!?」
ペタルーダ様と同じ……七神の1柱!?
どうしてこんなところに?
ミュリエルがハッとして、口を開く。
「ちがうわ! よくできてるけど……!」
「うん……幻術だね」
冷静にクラトスが頷いた。
「ミュリエル、解除できる?」
「無理! あたし、幻術は使えないもん」
人間の魔法では、使うことのできない力がある。それを七大原則と呼ぶらしい。
そのうちの1つが幻術だ。
クラトスはこの世界に魔法を作り出した第一人者で、世紀の大天才だけど。そんな彼でも幻術を操ることは不可能だ。
幻術を使えるのは、一部の幻獣だけ。そして、ミュリエルには幻術が扱えない。
クラトスは冴えた目付きで、リコスを見据える。
「それなら、位置の特定だけお願い」
「任せて! 対象は子供くらいの大きさ、その男の足元よ!」
その言葉に合わせて、クラトスは雷光のごときスピードで宙を飛んだ。
空中で何かをつかむ。
すると、びゃっ、と驚いたような声が上がった。
「やめろ人間! はなせっ!」
ぴかっ! 光が弾けて、辺りが白く染まった。
その光が収まると……中心部にはクラトスが浮かんでいる。彼は1人の男の子の首根っこをつかんでいた。
「はーなーせー!」
じたばたと暴れているのは、12歳くらいの子だった。
人間でないのは一目でわかる。頭にはふわふわとした狐耳、腰からはふわっとしたしっぽが生えているのだ。
ミルキーブロンドの髪を高い位置で1つにまとめている。目の色は金色でお月さまみたい。生意気そうなつり目だ。
「この、薄汚い幻獣ハンターどもめ!!」
男の子が喚くと、口元には鋭い牙が見えた。クラトスの手に懸命に噛み付こうとしているが、クラトスは冷めた表情で彼の首根っこをつかんでいる。
まるで猫の子を持つように……。
私は首を傾げる。
「男の子?」
「狐よ」
「珍しい。【マギアレープス】だ」
「ちがう! 『妖狐』だ!!」
全員でバラバラなこと言ってない!?
どれが正しいの?
すると、クラトスが冷静に説明してくれる
「妖狐は、レピニア地方での呼び名。学名は【マギアレープス】だ。見た目は狐のような幻獣で、人化できる。幻獣の中でも、高い知能と能力を持っている。でも、この子はまだ子供。【マギアレープス】は力が増すほど、しっぽが多くなるんだ。特に力が強い【マギアレープス】は、しっぽが9本になり、レピニアでは『九尾』とも呼ばれる」
「へえ……」
「離せ! ばかやろー! 離せー!」
そこで私はハッとした。
男の子は全身が汚れている。体のあちこちに擦り傷をこしらえていた。
「ねえ、クラトス。その子、傷だらけじゃない?」
大変……すぐに治してあげないと。
そう思って、私は2人に近付こうとしたけど。
少年の目がぎらりと光る。
次の瞬間、青白い炎が生まれて、クラトスの手を焼いた。拘束から抜け出して、男の子は私へと襲いかかって来る。
え……!?
だけど、それより早く動いたのはクラトスだ。
がぶう……!
男の子が大きく開いた口元に、すかさず自分の腕を差しこんでいる。
「あ……」
私は唖然としてから、ハッとした。
庇われた……!
少年が私に嚙みつこうとしたのを、クラトスが守ってくれたのだ。
「クラトス、大丈夫!?」
「うん」
平然とした声で言いながら、クラトスは噛まれた腕をローブの中にしまう。もう片方の手で男の子の首根っこをつかんだ。
「エリンは離れてて。だいぶ興奮している。一度、施設に戻ろう」
いや、だから、猫の子じゃないんだから……!