ミュリエルのニンゲン暮らし
「エリンー!」
ゲートが開いて、元気な声が響く。
やって来たのはミュリエルだった。
彼女は目をキラキラと輝かせて、飛んでくる。
「ミュリエル、いらっしゃい!」
私たちは両手を合わせて、挨拶した。
「聞いて! とうとう完成したのよ!」
「何が?」
「おうち!」
ミュリエルは嬉しそうに翼をパタパタさせながら、飛び跳ねる。
そういえば、ミュリエルは王都に滞在することになったから、お家も建ててもらうって言ってたね。
私も嬉しくなって、ミュリエルと一緒に飛び跳ねた。
「え、すごい! 見たい!」
「来て来て! エリンが初めてのお客様よ!」
私たちはさっそくゲートに飛びこむ。
ミュリエルのお家は王宮のそばにあった。わ、すご……ここって、高級住宅街じゃ? レオルド様、奮発してくれたのかなあ。
ちなみに、ミュリエルは角と翼が出たまま……つまり、人外なことは一目でわかるけど、街には馴染んでいた。
それどころか、
「あ、ミュリエルちゃん!」
気さくに声をかけられている。
彼女は復興のお手伝いも頑張っていたから、街の人たちも認めてくれているみたいだ。
ミュリエルのお家は立派な一軒屋だった。おお、外観も豪華だ。
「そういえば、レオルドがエリンも家が欲しければ同じものを……いや、もっと立派なものでも、建ててやるぞ! って言ってたけど」
「う、うん。そっか〜」
私は苦笑いでその話を流した。
……本気じゃないですよね、レオルド様?
それはともかく。
「お邪魔しまーす」
わ、家の中も広い!
玄関ホールは吹き抜けになってて、開放的だ。
家具が何も置かれてないから、余計に広々として見える。
「家具はまだそろえてないんだね」
「え? あるわよ」
「ん?」
「まず、そこが寝室ね!」
ミュリエルは奥の扉を開いた。
……寝室?
何もない部屋に見えるけど。
「えっと、ベッドは?」
「え? それ」
ミュリエルはきょとんとして、床を指さした。
……藁が敷き詰められている。
「ミュリエル!? 床で寝るの?」
「普通そうじゃない?」
「ん……?」
え? それでいいの?
と気にしている私に構わず、ミュリエルは家の案内を続ける。
「次に、ここが調理場よ!」
その部屋もやっぱり何もなかった。
いや、あるにはある。
……大量のお肉が。
「ミュリエル? 調理台とか、コンロとかは?」
「え? 何それ」
ミュリエルはきょとんとする。
「お肉を焼くには、こうするの!」
人化を解いて、ミュリエルは小さな火竜となる。
そして、口を開いた。その中から火花が弾けて――。
「わー! ミュリエル! だめだめ〜! 家の中で火は吐いちゃダメ!!」
私は慌てて彼女を止めた。
あれ? あれ〜?
もしかして、ミュリエルって……。
私がそんな予感を抱いていると、ミュリエルが女の子の姿に戻って、
「あ、そういえば、何の部屋なのか、わからないとこがあったのよね! エリン、わかる?」
案内されたのは、お風呂場だった。
風呂釜を指さして、ミュリエルは首を傾げる。
「ねえ、これってなあに? 獲物の血抜きをする場所?」
「ミュリエル……」
私は彼女の肩に両手を載せる。
「私、大事なことを聞きそびれてたみたい」
「ん?」
「ミュリエルって、今までどこで暮らしてたのかな?」
「【フロガルド】の生息地は火山よ!」
彼女は笑顔で、元気よく答えた。
やっぱり、そうですよね〜!?
こんな状態で、一人暮らしなんてできるわけない!!
私はミュリエルを施設に連れ帰った。
「そんなわけで、しばらくミュリエルにはここに住んでもらって、人間の暮らしに慣れてもらうことにしました」
私の説明に、マーゴがうにゃうにゃと頷いた。その横で話をわかっているのか、わかっていないのか、シルクもこくこくと揺れていた。
「うにゃーん! お家でお料理するのなら、魔法コンロとかいろいろと必要になるのにゃん」
「うん、そうだね。家具とか、魔導具とか。それの使い方も教えてあげないと」
家具は後で買いに行くとして。
魔導具は本職の人(?)に頼めばいいか。
というわけで、私はクラトスを探した。
書庫で本を読んでいたのを見つけて、
「クラトス! ミュリエルの家ができたんだけど、家具とかが何もないんだ。それで、生活に必要な魔導具を作ってほしいんだけど」
「うん。いいよ」
クラトスはあっさり頷いて、自室に向かった。
さっそく作ってくれるみたいだ。
すると、マーゴが「ええ……?」みたいな様子で、へにゃりと尻尾を垂らした。
「どうしたの、マーゴ」
「マーゴもさっき、調子が悪い料理用の魔導具を直してもらおうとしたのにゃん。でも、『今、忙しい。今度でいい?』って……」
おおう……。
ミュリエルも呆れたように告げる。
「クラトスに何かを頼む時は、一度エリンを介さないとダメみたいね……」
「何かごめんね……!」
って、何で私が謝ってるんだろうね?
まあ、それはともかく。
私はマーゴ、ミュリエルと一緒に調理室にやって来た。
「いい? ミュリエル。家の中で炎は吐いちゃダメだよ。火事になっちゃうから」
「じゃあ、お肉はどうやって焼くの?」
「魔導コンロを使うの。使い方を教えてあげるから、これでお料理してみようか」
「お料理!」
ミュリエルはパッと顔を輝かせる。
「それって、あれよね!? こないだエリンが作ってくれたパンケーキ! あれがあたしにも作れるようになるの?」
え、そんなに期待した目で見られても。
本当に簡単で、適当な作り方なんだけどなあ〜……。
こんなに期待されたら、断れないよね。
そんなわけで、私たちは2人でエプロンを装着!
調理場に並んで立った。
「まずはボウルに小麦粉を入れて、卵を割り入れて……」
説明している途中で、ミュリエルが卵を手にとる。
ぐしゃ!
……割れた。
「エリン! 割れちゃった!」
幻獣の握力〜〜!!
「もっと、そっと……! 羽毛をつかむように優しく持って!!」
「うん。優しく優しく……あ、割れちゃった!」
まあ、そんなこんなで、いくつか卵をダメにしながら、何とかボウルに入れることができた。
殻入りだけどね!
それは私がとりわけた。
その先の工程も大変だった。ミュリエルは力が強いし、私と感覚が異なってるから……!
「エリン! このボウルってやつ、へこんじゃったけど、大丈夫!?」
「だから、力加減!! もっと力を抜いて!!」
そんなこんなでどうにか生地が完成。
次はこれを焼いていく。フライパンに生地を流して、ミュリエルに「しっかり見ててね」とお願いした。
すると、隣にマーゴもフライパンを持ってきて、何かを焼き始めた。
「マーゴもパンケーキ?」
「うにゃあん。豪華に、煮干し入りにしてみたのにゃん」
「独創的なパンケーキだね!?」
そちらに思わず見入ってしまってから、私はハッとした。
あ、そうだ、ミュリエルの方は?
そっちを見ると、パンケーキは炭と化していた。
「どうして、丸焦げになってるのかな!?」
「色が変わるまで焼かなきゃ! って思ったんだけど」
「ミュリエル! これはお肉とはちがうの!」
「まあ、いいわ! せっかく作ったことだし……あ」
そこでミュリエルは中庭を歩いているディルベルに気付く。
お皿を持って、そっちに突撃した。
「見て! これ、あたしが作ったのよ」
「は? 炭か?」
「パンケーキよ! せっかくだから、あんたにあげるわ」
「いらねェ!!」
「はああ!? あげるって言ってるんだから、ありがたくもらいなさいよ!!」
何かまたケンカになってるんだけど。
その後も私はミュリエルに、いろいろと人間の生活を教えてあげた。
常識がちがうと大変だ。
3日後には、クラトスの魔導具も完成して……って、あれ? 何か目付き悪くなってるし、ふらついてない!?
「生活に必要となりそうな魔導具12種……できたよ」
あ……そういえば、クラトスに「急ぎじゃないから、徹夜はしなくていいよ」って伝えるの忘れてた。