聖女印の魔導具販売2
私はレオルド様と魔法士ギルドに向かうことになった。
王都に着くと、レオルド様はさっそく注目を集めていた。
この国の第二王子だし、見た目もいいからなあ。
その上、
「レオルド様! おはようございます!」
「殿下、今日は美味しいフルーツが入ってますよ。おひとつどうですか?」
街の人たちから、気さくに話しかけられている。その度にレオルド様は、惜しみない笑顔を振りまいていた。
「おはよう。ああ、これはとても美味しそうだね。また今度、寄らせてもらうよ」
レオルド様は、誰が相手でも愛想がいいんだなあ。
子供たちにも「あ、王子さま~!」と声をかけられて、手を振り返している。
人気者だ。彼がいるだけで、周りの雰囲気が明るくなる。
「さて、それじゃあ行こうか。エリン。お手をどうぞ」
レオルド様は爽やかな笑顔で、私に手を差し伸べた。
こんな往来でやめてほしい。
見られてるんですけど!?
「え……レオルド様の隣にいるの、聖女様じゃない!?」
「おふたりって、そういうご関係だったの?」
「とってもお似合いだわ!」
ちがいます!!
レオルド様と私じゃ、いろいろと釣り合わないし……。
そもそも、私……他に好きな人、いるし……。
私はあたふたとするけど、レオルド様はとっても嬉しそうに笑っている。
「早く行きましょう! レオルド様!」
差し出された手には気付かなかったフリをして、私は歩き出した。
魔法士ギルドは街の中央区――教会と近い立地に存在している。
とても大きくて立派な建物だ。背が高いので、街のどこからでも外観が見える。
私は中に入ったことは一度もない。
入口にはいつも警備の人が立っているので、少し物々しい雰囲気がある。
レオルド様は入口を堂々と歩いていく。ここでも彼は人気者で、いろんな魔法士の人に声をかけられていた。
玄関を入ってすぐのところが、受付となっている。
レオルド様が中に入ると、途端に受付嬢たちが色めき立った。
そわそわとしたり、背筋をぴんと伸びしたり、髪をいじってみたり……そうしながら、レオルド様のことをちらちらと窺っている。
「私に話しかけて!」というオーラを放出していた。
それには気付いていないのか、レオルド様は真っすぐ進んで、手近な女性に声をかけた。
「こんにちは。少しいいかな?」
「…………っ!」
彼女は「よっしゃー!」みたいなポーズをとってから、にこやかに応対した。
「はい、殿下。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「彼女の魔法士登録をお願いしたいんだ」
レオルド様の言葉に、受付嬢は目を見張る。そして、私のことを見た。
「聖女様ではないですか!」
周りの受付嬢も、一斉に私に注目する。
「え……聖女様がどうしてレオルド様と?」
「聖女様が魔法士に? どうして!?」
「というか、殿下と聖女様って、どんなご関係なんですか!?」
わー、質問攻めにされている!
私がたじろいでいると、レオルド様が庇うように立った。
そして、にこやかに告げる。
「君たちとお喋りを楽しみたいのは山々だが、それは次の機会にしようか。先に登録を進めてもらえるかい?」
とっても愛想のいい声だけど、高貴な人特有の、有無を言わせない響きもある。
彼女たちはハッとして、頭を下げた。
「申し訳ございません、殿下。新規の魔法士登録ですね。それではまず、こちらの書類に目を通していただきまして……」
おお……話が前に進んだ。
レオルド様に着いてきてもらえてよかった。
私1人だけじゃ、彼女たちの質問攻めにあっていたかもしれない。
その後、私は魔力測定をして、簡単な講習を受けた。
無事に魔法士の資格を取得できた。
私の名前が入ったギルドカードも作ってもらえた。
年会費と入会費を支払うはめになったけどね……これは先行投資なので、仕方ない。
私の魔法士ランクはEということになった。最低ランクだ。
魔法士は実力でランク分けされる。
S→A→B→C→D→E
この6段階だ。最高ランクであるSの資格を持つ魔法士は、この国には数人しかいない。
レオルド様はAランクって言ってたね。
魔法士のランクの上げ方は様々な方法があるけど、魔導具職人の場合、ランク上げは必要ないみたい。
このランクは「戦闘能力」を基準に付けられるものだからだ。
有名な魔導具職人さんでも、ランクがEであることは珍しくないとのこと。
そして、私は魔法石の指輪も購入することになった。魔法石は魔法の発動に必要となるもの。魔導具は魔法を使って作るので、必要品なのだ。買わないと変に思われる。
今後、使うつもりはないけどね……クラトスにもらった指輪があるし。そっちを使いたいから。
魔法石の指輪は、基本構造はどれも同じなんだけど、デザインにこだわる人もいて、装飾を変えることができる。
レオルド様の指輪はシルバーリングに、コバルトブルーがコーティングされている。
高位の人だともっとゴテゴテとした、宝石を付ける人も多いけど、さすがはレオルド様だ。センスがいい。嫌味にならない程度に特別感のあるデザインだ。
ちなみに、私がクラトスにもらった指輪と同じデザインの物は1つもなかった。もしかして、私とクラトスしか持ってない物だったりするのかな? ふふ……それなら嬉しい。
私はギルドカードをしげしげと眺める。
うん、魔導具販売の登録証もちゃんと付けてもらえた!
「今日はありがとうございました。レオルド様。レオルド様に付き添っていただけてよかったです」
「ああ、これで君も正式な魔法士になれたね。ところで、この後だけど……」
「これなら、クラトスの魔導具もちゃんと売れますよね! よかったあ」
「この近くにとても美味しいケーキを出してくれるお店が」
「それじゃあ、私は帰りますね。レオルド様、失礼します!」
「……エリン? エリーーーン!!」
無事に登録もできたことだし。
私はホクホク気分で、施設に戻ってきた。
クラトス、まだ書庫にいるかなあ?
集中してるようなら、話しかけるのは後にしておこう。
そう思って、書庫を覗いてみる。
クラトスは空中に座りこんだまま、何だかぼんやりとしていた。
ん? 珍しいな……クラトスがこんな風にしてるの。
「ただいま!」
「エリン」
声をかけると、こちらを向く。
そして、床まで降りてきた。
「どうだった?」
「うん。ちゃんと登録できたよ! これでクラトスの魔導具も、ちゃんとした値段で売れるね」
「……王子の方は?」
「え? あ、本当に付き添ってもらっただけだから! クラトスは? 新しい魔法式はできた?」
「…………」
クラトスは目を伏せると、
「何も手につかなかった」
静かな声で告げた。
時刻は夕暮れ時。クラトスの碧眼にもオレンジ色の光がかかっている。
それがとても物憂げな様子に見えた。
「……こんな気持ちになったのは、初めてだ」
口調は淡々としてるけど、夕日のせいかな? 切なそうにも見える。
そんな様子を見たら、ドキドキしてきちゃうよ。
私はもじもじとしながら、悩む。
えっとね。
私も本当は……デートするんなら、クラトスとがいいなあ、とか……。
勇気を出して、言ってみようかな。
私と一緒に出かけようって。
迷っていると、先にクラトスが口を開いた。
「次は僕と出かけて」
「あ……」
「2人きりで」
「うん……」
そう言ってもらえたのが嬉しくて、私は笑顔を浮かべる。
「あのね……私もクラトスとお出かけしてみたいなって思ってた」
クラトスは目を見張ってから、優しくほほ笑んだ。
夕焼けに映える笑顔……!
その表情に私は、更にドキドキしてしまった。
こうして、クラトスの魔導具も正規の値段で売れるようになって、めでたしめでたし!
……のはずが。
私は肝心なことを見落としていた。
それは先日の王都の一件で、私が有名人になっていること。そして、私が魔法士ギルドに出入りしていることが、すぐに噂になってしまったこと。
そして――。
「ちょっと、クラトス~!」
その日、王都から帰ってきた私は、すぐにクラトスに声をかけた。
「クラトスが作ってる魔導具、何か印が入ってるよね!? あれ、何!?」
「自作だと判別できるように印を付けておいた」
「そんなもの付けないで! 聖女印の入った魔導具ってことで、すごい有名になってるんだけど!?」
「何か問題が?」
「あれから私、街を歩くだけで大注目されるの! 魔導具についてのお礼とか、要望とかも聞かされるし! あれ、私が作ったやつじゃないのに!」
「要望は聞いておいて。改良する」
そういうことじゃなーい!!
それからの私……。
週1での王都訪問で、やたらと人に話しかけられるようになった。
「聖女様! 聖女様の販売されている魔導具のことで、お聞きしたいことがあるのですが!」
ひー!
魔導具のことは私に聞かないで!
だって、自分が作ったやつじゃないのに。これじゃあ、クラトスの手柄を横取りしているみたいじゃん。
後ろめたさがすごい!
とはいえ……彼らの声を無下にすることもできずに。
私はこう返すしかなかった。
「お……お聞きしましょう」
たぶん、笑顔が引きつりまくっていると思うんだけど……。
私の言葉に、周りは「わっ」と沸いた。
「やっぱり、あの魔導具は聖女様のお手製なんですね!?」
「魔導具まで作れるとは! 聖女様は何て多才なんだ!!」
「天才だ……稀代の大天才、エリン様!!」
だからー!
天才なのはクラトスの方で、私じゃないからね!