押しかけ殿下!1
王都に転移ゲートが設置された、翌日。
さっそく施設内でゲートが開いた。
そこから現れたのは――。
「遊びに来たぞ、エリンー!」
レオルド様だ!
「帰っていいよ」
クラトスがそっけなく言うと、謎の力でレオルド様が弾かれる。ゲートの中に逆戻りしてしまった!
すぐにレオルド様は戻って来て、
「クラトス! 君は、礼儀というものを知らないのか!! その点、私は王子だから完璧に身につけているぞ。見ろ、手土産も持ってきた」
誇らしげに箱を掲げてみせると、それを私に預けた。
「エリンが前に好きだと言っていた焼き菓子だよ。エリンのために持ってきたから、君1人で食べてくれ。他の者には分け与えるんじゃないぞ」
「俺たちに対してすっげえ失礼だぞ、王子様」
ゲートからミュリエルも現れる。
彼女は何だか疲れきった顔をしていた。
「ねえ、エリン。レオルドが毎日のように『ゲートをつなげてくれぇ!』ってうるさいんだけど。あれ、どうにかしてよ」
「何かごめんね。ミュリエル」
私たちがそう言っている間も、クラトスとレオルド様はいがみ合っていた。
「君の名前、なんだっけ。馬鹿……な方の王子?」
「全然ちがう! 私は『馬鹿じゃない方の王子』だ!」
ああ、とうとうレオルド様の自称が『じゃない方の王子』になっちゃった!
「……略して『馬鹿王子』でいい?」
「いいわけがないだろう!?」
ミュリエルが私に寄ってきて、耳元でささやく。
「でも……正直、最近のレオルドって、ちょっと馬鹿っぽいところあるわよね」
「ミュリエル! それは言っちゃダメ……!」
私もちょっとだけ同じことを思った……なんて、口が裂けても言えないよ!
「ここがエリンの暮らしているところなのだな。おや、君たちは……」
そこでレオルド様は、離れたところにいる幻獣たちに気付いた。
スゥちゃんと、シルクと、マーゴ。
スゥちゃんは警戒したように、物陰に隠れる。マーゴは瞳孔を大きく開いて、レオルド様を見つめていた。シルクだけは何も考えてなさそうな雰囲気で、ふわふわと空中に漂っている。
レオルド様はふわりと優しい笑顔を浮かべる。わざわざ片膝をついて、幻獣たちに手を差し伸べる。
「ああ、驚かせてすまなかったね。初めまして。私はレオルドという。エリンの友人だよ」
レオルド様のまとう雰囲気が、いっそう柔らかなものに変わる。
すると、スゥちゃんがぴょこんと顔を出した。シルクはゆらゆらとレオルド様の方に寄る。
マーゴが近付いてきて、レオルド様の指先をすんすんと嗅いだ。
「うにゃあん……。エリンの匂いがするのにゃん」
「えっ、そうなのかい!?」
え、そうなの!?
レオルド様はなぜか嬉しそうに頬を染める。
すると、クラトスが目元を暗くさせて、ゆらりと漂った。
「勘違いだよ。洗濯してあげる」
ちょ、クラトスの背後に大量の水(滝のレベル)が現れてるー!
「やめろやめろ」
「どうどうどう……」
ディルベルとミュリエルがクラトスを宥める。
マーゴは「うにゃー」と口元を手で覆った。
「間違えたにゃ! エリンと同じ、いい人の匂いということにゃん」
マーゴ……! 意味合いがだいぶ変わってきちゃうから、気を付けてね!?
しかし、なぜかレオルド様はマーゴの訂正を聞いていなかったらしい。喜びを嚙みしめるようにしながら頷いていた。
「そうか……! そうだったのか……! マーゴ、君はとても可愛くて優秀な幻獣のようだね」
「にゃーん! ありがとうにゃん。マーゴもレオルドが好きになったのにゃん」
「欲しいものがあれば何でも買ってあげよう。家とか領地とか」
「うにゃーん……いらないのにゃん」
レオルド様が笑うと、辺りの空気がパッと華やぐ。
その雰囲気につられたのか、スゥちゃんとシルクも彼に寄って行った。おお、あっという間にレオルド様が幻獣たちに囲まれちゃった。
さすがはレオルド様! 人からも、幻獣からも、好かれやすいんだね。
レオルド様は幻獣たちの頭を優しく撫でると、立ち上がって、私と顔を合わせた。
「ところで、エリン。聞きたいことがあるのだが」
「はい」
「他に男はいないのだな!?」
「は、はい……?」
「この施設に住んでいる男は、彼ら2人だけだな!?」
レオルド様は勢いよく、クラトスとディルベルを指さした。
何でそんなにムキになってるんだろう。そこ、そんなに気にするところかなあ?
「はい……。あとは幻獣たちだけです」
「ふ、ふふ……。なるほど。つまり、私のライバルは2人か」
何がですか?
「そして、更に重要な質問だ。ディルベル! ミュリエル!」
「あ?」
「なあに?」
「君たちは、恋人同士なのか!?」
「「はあああああ!?」」
2人は心外とばかりに声を張り上げた。
「んなわけねーだろ! こいつとは腐れ縁なだけだ!」
「そうよ! 何であたしがこんなガサツな男と付き合わなきゃならないの!?」
「む……そうなのか。それは残念だ」
レオルド様はあからさまにがっかりした様子を見せる。
「ミュリエル、てめえ……言いやがったな! こないだは助けてやったっていうのに」
「あたしを助けてくれたのはエリンですけど!?」
ああ、なぜかケンカが始まっている!
レオルド様の言葉のせいなのに、レオルド様は彼らを無視して、
「そこを成立させてしまえば、ライバルが減ると思ったのだが……まあ、いい」
何やらぶつぶつと言っていた。
「では、次にクラトス!」
「…………なに」
「私は君に魔法決闘を申しこむぞ」
「ちょ、レオルド様!?」
いきなり何を言い出すの!?
というか、それって、
「やめた方がいいです!」
私は必死で訴えた。
「クラトスと魔法で勝負するなんて無謀です!!」
レオルド様はぴくりとこめかみを震わせる。
え? なぜか、瞳に闘志の炎が燃え上がってる!
「ふ、エリン……。私はますます燃えてきたよ……!」
「何でですか!? やめた方がいいですって!」
「くっ……絶対に……! 絶対絶対絶対、勝つッ!!」
私が止めようとするほど、なぜかレオルド様は息巻いていた。
「エリン、焚き付けてやるなよ……!」
「焚き付けてないよ!!」
レオルド様を心配してるだけなのに……!
レオルド様がすごいのは私だって知っているけど、相手が悪すぎる。
だって、こう見えてクラトスは、魔法の始祖ですよ!?
そういえば、この場でクラトスの正体を知ってるのって、私だけだったね。
クラトスには口止めされてるから言えないし。
あー、みんなに教えてあげたい! レオルド様の挑戦がいかに無謀なことなのかを。
そんな勝負は、絶対にやめてもらわないと。
そうだ、クラトスが「そんなことしないよ」って言ってくれればいいんだ。
こんな試合、そもそも成り立たないってわかってるはずだし。
それに、クラトスは前に22歳だって言ってたよね?
ってことは、レオルド様より歳上なんだし、ここは上手いこと大人の余裕で受け流してほしいなあ……なんて。
そんな期待をこめてクラトスを見ると、彼は好戦的な表情で答えた。
「いいよ。叩き潰してあげる、王子」
はい、すっごく大人げない大人がここにいますー!
これが殿下以外なら、クラトスも「そんなことしないよ」ってなるんですけど
恋敵なので張り合ってます