【短編】とある姉は妹の別の人生を夢見る~アイネ・ド・ニース酔夢譚
このお話は『妖精騎士の物語』の主人公のIFストーリー風のお話です。「初夢で見たんや」といった趣旨で書いたものです。生暖かい目で呼んでいただければ幸いです。
「どうぞお座りになって」
袖付き机越しに若い女性が席を進める。部屋の中には依頼人の男と彼女の他、彼女よりやや年若い赤目銀髪の娘と茶目栗毛の少年。
「し、失礼します」
入口扉がゆっくりと開き、茶器を持った黒目黒髪の少女がおずおずと中に入ってくる。
「ありがとう」
「いえ。どうぞ」
毒見替わりとばかりに、同じポットから淹れられた茶に先に口を付ける机の女性。
「お飲みになって」
「……いただきます」
覚悟を決めたかのような表情の男が、若干震える手で茶器をもつ。ここは王都で噂される『暗殺者ギルド』『裏ギルド』のギルド会館。その場のもつ重たい雰囲気に緊張が隠し切れないのだろう。
「それで、依頼内容を伺いましょう。その上で……受けるか否か、それに見合った依頼料を提示します。依頼料の半金は前払い、残りは後払いで構いません」
「は、はぁ」
「ふふ、残金を支払わなければ……」
「も、勿論、命懸けでお支払いいたします」
机の女性は薄っすら笑顔を浮かべると、男に話の先を即すのである。
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「どう思う」
「どう思うって、マスターの判断に任せるっきゃないよね」
赤目の娘は赤毛娘にそう返される。赤毛娘はあまり深く考えないし、そう思いを巡らせられる性格でもない。目の前の敵をただただ屠るのみ。
「マスター。少々下調べする必要を感じます」
「あなたの意見に同意ね」
茶目栗毛の少年の意見を「マスター」と呼ばれる少女が肯定する。
ここはとある王都の下町にほど近いスラムの一角。古びた二階建ての元騎士の邸宅を異国の『伯爵』がどういう伝手かはわからないが借り受けたもの。その建物に間借りしているのが彼女の『裏ギルド』なのである。
『話は聞いたよ』
「閣下。盗み聞きは困ります」
『まあそう言わないでよ。私の人脈も使えば、裏取は捗るじゃないか』
『伯爵』は異国の雰囲気を纏った帝国人であり、帝国のさらに東方の出身だと囁かれている。帝国で商会を開いてやがて立身し、伯爵位を金の力で手に入れたと自称している。
本業の商会経営は配下の商会幹部たちに委ね、本人は『新規開拓』『王国・王都支店開設』という名目でこの地に移り、王都の社交界で名を売り王都の商業界に食い込もうと……だらだらと過ごしている。
彼女とは薬師ギルドを通じて知り合った、「顧客」の一人であった。彼女の作る回復ポーションをワインで割って常飲しているのだとか。明らかにおかしいのだが、金になるので彼女は気にしていなかった。
兎に角彼女は金が要るのである。
今回の依頼は、ある商会の商会頭夫人の拉致にある。『ニース商会』はニース辺境伯家が持つ商会であり、その商会長はニース家の三男が務めているとされる。本人はニース海軍の提督を務めている事もあり、実質その妻が経営をしている。
『アイネ・ド・ニース』は、元子爵令嬢にして次期子爵家の当主。そう、袖机の彼女の『実姉』である。元々王都の社交界においても商業界においても力を持っていた彼女の姉であるが、商会頭夫人となり、新しい酒類や魔水晶等の取引、あるいはニース家が持つ法国商人との伝手を使い、あたらしい商材を王都へと紹介し販路を確実に広げているのだ。
商売敵と呼ばれるものは存在しないではないが、新商材には競争相手がおらず、いわば独占状態。依頼人がそれが面白くないからと金貨百枚に相当する依頼料をポンと支払うのは一商会としてはおかしいのだ。
『ま、神国か帝国、もしくは……』
「連合王国のリンデの商人ギルドね」
ニース商会はニース辺境伯の非軍事的戦力、諜報部隊であり、その商会会員には辺境伯騎士団あるいは、聖エゼル海軍を引退したベテラン騎士・兵士が数多く含まれている。規模こそせいぜい帝国の侯爵領ほどでしかないのだが、保有する戦力は一段上の公爵並み、あるいは選帝侯並みと言われている。
海軍・商船隊で働く騎士は傭兵になる程度しか再就職先の無い陸の騎士と異なり、兵士・騎士の時代から副業で商売を行っている。任務のついでに私費で仕入れを行い、転売して資金稼ぎをする程度のことは誰もがしている。その相手が真っ当な商人か、襲撃し討伐したサラセン海賊から奪ったものかは定かではないのだが。
ニース商会の支店の拡充は、王国内で活動する他国の諜報機関にとって目の上のたん瘤であり、その支店網の拡充の指揮を執る彼女の姉『アイネ』は他国からすれば『処したい女ナンバーワン』なのである。
「断れば良かったのではないですか?」
「それでは、私たちの役割りが果たせないじゃない」
黒目黒髪の少女の言葉を、彼女はやんわりと否定する。
そもそも、この『裏ギルド』を開設したのは、彼女が姉にそそのかされたからなのである。
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家を継ぐ予定の無かった彼女は、とはいえ、姉の『予備』として相応の教育を受けていた。姉は真面目に教わることはなかったが、『天才』とでも言えばいいのか、恵まれた容姿と魔力量、そして人の心理を読む社交性とある意味『生まれついてのトリックスター』とでも言えばいいのか、人心を掌握する才能が有った。
しかしながら、杓子定規なことは苦手であった。反面、妹である彼女は『秀才』であった。姉は次期当主として両親に従い貴族の娘らしく社交を行っていたが、人見知りで尚且つ姉と比べられることが心の傷になっていた彼女は、それに同行することは少なかった。
子爵家にある書庫に籠り、書を読み、出会った『魔剣』を師匠として魔力を磨き魔術を学んだ。
見かねた祖母が暫く預かり、彼女は王宮で官吏・王妃側近・子爵家当主を務めたその薫陶を受け、文官としてあるいは管財人・商会主としての必要な知識を身につけた。姉は三日で逃げ出した祖母の教育を二年ほど同居し受けたのである。彼女は天才ではなかったが、積み重ねる努力を惜しむ人柄ではなかった。故に、相応の力を身につけることができた。
祖母のお墨付きをもらった彼女は家へと戻り、子爵家の仕事を手伝う傍ら王都で『薬師』として活動することにした。ついでに、自身で素材を集めれば多くの利益が手に入ると考え、『冒険者』となることにした。恵まれた魔力量と相応の魔術を駆使すれば、安全に魔物を討伐しつつ王都近郊で素材あつめができると考えたからだ。
その中で『伯爵』と知り合い、顧客を得た。彼女の魔力を纏うポーションはどうやら『伯爵』にとって美味なようだ。
やがて、いつもの素材あつめのさなか、王都近郊の村を襲うゴブリンの群れと遭遇。彼女はその撃退に協力し、子爵家が代官を務める王領の村であったこともあり、また、一部騎士団の部隊が壊滅するほどの戦力を有するゴブリンの群れであったため、彼女は『騎士』に叙任されることになる。
爵位持ちの貴族であれば、孫までは生まれつき『騎士』に任ぜられる権利を持つ。が、女児は成人し婚姻を結べば「貴族の娘」から、嫁いだ先の身分へと移行する。王国においては一部例外を除き、爵位の相続権は認められているが、女子に爵位を世襲する権利がない。息子が生まれれば爵位を継がせ、後見人として成人まで代理を務めることができるのだが。
彼女の家はその例外に値する「子爵家」であり、祖母が女子爵であったことからも女性に爵位を継ぐ権利が認められている。故に、『騎士』となることも容易であった。
『騎士』となれば、定まった年金が支給される。その資金で馬と武具を賄い、戦争の際には従軍する為である。が、その時十三歳でしかなかった彼女はその資金を何らかの形で王都と王国に還元したいと考えていた。
『薬師』として稼いだ資金もたまる一方であり、特に『伯爵』からは、定期的にポーションを提供する代わりに毎月金貨数枚が支払われる。その金額は、王都のそこそこの腕の職人が一家を養える年収に相当するのだ。
騎士の年金と同程度の収入が既にある彼女にとって、たまる資金の使い道に頭を悩ませていた。
そこで姉から提案があったのが『裏ギルド』である。
その話の元は、帝国にある『商人同盟ギルド』通称『ハンザ』が運営する組織であった。王国のそれと異なり、帝国において冒険者ギルドは傭兵の非戦時受け皿として仕事を与える目的で『ハンザ』が主体となって運営している。
王国の冒険者ギルドとも提携があり、相互に冒険者等級をすり合わせ、互いの所属する冒険者が相手のギルドで活動できるように認め合っている。そこから逸脱するような依頼を受けるために『裏冒険者ギルド』略して『裏ギルド』が存在すると噂される。
冒険者の仕事と傭兵の仕事は異なる。暗殺や襲撃、あるいは物資の収奪のような仕事を冒険者ギルドは受けないが、『裏ギルド』は受けることができる。つまり、傭兵の仕事=冒険者+裏ギルドで成り立っているというわけだ。
裏ギルドには孤児を集め専門の暗殺者を育成する『養成所』があると姉は話した。彼女の余った資金を教会に寄付するのも悪いではないが、王都の孤児院に住む魔力持ちの子供を自らの従者として引き取り、魔力で戦う術を身に着けさせ、王都と王国を陰乍ら守る集団をつくるのはどうかと……端的に言って唆されたのである。
ニースの婚家に向かう姉と母たちとは別に、彼女は王都の孤児院を回り魔力持ちの子供を探した。『魔剣』には、魔力持ちを感じる力が強く、今の四人のメンバーはそうして見つけることができた。
なにより、一人の少年は元暗殺者養成所出身であり、王都での任務失敗の果てに半死半生で捨てられ王都の孤児院に収容された者であった。『裏ギルド』の訓練手法や育成法を彼女は少年から学び、今はこの五人で活動しているのだが、将来的には少しずつ組織を大きくしたいと考えている。
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「ちょっと小耳にはさんだんだけど」
「……なにかしら姉さん。昼間から大商会の会頭夫人がこんな場所に現れて。良からぬ風聞が広まるのではないかしら」
「平気平気、スラムは庭みたいなものだからね!!」
平気ではない!! 断じて平気ではないと彼女は言いたかった。が、次期当主としてスラムも王都の一部であり、再開発の話も浮上している中、視察だなんだと理由を付け昼間から堂々と現れたのだろう。
「それで、忙しいので用件は端的にお願いするわ」
「私の暗殺依頼受けたって聞いたよ!!」
「!!!」
余りにも耳が早い。『伯爵』が知らせたのだろうかと勘繰るが……
「あ、マスター、これ、お姉さんからの差し入れです」
『赤毛娘』が籠一杯のフィナンシェを抱えて姉の背後に立っていた。
「依頼の件、姉さんに話したのかしら」
「はい!! 当事者には知っておいてもらった方が良いかなって」
はあぁと深いため息をつき、この脳筋少女にはあとで色々言わないといけないと考えていた。赤毛娘の背後には目に涙をためている黒目黒髪の少女が「絶対不味いよ!!」と口パクで声にならない叫びをあげている。この少女も相棒のお気楽さに苦労しているようだ。姉と自分のようだと彼女はふと思うが、
彼女自身は少女たちのように素直でもおおらかでも無かった。
「それで、暗殺する気なのかな?」
「ええ。勿論よ」
暗殺予告をする妹、される姉。冗談めかして聞いたものの、魔力を込めた殺気紛いの言葉を返され姉の顔が強張るのが分かる。珍しいことだ。
「ちょ、まってよ!!」
「いいわ。いくら払うのかしら」
「倍、相手の倍払うからぁ!!」
悪党同士の会話っぽい姉妹の会話である。勿論冗談だが、偶には姉を揶揄い返しても天罰はくだらないだろう。姉にだけ下って欲しいのだが。
依頼人は神国・連合王国と取引のある商会の幹部。商会頭経由で命じられたといったところだろう。金貨百枚の依頼を彼の商会で負担するには額が大きすぎる。が、国であれば、傭兵中隊を一カ月雇う費用にも満たない。
「私を暗殺するにしては随分低予算じゃない」
「ふふ、私たちの裏ギルドごと始末するつもりみたいよ」
「……マジで。あー 命知らずだねぇ……そういうことするの神国の外交部でしょ?」
「おそらくね。もう少し裏取が必要なのだけれど」
連合王国は幾度となく戦っているが、今の王家には大軍を王国に派遣するだけの財力がない。王国が混乱してもらっては商売相手として少々困るという理由があり、ニース商会にちょっかい掛ける気はないのだ。
反面、内海の貿易で神国がひいきにする『ゼノビア』商人や傭兵海軍はニース海軍と競争相手である。ニース商会に打撃を与えられ、尚且つ、王都で最近躍進中と噂される『裏ギルド』ごと始末できればなおよしと考えたのであろう。
反王国活動を行っている神国人の何人かを拉致し、騎士団や王宮警備部に引き渡している。その結果、神国の有する王都の諜報網は破綻し、神国は怒り心頭……といったところなのだろう。
商会同士の対立抗争に見せかけたニース商会・裏ギルド潰しの策謀。返り討ちにしてやろうと、姉妹は決意するのである。
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冒険者パーティー『黒百合』に指名依頼が来た。その昔、王都近郊の村を襲ったゴブリンの群れを追い払った功績から『騎士』に叙任された冒険者『アリー』をリーダーとする若い冒険者パーティである。彼女を含め十代半ばほどの男女からなる五人組。
その実、黒百合=裏ギルドであるというのが今のところの実体である。
「『リスノア』の皆さん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。しっかり護衛させていただきます」
ニース商会が新たに『ルーン』に商会支店を開くという事で数日王都を離れる旅に出る。ルーンは王都を流れる川の川下、海から遡行できる河口近くにある商業都市。連合王国領から王国領に帰順して日が浅い。
連合王国や神国領ネデルとは貿易を通して縁も深く、また、近郊ではそれらに所属する『傭兵』が村落を荒しているという話も王都には伝わっていた。故に、通常の商会護衛隊の他、優秀な冒険者を追加で護衛依頼した……といった筋書きである。
「船で下れば一日なんだけどね」
「そう。なら、帰りは私たち同様、歩きになるわね」
「ぶー それは商会頭夫人としてどうかと思うんだよね」
主人である商会頭夫人は馬車の中。そして、冒険者である彼女はその横を徒歩で歩いているので、場車内から姉が話しかけてきて少々うざい。いや、かなりうざい。
「いやー 妹ちゃんとこうして旅に出られるとはね。楽しみだよ」
「……姉さん」
「何かな妹ちゃん」
「命を狙われているのだから、もう少し不安そうな顔をしていて頂戴」
「はーい」
彼女の人生で、姉が不安げな顔など一度としてみたことが無いのだが。予想通り、変な顔をしていた。努力は認めよう。
王都から『ルーン』に向かう途上にある街『ヴェノン』。百年戦争以前においては、この地が王都圏とロマンデの境目に辺り、その為、簡易な徴税用の城塞が建っていたが今は廃墟となっている。
その横には代官が住んでいたとされる城館が建ち、今では貸し宿となって宿泊できるのである。『自衛のため』と勧め、この宿の宿泊を予約させたことになっているのだが、ヴェノン市街は川を挟んで対岸。この地は周囲から孤立しており、襲撃されやすく反面、周りに被害を与えたくない。
「仕事が終わったら、さっさと船で下ろうと思うんだよね」
馬車はあとから別行動でルーンに迎えに来ればよいと姉は宣う。ルーンの支店はさほど設立に力を入れていないようだ。
「あの街、未だに連合王国とのつながりが強い奴らが牛耳ってるんだよね。それを排除してからじゃないとあんまりおいしくないからね」
一先ず、情報収集のため小さな「出張所」を置き、手練れのニース兵を商会員として配置するらしい。ヤル気満々である。
護衛の者とは言え実の姉妹。二人は夕食を共にしていた。
「それで、いつぐらいから始めるの」
「……今からよ」
「えっ」
彼女は差し向かいに座る姉に向かい飛び掛かると、羽交い絞めにして縄で縛り上げる。魔力を無効化する魔導具の縄を使い姉を縛り上げる。
「ちょ、痛いんですけどぉ」
「本気で縛らないと、怪しまれるわ」
どう考えてもいつもの嫌がらせに対する仕返しでしかない。
身体強化を使い、軽く姉を肩に担ぐと目の前の窓から一気に外に飛び出した。
「ここ二階!!」
「心配ないわ」
魔力で生み出した塊を足場に、中空を駆け下るように走り出し、一気に城館から距離をとる。
彼女は「暗殺」から「拉致」に切り替える提案をしていた。その方が相手も選択肢が増えるだろうと。情報と資金を引き出し、あるいはニース辺境伯家に対する脅しに仕える。殺すより生かしておく方が良いと。
その上で、生かしたまま引き渡すので、この街のとある場所で待ち合わせして欲しいとたのんだのである。
とある場所とは城館横の廃城塞。しばらく潜んでいれば、灯台下暗しとばかりに安全な場所となるだろう。目の前の川を下れば、容易にルーンなりその下流の港街まで移動することができる。船に乗せてしまえばあとはこちらのものだと彼女が唆したのだ。
「お待ちしておりました。そちらが」
「MUUUU!!!」
猿轡をかまされ声にならない叫び声を上げる……姉、迫真の演技である。
「確認しますか」
「え。このような恵まれた容姿の女性は、確かにあの夫人でしょう。私も直接見たことがありますので。問題ないでしょう」
どうやらこの男が依頼任に指名された理由は、姉を見たことがあるという理由であったらしい。ご愁傷様である。
「おい、じゃあ連れて行くぞ」
背後にいる浅黒い肌の男が依頼人の男に声を掛ける。剣を腰に吊るし、物腰も怪しい男が数人威圧するように彼女を取り囲む。
「残金の支払いをお願いするわ」
「はいはい。ではお願いします」
「任せて置け。天の国に……送ってやろう!!」
剣を抜き、威圧するように距離を詰める男たち。その外側には、わらわらと軽装の傭兵らしき男たちが二十人ほど。
「集めたわね」
「ああ、最近王国じゃ戦争もないからな。暇を持て余しているそうだ」
王国は常備の近衛と騎士団、そして騎士団が指揮する郷土防衛軍という在地の領民を兵士とする軍を編成し、傭兵を排除している。他国に移るか冒険者・商会の護衛になる他、こうして他国に雇われ後ろ暗い事をする者になっているというわけだ。
「姉さん」
「ぷはっ!! もう、本気で締めすぎだよ!!」
姉は息を突くと、縄がぱらりとほどけスクっと立ち上がった。
「「「なっ!!」」」
「手品のタネも役に立つものね。ここだけ斬れば、一遍に解けるのだもの」
「そうそう、貴重品だから端っこだけちょこっと斬るだけにしてもらったんだよ」
姉は隠し持っていた『戦槌』をドレスの裾から取り出す。魔法に使う『短杖』の倍ほど、ホースマンズ・メイスと呼ばれるサイズであろうか。一見、権杖のようだが、立派な武器であり辺境伯家から送られた逸品でもある。
「いいかな妹ちゃん」
「姉さん、後れを取らないでね」
「誰に言ってるのか……なっ!!」
展開についていけない依頼人の男が硬直しているところに、頭上から姉のメイスが叩きつけられる。
GOKINN!!
「ぐぎゃ……」
操り糸が斬れた人形のように、グシャリと地面に崩れ落ちる依頼人。
「さあ、どっからでもかかってきたまえ。神国の愚民ども」
「傭兵は殺していいけど、そいつらは殺さないでちょうだい」
「もっちろんだよ!!」
姉は嬉々として、妹は粛々と背中合わせに敵と対峙する。
「うわあぁぁぁ!!」
「な、何事だ!!」
包囲する外側の傭兵達がバタバタと倒されていく。メイスを振るう赤毛の少女、剣を振るう銀髪の少女と栗毛の少年。
「だ、大火球!!」
「「「ぎゃあああ!!!!」」」
黒目黒髪の少女が辺りを照らす程の火球を放つ。
「大魔炎はまだまだ遠いか」
「十分よ」
大火球を目にして姉妹が呟く。形勢逆転である。
「さて、降伏するなら命だけは助けて差し上げるのだけれど」
「誰がするか!! 神よ、我を救いたまえ!!」
神国人剣士がそう唱えると、魔力が増大したかのように感じ、動きが一機に加速する。身体強化の上位互換、『神・身体強化』であろうか。強い信仰心という名の自己暗示で身体強化の重ね掛けを発生させる。
「死ねぇ!! 魔女どもぉ!!」
やや細身の長剣、その剣身は撓り、彼女と姉を両断せんと斬りかかる。が。
GINN!!
「はあぁ?」
「その程度の強化で、私の魔力壁が切裂けるはずがないでしょう」
「おりゃ!!」
BOGINN
細身の長剣が半ばほどから圧し折られる。撓る事で折れにくく、躱しにくい剣技を実現していたのだが、魔力壁で押さえつけられ、そこにメイスを叩き着けられたのだから、力が逃げる場所がなくあっけなく折れたのだ。
「妹ちゃん」
「なにかしら姉さん」
「私たちいいコンビだね」
「コンビではなく……実の姉妹よ」
嬉しそうに姉は笑い、恥ずかしそうに妹は微笑む。
手足を圧し折られ、あるいは切裂かれわずかな時間の間に神国剣士たちは傭兵共々倒されたのである。
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「姉さん、起きてちょうだい」
「むむぅ。妹ちゃん、私たちの勝利だよぉ……」
「涎を拭いてちょうだい。あ、ドレスの袖では駄目よ」
姉は実家で新年の祝いを家族と過ごしていた。新作の蒸留酒は美味しく、皆喜んでいたのでついつい嬉しくなって深酒した上で酔いつぶれていたのだ。
「新年早々だらしがないわよ」
「新年だからだよ。新年くらいは……」
「いつもと変わらないじゃない」
「てへ」
姉は酒に弱いわけではないが、酒癖が悪い。彼女の前限定で。
「いやぁ、楽しい夢だったよ。私と妹ちゃんが大活躍する夢でね」
「そう。竜でも倒したのかしら」
竜殺しの英雄よ呼ばれる妹だが、思えば随分と偉くなってしまった。王国副元帥にしてリリアル副伯。副ばかりついているが、そのうち元帥・伯爵になってしまうんだろう。
「妹ちゃんが裏ギルドのマスターでね」
「そう。今でも大して変わらないわよ」
領地持ち貴族でありながら、魔力持ちの孤児ばかりか、魔物や大精霊、竜とも誼を通じている。裏と言えば裏であり、表に出したくないようなしがらみが随分増えてしまった。
「妹ちゃん」
「何かしら」
「いつでも、どこでも、お姉ちゃんを頼っていいんだからね」
妹は何か少し考えた後「ええ、頼りにさせてもらうわ」と答えた。
珍しく素直な返答。その表情は、夢の中で見た恥ずかしそうな微笑みと同じものだと、彼女の姉は思うのである。
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『初夢企画!!』のIFストーリー如何であったでしょうか。
よろしければ『妖精騎士の物語』もお読みください。年末年始にでもブクマして読んでいただければと思います☆
では皆様、暖かくしてお過ごしください。
読者の皆様へ
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『妖精騎士の物語』も宜しければご一読ください
よろしくお願いします!