再結成~afterstory~
201X年7月3日、北海道。
観客動員数5000人規模のEARTH HALL。
大方の予想に反して、観客数は満員に近かった。
そのステージ上で歌うのは、
ピンク色の髪に着ている服も真っ赤と歌い手。
彼の名は弁財秀人。
元『HI-GROW』、
『Superiority』のギタリストだが、
今では歌ってギターを弾くBenzaiという名で世間に知られていた。
2011年の東北大震災のチャリティーライブで
二十四時間限定の『Superiority』再結成は、
世間を騒がせたが、あれから数年も経つと、
秀人も敦司もソロ活動や俳優活動に精を出す日々が続いていた。
多くのはファンはSuperiorityの正式な再結成を
望んだが、秀人も敦司はあくまで『二十四時間限定』という点に拘り、
結局あの震災のチャリティーライブ以降は、
Superiorityは正式には活動していない。
多くのファンはその事を嘆くが、
ステージ上で激しく歌うピンク髪の男は実に楽しそうであった。
『いつも変わらない同じ毎日。
でもそれでもそれなりOK!
だけど気が付けば、空を見ちゃうじゃん!』
ピンク髪の男――弁財秀人が軽快なステップを刻み、
マイクを片手に、自身の十八番の曲である『ROCKET DIVING』。
この曲は秀人の代表曲と言っても過言はなかった。
オリコンチャート一位は当然。
CD販売も軽くミリオンセラーを突破。
YAWTUBEの再生数も数千万単位。
この曲が正式にリリースされて十五年以上経つが、
今も尚、三十、四十代の中年層だけでなく、
十代、二十代といった若い世代に受けているという空前絶後の影響力。
本人は既に四十代という年齢に達していたが、
本人の必死の努力と生まれ持った容貌もあいまって、
今も尚、見る者を魅了する容姿を保っていた。
「――秀人、――秀人、――秀人ぉっ!!!」
「――秀人、最高!!」
「――Benzai、Benzai、Benzai万歳っ!!」
観客席の観客のリズムに合わせて踊り狂う。
そんな彼等を更に煽るように秀人はマイクに向かってシャウトする。
『来なよ SPACE AGE BABY ROCKET DIVING!
知らない場所へロケットダイビングッ!!』
観客席の観客は大いに楽しんでいた。
そしてステージ上の秀人も同等、あるいはそれ以上に楽しんでいた。
こうして自由に歌えるだけで幸せさ。
そして一緒に盛り上がるファンさせ居れば、
後は何も要らない、何故か強くそう思った。
兎に角、今この瞬間を楽しもう。
秀人はそう思いながら、激しく歌い、そして踊り狂った。
それと同時にファンで埋まった会場のボルテージは最高潮に達した。
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「秀人さん、お疲れ様でした」
「うん、お疲れ様」
秀人はそう言葉を交わして、
目の前の二十代半ばの女性から水の入ったペットボトルを受け取った。
彼女は秀人のマネージャーで、名前は名塚夏生。
「秀人さんのライブだけでなく、
『Meteor Shower Fes.』自体も大盛り上がりですよ~」
「……そうなの?」
「はい、ここ以外の会場も大盛り上がりですよ!」
「そう、それは良かった」
秀人はそう言って、ペットボトルに口をつける。
正直自分のライブの事で頭が一杯であった。
秀人は興味のある事には100%以上の集中力を発揮するが、
興味のない事にはまるで興味がない、そういう性格だった。
「秀人さん、この後、アーティストさんとスタッフさんを交えた
飲み会があるのですが、良かったら参加しませんか?」
「……あ~、ゴメン。 ちょっと先約があるんだよ」
「そうですか、それは残念です」
「うん、だから夏生だけでも楽しんできてよ」
「はい、そうします」
「うん……」
「……」
夏生はまだこの場から去らない。
すると彼女は興味ありげに聞いてきた。
「ちなみに先約って相手は女性ですか?」
「いや違うよ、相手は男だよ」
「……ちなみに誰ですか?」
「ん、それは内緒。 まあ旧友って奴だね」
「じゃあ夜の二十三時までには宿泊ホテルに戻って来てください」
「うん、そうするよ」
「はい」
「じゃあ俺はちょっくら行って来るよ」
「はい、いってらっしゃい」
そして秀人は必要最低限の荷物だけ持って、会場を後にした。
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時刻は夜の二十時過ぎ。
ちなみに待ち合わせ場所は札幌の時計台前。
札幌市の定番観光スポット。
赤い屋根と白い壁がレトロであり、
何処か時代を感じさせる建造物だ。
秀人が時計台に着いた時には既に待ち合わせ相手が居た。
その相手は長めの黒髪を後ろで束ねて一つ結んでおり、
夜の歓楽街のホストのような黒いスーツ姿だった。
秀人はその相手――男を見るなり微笑を浮かべた。
「よう、敦司」
「ああ、秀人か。 ほぼ時間通りだな」
そう言ってその男――御堂寺敦司も微笑を浮かべた。
そう相手は『Superiority』時代の相棒であった。
「秀人、とりあえずどうする?」
「そうだなあ、俺は敦司と二人で飲みたいなぁ~」
「ああ、それも悪くないか。
でもオレ、札幌の土地勘ないからなあ。
秀人、何処か良い店知っているか?」
「いや俺も土地勘ないよ?」
「……ないのかよ~、じゃあ適当にキャバクラでも行くか?」
「ん~、そういう気分じゃないなあ~」
と、秀人。
「んじゃ適当にラーメン屋にでも入るか?」
「ああ~、あそこなんか良いんじゃない?」
秀人はそう言って、右手で前方を指さした。
するとその先には何処にでもありそうなおでん屋台があった。
敦司は一瞬顔をしかめたが、両肩をすくめて首を左右に振った。
「お前、相変わらず色々とすんげ~アバウトだよな。
まあでもお前があそこで良いなら、オレもいいよ」
「うん、じゃあ行こうよ」
「あいあい」
そして二人はおでん屋台へと向かった。
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美味しそうな匂いを充満させながら「おでん」の提灯が淡く光っている。
大量に煮込まれたおでんの先には、
初老の男性が居るという定番スタイル。
秀人と敦司は適当におでんを注文して、
ビールの入ったコップを共にこつんと合わせた。
「乾杯~、お疲れさん」
「……お疲れ」
「敦司は札幌でロケあったんだよね?」
「ああ、最近じゃ俳優の仕事が多くてな。
ギター弾いている時間より何かを演じている時間の方が多い感じさ」
「へえ、俳優業も順調なんだねえ」
「そういう秀人は札幌でライブだっけ?
確か『Meteor Shower Fes.』という音楽祭だよな?」
「えっ? 何で知ってるの?」
すると敦司は軽く頭を左右に振って、
ビールの入ったコップに口をつけた。
「今の時代、スマホ一つあれば大体の事分かるだろ?
というか秀人が色々とアバウト過ぎるんだよ」
「そうかな?」
「……そうだよ」
「まあいいじゃん、楽しければ正解じゃん」
「……ま、確かにそうだな」
「しかしこうして敦司と一緒にまた酒を酌み交わせるとはねえ~。
それだけでも『Superiority』を再結成した甲斐があるよ」
「まあそうだな、二十四時間限定だったけどな」
「うん、でもあの二十四時間は今でも忘れないよ」
「ああ、オレもだよ」
「……」
「……」
急に場の空気が静まった。
だが決して気まずい静寂ではない。
むしろ心地よい静寂であった。
「あれからも数年かぁ~」
「ああ、終わっちまえばあっという間だな」
「そうだね、でも結構周囲に色々言われたよ」
「へえ、例えばどんな感じ?」
「え~と俺って元『HI-GROW』のメンバーでもあるじゃん」
「ああ、そうだな」
「『HI-GROW』のyashiki居るじゃん?」
「yashikiってあのヤシキ?」
「うん、そうドラム叩いてピアノ弾くyashiki」
yashikiは『HI-GROW』の元リーダーであり、
映画、テレビ、アニメなど様々な作品の音楽コンポーザーも務める
超大物音楽プロデューサーである。
「……何か言われたのか?」
「うん、『お前は『HI-GROW』より、
あんな事をやりたかったのかよ?って言われたよ」
「あんな事? そう言ったのか?」
僅かに眉間に皺を寄せる敦司。
彼の反応は正常と言えば正常であった。
「まあ俺は笑って済ましたけどね」
「……ヤシキの野郎、調子こきやがって!」
「まあ敦司的にはそう思うよね」
「……まさか『HI-GROW』まで再結成する!
なんて話はないだろうな?」
「……まあ実は何年か前にあったんだけど、
俺は断ったよ、だからyashiki的にはその辺が面白くないのかも?」
「今じゃ超大物音楽プロデューサー様だからな。
自分は何でも出来る、とか思ってそうだよな」
「まあまあそれくらいにしてよ。
俺は一応yashikiの友人でもあるからさ」
「……そうだな、オレは大人だから聞き流してやるよ」
「うん、そうして貰えると助かるよ」
「……」
「……」
再び訪れる静寂。
二人はしばらく無言でおでんの具を口に運んだ。
その間も店主の初老の男性は無言でおでんを煮込んでいる。
「でもこうして俺も敦司も今も多くのファンに囲まれて、
仕事出来るのって凄く幸せだと思う」
「そうだな、それに関しては同意だ。
何気ない日常が、何気ない日々がとても愛しく思う。
だからオレは毎日『今が一番』と思って生きているよ」
「うん、俺も似たような感じだよ」
「……んでさ、話少し飛ぶけど良い?」
「うん、いいよ」
「実は何時間も前から週刊誌の記者らしき男が
オレと秀人の近くでずっと待機してるんだけど……
ほら? あそこ見ろよ!」
「あっ、ホントだ。 それっぽいね」
「もしかして『御堂寺と弁財の夜の密会、
Superiorityの正式再結成!』
とか記事を書くつもりなのか?」
「どうなんだうね、まあいいじゃん。
敦司、肩をこっちに寄せてよ!」
「ん? こうか?」
すると秀人も肩を寄せて、
記者のいる方向に向かって大きくVサインをする。
「お、おい……秀人!」
「いいじゃん、タダで記念撮影してくれるんだからさ」
「……お前のそういう所、マジで大物と思うよ」
「そう? ありがとう」
「いや褒めてねえからさ」
「まあ兎に角、今を楽しもうよ。
まずはそれから始めないと何も出来ないよ」
「……それに関しては同感だな」
そして二人はその後もおでんをつまみにビールを飲んで語り合った。
それは秀人にとっても敦司にとっても非常に有意義な時間であった。
それから二週間後。
某週刊誌で秀人と敦司のツーショットが掲載されて――
『御堂寺敦司と弁財秀人の夜の密会!!
二人が会った真意は何処に――』
みたいな記事で芸能ニュースやSNS界隈は俄に騒ぎ立った。
その中で『Superiority』の正式再結成を
望む声もあって、芸能記者連中はそれを紙面で煽り立てた。
だが秀人も敦司もそれに関しては、肯定も否定もしなかった。
しかし敦司は別として、秀人はそのように推測される事を
何処か可笑しく思いながらもコメントは控えた。
「こういうのは推測されているうちが華だからね」
秀人はそう一言漏らしたが、
その表情は何処か満足げであった。
だが二週間もすればその事も忘れて、
秀人も敦司も今を楽しむ為に日々の仕事に没頭するのであった。
そして北海道のあのステージで秀人と同じ時を過ごし東京にもどった一人の若者がいた。
女から男になったロックバンドのベーシストだ。
彼は秀人に憧れていたバンドマンの一人である。
彼は彼らの記事をみながらほくそ笑んだ。
「こういうのは推測されているうちが華やな」
彼もいまや彼らと同じステージのうえに立つ。
絶えず世界のどこかで音楽が鳴り響くように。
この物語にも終わりはないだろう――
∀・)読了ありがとうございます♪♪♪じつに数年振りの共同制作の作品でございます♪♪♪フェスだかこそ実現できた作品になったのではないでしょうか。ちなみに僕が少し加筆しているのですが……わかる人にはわかるね(笑)本作に感動を覚えたひとは是非とも如月文人さんの『再結成』も読みにいって欲しいと思います。いでっちでした☆☆☆彡
如月文人様『再結成』
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