メテオール通りの怪奇事件簿 〜幽霊と幽霊のドタバタ婚姻譚〜
太陽の光が燦々と照らすレンガ造りの街道に、今日もあらゆる人々が行き交う。
しかし、清々しい朝とは思えぬ不穏な噂を耳にした。
「知ってる?最近、この通りで幽霊が出るんだって」
「………………」
「いやいやいや、そんなの嘘に決まってんじゃん」
「でもね、ここ数日で、目撃情報が数え切れないほどあるの」
「ふーん。例えば?」
「例えば……レストランで、勝手にドアが開いたりぃ、ひとりでにメニューが浮かんだりぃ……。そして、一部の人には聞こえるらしいの。『注文お願いします。』って。」
「いやただの客じゃねぇか」
と、いうことらしい。
幽霊が本当にいたらと考えると恐怖心が煽られるが、ちらほら噂を耳にする限り害はなさそうなので一安心だ。
しばらく歩いているとオシャレな雑貨屋の看板が目に入り、扉を開く。その瞬間、不如意なことに小さな段差に躓いてしまった。
すると、店の中にいた客がギョッとした目でこちらを見ていたのに気がつく。思わず後ろを振り返るが、そこにあるのは人々が道を行く一般的な光景だけだ。
「えっと、どうしたんですか?」
そう彼に尋ねてみたが、返答はない。それどころか、肩を竦めて足早に店から出ていってしまった。
彼の行動には理解が追いつかないが、考えても分からないことは仕方ないと、切り替えて店の商品をじっくり眺めた。
「わあ、これなんて、とても綺麗だわ……」
カーテンの隣に吊るしてある星型の飾りが、太陽の光を反射して美しく光を放っている。その一筋の光が、私の右手の薬指に嵌っている指輪の宝石をより一層輝かせた。
「すみません。この星の飾り、売ってるかしら?おいくら?」
「……………」
会計テーブルの奥に座っている店員は私の質問に全く動じず、黙々と本を読み続ける。
最近はこんなことばかりだ。まともに人と会話していない。だがきっと皆、自分のことに夢中になっているだけなのだ。目の前の店員なんて、客の質問が耳に入らないほど読書に熱中している。どれほど面白い本なのか、また後で尋ねてみようじゃないか。
しばらくして店に閉店の目印が増えたと思ったら、やがて街が暗闇に沈んでいった。だが私は、決して足を止めることは無かった。歩き続けた。一本の通りを、何度も何度も往復して。
ずっと、何かを、誰かを探している。そんな気がする。
「ねえ。君、名前は?」
突然背後から、どこか聞き覚えのある声がした。見覚えのない青年だ。辺りが暗い上にフードを被っているため、顔はよく見えないが…。
久しぶりに人から話しかけてもらい、内心驚くと共に安堵が押し寄せた。
「名前は?」
「あ、名前……私の?」
「そう、君の。」
「───────忘れたわ」
「そっか。わかった!じゃあ、僕が名前付けてあげる。んーじゃあ、スピカなんてどう?可愛くない?」
「スピカ……うん、可愛い」
速攻でつけてもらった名前だが、なんだかとてもしっくり来た。
「じゃ決まりね!ねえ、スピカ。突然だけど、僕と一緒に来て欲しいところがあるんだ。行こう?」
「ええ!」
初対面の人について行くのは危険だと、子供の頃から教わってきた、気がする。だがそんなことを考える前に、自分でも驚くほど早く、彼の誘いに乗ってしまっていた。
青年は、私の手を握って通りを飛び出し、近くの丘の上へ登ってゆく。彼に連れられたままその頂上に着くと、大きな三つの石が組み立てられた、人間がちょうど通れるほどの門があった。私はそれに、酷く嫌悪感を覚えた。足が止まる。
「ねえ、ここ、いや。街に返して。お願い、返してっ!」
自分でも訳が分からない。どうして丘に登ってきただけでこんなにも涙がボロボロと出てくるのか。それでも彼に訴え続けた。
すると一瞬、フードの中からヒヤリとした目つきで見られた気がした。何もかもが怖くなって、その場から離れようと足を引いた時────。
「あーあ、未練を晴らさずに連れてきちまうから」
木の上から男性の声がして振り向けば、青年と同じようなローブを着ている40代前半ぐらいの男がいる。
「兄さん……でも、この人は生前の記憶を失っているんです。未練を晴らそうにも、どうしようもないじゃないですか」
「それなら、手がかりを探して思い出させればいい。それだけじゃないか、新米君。」
「そんな、上手くいくんですか?」
「大丈夫だ、見てろよ。例えばその指輪!」
木からスーっと重力を感じさせずに降りてきた男性は、私の右手を指さし、「これは生前に婚約者がいた証だ!」と、彼は自信満々に声を張った。
「なるほど、その婚約者が見つかれば、スピカの未練が何かわかるかもしれないってことですね? でもその婚約者をどうやって特定………あれ、この指輪…………」
青年は自分のローブのボタンを外し、下に着ていた平民の服のポケットからあるものを取りだして私たちに見せた。
それは、私が嵌めていた指輪と同じものだった。付いている宝石の色も形も瓜二つだ。
はっと、彼の顔を見た。さっきまでフードを被っていたために見えなかったが、今、はっきりと私の記憶を呼び覚ましてゆく。
────そう、彼は、私の婚約者だ。
私は彼の手を強く強く握った。
「やっと、会えた…っ……………アーク…」
そう呼ばれた彼は目を見開いて、私を真っ直ぐ見つめる。
「そうだ………僕はアークで、君は、僕の婚約者……」
彼の瞳も、私の瞳も、涙でいっぱいになった。そして笑って、抱きしめあった。ぎゅっと、強く強く。
「あのぉ、感動の再会を果たしたところ申し訳ないんだけど、頭悪い俺でもわかるように説明してくんね?」
「兄さん………存在、忘れてた」
「おい!」
☆ ☆ ☆
「あーつまり、あんたらは婚約してたけどお前が半年前に流行り病で死んじまって、一度あの世で魂がさまよってるうちに生前の記憶を失い、その後女神に任命されて死者の案内人になり、一人残された嬢ちゃんは寂しさに耐えられず頭を冷やすために海岸に行ったらコケて海に落ち、その衝撃に頭をぶつけて記憶の大部分を失った状態で幽霊としてさまよい、よく一緒にお前とデートしてたメテオール通りで、嬢ちゃんの本能がお前を探し続けていたと、なるほど。愛の力ってもんはすげぇもんだ!」
「兄さん、その要約力を分けて欲しいよ」
「あれ……ま、待って…てことは……」
「ん? どうかしたの?スピカ」
「メテオール通りで噂になってた幽霊って、私?」
「………今更気づいたの?」
「ハッハッハッ! どんくせぇ嬢ちゃんだな! ま、記憶失った状態だったんだ。自分が死んだことに気づかなかったのも無理はねぇかもな?」
「まともな人間なら気づくけどね?」
「ちょ、ちょっとアークったら! 婚約者をアホみたいに言ってくれちゃって!!」
「ん?何が間違ってるのさ。僕の婚約者は、ほんと鈍感で間抜けでさ……コケて、ころっと死んじゃうくらいに……っ……」
アークの辛そうな表情に言葉が詰まったが、一変してアークは語った。
「僕らが初めて出会ったのは、星降る春の夜だった。これはロマンチックだけど詳細に言うと、どこかの婚約者が道端でコケたのがきっかけだしね?」
私は頬を膨らましてアークを睨む。するとアークは余裕のある表情をするので、余計にムカついた。けど、ほんと、ドンくさくてごめんね……。
私が少し俯くと、アークは私が何を考えているのか分かっているようだった。
「ま、そんなとこが、目が離せなくて、、可愛いんだけどね」
アークは私の頭の後ろに手を回しながら、おでこにそっと口付けした。
「ちょ、ちょっと……」
「久しぶりだね、スピカ」
アークは優しい表情になり、甘くとろけるような声でそう囁いた。そう、この声、私の大好きな声だ。
「うん、久しぶり」
するとズルズルと鼻水をすする音が聞こえた。
「兄さん…………存在、忘れてた」
「おいこの新米が! つーか俺の目の前でイチャコラしおって!……………………お前ら、本当に再会できてよかったなぁ……トホホ……」
「兄さん……」
「おじさん……」
「そういえば、アーク。私たち、幽霊なのにどうして触れられるの?」
「あーそれは、幽霊でも、触れようと思えば物に触れられるし、お互いの幽霊が許しあってれば幽霊同士でも触れられる。ただ、触れてるって言う感覚はないんだけどね。僕らが使える五感は、視覚と聴覚だけなんだ」
「なるほど、そういうことだったのね。だから何食べても味はしないし、お腹いっぱいにならなかったのか〜」
「………………」
アークとおじさんは2人揃って私を見つめた。
「はあ〜っ、これだからデカイ噂になるんだよっ」
「大した嬢ちゃんだ」
頭を抱えるアークたちに、私はにっこり笑った。
ゆっくりと、朝日が昇る。
アークに再開して、私の未練は無くなった。もう私は、いかなければいけない。
石の門の前で、アークに向き合った。
「アーク、死ぬ前にまた会えて、本当によかった」
「うん……………………もう死んでるけどね?」
私はふふっと笑いながら彼を抱きしめた。
「死者ジョークよ、死者ジョーク!」
実は昨日の夜、おじさんが話してくれたことがある。強い縁で結ばれた魂は、何度も何度も、繰り返し巡り会う。だから、何百年後になるかは分からないけど、いつかきっと、私たちはまた、再会できると。
「アークが案内人の役割を終えて、私たちが生まれ変わったら、また、こうして会おうね」
「うん。じゃあその時は………………」
アークは目の前で跪いて、私の右手に嵌っていた指輪を、左手の薬指に嵌め直しながら言った。
「僕と、結婚してください。」
驚きと嬉しさが胸に込み上げてくる。幽霊になっても、涙は消えてくれないらしい。
「あぁもうっ! 最後は泣かないって決めてたのにっ! あーくぅぅっ…」
アークはくしゃっとした顔で笑っていた。
「で、スピカ返事は?」
あぁー本当に、この上目遣いが憎い。憎い。憎い。でもそれが、、、
「……っ…もちろんよっ、憎き旦那様。大好き」
「間抜けな奥さん。僕だって大好きだよ」
最後に、そっと口付けをして、私は足を進めた。
またいつか、会える日を願って………。
☆ ☆ ☆
「あー私、今日のノルマ多すぎ!ねえアーク、手伝って!」
「はー? 無理だよ、自分でどうにかして?」
「へえ、旦那様ったら、さいてーね!!」
「はぁー?!いつもいつも仕事手伝ってやってんのはどっちだよ? たまには自分だけで片付けろ!」
「ハッハッハッ! ほんとびっくりだな!嬢ちゃんが行って女神様に会ったら、俺らが人手不足だからって嬢ちゃんまで死者の案内人になっちまうとはな!!」
と、いうことだ。そして私は今、とてつもなく忙しい日々を送っている。
「あーほんと、記憶を失った幽霊の未練探しとか、一番大変なのよ!!」
「それ、スピカが言えることじゃないけどね? 僕が急にスピカを石の門に連れてきた気持ち、分かるでしょ?」
「いいえ、ぜんっぜん分からない!私はあんたみたいな最低な人間にならないように、ちゃんと人の未練を晴らすわ」
「お、その心意気で…」
「だから、私の仕事がちゃんと上手くいくように、ちょっとだけ手伝って?」
「…………お前最低だな。」
こんな通常運行の私たちを見て、おじさんは今日も呆れているようだ。
「はあ、そんなこと言ってねぇで、早く終わらせるぞ! 明日はお前らの結婚式だからな!」
「もちろん、早いうちに片付けますよ」
「私だって負けないわ!」
「じゃ、どっちが早いか競走だな?」
「受けて立つ!」
私とアークは勢いよく事務所から飛び出した。が、私は勢いよく階段で滑ってアークに置いていかれてしまった。
「お前、霊なんだから浮かべばいいだろー!」
「もーっ! アーク待てぇーー!!」
外から聞こえたスピカの叫び声が遠ざかり、事務所は一気に静かになった。
「はあ、あいつら、騒がしいったらありゃしねぇ。でもアークのやつ、嬢ちゃんが来てから、だいぶ明るくなったな。」
☆ ☆ ☆
「わあ! ウェディングドレス凄いわ! どうやって用意したの?おじさん!」
「……まあ、ちょいと秘密だな!30年後には教えてやるさ!」
「え、でもその頃には……」
「いや俺だって生きてるわ!ま、もう死んでるけどな!」
「矛盾しかないよ兄さん」
それはさておき、「アーク、見て! ほら、花嫁のウェディングドレス姿よ。何か言うことがあるんじゃないかしら?」
「……………」
私を見つめるアークはふいっとそっぽを向いてしまった。だがその頬はほんのり赤い。
あ、あれ……? いつも通り余裕のある表情で欺いてくると思ったのに……。予想外の反応で私まで恥ずかしくなってきた。ただでさえ、いつもと違うタキシードを身にまとったアークに緊張しているのにっ。すると、、、
「綺麗だよ」
彼は私の耳元でそっと囁いた。
私はぱっと明るい表情になったが、あまりの恥ずかしさに目線を合わせられずにいると、、、
「いつもよりは、ね?」
そう言ってアークはウインクを決めてきて、私の高まったドキドキは一気に地に落ちた。
「………はぁァ?いっつも一言多いのよ!もぉー憎い!!」
「ヴぅっ」
腹に一発くらわせてやった。
式場というオフィスに、鐘の音が鳴り響いた。花嫁の入場だ。花嫁は、おじさんと腕を組んでゆっくりと花婿の方へ進んだ。
そして教父になりきったおじさんは問いかける。
「夫アークは、次に生まれ変わった時も、その次に生まれ変わった時も、そのまた次に生まれ……(以下略)……時も、妻を愛すると誓うか?」
「………社内結婚式だからってふざけすぎじゃないか?」
「いいから、ほら早く言って!」
するとアークは真っ直ぐな目つきになった。
「誓います。」
「妻スピカは、夫がどれだけ仕事を手伝わない時も、どれだけ憎たらしい時も、夫が人間として最低で……(以下略)……な時も、夫を愛すると誓うか?」
「………やばい誓えないかもしれない」
「おっと、僕は頑張って誓ったんだからスピカも、ね?」
「頑張ってってどういうことかしらァ?え?」
「心を込めて言ったって意味だよ。ほら、早く言って?」
私は軽く深呼吸して、その言葉を紡いだ。
「誓います。」
そして彼は私のヴェールを手に取り、二人は誓のキスをした。
触れている感覚はなくても、私の心は満たされていた。もう、ひとりじゃない。孤独じゃない。私の目の前に、私の大好きな人がいる。
そして、いつかまた、生きて再会できるっていう、確信がある。信じてる。
あぁ、幸せだ。
☆ ☆ ☆
突然、社員Bが、慌てて事務所に入ってきた。
「おじさん、大変です!!」
「どうした!社員B!」
「……………えぇ、それが、最近街で"︎︎消えたウェディングドレス︎︎"︎︎や︎︎"︎︎浮かぶティアラ"︎︎などといった噂が広がっているようです!!」
「兄さん………」
「おじさん………」
私とアークは呆れた目つきでおじさんを見つめた。
「……………ほっとけ。大丈夫だ!その幽霊には、未練も何もない! ハッハッハッ!」
★ ★ ★
「お母さん、今日もご飯美味しい!」
「ふふっありがとうそんなことよりお弁当忘れてるわよ、鈴香」
「あっ、ほんとだ!危なー」
私は慌ててカバンにお弁当を入れた。
「もう、今日は入学式だってのに……」
そう、私は今日から高校生になる。
「ふふふっ、私にもやっと、運命の出会いが……」
「そんなこと考えてるから、この歳になってもすっ転んでばかりなのよ。しっかりしなさい」
「はいはい。事故にだけは気をつけるから。じゃ、行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい!」
私は勢いよくドアを開け、食パンを口に挟んで走り出した。
「やばい、遅刻遅刻!」
そして、そこの角で突然、運命の人とぶつかって………という妄想をしながら、普通に自転車を漕いだ。
いやぁ私は、初日から遅刻なんてベタなことはしない!
と、思って学校に着いたはいいが……確かに遅刻はしていない。時間には余裕がある。しかし、校舎内で迷った……。
「こっちだと思ったんだけどな…」
廊下であっち行ったりこっち行ったりしていると、、、
「ねえ。君、そこで何してるの?」
一瞬、心臓がビクッとした。なんだろう、この感覚……。
振り向けば私と同じ1年生らしい男子生徒がいた。あ、顔も声もタイプかも……。
「え、えっと、そのぉ……」
「あ、ねえ君、ほっぺにお米ついてるよ?」
「え、嘘……」
私ったら、登校初日からなんて失態を……。
「嘘。」
そう言って彼は悪い顔で微笑んだ。
「は? ちょっと、ムカつく!」
「ほら、行くよ。どうせ迷ったんだろ?」
「…っ……」
何も言い返せない………。ていうか、初対面なのになんでそんな嘘つけるのよ。
少し話してみれば、彼と私は偶然にも同じクラスらしい。さっきは、時間になるまで校舎を回っていたのだとか。教室で友達を作ればいいのに、なんとも不思議な人だ。
私たちは教室に入って座席表を確認し、席に着いた。
「で、なんであんたが私の隣なの…?」
「よろしくね?鈴香」
「はあ……よろしく」
彼はニコッと笑った。初対面だが、わかる。こいつはとにかく憎いやつだ。
「僕のことは朔って呼んで」
「はいはい。」
すると、教室のドアが開いて担任の先生が入ってきた。
「みんな、おはよう!今日は入学式だ。心して行こう!ハッハッハッ!」
なんか、すごくキャラの濃い担任だな。
はあ、私の高校生活はどうなるのやら……。
でもとりあえず、退屈することはなさそう。
呑気にあくびをする朔を横目に、そんなふうに思った。