08
「人生をやり直している僕の願いは、三つ。旦那様の病死を防ぐことと、お嬢様が罹った病の特効薬を速やかに持ち帰ること。そして……お嬢様にすぐ会いに行き、幸せになれるよう陰ながらお支えすることです」
デールの話を、ユーフェミアは静かに聞いていた。
正直、人生をやり直しているとか、かつて彼はユーフェミアと結婚したとか、そんなことを言われてもにわかに信じがたいことばかりだが……デールが誠実な人であることはよく分かっているため、彼の話を信じたい、という気持ちが強かった。
(……すぐには受け入れられそうにないけれど、彼の話は理にかなっているのよね)
父の咳止めになる多肉植物をすぐに発見して持ち帰ったのもそうだが、つい最近発生したあの発疹ができる病の特効薬を見つけるのもかなり早かった。
だが、デールが人生をやり直しており――一度目の人生では何十年もかけてやっと見つけたものを今回は可及的速やかに回収しに行ったということなら、彼の行動の早さも納得できる。
「……初対面のとき、ぱりっとした格好になっていたのもそれに関係しているの?」
「え、ええと。……一度目の人生では、僕みたいな薄汚い変人と結婚したことであなたまで攻撃されていたと、後に知りました。だから、旦那様やお嬢様の評判を汚すようなことはしたくなくて、必死に身なりを整えました。僕は、その、きちんとした格好をすればそれなりに映える容姿らしいので……それに従僕の仕事をすればきっと、タナー家の評判も上がるだろうと思って……」
もじもじしながら言うデールだが……つまり彼の行動のすべては、父とユーフェミアのためだったのだ。
肺炎により死んだ父を早い段階で回復させ、化粧品に混入していた毒により重篤な症状に陥ったユーフェミアを救った。そして……タナー家の評判が上がるよう、ユーフェミアが幸せな結婚をできるよう、心を尽くしてきたのだ。
ぎゅっ、とユーフェミアは膝の上で拳を固める。
「……私、知らなかったわ」
「……はい。本当は、墓場まで持って行くつもりだったのですが……その、てっきりお嬢様が最近よそよそしいのは、僕の失言を耳にしたからだと思っておりまして。……弁明のつもりだったのですが、やぶ蛇になったようですね……」
「……ああ、そう、それよ!」
とんっとテーブルを叩いて立ち上がったユーフェミアを、デールはきょとんとして見上げてくる。
「私がその、そっけなくしてしまったのは……ほら! せっかく好きだって言い合ったのに、あなたはなんだか気まずそうにしていたからよ!」
「……え、ええっ! そ、その話題に戻るのですか!?」
「戻らないでどうするのよ!」
もう、と唇をとがらせてから、ユーフェミアはずいっとデールに詰め寄る。
「それで、それで? デールは一度目の人生で失敗してしまったことを反省して、今回私たちを助けるために尽力してくれたのよね?」
「え、ええ、そういうことです、だいたいは……」
「分かったわ。それじゃあ、この話はおしまいね」
「おしまいにしていいのですか!?」
デールはびっくりしているが、なぜ彼がびっくりするのだろうとユーフェミアは微笑んだ。
「正直ね、あなたの言うことはまだちょっと信じがたいの。だって、人生をやり直すなんて魔法みたいなこと、非科学的であり得ないから」
「……で、ですよね……」
「でも科学で証明されていないだけで、実はそういう経験をしたことがある人は多いのかもしれない。それにあなたの行動の理由も分かったから、これに関しては私は何も言わないつもり」
「……」
「それで、ね。私とあなたはお互い好き合う者同士、ってことでよいかしら?」
ユーフェミアが話を戻すと、それまで目をさまよわせていたデールの頬がぽうっと赤みを帯びた。
「え、そ、それは、あの……僕もあのとき、かなり焦っていて……」
「私を励まそうと、思ってもないことを言っちゃった感じ?」
「違います! そ、そうではないのですが……冷静になって考えてみると、僕はとんでもない発言をしてしまったと分かって……」
デールの声は震えており、涼しげな目元が痛みをこらえるかのように細められている。
「僕は……僕はかつて、あなたを傷つけたのです! 愛ゆえでない結婚なのに、あなたは僕のことを信じ続けてくださった。妻として十分すぎるくらいのことをしてくださったのに、僕はあなたの思いや悲しみ、寂しさを切り捨てた! 僕がきちんとあなたと向き合っていれば、あなたはあんなに若くして死なずに済んだのに……」
「……」
「……だ、だから、たとえやり直しの人生だとしても、もう僕はあなたを悲しませるようなことをするわけには――」
「おりゃあっ!」
それ以上言うな、とばかりにユーフェミアが近くにあったクッションを掴んでぶん投げ、デールの顔に命中させた。彼は「ふげっ!?」と悲鳴を上げて頭をぐらつかせ、自分の膝の上に落ちたクッションを見下ろして呆然としている。
そんなデールを、両足を広げて立っていたユーフェミアはふん、と見下ろした。
(……本当に、この人は!)
「さっきから気になっていたこと、言っていい?」
「え、ええ、なんなりとどうぞ」
「あなたは一度目の人生? の私について話すけど……こっちはなんだか、浮気をされている気分になるのよ」
「う、わき……?」
「だってそうじゃない? 一度目の人生ってのは私の記憶にはない。だから、あなたが最初に結婚したユーフェミア・タナーのことを話すのを聞いていると……昔の女をいつまでも引きずっているように思えるのよ」
「そ、そういうわけでは……あれ? そういうわけ、なのか……?」
デールの方も自分の発言のおかしさに気づいたようで首をかしげたため、ユーフェミアはため息をついてソファに座った。
「もちろん、贖罪をしなければと考えるあなたの気持ちに水を差すつもりはない。……でも、ここまで過去のことをあれこれ言われると、デールが好きなのは『私』じゃなくて、一度目に結婚したユーフェミア・タナーなのかなぁ、と思ってしまうのよ」
「違う! ぼ、僕にとっての過去のユーフェミアは、お守りするべきだった人で……僕が好きになったのは、あなたです!」
必死になって主張するデールを見ていると、なんだか意地悪をしているような気持ちになってしまう。だが必死だからこそ、彼から確実な気持ちを引き出すことができた。
「それじゃああなたは……今の私のことが、好きなのね? 過去に救えなかったユーフェミアの代わりじゃなくて、今を生きる私がいいと思ってくれるのね?」
「あ……」
にっこり笑って問うと、デールは一瞬言葉を失った。だがすぐに彼は表情を引き締めると、ゆっくりとうなずいた。
「……はい。最初は一度目の人生で妻と約束したことを果たそうと、あなたを支えてきました。……ですが僕は、あなたという人を心からお慕いしています。守るべき人、庇護対象というだけではなくて……恋しく思う人として」
「デール……」
「改めて、言わせてください。……好きです、お嬢様――いえ、ユーフェミア様」
胸に手を当て、凜としたまなざしで言うデールに――ユーフェミアの胸の奥で、ふわりと温かな感情が芽生えた。
嬉しい、とか恥ずかしい、とか……愛おしいとか。そういったたくさんの感情が美しい花束のようにまとめられ、ユーフェミアの胸元に押し寄せてくる。
デールに告白されるのは、これで二度目。
だが……今回やっと、彼の本心からの気持ちを聞けたのではないか。
「……ありがとう。私も、好きよ」
「っ……」
「これからどうぞよろしくね、デール」
デールの話によれば、自分たちは一度目の人生でまず、散々な初対面を経験した。そして二度目の人生である今年の春、寄宿舎棟の裏門前で改めて挨拶を交わした。
そうして今、改めて……ユーフェミアは本当の「デール」と出会うことができた気がした。
「あらまあ、また来ているわよ、あなたのフィアンセ」
窓の外を見ていたアンジーが、ニヤニヤしながら教えてくれた。下級生からは凜とした素敵なお姉様として慕われるアンジーも、ユーフェミアの前ではかなり俗っぽい性格をあらわにしていた。
「……分かっているから、いちいち言わなくてもいいわよ」
「ふふ、ごめんごめん。……それにしても、あの美男子がユフィの恋人だと知ったときの皆の反応は、今思い返しても見物だったわねぇ」
アンジーが楽しそうに言いながら、こちらを見てきた。
ユーフェミアとデールは改めて自分たちの気持ちを打ち明け、晴れて恋人同士になった。一人娘と若き主席研究者の交際報告を聞いた父は涙を流して喜び、「君が婿に来てくれるなんて、夢のようだ!」とデールの手を握って言っていた。
まだそこまでの話は……と言いたかったが、このまま順調に交際が続けばいずれ結婚するだろうし、そうしたらデールがタナー家の婿になるのが自然だ。
そうすると奇しくも一度目の人生とやらと同じ関係性になるのだが、そのときと違って父は元気だし、ユーフェミアが皮膚病で死ぬ未来もなくなった。だから、父の言うとおりになったとしてもきっと、ユーフェミアたちはうまくやっていける。
アンジーにからかわれつつ、ユーフェミアは寄宿舎棟を出た。季節は冬になっており、もう半月もすれば初雪が降るだろうと言われている。
なおユーフェミアは知らなかったがデールは寒さに非常に弱いらしく、「研究資金がない頃は、研究室で何度も凍え死にそうになりました」と死んだ目で言っていた。「寒かったら私が抱きついて温めるから、大丈夫よ」と言うと、頬を赤らめてほかほかになっていたが。
デールの待つ門の方へ向かう。最初の頃は恋人持ちだと分かっていてもデールを名残惜しそうに眺める下級生たちがいたが、彼女らも三年監督生の恋人を略奪する趣味はないようで、最近はめっきり姿を見せなくなっていた。
「デール」
「お嬢様」
門の前には、もこもこに着ぶくれたデールがいた。どう見ても、ユーフェミアより厚着だ。
今の彼は髪型はすっきりさせているが、あの分厚い眼鏡を着用している。彼曰く、「これを付けている方が、落ち着くんです」とのことだ。研究所ではダサ眼鏡と呼ばれるそうだが、ユーフェミアは眼鏡をかけているときのデールにさえ魅力を感じるのだから、相当だと自分でも思う。
(一緒に幸せになろうね、デール)
二人は取り合って微笑み、肩を寄せながらタナー家の馬車に乗り込んでいった。
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