(1)おめでとう ”おめでとう”
これまたツラツラしていきます
(1)おめでとう ”おめでとう”
おめでとう。そして”おめでとう”。親友のプロポーズが成功した日の夜にまさかもう1つ舞い込んでくるとは。アルコールと炭酸が体内に沁みる。お前は幸せになれよな。そっちは幸せにならなくてもいいけど。ガラクタとハイボールがぶちまけられた頭の中に、複雑に絡まり合った感情が混ざり合った。
小学生のころからの親友が、4年間付き合っていた彼女にプロポーズをした。彼女さんはめちゃくちゃ良い子で、親友のちょっとしたおマヌケも笑って包んでくれる子。俺君とも仲良くなりたいと、何度か3人で出かけたこともあった。2人は真にお似合いのカップルって感じ。そして今日、2人は海にドライブしに行った。天気も良く、夕暮れの1番綺麗な時に親友が彼女にプロポーズをしたのを、のちにカメラマンとして合流した俺が全部動画に収めた。俺も最高だった。泣いた。多分2人よりも泣いた。ぐっしゃぐしゃだった。その後はプロポーズ成功おめでとう、と用意していた諭吉何人かを親友に渡し1人先に帰ってきた。幸せをかみしめながらハイボールを作り、おしゃれな洋楽を流し、彼らのことを思いながら何杯もお代わりをする。おめでとう親友…、本当におめでとう。
携帯電話の通知音が鳴った。あいつの幸せな写真でも送られたかな。保存して結婚式に流す動画でも作ってやるよと思いながら、画面を見る。だがそれは、親友からではなかった。高校の頃に同じ部活だったAからだった。AはどこかのサイトのURLと一緒に、短いメッセージを送ってきた。
『お前が高校時代に付き合ってた谷野麻友、結婚したらしいよ』
知りたくなかった。忘れたと思っていた声が聞こえてきた。
「部活頑張ってるの、ずっと見てたんだ」
「すごくカッコよくて」
その声も名前も聞きたくなかった。
「私、俺君が好き」
あっちから告ってきたくせに。
「あのね、付き合っているのは内緒ね、恥ずかしいから。約束」
肩をすくめて恥ずかしそうな麻友。いい子だと思った。それなのに。麻友の言う通り、俺は自分からは本当に誰にも話さなかった。Aには感づかれたから、彼にだけは明かした。それなのに。
「ごめん」
電話越しの『ごめん』。理由も言わずに数か月後に振られた。俺と別れるのに理由なんて必要ないと思ったのだろう。麻友を好きになったところだったのに。『ごめん』だってさ。たった3文字。約束がガラガラガラと崩れていった音が聞こえたのを覚えている。『これからどうなっても一緒にいれたら、最高じゃないか?』という趣旨の英語が耳に入ってくる。聴きたくなくなって俺は音楽を止めた。部屋が鎮まる。
マジでどうでもいいけど、ほんっっっとうにどうでもいいと思ったけど、気になってしまった。送られたリンクをタップする。とんだ先は麻友のSNSだった。
『高校時代から付き合っていた彼にプロポーズされました!幸せ!』
…あぁ…そういうことね…。
なんでよりによって今日なんだよ。上げられて、最高に上げられてどん底を抜けて地獄の底の底の底の…。きりがないけど、底中の底にまでどでかい手で猛スピードで叩き落された感じがする。ハエの気持ちがわかった気がした。さっきよりも濃い目に割ったハイボールを、グッと傾ける。もうどうでもいい。だけど結婚をしたことに関しては、誰であれ何であれ、めでたいことではあるよなと俺は思った。そして心の中で呪った。
"おめでとう"。
ちなみにAのラインには、大げさに絵文字を入れたカラフルで特大のリアクションを返信しておいた。