侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」
はあ。これでなんとか就職口を確保できた。
ここがダメだったら残る選択肢は修道院。黙って家を出ちゃえばどうとでもなるとはいえそうすると完全に生活費にも困るから。
これでも今まで侯爵令嬢として傅かれスプーンより重いものも持ったことのない深窓の令嬢をしていたあたしとしては、まだ社会に出て自分でお金を稼ぐっていうのももう一つ自信がない。
今回のことでカンカンに怒っているお父様には「お前など修道院に放り込んでやる」って怒鳴られて。
あたしがどんだけ無実だって主張しても聞いてもらえなかった。
せめて、あたしの魔力を活かせる場所をと懇願し、この魔法省の採用試験を受験させてもらえたのだけど。
面接官の人に軽くお辞儀をして席を立とうとしたところで。
「ああ。それではまず最初に魔法省長官との面会がありますので、そのままもう少しお待ちくださいね」
と、椅子に座ったまま待つように促される。
魔法省の長官って言ったら……。
確か、氷のように冷徹だって噂のオルファリド・グラキエスト様、だよね……。
三大公爵家筆頭のグラキエスト公爵家。国王アウレリウス様の妹君が前公爵に降嫁してオルファリド様がお生まれになったはずだから、コーネリアス殿下とも御従兄弟で。
あたしはまだ社交界デビューしてなかったからお会いしたことはないけど噂では彫像のように美麗なお顔をしていらっしゃるのだとか。
怖いのかな。でも。
ちょっと興味が……。
「ふむ。君が噂の悪女か」
お部屋に入るなりそうのたまった彼、グラキエスト公爵さま。
じろっとこちらを眺めるように見る瞳は確かに氷のように鋭くて。
「わたくしは無実です!!」
思わず立ち上がったあたし、公爵様に向かってそう啖呵を切っていました。
⭐︎⭐︎⭐︎
「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」
貴族院の卒業記念パーティの会場で、あの茶番は起きました。
あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。
会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。
「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」
殿下はそこで一息つき、さっと振り返り背後に控えていたレミリア嬢に微笑むと。
おもむろにあたしの方に向き直って。
「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」
と、声を張り上げたのです。
「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」
一瞬呆気に取られ言葉が出てこなかったあたし。
とにかくそれだけ言って。
周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。
「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」
え?
どういうこと?
みんな、マクリアンまで?
漂う黒い陰湿な気配。
そんな黒いもやが見え。
ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。
「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」
あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。
背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。
そのまま後ずさるように会場を出て。
逃げるように馬車で家まで帰ったのです。
なんの悪夢かと。
もしかしたらこれは本当に夢で、朝起きたら元の世界に戻っているんじゃないか。
そんなふうにも考えましたけど、でも、残念ながらこれは現実の出来事で。
朝方早くに王宮からの使者が来たとお父様に呼ばれたあたし。
昨夜のパーティの出来事を問い詰められ正直に話したけれどまるっきり信じてもらえずに。
王子だけでなくその取り巻きそして従兄弟のマクリアンまでもがあたしを非難する声明に署名しているのだぞと問い詰められて。
そこには。
二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。
彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。
まあ最後の突き落とそうとしたとかいう話はマクリアンが間一髪で止めたので実際にはそういうことは起きなかったのだということだったけど。
そんな内容が書き連ねられていた。
「わたくしは無実です! このようなこと全く心当たりがありません!」
そういうあたしにお父様、
「まあいい。お前がどう言おうともはやこの醜聞が消えることはない」
と全く取り合ってもくれず。
挙げ句の果てに、あたしを修道院に入れると言い出す始末で。
なんとかこうしてこの魔法省に入れなければ、危うく修道院で寂しく一生を過ごすことになるところだったのです。
⭐︎⭐︎⭐︎
「君はバカか?」
はぁ?
いきなりそんなこと言われてちょっとカチンと来たあたし。
ジト目で睨み返すも「ふっ」とふきだされ。
なんだか少し笑われたような気がしたけど、でもでもこの人って氷の表情で有名な公爵様だったよね?
笑顔も見た人がいないとかいう噂だったのに。
「どういうことですか!?」
思わず強い口調でそう言い返すあたしに、
「ははっ!」
って、今明らかに笑った? よね!?
「そもそもだ、そこまではっきりと黒いモヤが見えたのならなぜそれを訴え出なかったのだ?」
「え、でも。わたくしがそう感じただけかもしれませんし……」
「今回の採用試験の結果、君の魔力量は1500を超えることが確認された。魔力特性値は79、ほぼ聖人レベルの特性値だ」
はう。まあそれは洗礼式の時にも確認されてたしだからこそその高い魔力が勿体無いからってこの魔法省を受験するのを許してもらえたわけだけど。
ポカンとして公爵の顔を覗き込んでいると、彼の表情がまたちょっとにやっと崩れて。
「そこまで高い魔力の持ち主が感じたのだ。その黒いもやとは『魔』に間違いはないだろう」
へ?
『魔』って。
あの魔?
魔族の魔、魔獣の魔。
この世を蝕む漆黒のあの魔?
「ふむ。これは緊急を要するかもしれん」
ばっと立ち上がったオルファリド・グラキエスト公爵。
黒いマントをばさっと翻して。
「よし。ではいくぞ」
とおっしゃった。
手招きしてあたしにも同行するよう促す彼。
「わたくし、ですか?」
「ああ。君以外に誰がいるというんだ?」
そのまま問答無用で彼に同行することとなったあたし。
魔法省の専属馬車に乗せられて王宮へと急いだのでした。
⭐︎⭐︎⭐︎
「何事ですか? オルファリドにいさま」
王宮の奥、コーネリアス王子の私室に先触れもなく乗り込んだオルファリド様。
流石にまずくない? って思ったけど結構この二人は親密な感じ。
まあそういえばだけど、一人っ子のコーネリアス様にとってオルファリド様はお兄様みたいな感じなの?
確か王位継承権の第二位はオルファリド様だったような。
「ああ、少し気になったことがあったのでな」
そんなふうにサラッと流すオルファリド様。
コーネリアス様、あたしの方もサッと見たけどあたしだって気がついてないみたい。
ここにくる途中で、「これをかけるといい」とオルファリド様に渡された認識阻害メガネ。
かわいい丸いメガネなんだけど、これかけただけで殿下にはあたしはその辺のモブっていうか、オルファリド様の秘書くらいにしか認識されていないのかもしれなかった。
「ああそうだ。にいさまにお時間があるのなら、私の新しい婚約者を紹介したいと思うのですが」
頬をあからめそうのたまうコーネリアス様。
何? その初々しい表情は!
あたしといる時にはこんな顔、見せたことなかったのに。
「ああ。ぜひ。レミリア・マーベル男爵令嬢だったか。彼女にも会いたいと思っていた」
オルファリド様がそう言うと、ぱあっと破顔したコーネリアス殿下。
「レミリア、おいで」
とそう寝室に向かって声をかけます……。
って、何?
なんで?
流石にあたしでも婚約期間中に殿下の寝室に入るなんてはしたない真似はしなかった。
ちょっとそれだけは、ダメだって。
そう思ってたから。
オルファリド様のお顔がサッと冷たく曇るのも、あたしは見逃さなかった。
身内の公爵様だってやっぱりそう思うよね。
でも。
寝室の扉が開き。
そこからふんわりとしたピンクの部屋着を着て現れたレミリア嬢を見て。
あたしはこれがそんな貞操観とかそういったレベルの話でも無いことを感じて。
うん。
やっぱり見間違いじゃない。
黒いモヤは彼女から発生している。
背筋に冷たい冷や汗が落ちるような、そんな気持ち悪さも感じる。
そもそもあたし、レミリア嬢ってよく知らないんだよね。
個人的にお話したことも無かったと思う。
貴族院ではクラスも違うし、一緒のお茶会にも参加した記憶も全く無い。
だからどうしてあんな濡れ衣が罷り通ったのかも不思議でしょうがなかったけど。
それもあって、彼女がどうしてこんなふうになってしまったのかもいつからこうなのかもよくわからなかったりだ。
ただ、ふんわりと歩いてきて王子のそばに侍りついたその姿を見たときは、ほんと吐き気がしてしまった。
気持ち悪くって。
「にいさま。彼女がレミリアです」
と満面の笑みで彼女を紹介するコーネリアス様。
そこにはほんと、なんの躊躇いも曇りもなく。
公爵にも彼女との愛を祝福して貰えると全く疑っていない。
そんな雰囲気で。
「そうか」
とそれだけ言ったオルファリド様のお声が氷のように冷たいのにも、意に介さない様子だった。
と。
ここまでくれば普通は自己紹介したりするものだよね? レミリアも。
なのに。
彼女はその真っ黒な瞳で公爵を値踏みするように眺めているだけ。
コーネリアス様もそれを咎めようともしない。
ただ、オルファルド様の纏う気がどんどんと氷点下まで下がっていくのをあたしだけが感じている。
そんな時間が少し続き。
元々赤毛の巻き毛でお顔も童顔で、決して美人という雰囲気ではなかったレミリア。
少なくとも先日の貴族院の卒業記念パーティの場ではそんな幼い雰囲気を纏っていたはずの彼女。
でも今は。
真っ黒な妖艶な気をあたりに撒き散らし。
真っ赤な口をにっと開き、舌なめずりをする彼女。
そして。
「あなた、おいしそうね」
そうオルファリド様に向かって囁いた。
途端に周囲に広がる黒い靄の嵐。
それがオルファリド様に襲い掛かり!
「君はわたしの後ろにいなさい!」
黒いマントをばっと開きあたしを庇うように前に出る公爵!
あ、だめ!
黒の嵐をかろうじて防ぐ公爵のマント。
あれも魔道具?
でもこのままじゃ!
拮抗する魔の気とオルファルド様の魔力。
その背後で守られたままのあたしは、だんだんと腹が立ってきた。
こんな化け物のせいであたし、あんな目に遭ったわけ?
正直コーネリアス様との婚約はお父様が決めてきただけの政略的なもので、彼のことを好きとかそんな感情は一切なかった。
だから別に彼が真実の愛だの恋だのを見つけたという理由で婚約が破棄されるだけなら、あたし自身はせいせいしたとしか思わなかったかもだけど。
別に王族になりたいとかそんな気持ちも一切なかった。
ううん、逆に、王族なんか嫌だって気持ちも実はあった。
だから普通に言ってくれさえすれば王子なんかレミリアにのしをつけてあげたのに。
ああもう!
「オルファリド様。ありがとうございます」
あたしは庇ってくれている公爵にそうお礼だけ言って。
カツカツとレミリアに向かって歩く。
黒いもや?
もうそんなの怖くない。
恐怖よりも怒りの方が優ってるし、それに。
あたしは自分の周囲に精霊キュアを纏う。
金色の粒子があたしの周りを覆い、黒いもやを浄化していった。
この世界に満遍なく存在する精霊。
その精霊の力を借りるために必要なのが魔力特性値という精霊との相性みたいなものだ。
通常、人の持つ特性値はせいぜい10から20ほど。
50を越えれば達人。80で聖人。100を超える限界突破者などは開闢以来数えるほどしか居なかったという。
あたしは。
生まれつきそんな精霊が見える特殊な体質だった。
今までそんなこと周りに話したこともなかったけど、あたしが呼べばたいていの精霊は力を貸してくれるのだ。
パン!
レミリアの正面に立ったあたし、彼女の頬を思いっきり平手で打って。
「いい加減にしなさいよこの淫魔!」
そう啖呵を切って。
一瞬。
キョトンとした顔をしたレミリア。
でも、すぐに鬼のような形相になった。
「お前は、聖女アマリリスか! このワタシの邪魔をするその力、そうか貴様がこの時代に蘇っていたとは!」
は!?
「なんのことかわからないけどもう我慢ができないの! あんたなんか消えちゃえ!」
あたしは両手を前に突き出し掌をその淫魔に向ける。
心のゲートを開放し、全力でマナを吐き出した。
あたしの中の金色の魔力がレミリアだった淫魔を包む。
そして。
がっくりと項垂れるように崩れるレミリア。
コーネリアス様は放心状態のまま、ただただ反射的に彼女を抱きとめた。
一気に魔力を放出して貧血状態みたいになったあたしも、ふらっと倒れそうになったところを。
背後から抱きとめてくれるあたたかい手。
「大丈夫か? セリーナ」
耳元でそう優しく聞こえるオルファリド様の低音ボイス。
それは、冷徹とか氷のようだとかそんなんじゃない、すごく気持ちのいい声で。
どき! どきどきどき!
心臓が早鐘のようになっているのがわかる。
「ええ。わたくしは大丈夫です。オルファリド様」
あたしは真っ赤になりながらそう答えるのが精一杯だった。
「よくやった、セリーナ。君のおかげでこの国は魔に侵されることなく護られた」
はう。
「しかし君があの世界を救った救世主、古の大聖女アマリリス様の生まれ変わりだったとはな。やはり興味深い」
え?
っていうか大聖女アマリリス様って言ったら、身を挺して厄災から世界を救ったというあの?
あたしがその生まれ変わりってそんなの嘘!
「ああ。君が欲しい。コーネリアスが正気に戻ったとしてももう返したくはないな。どうだ? セリーナ嬢。わたしと結婚してくれないか?」
「え、ちょっと待ってくださいオルファリド様。いきなりそんな!」
「わたしは本気だ。愛してるよセリーナ」
ああ。
背中から抱きしめられ、耳元でそんなふうに囁くオルファリド様に。
一瞬頷きそうになったけど、でも。
ああもう。
「揶揄わないでください!」
あたしは真っ赤になって涙目でそう答えるのが精一杯だった。
⭐︎⭐︎⭐︎
全てが片付いた後。
魔が払われ正気に戻ったレミリアからは全ての記憶が消えていた。
普通のおとなしい男爵令嬢に戻った彼女。
まあ彼女も犠牲者だってことがわかり、特に罪に問われるということはなかった。
あたしもそんなことは望んでいなかったしまあよかったよね。
ただ、彼女、王子との恋も記憶から消えちゃって、かなり困惑しているらしい。
しょうがないか。
コーネリアス殿下は起こった出来事の記憶はちゃんと残っていて、かなりの自己嫌悪に陥ったらしい。
王族の、それも王位継承者一位の身で、淫魔にたぶらかされたのだというのはやっぱりかなり精神的に堪えたらしいの。
ただ、こうなったからにはちゃんと責任取ってレミリアと結婚するのだって、あたしにそう謝ってくれた。
あたしたちの間には恋は無かった。
でも、あんなふうに辱めたのは事実で、それはもうどれだけ謝罪しても埋めることはできないから、と。
真摯に謝罪してくれたのだった。
あたしはそれを了承し。
改めてあたしと殿下の婚約は解消したのだった。
周囲の人たちも操られていただけなのがわかり、あたしの名誉は回復された。
お父様も納得してくれたけど。
でも。
あたしはそのまま魔法省で働くことになった。
っていうか、オルファリド公爵様があたしを離してくれなかった。
あたしは長官付きの秘書って立場に配属され、今も。
「愛してるよセリーナ」
と、そんなセリフが毎日の朝の挨拶となっている。
「はいはいわかりました。じゃぁお仕事しましょうね」
もうそんなふうに邪険にあしらうあたしに。
時々背中からふっと、
「だから、俺のものになれよ」
と囁く彼の低音ボイス。
もう!
冷徹公爵だなんて何かの間違いなんだ。
俺様公爵って言い換えた方がいいかも!
と、そう心の中で悪態をついて。
でもね、なぜか憎めない自分がいるのも感じてた。
それに。
あたしには貴族の深窓の令嬢でいるよりもこうして魔法省でオルファリド様と働いている方が性に合ってるかも。
そんなふうにも思うのです。
ふふ。
いつか根負けして彼の奥様って立場に収まる時が来るのかもだけど、それまではもう少しこんな生活を楽しみたい。
そんなふうに思いながら窓の外を眺めると。
真っ青なあおい空に、真っ白な綺麗な月がぽっかりと浮かんでいた。
FIN




