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水嶺のフィラメント  作者: 朧 月夜
◇ 第三章 ◇
11/20

[11]裏腹の再会 〈 I ・L〉

「姫、さま……?」


 驚きに満たされた小さな声が、頭上から降り注がれた。


「え……? あっ……生きてるのか!?」


 今度は自分の胸の下から、同じく驚いた問い掛けが聞こえる。


「ちょっ、何だよ! あたいが守る立場なのに、何でアンがあたいに覆い被さってんだ!!」


 アンは突然盛り上がってきた「抱えるモノ」に気が付いて、だるそうに上半身を起こした。

 どうやら反射的にメティアの背中に抱きついたらしい。お陰で「守る・守られる」立場が逆転したメティアは、恥ずかしいやら憤慨するやら、振り向かせた顔を真っ赤にしていた。


「姫さま、なにゆえこのような場所に?」

「え?」


 その聞き覚えのある声にサッと(こうべ)を上げる。アンはハッとして固まった。いそいそと剣を(さや)に納めるその姿は、


「イシュケル!」


 ナフィル国近衛隊長、レインが見届け人としてリムナトに残すと決めたあのイシュケルであった。

 その身はリムナトの外套(マント)に隠されているが、後ろへ撫でつけられた白髪混じりの髪と、深い皺の刻まれた細い(おもて)はいつものイシュケルである。


「あ? 知り合いなのか? アン」

「レインが兵士を一人残すと言っていたでしょ? 彼がその一人、近衛隊長のイシュケルよ」


 それを聞いたメティアは心から安堵したのだろう、大きく息を吐き出して、壁に寄り掛けた背をズルズルと滑らせた。


「防御が甘すぎますな。わたくしでなかったら姫さまの脳天はカチ割られておりましたぞ」

「まったくね。相手が貴方で本当に助かったわ」


 差し出された手に手を伸ばし、立ち上がったアンは苦々しく微笑んだ。向き合ったイシュケルはと言えば、冗談ともつかない台詞を吐きながら特に表情を変えることはない。常に冷静沈着、従容(しょうよう)自若(じじゃく)が服を着ているような人物である。


「とっ! こんなのんびりしている場合じゃないの。貴方も地下牢からレインに助けられたのでしょ!? レインは今どうしているの!?」


 その質問にメティアもすっくと立ち上がった。二人の真剣な面差しを交互に認めたイシュケルは、


「もちろんご無事であります。レインさまの所へ案内致しましょう」


 強張らせた頬が緩むのを見ずして、イシュケルは向こうへ顔を向けた。その足は再びカツカツと音を響かせながら、意外なことに来た道を戻っていった。


「ほら見ろ、あたいの言った通りだったろ!?」


 メティアの誇らしげな耳打ちと目配せに、アンも安堵の微笑と頷きを返す。


「ね、イシュケル……貴方こそどうしてこんな所に?」


 そうして二人は後を追いかけながら、アンは彼の後ろ姿に問い掛けた。三人が進む道は地下道から上がってきた通路と似て、長く続く奥までは暗くて見通せない。


「レインさまはじめ政府保守派の皆さまは、こちらの地下室で話し合いを進めております。わたくしも参加していたのですが、皆さま喉が渇いたと仰いましたもので……隣の通路の貯蔵庫に」

「取りに行こうとしていたのね。ごめんなさい、行けずに帰らせてしまったわね」

「いえ、お二人をお連れしましたら、また戻れますので」


 振り向くことなく淡々と答える長身に、メティアは「愛想がないわね」と言わんばかりに肩をすくめてみせた。それを横目にしたアンも失笑するが、やがて見え始めた両側の様子に、二人は口を開いたものの言葉を失い、思わず歩みを止めてしまった。


「此処って……地下牢、よね? イシュケル、本当にこんな所で話し合いが? だって……貴方たちも此処に囚われていたのでしょ!?」


 再びカツンと一音、靴を鳴らしたイシュケルがおもむろに振り返る。


「わたくしたちが捕まっておりましたのは、西にある新しい地下牢です。現在この牢獄は使われていないそうですから。密会を設けるには好都合でありましょう」

「それはそうだけど……」


 アンの納得を見届けないまま、前方に身を返してしまうイシュケル。薄暗い地下道に今一度奏でられる靴音は、余りに鋭く規則的に響く。


「アン?」


 気付けば隣を歩くメティアの袖を摘まんでいた。


 何か不思議な違和感があった。イシュケルの言う通り、此処で会合が行われていても何の問題も疑惑もない。だがアンは僅かな胸騒ぎを覚えていた。何が彼女を不安にさせるのか? 見えない(とげ)が心の(ひだ)をチクチクと刺し貫く。普段は議会場の隣室で行われている筈の密事。既にナフィルの傭兵が反乱を起こしたなどという偽りが流され、革新(リベラル)派の初動が見られたのだから、レインたちが発覚を怖れて活動拠点を変更してもおかしくはない。しかし、ならばこそ。喉が渇いたからと言って、此処に居るはずもないナフィルの近衛隊長を、そう軽々しく使いにやらせるものだろうか?


「レインさまはあちらにおられます」


 これまで通り過ぎた地下牢は全てもぬけの殻で、どの牢獄にも照明は当てられていなかった。イシュケルの鼻先が向いた方角から、ようやく仄かに零れる光が見える。その一室だけが使われていることの(あかし)だ。けれど誰の声も聞こえない。三人の足音を聞き、警戒しているだけだろうか? いや、これは──


 ──……アン……?


 ずっと摘ままれていた袖がギュッと握り締める仕草に変わり、メティアはアンの横顔を覗き込んだ。視線はまだ先の光に釘付けのまま、唇は(おび)えるように震えている。


 あと数歩、あと三歩、あと一歩で光の先が目に入る──


「レインさま、姫さまをお連れ致しました」


 光る牢獄の正面真中に立ち止まり、イシュケルは真正面にいるだろうレインに深い一礼をする。


「──……!!」


 二人が最後の一歩を踏み締めた。

 メティアは愕然と立ち尽くし、アンは言葉なく床に崩れ落ちる。

 天井からの光が照らし出していたのは、十字架に張りつけられたレインの美しい横顔だった──。




挿絵(By みてみん)




 ◆ ◆ ◆




 一方フォルテたち一行は支度を整え、北検問所へ向けて再び出発した。

 しかしその途端進み出した前方から、「ホゥ、ホゥ」と鳴き声が二度、思わず全員の足が止まる。


「何だ……フクロウか?」


 そう思いつつも先頭の兵士が剣の(つか)に手を掛けたのは、どことなくフクロウらしからぬわざとらしさがあったからだ。


「あ、あのっ、リーフです! ボクの仲間です!!」


 列の真中から嬉しそうな声が上がり、兵士たちの警戒は止められた。


 パニは侍従から灯具を借りると、一番がたいの良い兵士に肩車をお願いした。担がれて高さを得た空間一杯に腕を広げ、右手に握った灯具を勢い良く振り回して、同じく「ホゥ、ホゥ」と鳴き返す。パニの方がずっとフクロウらしい鳴き声だ。応えるようにもう一度似非(えせ)フクロウの声まねが聞こえ、パニは元気良く飛び降りて、一同に笑顔で頷いた。


 やがて合図のあった方角からガサガサと繁みを掻き分ける音が近付く。暗闇から現れた青年はパニと同じくスラリとしているが、頭二つ分ほど背が高い。太ももに巻かれたホルスターには銀色の拳銃が鈍く光る。尖ったように重力に逆らう髪は、光の加減か淡いグリーンに見えた。


「相変わらずフクロウの鳴きまねがヘタだね、リーフ」

「それを言ってくれるなーって! んなことよりパニ、意外に女装が似合うんじゃねーか!?」


 パニのダメ出しには気を留めず、フィンガーレスの革手袋に覆われた右手をこめかみで一振り、リーフは気障なウィンクをしてみせた。


「それも言ってくれなくていいから……それよりメーが王女さまと一緒に消えちゃって……多分リムナト王宮に向かったのだと思うのだけど……」

「ああっ!? 何だソレ! そんな計画聞いてないぞ? メーが王女を連れ去ったのか!?」


 リーフの驚きに、全員が首を横振りしながらも深い溜息をつく。その光景を呆然と見詰めて、リーフも困惑するように後頭部を掻き回した。


「ううん、アンさま直筆の置き手紙があったから、きっとアンさまのご意志なのだと思う。だから二人の兵隊さんに王宮へ戻ってもらったんだけど……ボクたちはとりあえず予定通り行動することにしたんだ」

「うはぁ~」


 「掻き回す」手が「掻き乱し」始めて、リーフは小さく「メーの奴、しくじったりしてねぇだろうな?」と呟いた。が、そんなボヤキも気持ちを切り替える良いキッカケにしながら大きく息を吐き出す。「まったく、しょうがねぇなー」とでも言いたそうな表情で全員の不安顔を見渡し、一案持ちかけた。


「とにかく検問所を抜けて、隠しトンネルの出口まで案内してやっから。そこから先はずっと崖っぷちの一本道だ。そんな危ない斜面までリムナト兵も追いかけてきやしないだろうから、あんたたちを見送ったら、オレもリムナトへ戻ってメーたちを探してやる。それでどうだ?」

「お、お願いしますっ!!」


 今まで一言も発していない一団から甲高い声が上がり、リーフは一瞬たじろいだ。見ればむさ苦しい男共の真中に一人、か細い女性が陰に隠れて立ちすくみ、その両手は祈るように口元で握り締められている。


「ああ……あんたがフォルテさん?」

「はい……ですが、どうしてわたくしめの名を?」


 フォルテはその姿勢のまま首を傾げた。


「レインさまが随分と心配してたからな~王女さまと引き離しちまって大丈夫かって。だから出来るだけ気に掛けてやってくれって言われてたんだけど……こんな若輩者のオレが慰めるのもねえ?」


 と、リーフは自嘲気味に(わら)ったが、


「いっ、いいえ! リーフさん! 本当に本当に、本当にありがとうございます!! 姫さまのために単身王宮へ乗り込んでくださるだなんて……わたくしめにはもうそのお言葉だけでも救われますわっ!」


 徐々に声高になるフォルテに突進され、ガシっと両手を握られたリーフは再びたじろいでしまった。実のところアンよりも「メティアのことが心配で駆けつけたい」という内心は、もちろん口には出せない事実であるが。


 この都合の良い勘違いは、涙腺に詰めておいた見えない栓を抜いてしまったらしい。フォルテは感激の余り泣き出した。そんな事態に慣れない独身の男共は、ワタワタと慌てながら手をこまねくばかり。それも束の間、一泣きしてスッキリしたのだろう、いざ出陣とばかりにフォルテが先頭を歩き出す。自分たちが早く検問を抜けられれば、その分リーフも早く王宮へ戻れることになるのだから。


「ココまでは何もなかったのか?」


 フォルテのすぐ後ろを守りながら、リーフは隣を歩くパニに質問した。


「うん……ボクたちの動きはどうも「向こう側」にバレバレみたいなんだ。ボクが王女でないと分かっているなら、確かに襲う必要もなくなるとは思うのだけど……」

「うーん、そうなったら益々王女さまとメーの動向が気になるな」


 その呟きにフォルテがクワッと目を見開いて振り返った。ドウドウと暴れ馬でもなだめるような仕草で、パニとリーフは両掌をフォルテに向けた。


「さて……検問所に着いた。おぉっと~ココはあんたの出番じゃない。オレの見せ場だ!」


 遠目に霞んでいた灯りがまもなくという所まで近付いた頃、リーフはフォルテの首根っこに手を伸ばし、颯爽と歩く彼女を制止した。いや、実際には「ひっ捕まえた」という形容がしっくりくる動作だ。


「ちょっと待っててくれ。すぐに全員通してやっから!」


 元気な声色から自信の深さは感じ取れるが──勢い良く駆けてゆく背中を見詰めながら、パニはリーフの「手癖の悪さ」を少々案じていたりもした。




挿絵(By みてみん)




◆次回の更新は三月二十一日の予定です。

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