軍よさらば
初投稿作品です。
※ 一話の文字数は、概ね1000文字程度になっております。
――ニーム国属領ヘンプ国境付近
軍事国家ニームの全方位型特殊作戦部隊『ブランズ』に所属する俺は、今日も溜息混じりに人殺しをしている。
別に血生臭い戦場に飽きたとか、女子供に手をかけてしまい急に人殺しが嫌になったとかじゃない。
「はぁ〜……おい、ウィン。明日は給料日だよな。てめえはいくらぐらい入ってくんだ?」
「……お前と一緒だよ。わかってるだろ」
同僚のウィンは俺の質問に訝し気な表情で答える。
ボンボンのこいつにすら憐れみの視線を向けてから、片手で手榴弾を簡易塹壕の向こう側に放り投げた。
俺たちは命がけで働いても、月給手取りでたった十万リベットしか貰えないのだ。これは、敵国の一つである自由国家連合での週三のアルバイトと同じ稼ぎらしい。
「よしっ! 決めた!」
「お、おい立つな! 的にされるぞ!」
ビュンビュンと小気味良い音が耳元を掠める中、草むらに向けてロケット砲をぶっ放し、
「辞めてやるぞー、こんな仕事おおおおおっ!」
雲一つない空に向かって叫んだ。
「バイス少佐、気は確かか? 作戦中に頭を打ったのならまずは精密検査を受けるんだな」
「……正気ですよ。もう決めたんです。俺は軍人辞めて、商売始めるんです」
俺の辞職願いを聞いた人事のお偉いさんが、まずは頭の異常を疑ってくる。
「貴様っ! そんなことが許されるわけがないだろう! この非国民がっ!」
唾を飛ばし声を荒げるお偉いさんの胸元には勲章がびっしり付けてある。書類仕事でも勲章が貰えるのだろうか?
それにしても、非国民とはまた随分な言い草である。俺が国のためにこれまで何人殺し、何回死にかけたかをこのホワイトカラー軍人は把握していないのだろう。
「……4998人と15回です」
「何を言っているんだ貴様は?」
「俺がこれまでに殺した数と死にかけた回数です。4998人と15回」
「それが一体なんだと言うのだ?」
俺の口調が真剣だったからだろうか、どうしてこんなにも正確な数字を覚えているのかをこのおっさんは気にしていないようだ。
「これだけ敵を殺した俺が非国民? おまけに月十万リベット? ……やってられませんよ」
「ふむ……」
さっきまでとは打って変わり、落ち着きを取り戻したおっさんは、椅子に深くもたれ、顎に手をやりながら眼鏡越しにこっちを見てくる。
「なるほど、貴様がこれまで上げてきた戦果に対して非国民呼ばわりしたことは謝ろう。しかし、給料は絶対に上がらんぞ」
わかりきってること口にすんなよ。
「だから辞めるんですよ。十年以上軍務に従事した者は自由退職が認められるって軍務規定にもあるじゃないですか」
「ぐっ、それは一般の兵士であってだな、貴様のような特殊部隊員、なかでも我が国きっての精鋭部隊であるブランズの隊員がそう簡単に退役出来るものではない。お前たちがどれ程の機密情報を知っていると思っているんだ。そもそも、貴様らブランズの連中は自由過ぎ――お、おいっ、ま、待てっ!」
「待ちませんよ。軍務規定に違反してもいないですし、辞表も出したんですから、それじゃ、お世話になりましたー」
「待たんかっ、バイスっ! お、おい本当に行くのか? 正気か?」
こうして晴れて自由の身となった俺は、商売を始めるべく準備を始めた。