プロローグ
「やあ、初めまして、少年」
美人なねーちゃんだった。
むかし、げきじょーでかあちゃんと見たおどり子みたいだ。
「ねーちゃん、そんなにはら出してさむくねーの?」
ねーちゃんは笑った。美人だなと思った。でもおれがきいたことには答えてくれない。
「吾はね、君の母親から君を守るように頼まれたんだよ」
「かあちゃんならもう死んじまったぜ。あんたさては嘘つきだな」
ねーちゃんは、なんか困ったみたいな、悲しいみたいな顔になった。
「死ぬ前の話だよ――いいかい、これから君にはとても辛いことが沢山起こるんだ。でも、決して悪い道を歩んではいけないよ」
「なあ、ねーちゃん美人だから抱きついてもいい?」
「…………」
「…………」
「……ゴホン。いいかい、吾の言うことをちゃんと聞くんだ。君を間違った道に歩ませようとする良からぬ流れに乗ってはいけないよ」
「じゃあ、金くれる? もう二年ふろに入ってねえ友だちのおっさんが、人のおねがいをきくときは金もらえっていってた」
「……ど、どうやら君はもう既に悪い流れのなかにいるみたいだね……そんなお話は嘘だよ。人のお願いをちゃんと無料で聞いてあげたら、君のお願いも無料で聞いてもらえるんだよ。そうやって人の営みは作られているんだ」
「じゃあ、きくから、おっぱい見して」
ねーちゃんは、アカヒゲ通りにいつもいる頭のイカれたタチンボのねーちゃんが、客にヤリニゲされたときみたいな顔でおれを見てきた。
「……君には少し教育が必要みたいだね……」
そういって、ねーちゃんは、ぱんって手をたたいた。
「な、なんだよ、これ……」
なんかまわりがすごいことになった。
いろんなとこからタバコよりもすげえいっぱいの煙が出てる。
「足下をごらん」
ねーちゃんにいわれて見たら、串やき屋のおっさんがミスってすてた肉みたいなまっ黒にこげた人が足の下にならんでて、それが、ずっとずっと先の、見えねえぐらい先までつづいてた。
「こえーよ、これ」
「そうだろ? 君が悪い流れに乗ったら世界はこんな風になって終わるんだ。だから、君は絶対に悪いことしちゃいけないよ、いいかい?」
「わかった」
「特に人を殺してはいけないよ。もし人をたくさん殺したら――許さないからね」
「わかった」
「…………よっぽど怖かったんだね……聞き分けが良くなってくれて吾も嬉しいよ。じゃあ、約束だ。次は吾が君のお願いを聞いてあげよう」
「おれ……死にたくねーよ」
「うん、それでいいんだ。これから君が如何なる危険に直面しても吾が助けてあげよう」
ねーちゃんは、そういってからいなくなった。と思ったら、それはおれの夢だった。
それからも、おれが約束をやぶるたびに、ねーちゃんはおれの夢に出てきた。そんで、めちゃくちゃおこってから、なんやかんやで約束を変えてくれた。
おれは、このねーちゃんちょろいなと思った。