幽霊と天使 そして、うちの人々
これはまだ遥と再会したばかりの頃、4月初旬の話。
「幽霊どうなった?引越し先に着いて来てない?お祓いした?」
妹が電話口で立て続けに質問をして来た。
1月に引越してからわずか3ヶ月で二度目の引越しをした俺に、「なんで?」と理由を聞いて来た家族に、面倒なので「幽霊が出たから」と言ったのを母と妹と義弟は信じている。
「引越し先に幽霊は着いて来てない、多分な。あと、お祓いはこの間、電車の中でさわやかな天使が浄化をしてくれたから、もう大丈夫だと思うぞ」
つい先日の、遥と再会した時の感覚を思い出しながらそう言うと、妹はちょっと黙ってから電話の向こうで両親を呼ぶために声を上げた。
「…大変だ。ママ!パパ!兄貴がおかしなこと言ってる!やばい!!」
おかしな事とは失礼な。
いや、確かに抽象的でちょっと浮かれた表現ではあったかもしれない。だが俺的に嘘は言っていない。
電話の向こうで母と妹が慌てているようだ。何どうした?おかしくなった?憑依されてる?パパ、どうしよう!?と聞こえる。
「どうした?」と父が電話に出た。
「どうもしないよ。幽霊騒ぎはもう大丈夫だって言っただけだよ」
「なんかお前が取り憑かれてるって騒いでるぞ」
「取り憑かれてないよ。大学の時の知り合いに久しぶりに会ってさ、なんか元気をもらって気持ちの切り替えが出来たから、それを天使が浄化してくれたって表現しただけだ」
「…幽霊の次は天使か。まあ、天使ならいいだろうけど」
俺の話を聞いた父が皆に「大丈夫だ、取り憑かれてないぞ」と言うと、妹が「本当?大丈夫なの?」と言って、母が「良かった、びっくりした」と言っているのが聞こえる。すみません。
詳細を言わなくても父だけは、俺の言う「幽霊」が実は生きている女で、ちょっと厄介な存在を指していると気付いている。だから「天使」という表現も父なりに理解をしたようだ。
「で、そのうちその天使は紹介しに来るのか?」
「いや、全然そういうのじゃないから」
俺は驚いて否定をする。全然そういうのじゃない。遥とはただ偶然に再会をして、ちょっと言葉を交わしただけだ。連絡先すら知らないし、彼女が独身なのかどうかも知らない。そもそも二度と会わないかもしれない。
が、確かにまた会えたら良いなと思う気持ちは正直ある。なので、つい付け加えてしまう。
「まあ、先はわからないけど…」
もしも、もう会えなかったとしても「そんなものだ」と思える程度だ。何て言うのか、淡い憧れの様な思い。彼女を思い出すとふっと微笑みたくなるような、ほわっとした気分。ただそれだけだ。
そんな事を思っていると、父が皆に「そのうち天使を紹介してくれるかもしれないぞ」と言ったもんだから、「ぎゃー、やばい!兄貴やっぱりおかしいよ!パパまで変な事言い出したし!」と、再び騒ぎになっているようだ。
ちょうど帰宅したらしい義弟のヒロト君が、いきなり「兄貴がやばい、兄貴がやばい!パパもおかしい!」と言われ、「え?え?」と言っているのが聞こえる。
「こないだ荷物持って会いに行ったからパパまで呪われたんじゃないの?」「それだ!」と言っている妹と母の声が聞こえて来て、ヒロト君が多分わけがわからないまま「セ、セージ焚きましょうか!?」と言っている。
うん、家族は変わらず平和な様だ。後のことは父に任せよう。
「お父さん、あとはよろしくお願いします」と小さく言って、俺はそっと電話を切った。
父に「幽霊」と「天使」の意味を聞いた妹が、「てめえ、騙しやがったな!怖かったんだからな!!」と電話を掛けて来たのは、この10分後。